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第3話 肝心な時にヘタレじゃ意味がないんだよ

 あれから僕らは何度か会った。家で標本を見たり、標本の寄贈先を一緒に探したり、ドレスの試着をしに行ったり、そんなことをしているうちにだんだんと打ち解けて、気安く話せるようになった。そして、舞踏会本番の日がやって来た。


 この日はいつもより早めに会場入りして、ジョアンナが両親と一緒に来るのを今か今かと待ち構えた。自分の社交界デビューの時より緊張したかもしれない。


「エメットご夫妻ならびにジョアンナ嬢!」


 会場に響き渡る声に反応した僕は、入り口にさっと顔を向ける。いた、ジョアンナだ。


 可哀想に。傍目にも分かるくらいガタガタ震えている。でもどうだ。光沢のある白い生地に銀糸で唐草模様の刺繍をしたドレスがすごく映えているではないか。試着した時からいい感じだったが、今日はヘアメイクとアクセサリーも完璧なので、会場にいる誰よりも光り輝いて見える。僕は自分のことのように鼻が高くなった。


 よし、ここで魔法をかけてやろう。僕はつかつかと彼女に歩み寄り、レディに対する敬礼をした。


「レディ・ジョアンナ、今日もお美しい。どうか僕のファーストダンスを君に捧げさせてくれないか?」


 周りからおおっとどよめきが起きる。そりゃそうさ。社交界のプリンス、アーサー・ペンデルトンと踊る権利、しかもファーストダンスは誰もが喉から手が出るほど欲しがるのだから。これも全て織り込み済みのことだった。


 ジョアンナは固い表情のまま僕が差し出した手を取った。嫌でもみんなの視線が突き刺さる。手を取り合った僕たちはダンスフロアへと向かった。


 本人はきっと針のむしろの気分だろうが、踊りの練習はたくさんやった。よほど派手にトチらなければちょっとのミスなんてバレやしない。大丈夫ジョアンナ。勇気を持って。


 ワルツのリズムに併せて僕たちは動き出した。緊張がひどいせいかフラついたところで手をギュッと握ってやる。すると、目が合ったのでにっこりと微笑んで見せた。それで楽になったのだろう。強張った体がほぐれるのが分かった。それからは音楽の調べに身を委ねるだけだった。ダンスが終わった時、彼女は息が上がっていたが、ぱっと花が咲いたように破顔した。


「ありがとう。あなたのお陰よ!」


「何言ってるんだい。君の魅力にやっとみんな気付いたんだよ。周りを見てごらん」


 ジョアンナがキョロキョロと辺りを見回すと、貴公子たちがわらわらと寄って来た。


「いや、お見事。こんな美しい花が隠れていたとは知らなかった。すっかり見落としてました」


「エメット家にご令嬢がいらっしゃるとは聞いてましたが、こんなに素敵な方だったなんて。次の一曲をお願いしても?」


 掌を返すような貴公子たちの態度にジョアンナは戸惑って僕に目で助けを求めたが、僕は行っておいでと快く送り出した。


 そう、完璧じゃないか。ジョアンナを一流の淑女にしてみんなに認めさせ……あれ?


 僕は何をしたかったんだろう。ジョアンナが僕の手を離れた後のことを考えてなかった。彼女が一瞬にして人気者になる光景を見て喜ぶべきなのに、意に反して心はすーっと冷めていった。


 おかしい。ジョアンナが幸せになるなら喜ぶべきなんじゃないか。なんでこんなにイライラするんだ?


 僕目当てに近寄る女たちを追い払いながら、気づくと目はジョアンナの行方をぴったり追っていた。それだけでは治まらず、いつの間にかこっそり尾行するようになった。


 そのうち、見覚えのある顔がジョアンナに声をかけた。兄の友人の男だ。確か兄の才能を惜しんで、家を捨てても夢を追うべきとか本人を説得してた奴だ。嫌な予感がする。


「先程は素敵なダンスでした。どこの姫かとみまごうばかり――でもあの、アーサー・ペンデルトンという男には気をつけてください」


「え? どうしてですか?」


 ほら来た。やっぱりそうだ。僕は、自分の嫌な予感が当たったことに苦虫を噛み潰しながら、それでも耳を側立てずにはいられなかった。


「彼の兄ダニエルは前途有望な植物学者でした。その夢を潰して誰でもできる家長の役割を押し付けたのが父親と弟のアーサーなんです。責任感の強いダニエルは家族に従うしかありませんでした――」


 やっぱり思った通りだ。兄の才能を評価していた連中は、家長としての責任を全うする兄に同情するあまり、家族が兄の自由を奪っていると口々に言っていた。そんな単純な話じゃないのに――。


「ちょ――待てよ! そんな話じゃないんだ!」


 僕はたまらず前に出てしまった。しまったと思ったが後の祭り。みんなの注目を一気に浴びる。


「ほお? ちょうどいい。せっかくだからご本人に直接説明してもらいましょう」


 相手は、口の端を上げて皮肉な笑みを浮かべる。騒ぎを聞きつけた人たちがさらに集まってきた。だが、僕は頭が真っ白だった。いつもは魅了の魔法でごまかせるから、いざという時何もできなくなるんだ。どうしよう、それでも何か言わなきゃ。


「と、とにかく、何も知らない外野が家の事情に首を突っ込まないで欲しい。無粋というものだよ」


 気障ったらしい口調でそれだけ言うと、僕はぷいと背中を向けて会場から出て行った。何てこった! 最悪だ!


