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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

お飾り妻生活を満喫していたのに王子様に溺愛されちゃった!?

作者: 玖遠紅音

 私は知っている。

 自分が出来損ないだって言うこと。

 両親が求めるような娘になれなかったことを。


「ルイナ。お前の嫁ぎ先が決まった。お相手はハルベルト侯爵殿だ」


 だからあの日、お父様が私に望まない政略結婚を求めてきた時もなにも不思議に思わなかった。


「分かりました。お父様」


 だからこそ笑顔で頷いて見せた。

 それが私にできる、両親へのせめてもの恩返しだから。


 父は喜んでいた。

 お父様が私に笑いかけてくれるなんていつぶりだろう。


 アーリー・ハルベルト侯爵様。

 先代の御父上が急遽され、若くして当主となったお方で、厳格な目つきと長身が特徴的。

 しかし鮮やかな黄金色の髪を靡かせる様は物語に登場する王子を連想させ、その端麗な容姿から学院の女子からも多大なる人気を得ていたのを覚えている。


 でも私は会ったこともない人に恋に落ちるだなんて経験はない。

 というか、19歳にもなって誰かを本気で好きになったことがない。

 もう周りには嫁いで子供を設けた女の子もいるというのに。


 だからもう、いいの。

 私の名はルイナ・ハーキュリー。

 ハーキュリー伯爵家に生を受けた貴族令嬢だ。


 貴族に生まれた時点で恋愛結婚に至る女の子はほとんどいない。

 多くの子は好きでもない相手と結婚させられ、嫁ぎ先の人間としてそのまま一生を終える。

 そんなことは昔から分かりきっていた。


 だからせめて――これから旦那様になる人を精一杯好きになろう。

 どんな人で、どういうものが好みで、どうすると喜ぶのか。

 一生懸命調べて、全力で私のことを好きになってもらって、そうして私も彼を好きになろう。


 それくらいの自由は――許されるよね?


 そんな想いを抱きながら。

 私はまだ会話すらことのない、10も年上の男性に想いを募らせながら、その日は眠りについた。


 そして翌日。

 もう既に決定事項として裏である程度の段取りをつけていたのだろう。

 私は早速アーリー様とお会いするべく、早朝からハルベルト家へと向かうことになった。


 ハルベルト侯爵家は我が国の重要な産業である冒険者ギルド及びそれに関連する商工業の元締めだ。

 冒険者ギルドは未開拓の地や様々な秘境を求めて旅する旅人や、魔物と称される危険な生物を討伐する戦士、あるいは町中至る所に存在する困りごとの解決屋なんかをまとめる組織。

 要はなんでも屋さんの冒険者にあらゆる仕事を割り振る斡旋屋さんだ。


 我が国の同盟国の全ての町村に必ず1つは存在する大組織。

 その常任理事を代々務めているのが現当主であるアーリー様という訳だ。

 そんな大物に自分の娘が嫁ぐことで関係を持てるというのだから、そりゃあお父様も笑顔になるに違いない。


 でも、数多くいる未婚の令嬢たちの中から、どうして私を選んだんだろう。

 私の容姿は自分でいうのもアレだが決して悪くはない。

 お母さま譲りの鮮やかな緑色の髪が自慢で、お世辞だとしても学院に通っていた頃は褒められることも少なくなかった。


 だけど私よりももっと美人で、もっと多才多芸で、家柄も良い女の子はたくさんいた。

 はっきり言って両親からも期待はされていなかったし、アーリー様のようなお方の眼中にも入らないはずなのに……


 馬車に揺られながらそんなことを考えていた私だが、その答えは意外にもあっさりと知ることができた。


「よく来てくれた。ルイナ・ハーキュリー嬢。ハルベルト侯爵家当主、アーリーが君を歓迎しよう」


「お初にお目にかかります。アーリー様」


 我が家よりも数段豪華な屋敷に通され、様々な調度品がずらりと並べられた廊下を通って通された当主アーリー様の部屋。

 そこで私は丁重にもてなされた。


「早速だが私と君は結婚をすることとなった。事前の付き合いもなく困惑しているだろうが、安心してもらいたい」


 目つきは少し怖いけど、最初に見た時と比べると少し穏やかな表情をしている。

 だけどその言葉にはあまり感情がこもっていないような、冷たい何かを感じてしまった。


「君は我が妻として存在してくれているだけで良い。他は何も求めん。近くの別荘を与えるから、そこで暮らしてくれ。不自由はさせん」


 あぁ。そういう事だったんだ。

 そりゃあ冷たく感じるわけだ。

 アーリー様は書面上の妻が欲しいだけで、私のことが気に入ったわけではなかったんだ。


 告白したわけでもないのに、ちょっとフラれた気分。

 なのにそんなに悲しくならない自分がむしろ悲しいなぁ。


「分かりました。旦那様。これからよろしくお願いいたします」


 だから私はそれを受け入れて笑顔で頭を下げた。

 これから旦那様となるお方と愛を育むことは出来ないのだろう。

 だって私がそういった瞬間、アーリー様の口角が上がるのが見えたから。


 こうして私のお飾り妻生活が幕を開けることになったのだ。


 そして私が侯爵家に嫁いでから早くも1ヶ月が経った。

 と言ってもそれはただの書類上の関係。

 お飾りの妻に過ぎず、旦那様が住まう本家から少し離れたところにある別荘でひっそりと暮らしている。


 私はそんな生活に――


「これ! 私がずっと読みたかった魔導書だ! わぁー! 何処探しても手に入れられなくてモヤモヤしてたのに!」


 大満足していた。


 両親の管理下から外れ、面倒くさいパーティなんかにもほとんど出席しなくて良い。

 何も求められず、一日中好きなことをして暮らして良い。

 周りのことは何でもメイドさんたちがやってくれるし、実家にいるよりもはるかに快適な生活が私を待っていた。


 そして何よりこの図書館!

