ばあちゃんの名にかけて
エルフは引きこもりである。
ドワーフや獣人のような宇宙で生活する種族に対してはそれほどでもないが、地球の人間に対してはその存在自体を隠している。
そして彼らの住む火星の森林地帯も幻惑魔法で隠され、いまだに地球人の大半は火星が不毛の地であると誤認している。
だから、エルフが地球にいることは基本的には無い。
そして、仮にいるとしたらその存在を徹底的に隠しているはずだ。
「……ということで、人間ということにしてたのよね」
「これって家のみんな知ってるの?」
衝撃の告白から立ち直ったドワ子は、当然浮かんだ疑問を口にする。
「もちろんだ。全員知っている……大人はな」
「僕たちはまだ大人と認めてもらっていなかったってこと?」
「一応、ちゃんと仕事を始めてしばらくしたら明かすことになっていた。秘密を守れると儂らが判断できた時点でだがな」
ドワ子もバリーもまだ仕事を始めて2、3年というところだ。
それなりに日々の業務にも慣れてきたということで、今回一族の秘密を共有することになったということだ。
「あ、それでミリーが……」
「そう、あいつにゃまだ早い」
そして彼女は強制送還ということになった。
「でもどうして隠しているの?」
それは当然の疑問だろう。これには菜摘自身が答えた。
「私は故郷の火星を捨てた身なのよ。いえ、厳密には逃げて来たの。ちょっと火星で政変があって、それに負けて一族が皆殺しにされそうになって、幼い私だけがド星に逃げ延びたのよ」
「あそこってそんな血なまぐさいことになってるの?」
普段火星にも仕事で行くドワ子にとっては、確かに閉鎖的だと感じるものの、それなりに平和なところだったという印象しかない。
菜摘は少し微笑みながら返す。
「もう100年以上昔のことよ。それからずっと平和、ということはあの時買った連中の権力がそのまま続いているってこと。だからド星でもひっそり暮らしていたし、彼と出会ってからは彼に守られてほとんど表に出なかったわ」
「まあ、うちは大きな商会になったが、それも儂が大きくしたからで、最初はそんなに注目された存在じゃなかったんで何とかなったんだ。念のためずっと人間に姿を偽ってもらっていたしな」
ドワ子の記憶でも、祖母がエルフの姿を取ったことはない。
「というか、お前は気づいているもんだと思ってたぞ」
「え? いや全然わからなかったよ」
「でも、マルコちゃんはわかってたわよね?」
「カアッ、当然っす。幻影なんて僕には効かないっすよ」
「ええっ? 何で……教えてくれたらよかったのに……」
「なんか意味があるからやってると思ってたっす」
なんと、マルコは意外に気を使っていたのだ。
「ずっと不思議だったっすが、今謎は全て溶けたっす」
ドワ子のばあちゃんの名にかけて、名探偵マルコは真実にたどり着いたのである。
「それにな……アリエル、儂が何歳か言ってみろ?」
「えっと、おじいちゃんは確か136歳だっけ?」
寿命が200年そこそこだから、まだまだ元気だが隠居していてもおかしくないぐらいの年齢だ。
「それで、ばあさんは何歳だ?」
「確かおじいちゃんと5歳差って言っていたから、131歳かな?」
「普通人間は130年も生きねえよ」
それを聞いて、ドワ子は思った。「人間の寿命なんて知らない」と。
ドワーフよりは短いというのは知っていたが、人間だって150年ぐらい生きるものだと思い込んでいたのだ。
よくよく考えてみると、ドワ子の周囲に人間は少ない。
祖母がそうでなかったということは、せいぜいミサキぐらいだ。
ということで、まだ若いドワ子としては、人間の寿命がどれぐらいかなんてことは全く頭になかったのだ。
「あ、じゃあじいちゃんたち、どうしてわざわざ地球になって移住したんだ? 隠れるならド星のどっかの小惑星でもよくない?」
「それは、私がちょっと耐えられなくなって……ド星はいいところだけど自然が少なすぎて……」
バリーの問いに、菜摘が明かす。
確かにド星には植物が少ない。
森で生きてきたエルフの菜摘にとっては、その環境はストレスがたまるものだったらしい。
その結果、火星もド星もだめということで、ソフト一緒に地球の田舎に移住するということになったようだ。
「ま、50年もすりゃ儂も晩年だからな、そうなったら向こうに移るなりなんなりしようと思っとるよ」
「その時は私もちゃんとついていくわよ」
どうやら、ドワ子の祖父母は一生を共にする覚悟がとっくにできているようだ。
「だから、今うちの商会ではド星の緑化計画を立ち上げようとしてるんだ。そうすりゃ母さんや他のエルフなんかにも居心地がよくなるだろう? 今回の倉庫の確保もその一環だ」
カスクからそのような発言もあった。
ドワ子としては単に実家も商売繁盛でうらやましいなあ程度の感想だったが、実際には結構大きな計画を立ち上げていたのだった。
衝撃の告白が終わり、祖母の姿は元の人間の老女のものに変わり、部屋の幻影も解除された。
ドワ子は、情報を飲み込むのに苦労していたが、それはそれとして祖母に聞いておきたいことがあった。
「ねえ、じゃあなんで最近カレー作ってくれなくなったの?」
「だって私エルフよ? あんなに辛くて脂っこいのもともと苦手なのよ」
年齢からくる嗜好の変化ではなかったらしい。
ドワ子の祖母は、到底あと何百年も生きるとは思えない老人の姿で、だけどそれだけは本来の年齢らしく若々しい笑い声をあげるのだった。




