降臨、宇宙大魔王
「じゃあそろそろ俺たちは仕事があるから」
「また来いよ」
「僕はちょっと先になりそうだな」
「代わりに私が来るから、連絡があったら言付けてくれたらいいわ」
「おう、じゃあ頼むぜ、無料で」
「引き受けるわ、有料で」
「カアッ……」
商売人二人の付け足し部分はともかく、訪問者一同は暗くならないうちに田舎の家を出る。
祖父母の秘密を明かされ、その秘密を守るように念を押されて、ドワ子とバリーの表情はちょっと硬いが、それはそれとして、それぞれの仕事へと戻っていくのだ。
カスクは新しく商会のものとした軌道上ステーションの倉庫スペースに関する雑務を、バリーはあまり調子のよくないままだましだまし地球まで動かしてきたエーイチの整備を、そしてドワ子は新しい仕事に向かうことになる。
「じゃあ、俺たちはこっちで」
「また向こうで会おうね」
「うん、叔父さん、バリー、またね」
「気を付けるっすよ」
さすがにもう時刻としては夜だが、その日のうちに軌道上ステーションにまでたどり着き、そこでドワ子達は二人と別れる。
「さあ、私たちは明日からだね」
「今度は何を運ぶっすか」
「あ、ちょっといい荷物が無かったんで、ちょっと別の仕事を手伝うことになったよ」
「カアッ、そんなことになってたっすか?」
「そう、だから明日朝一で月ね」
「ゴンさんとこっすか、なるほどっす」
そしてその日はステーションの宿舎で宿泊するのだった。
*****
太陽系で知られた悪の権化がいる。
その姿は恐ろしく、頭には2本の角が生え、やせた体をおどろおどろしい衣装に包んでいる。
彼が乗るのは宇宙を駆ける馬車。
そしてその馬車を引くのは4頭の首がない馬であった。
彼の名は『宇宙大魔王』。
そして、今、彼の前の前には大きな獲物が護衛も連れずにその大きな船体を宇宙空間にさらしている。
『ふははははは、そこの船、吾輩の獲物にふさわしい。今すぐ投降し、我が支配下に入れ』
その言葉は、宇宙的念話によって船の乗組員、乗客の全員の脳内に響き渡った。
『直接脳内に……』などと驚くものはいない。
例え人間であっても宇宙に住む者たちが念話を使うのは当たり前だ。
とはいえ、実際にそれを受けたのが初めて、というものもいたため、乗客の間には多少の混乱があったものの、それに続く船長からの館内放送によって混乱を収め行動を起こす。
地球の旅客船では、こうした場合即座に各個室に閉じこもり、ロックをすることになっている。
個室はそれ自体が気密を保っており、その入口のドアは頑丈に作られている。
仮に、賊が船内に踏み入ってきても、各部屋のドアをいちいち破って略奪をするのは非効率であり、それよりは荷物が集まっている船倉を狙う。
こうして、旅客船は乗客の安全を守ることになっているのだ。
「ふむ、これしきのロック吾輩には通用せん」
宇宙大魔王は乗降用のエアロックから船内に侵入する。
内部の通路に足を踏み入れると、人が一人もいない光景が広がっている。
なお、乗客は各部屋のモニタで宇宙大魔王のこの狼藉が配信されている。
「む?」
宇宙大魔王は歩みを止める。
そこに人の気配があったからだ。
「用心棒か……周到なことだな」
そう、そこにはこの旅客船に乗り込んでいた用心棒が彼の行く手を遮るように立っていた。
普通、500人規模のこの程度の船であれば、船内のトラブルや賊の襲来にそなえ、用心棒が5人程度は乗っている。
だが、今宇宙大魔王の前に現れた影は2つ。
二本脚と、五本脚。
すなわち、ドワ子とマルコであった。
「平和な宇宙の旅を乱さんとする悪者、宇宙大魔王よ」
「その企みはお見通しっす、僕らが相手をするっす」
なお、通路の幅がそれほど広くないのでマルコは小さい姿だった。
つまり、長身の宇宙大魔王に対するのは幼女とニワトリである。
果たして、この場面を客室で見ている乗客たちは安心できるのだろうか?
「ふっふっふ、威勢のいいことだ。だが、我がしもべたちが蹴散らしてくれよう」
宇宙大魔王の手下が前に出る。
その姿は月にいるという魔獣、ルナデスハウンド。
四足歩行の野獣の姿をしたそれが2匹、今ドワ子達の前で牙をむいている。
「くっ、マルコ、ビームよ」
「了解っす」
すると、マルコがぺかーと《《明るい》》ビーム光を発射する。
そのビームが直撃したルナデスハウンドはたちまちその場に崩れ落ちる。
「ぬぬ、やるな。だが、私はそうはいかん。こうなれば私自らが相手をしてやろう」
「マルコ、さらにビーム」
ぺかー
「ぐわあああ、やられた……」
そして宇宙大魔王はその場に崩れ落ちる。
こうして宇宙の平和は守られたのだ。
(完)
*****
「いやあ、今回も大好評でしたよ」
「そうですか、それは良かったです」
全てが終わって一同、すなわち宇宙大魔王、しもべのルナデスハウンド、ドワ子、マルコと船の船長が乗組員用の食堂で談笑している。
「やっぱり、宇宙大魔王さんに協力いただいたのが良かったですね」
「それを言うなら彼女たちが仕事を受けてくれたのが大きいよ」
船長が宇宙大魔王と笑いながらビールを飲んでいる。
そう、これはアトラクション、いや避難訓練の一種だったのだ。
管理局の規定で、旅客船は出発後に乗客が客室に閉じこもる避難訓練を行うことが定められている。
今回は旅客船のサービスとして、役者を雇って実際に襲撃があったという体裁でその避難訓練をイベントにしたのだ。
「でも、ゴンさん忙しくないの? 牧場の方は大丈夫?」
「ああ、ちゃんと従業員がうまくやっているから大丈夫」
宇宙大魔王、本名ゴンザレス・佐藤は月の裏側で大牧場を経営している。
なお、本人は山羊獣人なので、角は自前だ。
ちなみに、首のない馬、というのは実は首が短い宇宙サラブレッドで、彼の牧場から競走馬になって帰ってきた馬だ。
短い首と足で鈍重に見えるが、なんとあの中には月面ダービーを制した一流馬も含まれていたそうだ。
さらに、ルナデスハウンド、という体で出てきた犬は、彼の牧場で牧羊犬をしているルナはスキーだ。
今では黒い染料を落として灰色のモフモフの丸っこい犬に戻っている。
ドワ子達は、適当な荷物が無かったので、今回の芝居の役者兼、実際にこの船の用心棒としての仕事を受けていた。
事前に月のゴンさんの牧場で打ち合わせをした後、この船に最初から乗り込んで、襲撃してくる宇宙大魔王を撃退する役を担ったのだ。
「いやあ、できれば毎回でもやりたいんですがね……」
船長としては喜んでもらえたが、やはり費用の問題がある。
「それでも、今回のお客さんにはいい思い出になったんじゃないかと思いますよ」
それが一番いいことだろう。
ドワ子達は、これから月に帰るゴンさん、いや、宇宙大魔王をみんなで見送り、船旅を続けるのだった。