 ハルベルト家はどうやら先代が書物収集を趣味としていたということで、この別荘には莫大な蔵書が存在していた。

 そこには私が大好きな魔法に関する書物がたくさんあって、ここへ来てから毎日読み漁っているのに未だ1割すら読破できていない。


『魔法なんぞ貴族には不要な技術だ。そんな野蛮で危険なものは平民に扱わせておけばよい』


 っていうのがお父様の口癖で、我が家に魔法関連の本がほとんどないのは勿論、私が魔法を学ぶことすら許してくれなかった。

 魔法というのは体内に眠る魔力(マナ)を使って世界に満ちる大いなる魔力(マナ)に働きかけて様々な超常現象を引き起こす奇跡だ。

 その力を用いれば何もないところから炎や水を生み出したり、普通では治せない傷を癒したりといろんなことができる。

 数百年前までは魔女の外法とされていたけれど、今では冒険者や国の兵士まで用いるポピュラーな技術になっている。


 私は幼い頃、近くの森で遊んでいたときに派手に転んで泣いていたところを流れの魔法使いのお姉さんに助けられたことがある。

 大きな紫色の三角帽を被っていて顔はよく覚えていなかったけれど、足を怪我した上に友達とはぐれて置いていかれてしまった私のところに現れて、


「大丈夫。痛いのはすぐに飛んでいくわ。ほら!」


 そう言いながら私の擦り剝けた膝に手をかざして、温かい緑色の光で包むと瞬く間に傷が塞がった

 痛くて痛くてしょうがなかったのに、あっという間に立ち上がれるまで回復したんだ。

 当時の私はそれを神の奇跡だと思い込み、お姉さんのことを森の神様なんだと思った。

 でもお姉さんはそれに対して首を横に振った。


「いいえ。これはれっきとした人間の力。いつかきっと、あなたにも同じことができるはずよ」


 町のすぐ近くまで送ってくれたお姉さんは、最後にそう言い残して森の奥へ消えていってしまった。

 それから何度か、お姉さんにお礼を言おうと森へ踏み込んだけど、あれから一度も出会えていない。

 でも、お姉さんが言い残した言葉は本当だった。


「あっ、奥様! お待たせいたしました。お昼の準備ができましたので、お越しいただけますか?」


 読書に集中していたので、すぐ近くまで来ていたメイド――メアさんの存在に気づけなかった。

 彼女は私の4個上のメイドさんで、綺麗な赤色の髪と銀のカチューシャが特徴的だ。

 この別荘の中では一番偉い立場にいるメイドさんで、ここに来て初めてできた私のお話友達でもある。


 それにしてももうお昼ごはんの時間か……うーん、今いいところなんだよなぁ……

 どうしよう。ここまで運んできてもらおうかな?

