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宇宙のどこかでカラスがカア ~ゆるゆる運送屋の日常~  作者: 春池カイト
『ゆきてかえりしカラスがカア』編
14/22

温泉マルコ

 日本に到着し、そのまま人の多い町中を離れて温泉に向かう。

 公共交通機関はさすがにつらいので、タクシーでの移動だ。


 これでも進歩したのであり、かつて地上でマルコと一緒に移動するときはトラックだった。

 運転手付きで客を運ぶトラックというのは専業では存在しないので、貨物運送会社に頼み込んで移動したのだ。

 トラックの助手席にちょこんと座る見た目少女のドワ子。

 そしてトラックの荷台にロープで固定される大きな丸い生き物、マルコ。

 その見た目は非常にユーモラスで奇妙なもので、ネットでさんざん写真や動画が上げられ、それを見た知人にからかわれたのをドワ子は苦い思い出としてよみがえらせる。


 ともかく今回は、目立たず移動することができ、ドワ子達は山間にある温泉地に到着することができた。


「なんか変なにおいするっす」

「はは、それが温泉のにおいだよ」


 こんな臭いなら入りたくないっす、などと言っているマルコをなだめながら、ドワ子は今夜の宿に入る。


 これでもメインライン航路で知られた個人輸送業者だ。

 ドワ子は少々の贅沢など問題ないぐらいに稼いでいる。

 なので、せっかくの地上での温泉宿も厳選し、老舗の高級旅館を予約してある。


 出迎えられたドワ子とマルコは部屋に案内される。

 和室が二間、そしてこじんまりとしているが庭と専用の露天風呂もあるいい部屋だ。

 もちろん、露天風呂とは別のバス、そしてトイレや湯を沸かせる小さい台所スペースもあり、外に出なくても一通り生活できる状態だ。


「カアッ、広いっす」

「ほらほら、先に足を拭いてからだってば」


 ここまでは屋外だったり、抱えられての移動だったりして気にならなかったが、ちゃんとして室内に入るのだからマルコの足は拭かなくてはいけない。


 ドワ子はマルコを仰向けにコロンと寝かせて、荷物からタオルを出して5本の足の裏を拭いていく。


「はい、もういいよ」


 ぴょんと起き上がったマルコは元気いっぱいで畳の部屋に入っていった。


「夕食は6時半を予定していますが、ずらすこともできます」

「あ、その時間で大丈夫です」

「承りました。では、御用があればいつでもお申し付けください」

「はい、よろしくおねがいします」


 宿の人が去って、この部屋にマルコとドワ子だけが残される。

 もちろん、宿にはこちらの種族などは事前に言ってある。

 個人情報がどうのこうのではなく、地球の田舎の温泉宿には珍しい客に違いなく、対応に気を付けてもらわない点があるのだから当然だ。


 普通に考えればドワーフ女性にしてもスリムなドワ子は少女にしか見えない。

 そしてマルコは、動いてしゃべっているのを見ればばれるだろうが、動かなければ丸いぬいぐるみに過ぎない。

 あえて情報を伝えておかないと相手も正しい応対ができない可能性がある。


「さあ、どうしようかな……うん、まず入ろうか」

「温泉っすか? 僕は遠慮したいっす」

「汚れたままじゃよくないって、大丈夫、入ればわかるよ」


 ということで、マルコをつかんでドワ子は部屋の露天風呂に直行した。


 露天風呂は、もちろん個室のそれだから小さめで、マルコが元の姿のままだと足しか浸からない。

 そういう意味では、今マルコが半身を湯につけて気持ちよさそうにしているのは、小さくなった恩恵だ。


「どう、入ってみて」

「これはいいっす~、体が溶けていくっす~」

「溶けちゃまずいでしょ」


 マルコはそれでも足をつけると全身が湯の中に沈むので、中途半端に浮かんでいる。

 浮力とかどうなっているのか? という疑問は宇宙生物だから、という答えしか返せない。

 宇宙生物だから全身浸かっても溺れないが、それはマルコにとっても心地よくないらしい。


 外を見ると、秋晴れの空と遠くの山が見える。

 まだ日は高いが、もう少しすると夕焼けがその山肌を照らし始めるだろう。

 もちろん風呂なので、近くは竹垣にさえぎられて見えない。


「晩御飯まではどうする? 町を見て回る?」

「なんかこのまま部屋でゆっくりしたい気分っす」

「なんかおっさん臭いね」


 確かに仕事に疲れているのは間違いないだろうが、二歳の若カラスが言うべきセリフ出ないようにドワ子は思った。

 マルコが湯に漂っておとなしくしているので、ドワ子自身もゆっくり浸かって温泉を堪能する。


 この、温泉に浸かってのんびりするという感覚はここならではだろう。

 ド星本星に戻れば重力は似たようなものだし、当然風呂もあるが、資源採掘用によそから持ってきた岩塊だから、火山活動などもなく天然温泉は望めない。

 それに、地球と違ってあちらにはこのような木に囲まれた土地というのは少ない。

 植物と言えば効率よく作物を収穫する農業プラントのものがほとんどで、日常風景で緑がいっぱいというのは望めない。


 目を閉じて湯の温かさ、風の中に迷い込んでくる山間の温泉地の空気、そうしたものを十分に堪能したドワ子は、マルコに声をかける。


「そろそろあがろっか」

「……」

「マルコ?」


 見ると、湯に浮かんだままマルコがぐで~と伸びていた。


「マルコ⁉」


 慌てて彼を担ぎ上げ、湯から上げる。

 裸のまま室内に入る。

 水滴が畳に足跡を付けるが気にしていられない。

 マルコを座布団に乗せると、その様子を確認する。

 普段眠るときのように平べったくなっているが、それはいつものこと。


「あ、ご主人」

「マルコ、どうしたの?」

「ちょっとのぼせたっす」


 マルコは全身から湯気を上げながらそんなことを言う。

 真空中でも自由に動き回れるマルコが、そんなことで調子を崩すなんてドワ子には思いもよらなかった。


「よかった、動かないからどうしようかと思った……」

「僕はこれくらいじゃ何ともないっすよ。でもちょっとだるいっす」


 熱中症なら冷やせばいい、ドワ子はあたりを見渡すと、部屋の隅にうちわが立ててあるのが見えた。

 それを取ってマルコをパタパタあおぐ。


「ああ、涼しいっす~」


 無事そうなので、ドワ子は浴衣を羽織ると、そのままマルコをあおぎ続けた。

 結局、午後は出かけることなく部屋にこもることになってしまった。


 夕食時にはもうマルコは元気を取り戻していた。

 部屋に運んでもらった料理は新数も多く豪華なものだった。


「これなんすか?」

「ああ、温泉卵だね。おいしいよ」


 ゆで上がって温泉マルコにならなくてよかった、とドワ子は思いながらも料理に舌鼓を打つのであった。

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