故郷は遠く
「やっぱり狭いのは好きじゃないっすね」
「そうだよね」
とはいえ、マルコはその狭い室内を縦横無尽に飛び回っている。
用心棒というのは、船外からの盗賊や宇宙モンスターに対しての備えだ。
だから船内のもめごとや治安維持に軽々しく出ていく必要は無いし、いざという時に出遅れる可能性を考えると控室でおとなしくしていることこそが求められる。
ドワ子としてはちょっと恥ずかしかったけれども、あの宇宙大魔王との寸劇でさえ懐かしく感じるほどの長時間、彼女とマルコは狭い部屋での待機に飽きていた。
「何か起きてくれないっすかねえ」
「コラ、そんなこと言っちゃだめだよ。何もないのが一番なんだから」
「……ごめんなさいっす」
マルコは、時々意外にも思慮深い所を見せるが、基本的にはまだ子供だ。
最近はドワ子が叱ることも減ってきたが、まだまだこの母の手を離れるわけにはいかないらしい。
ビーッ、ビーッ、ビーッ
『敵性未確認物体が接近中。警告は通じず、撃退を願います』
マルコの言葉に誘い出されたわけではないだろうが、ここで仕事が回ってきた。
ドワ子はマルコと目を合わせ、外に直通する用心棒用エアロックに向けて走る。
*****
「敵の正体はわかりますか?」
『距離が遠いため不明ですが、小さい反応が散らばっているため宇宙モンスターと考えられます』
「了解、こっちで確認次第撃退します」
船からの通信を終えてマルコに騎乗状態のドワ子は前方に目をやる。
「あれは……」
「気持ち悪いっすね」
一応人型をしている。
だが、それは今まで見た宇宙モンスターとは違う。
ひょろ長い体に黒っぽい体表面をして、長い尻尾がある。
正しく人型であるらしく、両手に槍のようなものを持っているから指もあるのだろう。
少なくともドワ子もマルコも今まで見たこともなければ、そのようなモンスターがいることを聞いたことも資料で見たこともない。
「とりあえず、ひと当てしよう。マルコ、ビームをよろしく」
「わかったっす」
マルコからぺかーっと光る光線が伸びる。
「そっちじゃない」
「間違えたっす」
この間の宇宙大魔王戦で使った光る方の光線だ。
もちろんゴンさんのペットのハスキーを傷つけるわけにはいかないので、せいぜい強力な懐中電灯ぐらいの威力で、まぶしいだけだった。
改めて、敵を攻撃するための真っ黒なビームが敵に放たれる。
だが……
「ムッ、耐えたっすね」
「そんな……思ったより強い?」
宇宙オークの群れぐらいなら一掃できる威力のはずだが、敵はダメージを受けているもののそのまま散開して迫ってくる。
「こんな強いの、どこに潜んでいたのかしら」
「さあ、この辺にも小惑星多いっすからね」
宇宙モンスターは、どこかの小惑星で寝起きして、近隣を通る船や宇宙動物などを狩っている。
当然、宇宙の大動脈であるメインライン周辺では、モンスター討伐の狩人が活動しており、ある程度襲撃の頻度は低いはずだが、それでもうち漏らしはあるのだ。
「ヤバいっす」
「避けて!」
敵が槍をこっちに投げてくる。
当然宇宙空間だから投げた槍を回収などできないのに大胆なことだ。
そして高機動型丸い生物であるマルコにとって、その槍の攻撃をかわすのは難しくない。
「げ、そんな感じっすか」
なんと、この敵は投げたはずの槍と同じものをどこかから出してきた。
元から持っていたはずはない、そのシルエットは見るからに裸で、予備の武器を持っているようには見えなかった。
もしかして、武器を無限に生み出すことができるのではないだろうか?
マルコの各種ビームーー真っ黒ビームに謎の怪ビーム、蟹ビームなどで数体の敵は動きを止めているが、まだまだ10を超える敵が健在だ。
「しょうがない、私も……」
ドワ子は腰の物入れから召喚カードを取り出した。
召喚カードはエルフの魔法が込められており、中のものをコンパクトに持ち運べる。
マルコの亜空間収納とは異なり、スペースがあってその中に物を詰め込めるのではなく、一つの物品をカードに封入するので、倉庫のような使い方はできない。
カードへの封入にエルフが魔法をかけることが必要なので、ドワ子にできることはカードから物を出し入れすることだけだ。
「出でよ、トールハンマー!」
昔の小説から名前を取った口径2mのビーム砲だ。
全長は20mある。
仮にもドワ子はドワーフなのでこのぐらいのものは自作可能だ。
実際、この『トールハンマー』もドワ子が中学校の夏休みの自由研究で作ったものだった。
もちろん、体格に劣るドワ子にこのような大物を振り回すことができないが、砲の各部に姿勢制御のためのスラスターが付いており、手元の操作で姿勢を変えることができる。
「いったん離れるよ」
「お気をつけるっすよ」
巨大なビーム砲とそれにくっついたドワ子がマルコから分かれて宇宙空間に放り出される。
ドワ子としては自前の移動手段がないため、なるべくマルコと離れたくなかったが、彼に乗ったままではお互いの動きを妨げられてしまう。
ドワ子と離れたマルコはそれまでと同じように各種ビームで敵を倒している。
そしてドワ子は、砲にエネルギーを充填し、そして発射する。
「いけーっ!」
極太の光線が宇宙空間を切り裂く。
ビームを発射したまま、姿勢制御スラスターを操作して敵を次々にその光線に巻き込んでいく。
ビームが消えた後、その場にはほんの数体の敵しか残っていなかった。
「よし、これなら……」
「お任せあれっす」
トールハンマーは、まだ冷却中でカードには戻せない。