 一瞬そんな考えが頭をよぎる。


「分かりました! すぐ行きます!」


 でもそんな考えは振り払って、私は読みかけの本にお花模様のしおりを差し込んだ。

 メアさんなら頼んだらきっと嫌な顔一つせずここまで料理を運んでくれる。

 でもそれじゃあダメだ。私、ダメ人間になっちゃう。

 それに――


「メアさん。ちょっと左手見せて」


「えっ、左手――ですか? はい、どうぞ……?」


 やや困惑しながらも、メアさんは左手を私に向けて差し出した。

 細く色白だが力仕事もこなしていることから、私のそれよりもがっちりとした五本指。

 でもその薬指にはやや厚めの包帯が巻かれていた。


「指、怪我したんですよね? ちょっと包帯取ってみてくれますか?」


 そういうとほんの少しだけメアさんが躊躇う。

 でもすぐに包帯の拘束を解いて私にそれを見せつけた。

 そこには第一関節から第二関節の先まで斜めにぱっくり裂けた傷があった。

 ものすごく痛そう……早く治してあげなくちゃ。


「ちょっとだけ我慢してね。痛いのすぐ飛んでいくから」


「えっと、奥様……?」


 私はメアさんの指を両手でやさしく包み込み、体の奥底からマナを流し込む。

 元通りの正常な指を強く想像すると、ゆっくりと淡い緑色の光が包み込んだ。

 メアさんは目を見開いて驚いていたが、抵抗するようなことは無くそのまま黙って見守ってくれている。

 そして、


「はい! これでよし! もう痛くないでしょう?」


「これは……回復魔法? 奥様回復魔法の使い手でいらっしゃったのですか!?」


 すっかり傷が塞がって他の指と同じように綺麗な指に戻った薬指を撫でながら私を何故かキラキラした目で見てきた

 それどころかもう片方の手を添えて今度は私の手をぎゅっと握ってくる。


 この国――いや、この世界において回復魔法というのは実はとても貴重だったりする。

 まずマナを感じ取ることができる人間が人口の7割と言われ、その中でさらに魔法を扱える段階までたどり着ける人間は3割ほどしかいない。

 回復魔法は他の魔法と違ってどうやら非常に高度な技術のようで、扱える人間は魔法使いの中でも1割未満とまで言われている。


 そのためどこの国でも回復魔法の使い手は貴重な存在で、国やお金持ちが大金を叩いて抱え込むパターンも珍しくないんだって。

 でも私はそもそもお父様に魔法に触れることを禁止されていたので私が回復魔法を使えるってこと知っている人はほとんどいない。

 私も隠れてこそこそ魔法の勉強をしていたから誰かに喋る機会もなかったし……


「あ、はい。まあその、一応……」


「凄いです奥様! 旦那様にそのお力を見せればきっと――あっ、も、申し訳ございません! 今のは――」


 私が顔を顰めたのに気付いたのか、メアさんは慌てて謝ってきた。

 別に私が回復魔法を使えることはバレてもいいけど、態々自分から申告して関係を改善しようとは思わない。

 一度私を突き放した人に媚びてまで権力を得ようだなんて私はそんな図太い女にはなれそうにもないから。


「大丈夫です。さ、ご飯食べに行きましょう!」


「は、はいっ!」


 少し考え込んでしまったけど、私がいつもと変わらず笑顔で返事をする。

 お母さまが言っていた。

 心の中でどんなことを思っていようと、女の子は笑顔でいる方がいいことがいっぱい起きるって。


 あなたは笑顔だけは立派ね。

 と、よく言われた。

 姉妹の中で何もかも他の姉妹に劣っていた私が。

 魔法以外なんのとりえもない私が、唯一無条件で褒められたのが笑顔だったっけ。


 朝。

 今日は雲一つない快晴で、やんわりと体に当たる冷たい風が心地いい。

 本が大好きで引きこもり気質な私でも、こんな日は外に出て散歩をしたいと思うくらいにはいい天気だ。


「メアさん。私、ちょっと外出してますね」


「承知いたしました奥様。いつ頃お戻りになられますか?」


「うーん……日が落ちるまでには帰れると思います」


「承知いたしました。行ってらっしゃいませ奥様」


 相変わらずの美しい所作で私を見送ってくれたメアさんに軽く手を振りながら、私はお屋敷を出発した。

 このお屋敷、別荘とは言うものの本宅とそう大して変わらないくらい立派な建物だ。

 お飾りの妻だからってバカにしてくるメイドさんもいないし、扱いも最上級と言っていい。


 これも旦那様(あの人)なりの愛なのかもしれない。

 ただ扱いを悪くして面倒なもめ事を起こしたくないだけかもしれないけれど。

 きっとそう思った方が幸せに違いない。

 なにより私はこの現状に満足しているから、これでいいんだ。


 お庭を手入れしている庭師さんに軽く会釈して、私は目的地に向けて歩き出した。


 私が外を出歩くとき、必ず立ち寄る場所が一つある。

 それが町はずれにある小さな教会だ。

 この国で広く信仰されているハピス教の教会は貴族が住まう貴族街にも多数存在するけど、私はこの平民街の外れにある教会が好きで頻繁に通っている。


 辛く苦しい俗世で精一杯生きる人間が持つ力強い“心の星”の輝きが神に届いたとき、人々は幸福を得ることができるだろう。

 というのがザックリとしたハピス教の教え。

 つまり本気で幸せを願って努力していればいつかきっと神様が見つけてくれて、報われる日が来るってことらしい。


 教会は民家と比べると少し大きな建物。

 その入口の大扉の上には、ハピス教の象徴である五芒星を象ったマークが刻まれている。

 私はその扉に両手を置いて、躊躇いなく開いた。


「あっ! ルイナねーちゃんだ!」


「ほんとだー! おねーちゃん最近来てくれなかったから寂しかったんだよー?」


 私が足を一歩踏み入れるころには、さっきまで牧師さんのお話を聞いていたはずの十数人の子供たちが私の周りに群がってきていた。

 子供たちは反応も早ければ行動も早い。

 あっという間に私は囲まれてしまった。


「あっ、ねーちゃん指輪してる!」


「ルイナおねーさんはケッコンしたんだから当然でしょ!」


「そんなぁー、オレもうちょい大きくなったらねーちゃんに告白しようって思ってたのにー」


「はははっ、お前じゃ絶対断られるにきまってる!」


「なんだとー!」


 ここの子供たちはいつも元気いっぱいだ。

 ここには主に両親が共働きの子や、片親で家に一人ぼっちになってしまう子供たちが集まる。

 この教会ではみんな等しい神の子として、昼の間はこうした子供たちの面倒を見ているんだ。


「こらこら。ルイナさんが困っているではありませんか。それにまだお勉強の途中でしょう。さぁ、みんな席に戻りましょう」


「はぁーい」


 奥から歩いてきた神父さんに言われ、子供たちはやや名残惜しそうに私の下を離れ、机へと散っていった。


「ごめんなさい、バークスさん。お邪魔してしまって」


「いえ、とんでもないです。子供たちもあなたが来ないととても寂しがるので、こうしてまた来てくださって嬉しいですよ」


 バークスさんはこの教会の神父さんで、立派な顎髭が特徴的な初老の男性だ。

 子供たちに勉強を教え、面倒を見ているのは教会共通の方針という訳ではなく、ただ単にバークスさんが子供好きで困っている人の助けになりたいという理由からだ。

 私がここを知ったのも、小さい頃に両親から全く期待されず一人で思い悩んでいたところにバークスさんが声をかけてくれたから。

 それ以降、嫌なことがあった時はここの教会によく通ってバークスさんにお話を聞いてもらったりしてとてもお世話になった過去がある。


「改めて、ハルベルト侯爵様とご結婚なされたそうで、誠におめでとうございます。長く苦労をなされたあなたがこうして幸せの星を掴むことができた事を心より嬉しく思います」


「ありがとうございます、バークスさん。本当はこの教会で式を挙げられたらよかったのですが……」


「はっはっはっ、こんな小さなぼろ教会ではルイナ嬢の晴れの舞台には似合いますまい。それでもその言葉、とてもうれしく思いますよ」


 そういえば旦那様と結婚してからここへ来るのは初めてだった。

 しばらくはずっと図書室に籠って本を読み漁っていたから仕方ないけれど、もっと早く来ればよかったなと思う。

 まあバークスさんが思い描いている幸せと私の現状(幸せ)には違いがあるけれど、素直に祝福の言葉はありがたく受け取ろう。

 

「子供たちのお勉強もまもなくひと段落付きます。もしよろしければお茶でもしていきませんか?」


「ありがとうございます。是非ご一緒させてください」


 ここに来れば私は貴族としてではなく、みんな神の子――普通の女の子として扱ってくれる。

 とっても居心地がいい空間。私はここが大好きだ。

 せっかくだから子供たちと遊びながらゆったりとした時間を過ごさせてもらおう。


「――っ!?」


 そう思った矢先、すぐ近くで大きな音が響いた。

 これは――何かが崩落した音?