 ◇


 舞踏会が終わり数週間経ったが、ジョアンナとは会っていない。そりゃそうだ。もう家に来る理由がないんだもの。兄の収蔵品は寄贈してしまったし、僕の悪評を聞いて足が遠のいたのだろう。


 兄の友人が言ったことは半分当たりで半分外れだ。それならこちらから説明し直せばいいのに。そのはずなんだが、なぜか勇気が出ない。


 この百戦錬磨の、神に祝福された存在のこの僕が、ジョアンナを前にすると手も足も出なくなるのだ。まさか、こんな事態になるなんて!


 正直言うと、彼女に拒絶されるのが怖かった。彼女は僕に魅了されなかった唯一の人間。一切のまやかしが効かない相手に拒絶されたらもうおしまいだ。彼女は他の女とは違うんだ。彼女にだけは嫌われたくない。


 こんな調子で鬱々としてたら、ジョアンナが来たと家令が告げに来た。今ちょうど彼女のことを考えていたところだったのに! いや、最近は四六時中だけど。とにかく僕は客間まで飛んで行った。


「ご無沙汰してごめんなさい。あれから大学の植物学研究室に呼んでもらって忙しかったの」

 

「僕のことが嫌いになったんじゃないの?」

 

「え? 何でそうなるの?」

 

「舞踏会で僕の悪評を聞いただろう? あれ、あながち嘘でもないんだ」


 もう無理だった。彼女には隠し通せない。堰を切ったように悔恨の言葉が口を継いで出た。


「兄の夢を知っていた僕は、自分が家長になれば丸く収まると分かっていたのに、我が身かわいさで兄に全てを押し付けていた。兄は僕より優秀で父からの期待も大きくて――。顔以外は全然勝てなくてね、天才だから何でもこなせるだろうとたかを括っていた。劣等感から卑屈になってたんだよ。でもやっぱり辛そうだから、家長の仕事を手伝ってやろうとした。その矢先だった、つまらない事故で死んでしまったのは」


 ここまで一気にまくし立て、両手で顔を覆う。心に引っかかっていたものをようやく吐き出した。しかし爽快感とは程遠く、完全に彼女に嫌われてしまったという絶望感だけが残った。駄目だ、もうおしまいだ。


「これで分かっただろう? 僕は見た目だけが取り柄のつまらない男だって。もっと早く手を貸していれば、兄の人生は好転してた。あの時ああしていれば、ってずっと悔やんでる」


「自分を責めすぎよ! お兄さんもあなたに感謝こそすれ恨むはずがないわ! 第一、薄情な人が遺品を大事に保管する? 寄贈先の人が驚いていたわ。標本の状態がすこぶるいいって。管理するのも大変だったろうって」


「それは贖罪の意味もあるから。死んでからじゃ何の意味もないけど――」


「そうだ。今日は、お兄さんの手紙を届けに来たの。蔵書を整理してたらあなた宛の手紙が挟まっていて。はい、これ」


 ジョアンナが差し出した手紙に目が釘付けになる。確かに兄の筆跡だ。どんな経緯で本に挟まったかは知らないが、そんな事より問題は中身だ。ひったくるように手紙を受け取り、封をビリビリに破いて目を通す。そして、大分時間が経ってから口を開いた。

 

「『家長の件ありがとう、父上から聞いたよ。至らない兄ですまない。父上は厳しい人だからなかなか認めてもらえないだろうが、お前は十分よくやっている。もっと自信を持て』だってさ……。兄上は全てお見通しだったんだな。どこまでも頭が下がるよ」


 そう言うと髪をぐしゃっとして肩を落とした。鼻の奥がつんとする。ジョアンナは僕の隣に移動して、優しく背中をさすってくれた。


「お兄様はちゃんとあなたをちゃんと認めていたじゃない。だから罪悪感を持つことなんてないのよ。あなたは心も美しい人だってことは私が知ってる」


「驚いた、中身を褒めてもらえる日が来るとは思わなかったな。見た目だけの男というのが定評だったから」


「私は最初から見た目より中身を重視してたわ。あなたは、その私のお眼鏡に適ったんだから自信を持ってちょうだい」


「確かに初めて会った時、僕に魅了された様子はなかった。あの時こいつは強敵だなと思ったよ」


 そう言って肩をすくめてみせると、ジョアンナは朗らかに笑った。なんてかわいい笑顔なんだ。


「あなたのお陰で私の可能性が広がった。感謝してもしきれないわ」


「別に感謝しなくていいよ。それは下心あってのことだから……」


 バツが悪そうに答える僕の顔をジョアンナは顔を赤くしながら覗き込んだ。


「下心って……どういう?」


「そんなの決まってるだろ……」


 僕は少年のように恥じらった。もうそんな歳ではないのに。そして、バツの悪さをごまかすように、彼女の唇を塞いだのだった。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

楽しんでいただけたら、☆の評価、ブクマ、いいねをしてくださると嬉しいです。


「没落令嬢と下僕で禁断のスローライフを」という作品も同時連載中です。興味がありましたらこちらもよろしくお願いします。



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