動きが取れないドワ子に代わって、マルコが飛び回りながら敵を殲滅していく。
だが、お互いにそうなのだが、黒く宇宙空間での視認性が悪い敵が、運悪くマルコの索敵から逃れてしまう。
「げっ」
そしてその敵が動きが取れないドワ子に接近する。
声を掛けようにもマルコは遠い。
慌ててドワ子は砲をその接近する敵に向けようと手元で操作する。
「だめかっ!」
しかし鈍重な動きしかできないトールハンマーでは、到底間に合わない。
ドワ子は敵の攻撃を覚悟し、せめて、ということで砲を円周方向に回転させてその陰に隠れようとする。
だが、敵は別に射撃をしているわけではない。
近寄ればその槍は投げるのではなく、手に持って相手を傷つけることができる。
そして敵は硬い砲を回り込んで、小さい目標に向けて槍を突き込む。
と、その時、不思議なことが起こった。
ドワ子の腰の物入れから突然光があふれ出す。
「何よこれ? ……まずいっ!」
一瞬その光に気を取られて、今が絶体絶命の状態であることが頭から抜ける。
慌てて槍の穂先に集中しようとして……
「あれ?」
その槍が無くなっているのに気づく。
「え?」
それどころか、今まで手元で操作していた巨大なトールハンマーも消えている。
そして、敵も……
周囲を見回す。
そこには何もなかった。
ドワ子が戦っていた多数の敵の死骸も、そして……マルコも……
「え? え? ……そうだ」
何かが起こったとするとあの光だ。
ドワ子は慌てて物入れを確認する。
すると、そこには丸められた布が光を徐々に収める途中なのを見つける。
「これは、あの指輪」
そう、発掘家から中継ステーションで買ったあの指輪だ。
包みを解いてみると、その、腕時計でいうと文字盤にあたる太陽系が描かれた面から光を発している。
光が徐々に収まり……そして買ったときの黒い太陽系の図に戻る。
「本当に何か力のあるものだったんだ……」
さて、問題は皆が消えたのか、ドワ子が消えたのかということだが……
「ああ、これは私の方だね……」
近くに見覚えのない小惑星がある。
ここにこんなものは無かったはずで、となるとドワ子の方が移動したのだと考えられる。
魔法? 超科学? なんでもいいが、ここはどこだろう?
多分ワープか何かだと思われるが、現実のそれは外宇宙の技術で、大きな装置が必要なはずだ。
こんな小物がその代わりをするならば、とんでもない宝物と言わざるを得ない。
だが、その宝物もドワ子が生還できなければ宇宙を漂う塵と変わりない。
「とりあえず、マルコの方は大丈夫だとして……」
単独で宇宙船の何倍もの速度で宇宙を移動できるマルコは、たとえ冥王星の向こうで置き去りにされても問題ない。
すぐにド星にたどり着くだろう。
しかし、問題はドワ子自身の方だ。
一応、数日は生き延びられる遭難ポッドを封入したカードは持っている。
しかし、それで数日中に人がいる場所に戻れるか……
さらにはマルコが保存している非常用のスペイン風オムレツも無い。
これでは宇宙コアラが来た時に八つ裂きにされるのは間違いない。
「うーん、私もここまでか……」
宇宙に出る以上はいつ命を失ってもおかしくない。
それを忘れたことはない。
だけど、まだ若いドワーフであるドワ子にとってはいろいろやりたいこともある。
そしてマルコ、まだ幼い彼を残して死んでしまうのは心残りだ。
もちろん、マルコの方がずっと長生きだから、結局ドワ子は彼をあとに残して先に死んでしまうことは間違いない。
だけど、こんなに早くその時が来るとは思わなかった。
しばらく、ドワ子はマルコのこと、そして家族や親戚、友人のことを考えながら宇宙空間を漂っていた。
幸いなのは、その間敵対的な宇宙モンスターなどが襲ってこなかったことだが、それは逆にこの辺りにモンスターすらいないということだ。
今なら雑魚の宇宙ゴブリンの襲撃でも歓迎できるかもしれない。
「はあ……とりあえずあの小惑星に行くか……」
何の変哲もない小惑星に見える。
だけど、もしかするとそこで何か見つかるかもしれない。
宇宙モンスターなら食料を持っているかもしれない。
宇宙動物だったら、狩って食料にできるかもしれない。
あるいは……
ドワ子とマルコの出会いも、とある小惑星だった。
その時は狩人として宇宙鹿を狩っていたのだが、宇宙鹿を解体しているときに寄ってきたのがマルコだった。
最初はまたスライムか、と思ったがよく見ると黒くて丸いが足がある。
まだ生まれたてだったマルコは、その時初めて宇宙鹿という食べ物を食べ、そしてドワ子になついてそのままついてくることになったのだ。
以後、ドワ子は輸送業者に転職し、今に至る。
*****
「さすがに、それは虫がいいよね……」
小惑星はそれほど大きくなく、全体を歩いてみても生物は一つも見つからなかった。
ドワ子単体では宇宙は低速でしか移動できず、今からどこかの惑星にたどり着くのは無理だ。
「せっかくだから、ここで死ぬか……」
宇宙空間を漂うよりは小惑星の方が死体を見つけられやすいだろう。
マルコは寿命が無いから、いずれドワ子の死体を見つけることも可能かもしれない。
「だとするとなんか目立つようにしておくか……」
自分の墓を作ろうと動き出すドワ子に、しかし唐突に話しかける声があった。
『もうあきらめたのかの? ちょっと潔すぎんか?』
老人の声で念話を送ってくるその相手に、ドワ子は向き合う。
その相手は丸くて黒くて大きなナニカであった。