 そう脳が認識すると、私の体は自然と動き出していた。


「ルイナさん!」


「私、ちょっと様子を見てきます!」


 誰かが私の助けを必要としている。

 そんな気がして。

 

 教会は大森林と隣接した町はずれに存在する。

 音が聞こえてきたのはその森の中からだ。


 この大森林の奥深くにはとても危険な魔物が跋扈していると言われ、小さい頃には近づくなとよく言われた思い出がある。

 だけどさっきの轟音は明らかに普通じゃない。

 浅いところならば人が出入りすることもそう珍しくはないので、もしかすると誰かが事故に巻き込まれてしまったのかもしれない。


 それに万が一、危険な魔物が現れたんだとしたら、教会に近づく前に追い返さなきゃ。

 そう強く決意して、私は走った。


「――っ! 大丈夫ですかっ!!」


 私が辿り着いた現場は酷いものだった。

 武装していたはずの4人の兵隊さんたちが傷だらけで倒れていて、周囲には激しい戦いの残骸と思われる武器や血液が至る所に散っていた。

 私は一瞬頭の中が真っ白になるが、それよりも先に早く助けないとという明確な意思が私の体を突き動かした。

 

 すぐ手前にいる兵隊さんは――右腕がなくなっていた。


「いったい誰がこんなひどいことを……すぐに治療しますからね!」


 私はすぐさま意識を集中させ、癒しの魔法を用いて傷の治療を試みる。

 一番まずいのはこの腕だ。

 回復魔法は自身のマナを分け与えて人間が持つ自己再生能力を飛躍的に高めて治癒する魔法。

 欠損した部位を無から作り出すことなんてできない。

 だからこれを元通りにするには飛んでしまった腕が必要なんだけど――


「ない……どうしよう……」


 ここで断面を塞いで血を止めることは出来る。

 だけどここで塞いでしまったら――この人の右腕は一生元通りにはならない。

 少なくとも、私にはできない。


「……ごめんなさい。探している時間はもうありません。許してください」


 この人はもう、血を失い過ぎている。

 このまま放っておいたら間違いなく死ぬ。

 だからこそ、謝罪の言葉を口にしながらも欠損した右腕へと手を伸ばした。


 他の人たちもこの人ほどじゃないけど重症だ。

 すぐにでも治療しないと命が危ないかもしれない。

 絶対に、助けなきゃ。


「……うっ、ぐはっ!」


「っ! 動かないでください! 今治療中です!」


 傷口を塞ぎ、マナを流し込んで一時的に失った血液の働きを代行させる。

 その成果が出たのか、意識を失っていた兵隊さんが血を吐きながらも目を覚ました。


「キミは……奴は、どこに……殿下は……」


「私は流れの回復術師です! 必ず助けるので今は静かに――」


「すまない……頼みが――ある」


「今は聞けません! あなた死んじゃいますよ!!」


 命の危機だ。できれば今は黙って眠っていてほしい。

 だから自然と語気も強くなる。

 回復魔法は人体の中身に干渉する魔法だ。

 だからこそ決して集中力を欠いてはいけない。


「ここから少し先――殿下が……エヴァン殿下がいる! ドラゴンの攻撃を受けて激しく飛ばされ――大怪我をされているはずだ! 頼む、助けてくれっ……!」


「エヴァン殿下が!? 分かりました、あなたの治療が終わり次第すぐに向かいます!」


「ダメ、だ! ぐぅっ……私は殿下の、護衛を任された身。私のことは後にして――すぐに向かってほしい!」


「ダメですよ! アナタももう危ないんです! だから――」


「もし殿下の身に万が一のことがあっては我が一族末代までの恥となる! 頼む――後生の頼みだ――どうか、殿下を……」


「――っ!!」


 まさに鬼の様な形相で残った左腕で私の腕をつかみ、訴えかけてくる。 

 その瞼にはうっすら涙が溜まっているし、その体はずっと小刻みに震えている。

 痛いし、辛いし、死にたくないだろう。

 それでも、その眼の奥には明確な強い意志が私に強く訴えている。


 私は彼の体から手を離した。

 私の支えを失った背中は力なく大樹に寄り掛かった。

 私の手も、震えていた。

 だけど無理矢理ぎゅっと握って、渾身の笑顔を見せた。


「分かりました! すぐにその方を助けてここに戻ってくるので絶対に死なないでくださいね!」

 

「あぁ、ありがとう……」


「……誇り高き兵隊さん。お名前を、教えてください」


「俺の名は――グラム。親切な回復術師さん……殿下を、お願いします……」


 もう言葉はいらないし、時間もない。

 力なく崩れ落ちるグラムさんに私はくるりと背を向けて、彼が指をさした方角へ向けて走り出した。

 その先は木々が強引に吹き飛ばされてできた道があった。

 

 ……約束は、守ります。

 だからあなたも絶対に約束、守ってくださいね。

 グラムさん。


「はっ、はっ……急がなきゃっ……」


 慣れない運動を強いられた私の体はあちこちから悲鳴を上げている。

 インドアな私には全力ダッシュがキツい!

