大海を知る
太古の昔、地上に竜神が現れたという話がある。その竜神はドラゴンのようなものでは無く、中国に伝わるような竜の姿をしており、水を操る力を持つという。
かつてその神は召喚され、竜神によってその土地は大洪水が起こり一夜にして大勢の人間が死んだとされている。
しかし、竜神は三日三晩暴れ狂った末に英雄によって討伐され、今では骨だけが残っていると言われている。
私の先祖はその竜神の骨を代々受け継いでおり、今から私は神を呼ぼうと思う。出来ることならば、このクソみたいな社会を壊して欲しい。そんなオカルトじみた妄想が叶うことを祈って私は召喚の儀式を行うことにした。
私は大きな魔法陣の上に竜神の骨を置いて儀式を始めた。
「竜神よ、貴方様のお姿を私の前に現してください!」私がそう叫ぶと、奇妙なことに魔法陣が輝き始めた。
「嘘、本当に成功したの!?」私は驚いたが、とても嬉しかった。竜神が現れれば、きっとこの世界を滅ぼしてくれる!
魔法陣の輝きがさらに増し、私の視界は白い光に包まれた──
光が収まり、私が恐る恐る目を開くと、目の前には美しい"人魚"がいた。
髪と目は青色で、白いスベスベとした肌を持ち、下半身は青い鱗をした魚で、上半身は人間の女性で裸だった。
「はっ......! こ、ここはどこじゃ! 貴様は誰じゃ!」人魚が私を指さして叫んだ。
「え、えっと、ここは私の家で、私があなたを呼びました。貴方が、竜神様なんですよね?」私は尋ねた。
人魚は私が尋ねると元気に言った。
「竜神......? 違うぞ、私は大いなる海より生まれし海の神! 名は............まだ無い!」
「マダナイって名前なんですか? どこぞの猫みたいですね」私は不思議に思いながら言った。
「違うわ! まだ名前がつけられていないんじゃあ!」人魚は食い気味に言った。
「なるほど......じゃあ私が名付けてもいいですか?」
「......初対面の人間に名付けられるのはあれじゃが......まあいいだろう。我が名をつくれ! ......なるべく、かわいいのをな」人魚が照れくさそうに言った。
私はあごに手をつけて考えた。
(人魚......八百比丘尼とかアマビエとかだよな......うーん、そうだ!)
私は人魚に向かって言った。
「"ヤオマ"......なんてどうでしょうか!」
「うーむ、まあいいだろう。今日から私はヤオマと名乗ってやろう!」ヤオマは嬉しそうに言った。
「早速なんですけど、ヤオマ様にお願いがあります!」と私は畏まって言った。
「なんじゃ? 今は機嫌がいいから何でも聞いてやるぞ!」
「では遠慮なく......このクソみたいな世界を壊してください!」私は期待を込めて叫んだ。
しかしヤオマは即答した。
「え、無理......」
「えー......」私は期待を裏切られたようで、空いた口が塞がらなかった。
「残念だけど、私には世界を滅ぼせるくらいの力は無いんだよ。せいぜいここら一帯を海の底に沈めるくらいしか出来ない」とヤオマは言った。
「めっちゃ凄いじゃ無いですか! それで良いです、やってくださいよ!」と私は言った。
「............いいのか? お前は人間だろう。ここら一帯海の底に沈めたらお前の同胞が大勢死ぬんだぞ?」とヤオマは言った。
「それでいいんですよ。人間なんてクズばっかですし......」
「どうしてそんなにお前は人間を憎んでいるんだ? 同族だろ。理由を聞かせてくれ。話を聞いてからでも海の底に沈めるのは遅く無い」とヤオマは諭すように言った。
「......言わないとやってくれない感じっぽいですね......わかりました話しますよ」
◇◇◆◆◇◇
私の両親は蛇骨教という宗教にどっぷりハマっていた。いるかもわからない蛇骨という神を信仰して、毎月たくさんのお金を蛇骨教に払っていた。これも救われるためだと両親は言っていたが、幼い私にも二人は異常に見えた。
私が小学校くらいの時に突如として蛇骨教は解体された。理由はよくわからないが、おおかた信者に多額の寄付金を強制させていることがバレたのだろう。
けれど、私の両親は蛇骨への信仰を辞めなかった。この家には代々受け継がれた竜神の骨があったので、元からオカルトを信じやすい一族だからだったのかもしれない。
周囲の目は厳しく、中学に入った頃には宗教二世ということもあって近寄りがたい雰囲気があったのか、話しかけても無視されてしまって孤立した状態になった。
そして半年前、私が高校生一年生になってすぐ、両親は自殺した。二人の遺書には『人間は許されざる悪事を行なってしまった。私たちだけでもその罪を償わなければ神の祟りが来る』と書かれていた。