 足場は木の根っこだらけで不安定で危ないし、靴も比較的動きやすいものを選んできたけどこんな道を走るのには全く適していない。

 それでも急ぐ。急がないとだめだ。


 エヴァン・フォン・アーセナル殿下は、我が国の第三王子だ。

 王位継承権こそ高くはないが、容姿端麗で人当たりが良く誰からも愛されるようなお方と噂に聞いている。

 実際にお目にかかったことは無いが、きっと素敵なお方なのだろう。

 それこそ彼の部下――グラムさんが、自らの命を捨てる覚悟で助けたいと口にするくらいには。


 例え一族の恥になるとしても。

 生き延びても一生汚名を背負って生きることになるとしても。

 自分の命が尽きようとしている極限下で、自分を見捨ててくれと口にできる人間は多くない。


 あの場で彼の治療を終えなかったことに悔いはある。

 だけど、私は彼の命以上に彼の誇りを殺したくなかった。

 あの人は私にはないモノ――その命すら差し出せるほどの強い信念を持っていたから。

 あの時不謹慎ながら私は“羨ましい”と思ってしまった。


 だから急ぐ。

 どっちにしろエヴァン殿下の危機を知りながら見捨てたらそりゃあ私だって同罪だ。

 でもそんな思考に邪魔されて、ここですべてを放棄して逃げ出せるほど私の神経は図太くないのだ。


「見つけたっ……!」


 エヴァン殿下は確かにこの歪な直通路の先にいた。

 血まみれでぐったりとしている。

 物凄い力で吹き飛ばされ、木々をへし折りながらようやくその勢いが死んだとき、太い大木に激突して止まれたのだろう。

 グラムさんはドラゴンの仕業と言っていたけれど、確かにドラゴンほどの強大な力があればこんな現象すらも引き起こせてしまうのだろう。


 意識がないので申し訳ないけれど勝手に体に触れさせてもらい、魔法でその体の様子を確認し、その傷の具合を見極める。


「……ひどい」


 生きてはいる。だけど、“まだ”死んでいないだけだ。

 全身のありとあらゆる骨が折れている。

 しかも折れた骨が内臓に刺さってその機能を維持できていない。

 このままだと確実に――死ぬ。

 あと少し到着が遅れていたら間に合わなかったかもしれない。


 回復魔法はあらゆる傷や病に働きかけて癒すことは出来るけど、体の機能が完全に停止――つまり死んでしまった場合はもうどうしようもできない。

 死んでしまった人を元通りにするなんて神の奇跡のようなことは起こせない。

 それでも、ほんの僅かでも息があり、体が生きるために頑張れる力が残っているなら、


「私が必ず――助けますから!」


 死にかけの人の治療をするのは実は初めてじゃない。

 お父様に隠れて街に出て回復魔法を学んでいた時、“今私が治療しなければ確実に救えない命”に何度も出会ったことがある。

 この世界で“手が付けられなくなる前”に“高額の医療”を受けられる人は多くない。

 貴族でもなければ、本来救えるはずの命も救われず、そのまま死んでしまうのが普通なんだ。

 腕のいい回復術師はみんな、お金持ちが抱えこんでいるんだから。


「――っ、ぐふっ!」


 殿下が血を吐きだした!

 少しずつ体が元通りに近づいている。

 すべての傷を一度に塞いで修復するなんて真似はできないから、一つずつ丁寧に、慎重に――かつ迅速に。

 死に直結するモノから優先して癒していく。


 体の奥底で燃え上がるマナが見る見るうちに減っていくのを感じる。

 マナは魔法使いとしての命そのものだ。

 燃やせば燃やすほど、魔法を生み出すのが難しくなる。

 自然回復の速度を超えてマナを全て使い果たしてしまうと、今度は私の命が危なくなってしまうんだ。


 でも今はそんなのお構いなしだ。

 ここで手を抜いたら一生後悔する。

 マナが足りませんでした。ごめんなさい。

 じゃあ済まないんだ。


 私は過去に何度も“救えなかった命”を見てきた。

 それは“今私が治療しなければ絶対に救えなかった命”が“今私が治療しても救えなかった命”に変わっただけ。


「ルイナさんのせいじゃないよ」


「最期まで頑張ってくれて本当にありがとう」


 大粒の涙を流しながら、みんなは私にそう言ってくれた。

 でも、私の手から転げ落ちた落ちた命は、きっと私にそう言ってはくれないだろう。

 私が必死に救い上げようとした命が、絶対に手が届かないところまで零れ落ちて沈んでいくのは、どうしようもなく辛くて、悲しくて。

 それ以上に――悔しくて。

 どうしようもないくらいの自己嫌悪に襲われる。


 だから私は必死に回復魔法を勉強した。

 マナの総量を増やす訓練をした。

 お母様は毎日ほっつき歩いている暇があるなら芸の一つでも身につけなさいと言ってきたけれど、私は全部無視して魔法を極めた。


 だって、私なんかよりもずっと優秀な姉妹が家を支えてくれるから。

 だったら私にしかできないこと――私の視界に入った救える命を絶対に取りこぼさないこと。

 その信念だけは、絶対に誰にも負けない。


 無限にも思えるような時間の中で、私は全てを注ぎ込んだ。

 私の想いと力。そして預かったグラムさんたちの願い。

 今まで救うことができなかった命と後悔。

 その全てを燃やして、精一杯の治療を施した。


 そして――


「――っ、ぐ、ぅ、ここは……」


 ついに私は、その命を繋ぎとめることに成功した。

 気が付くと私は、そのぼろぼろの体を抱きしめていた。

 すぐにでも消えてしまいそうなか細い命だったのに、今はそのがっちりとした体格がとても頼もしく思えた。


「よかった……生きてて、良かった……」


 自然とそんな声が漏れてしまった。


♢♢♢


 オレの名はエヴァン・フォン・アーセナル。

 歴史あるアーセナル王国の現国王の子で第三王子に当たる人間だ。

 アーセナル王国は小国ではあるが冒険者ギルド関連の産業や魔法技術において他の大国と張り合えるほどの力がある。

 そんな国の王子に生まれたオレはきっと幸せ者なのだろう。


 幼い頃から何一つ不自由のない生活を送り、面倒なことは全部他人に任せる。

 王族としての責務だってオレよりもはるかに優秀な兄さん達が優先される。

 一応『第三王子派』を名乗る貴族たちから王位を目指されてはいかがかと口煩く言われることもあるが、王位継承権第五位のオレにいったい何を期待しているんだか。


 どうせヴィレム兄さんとナスカ兄さんのどっちかが次期国王となる。

 だったらオレはなるべく目立たず、変な争いごとに巻き込まれないようおとなしくしているのが吉だ。

 ぐーたらダラけてまったりしているだけでオレはいいのさ。


 10歳のころまでは本気でそう思っていた。


「エヴァン! 今夜、ヴィレム兄さんの誕生日祝いのパーティを開いてもらえるらしいんだ! お前も来てくれよ! 一緒に祝ってやろうぜ!」


 ある夜――ヴィレム兄さんが15の誕生日を迎える記念に盛大なパーティが開かれることをナスカ兄さんが伝えてきた。

 意外かもしれないけれど、俺たち兄弟の仲は非常に良い。

 引っ込み思案でだらけ者のオレをいつも兄さんたちは気にかけてくれている


「実はでっけえプレゼントボックスを用意してもらったんだ! だからさ、それに隠れて兄さんに箱を開けさせるんだ! そしたら中から俺たちが飛び出して派手に祝ってやろうぜ!」


 俺の3つ上のナスカ兄さんはとても頭が良く、それでいてこう言ったイタズラともドッキリとも呼べるような計画を練るのが大好きな人だ。

 実際過去にもオレの誕生日の日に俺が超苦手な虫を模した変なぬいぐるみを押し付けてきたけど、実はその中身がずっと俺の欲しがっていた希少な本だったなんてこともあった。

 とても家族愛の強い人だけど、努力の方向性は少し心配だ。


「今までいろんなドッキリ仕掛けてきたけどさ! 今年は兄さんが成人する記念日だからパーティに集中できるようオレ達は出席しないって伝えておいたんだ。兄さん多分悲しむけど、これが上手くいったら兄さん喜んでくれるに違いないぜ!」


 どうせ断ったって無駄なのは分かりきっているから、オレは二つ返事でオーケーした。

 兄さんはオレなんかと違って賢いからあらゆる弁舌でオレの参加意欲を刺激してくるに違いない。

 それにオレもヴィレム兄さんは大好きだから、祝いたいという気持ちは本気だ。


 そして夜、兄さんの誕生日と成人を迎えたことを記念するパーティは盛大に執り行われた。

 箱の中はかなり窮屈で暑苦しかったけれど、ここ一番という場面でドッキリは大成功した。


「お前らなぁ……」


 他にもいろいろな演出を仕込んでいたらしく、結果としてパーティも大盛り上がりしたんだ。

 まぁ結局その後二人纏めてヴィレム兄さんに思いっきり説教を食らう羽目になったけれどね……


 その後、パーティがひと段落付いて、オレはヴィレム兄さんに声をかけられ、二人で席を外した。

 ちなみにナスカ兄さんは主犯と言うことで父上にさらなる説教を食らっている最中だ。


「まったく。ナスカには困ったものだ。あれだけの面子が揃っている中でのドッキリとは、肝が据わっているのか、恐れ知らずなのか」


「はは……」


「エヴァンもどうせアイツの口車に乗せられたんだろう? お前も大変だな、まったく」


「うっ、ごめんなさい」


「なぜ謝る? 確かにあれはまあ問題行動だったけど、お前たちが祝ってくれたのは嬉しかったぞ? 本当にな」


「へへ、良かった」


 ヴィレム兄さんは笑っていた。

 最近は次期国王の最有力候補と言うことで忙しくしていたようだったけれど、きっと本心で喜んでくれている顔を見るとオレも嬉しくなる。


「でも! 今回は馴染み深い者しかいない場だったが、そうでない場合――例えば他国の人間との場でああいうことはしちゃだめだぞ! 父上もそう仰ると思うが、お前からもナスカによく言っておいてくれ。アイツ、お前の頼み事には弱いからな」