私は遺書を読んだ後にその紙をぐちゃぐちゃに丸めて捨てた。
それからは叔父に引き取られたが、叔父はいわゆる変態でいつも嫌な視線を向けてくるし、この前はお風呂に入っている時にわざと一緒に入ろうとしてきた。
だから家を出て初めて夜の街を歩いた。その時、運悪く弱そうな男が数人の男たちに殴られているのを見かけた。だから止めようとしたら私が逆に殴られた。弱そうな男は私を置いてさっさと逃げて、本当にイラついた。
周りの連中も結局は見てみぬふりだった。それもそうだろう。自分が殴られたらやだしね。
◇◇◆◆◇◇
「私は、別に自分の不幸な話がしたかったんじゃ無いですよ。だって私より不幸な人はいっぱいいますから。でも、そんな不幸な人に人間は誰も手を差し伸べない。だから滅びちゃえばいい。そう思っただけです」
ヤオマは真剣そうな顔で言った。
「......まあ、大体わかったよ。でも、君は見た目的にまだ若そうだし、人間の社会というものを深く見られて無いんじゃないの? 不幸な人にもしかしたら手を差し伸べてくれる人間は必ずいるからね」
私は声を荒げて言った。
「どうして、人魚の貴方がそんなこと言えるんですか!」
「......だって、私の目の前にいるもの」とヤオマは言った。
「......え?」私は思わぬ発言に驚いてしまった。
ヤオマは優しく言った。
「私は人間のことをあまりよく知らないけれど、君は疲れてしまっただけで、本当は優しい子だってわかる。だから、少し休んでみて。そうしたら、気分も変わるかもよ」
「.......私は、疲れてなんてないです」
私がそう言うと、ヤオマは私をそっと抱きしめた。
「体の疲れと心の疲れは別物だよ。だから、少しリフレッシュでもしよう。そうだ、海の中を泳いでみる?」
「海に行くんですか? 遠いですよ」
「大丈夫。私は海の神だからね」
次の瞬間、私はなぜか水着で浜辺に立っていた。
「貸し切りみたいなものだから、一緒に泳ごう」とヤオマが元気よく言った。
「......気分が乗らないと言うか......」と私が言いかけると、ヤオマは私の手を引っ張って海へと向かった。そして海の中に入った。水は少し冷たいが、ヤオマの手の温もりを強く感じたら
不思議なことに水中で息ができ、ヤオマと会話をすることも出来た。
「あそこを見てごらん」とヤオマが指差した方向を見ると、そこには美しい魚たちが優雅に泳ぐ姿が見えた。
私は光差し込む海の美しい姿に心を奪われた。
「きれい......」私はそう呟いていた。
「でしょ! 他にも.......ほら!」
すると美しい色とりどりの珊瑚でつくられた家のようなものが映し出された。それはまるで海の宮殿のようだった。
「すごい、海の中にこんなものがあるなんて......あれは私の家なんだ。秘密の隠れ家みたいなものだよ!」とヤオマはニッコリ笑って言った。
そして、しばらくして私たちは海を出た。
「おお! 地上ですな!」とヤオマが無邪気に言った。
「はははは。なんか、世界を滅ぼして欲しいなんて馬鹿なこと言ってたのが恥ずかしいよ。私は小さいものしか見れていなかったんだね。大きい海を見たらなんかバカらしくなっちゃった」私は笑って言った。
「それは何よりだね。それじゃあ、そんな君に二つの選択肢をあげるよ」とヤオマが言った。
「選択肢......?」私が尋ねるとヤオマは答えた。
「一つは、このまま地上に戻って今まで通りの生活を送ること。もう一つは、私と一緒に海で暮らすこと」
私は考えが揺れ動いた。あの美しい海の世界にいたいという気持ちと、今まで通りのとても疲れる生活。
私は悩んだ末に選んだ。
「私は──」
◇◇◆◆◇◇
私は地上でいつも通りの生活に戻ることにした。
私は一度家に戻って再び高校に通うことにした。キモかった叔父は不思議なことに私が家出から帰ってくると妙に優しくなっていた。
私はしばらく怪しんでいたが、ある日掃除をしている時に一枚の"青いウロコ"を見つけたことで合点がいった。きっとヤオマが何かしてくれたのだろう。
高校には私が宗教二世と知る人はいないので私は平穏に過ごせている。友達も一人だがつくることが出来たので、なんとか楽しく過ごせている。
もしあの日、私がヤオマに出会わなかったら、私は今頃どうしていたのだろうか? 考えてもわからないが、きっと悲惨なことになっていただろう。
私は久しぶりにあの日の海に行った。波は穏やかで、とても大きく広い海が広がっている。私は海に向かって呟いた。
「ありがとう、ヤオマ──」
別の選択肢を選んだ場合は次の話ですが、こちらは見ても見なくてもいいです。