「はい!」


「うん。いい返事だ。それじゃあエヴァン――っ!? 伏せろ!!」


 兄さんが俺の頭を撫でようと右手を伸ばしてきた次の瞬間、オレの視界は真っ黒に染まった。

 そして――激しい爆撃音が周囲に響き渡った。

 襲い来る強烈な衝撃。兄さんはオレに覆いかぶさって守ってくれてたけど、それでも抑えきれず、二人とも激しく地面を転がって壁に叩きつけられた。


「いっ、つつ……あっ、に、ヴィレム兄さんっ!?」


「無事……だったか、エヴァン。よかった」


「兄さん! 血が……」


 何が起きたのかさっぱり分からなかった。

 でもさっきまで力強く俺を抱き留めていた兄さんは、今、力なくオレに寄り掛かっている。

 服も体もボロボロで、オレの腕には大量の血が流れていた。


「えっ、えっ……にい、さん……?」


 怖かった。

 優しくて、強くて、頼りになる。

 大好きで尊敬しているヴィレム兄さんが、とっても小さな存在に見えている。

 今手を離したら、兄さんがどこか遠くへ行ってしまいそうで。

 どうしようもなく怖かった。


「おーおー派手に吹っ飛んでくれたなァ! 流石にこれは死んだかァ?」


「おい! 長居は無用だ! さっさとずらかるぞ!」


「まあ待て待て。そう焦るなァ……せめて死体くらい確認させてくれよ……」


 煙の中から、男が歩いてきた。

 全身を真っ黒なローブで包み、深くフードを被っていてその顔を拝むことは出来ない。

 だけどオレは直感的に察したんだ。

 これをやったのが――あいつ等であることを。


 だとしたら、許せない。

 なんでこんなことをしたのか分からないけど、大好きな兄さんを傷つけた奴を許しちゃいけない。

 オレは無理矢理兄さんを引きはがし、刺激しないように壁に横たわらせ、奴らの前へ飛び出した。


「お、おいっ!」


「あ? なんだこのガキ」


「よくも――兄さんを!!」


「コイツ――第三王子か。あれを受けて立てるとは、第一王子が庇ったか」


「よォし、こいつも殺していくか! サクッとよ!」


「ひっ!?」


 男たちは、大きかった。

 背の高い大人は何度も見てきたけど、それとは違う大きさ。

 身の危険を感じる――格上の存在を感じた。

 ヤバい。逃げないと、ダメだ。


 頭ではそう思っていた。

 だけど体は答えてくれない。 

 胸が痛いくらい鼓動し、膝はがくがくと震えて動かない。

 逃げられない。


 それでも男はおかまいなしに近づいてくる。

 その右手には刃物が見えた。

 叫ぼうとしても、声が出ない。


「――死ね」


「あ……あっ……」


「――っ! 待て! 退避だ! もう来やがった!」


 男がすぐ目の前まで来て、大きな刃物を振り上げたところで、もう一人の男が声を上げ、ものすごいスピードで男を抱え込み、空中へと飛び出した。

 オレは、動けなかった。


「大丈夫かエヴァンっ! ヴィレム兄さんは――」


「マズい! 急げ!」


 そこからのことははっきりとは覚えていない。

 爆発音を聞いて飛び出してきた人たちが一斉にやってきて、俺たちの無事を確かめた。

 オレは傷一つなかったけど、兄さんは重症だった。

 呆然と崩れ落ちるオレの体を支えてくれたナスカ兄さんの腕の隙間から見えた、血まみれで運ばれていく兄さんの姿が目に焼き付いて離れない。


 緊張の糸が解れ、限界を迎えたオレは、ナスカ兄さんの腕の中で泣いた。

 怖かった。怖くて、痛くて、苦しくて。

 そしてどうしようもなく――悔しくて。


 絶望的なまでにオレは――無力だった。





「よし。行くぞ、お前たち」


 あれから7年の月日が流れた。

 人体の急所を護る軽防具と相棒の剣を装備し、四人の部下たちと共に、その日は朝早くから出発した。

 今日の目的は我がアーセナル王国の東に位置する大森林の調査も兼ねた訓練だ。


 7年前、大胆にも王家の領域に踏み込み、オレと兄さんに向けて爆撃を仕掛けた愚か者は、次期国王の最有力候補たるヴィレム兄さんの存在をよく思わない貴族の差し金だった。

 当然その貴族には極めて重い制裁が下され、実行犯も特定し処刑された。


 だけどあの日、オレは奴らを取り逃がした。

 あの時、オレに力があれば。

 誰にも負けないくらい強い力があれば。

 ヴィレム兄さんを守り切り、奴らを取り逃がすことなくこの手で捕らえることができたはずだ。


 あの後兄さんは何とか生き延びることができたが、満足に歩けないほどの後遺症を背負ってしまった。

 泣き止まない俺に向かって、父上はこう言った。


「守りたければ、強くなれ」


 と。

 オレはその言葉が、頭から離れなくなった。


 次の日からオレは剣を学び始めた。

 周囲の反対を押し切って道場の門を叩き、特別に稽古を付けてもらった。

 それから魔法を学んだ。

 魔法なんて平民が扱う野蛮な術だというのが貴族たちの共通認識と言う中でもオレは気にせず力を求めた。


 強くなりたかった。


「ま、参りました。恐るべき成長速度――流石です、エヴァン殿下」


 ただひたすら、一心不乱に強さを追い求めて、軍の実力者にも見劣りしないほどにはなった。

 でも満足することは無い。もっと貪欲に、強さを求める。


 体が不自由になっても、人望と優れた先見性を持つヴィレム兄さんがいつかきっとこの国の王になる。

 そして頭が良く、視野の広いナスカ兄さんがそれを支えて国を運営する。

 ならばオレは、この国で一番強い戦士になって、どんなことがあっても二人を守り切れる戦士になろう。


 それが俺の見つけた存在価値(レゾンデートル)

 だからこそ、わざわざ身分を隠してまで冒険者ギルドに登録し、実戦の場に身を置いている。

 それ故に今日もその仕事の一環で森へと足を踏み入れることとなったのだが――


「うわああああああっっ!?」


「な、なんでこんなところに!?」


 気づけばそこには地獄絵図が広がっていた。

 現れたのは蛇のような鱗と巨大な四足の体、そして空を揺らすほどの立派な翼を持つ自然界最強の魔物――ドラゴン。

 こんなところでは絶対に出会うはずのない化け物だ。

 木々をなぎ倒しながら派手に着地したソイツは、赤色の鋭い瞳でこちらを睨んでいる。


「エヴァン様! お逃げください! ここは食い止め――ぐあっ!?」


 まず部下にして仲間の一人、ロアが奴のしっぽに弾かれ、吹き飛んだ。

 ロアは守りに特化した重装備と大盾を操る重戦士。

 大抵の攻撃では彼女に傷をつけるのは難しいはずなのに。

 まるで羽虫を払うかのようにあっという間に吹き飛ばした。


 それを見た魔法使いのファムとクリスが即座に防御用結界魔法を展開する。

 しかしそれはドラゴンの悍ましい咆哮で発生した強烈な突風であっさり弾き飛ばされてしまった。

 凄まじい風圧で大木に叩きつけられる。

 背中から鈍い痛みが走る。


 奴の首がゆっくりと上がっていく。

 すると奴の首元が赤く発色し、その光は喉を伝って口元まで移動し――激しい炎の塊となって飛び出してきた。


「きゃああああああっっっ!!」


「うがあああああっ!!」


 飛んで行った先にはファムとクリスがいた。

 慌てて結界を展開するも、瞬く間にそれは崩れ去り、激しい轟音と共に爆発した。


「ぐっ――殿下! お逃げくだ――あがっ!?」


 ドラゴンの攻撃の手は緩まない。

 あり得ない勢いで大地を踏み込むと、猛スピードで目の前まで接近し、その鋭く太い爪を振り下ろしていた。

 オレはグラムに突き飛ばされ、地面を転がった。

 慌てて起き上がった時に見えたのは、右腕が親友の体から引きはがされたその瞬間だった。


 腕を失い絶叫するグラムの腹に容赦なくドラゴンの前足が突き刺さる。

 そして邪魔者を振り払ったドラゴンは次なる標的(オレ)を定めた。


「ぐっ……」


 一瞬のうちに訓練された兵士4人がやられた。

 もはや戦いとも呼べない一方的な蹂躙だ。

 傷だらけの部下たち。残されたのはオレ一人。


(ヴィレム兄さん……)


 蘇るトラウマ。

 あの時、オレに力がなかったから。

 立ち向かう勇気がなかったから。

 オレは今も引きずるほどの重い後悔を背負っている。


 ここで背を向けて逃げたら、またオレは後悔を重ねることになるだろう。

 そもそも無事に逃げられる保証なんてどこにもないし、逃げた先には民が住まう町がある。

 ここで王族たる俺が引き返すわけにはいかないんだ。


 そして何よりここで逃げることは、今日まで鍛錬を続けてきた自分への侮辱だ。

 あの日、“もう逃げない”と誓ったから。

 そのために強さを求めて生きてきたのだから。


 逃げるくらいなら、ここで引き返さなければいけないほどでかい傷の一つでも負わせてから死んでやる。

 覚悟を決め、剣先を奴の視界に突き付けた。


「うおおおォォッッッ!!!」


 力強く地面をけり上げ、オレはドラゴンへと立ち向かった。




(……ここ、どこだ?)


 何も見えない。何も聞こえない。

 視界は真っ暗闇に閉ざされていて、何も感じ取ることができない。


 あ。

 身体……どこいった?


 腕。動かない

 足。動かない。

 首。起こせない。


 それどころか、どこにあるのかすら分からない。


 今、オレの周りには黒しか存在していなかった。

 冷たい。暗い。恐ろしい。

 何も感じず、何もできない。


 どうしちゃったんだろう。オレ。


(……そうだオレ、ドラゴンと闘って、負けたんだっけ)


 いくら徹底的に鍛え続けたとはいえ、ドラゴンに一人で挑んで勝てるはずがない。

 負けて当然。死んで当然だ。

 でも確か、オレの記憶が正しければ、俺の剣は奴の胸に一発大きな切り傷を刻み込んだはず。

 それで奴が暴れ狂い始めて、手が付けられなくなって、オレは激しく吹っ飛ばされたんだっけ。


 でも意識を失う直前、奴が苦しそうに咆哮し、飛び去って行くのが見えた。


(なら……引き分けだな)


 へっ、ざまーみろ、ってやつだな。

 お前はオレにとどめを刺せなかったし、その先へ進むこともできなかった。

 なら引き分けだ。実質オレの勝ちともいえる。


(ヴィレム兄さん、ナスカ兄さん、みんな。ごめん。オレ、帰れないや)


 いろんな世話になった人の顔が浮かんでくる。

 これが走馬灯と言うやつなのだろうか。

 ああ。

 どうせなら国を守った英雄として称えられるような死に方がしたかったなぁ。


 でもまあいっか。

 ドラゴンが王国へ攻めてきていたんだったら、そいつを中断させた俺は実質国の危機を救ったんだ。 

 そういうことにしよう。


 なんというか何もかも中途半端だったけど、まあ国のために――兄さんのために死ねたんだったらいいや。

 来世はもう少し強くて才能のある奴に転生できたらいいな。

 それじゃあおやすみ、にいさ――


(――ダメです!!!)


 え?


(死んじゃダメです!!)


 誰だ!?

 いったい何を言って――


(絶対に死なせない! 今度こそ、絶対に助けて見せる!)


 ……誰かが、オレに呼び掛けている。

 生きろ。死んじゃダメだ、と。

 そんなこと言ってももう無理だ。

 こんな薄暗い世界で、動かない体に閉じ込められて。

 もう役目を果たしたんだから、楽にさせてくれよ。


(――お願いです。戦ってください! 生きることから、逃げないでください!!)


 ――っ!!


 オレが、逃げている? 

 戦わずに、逃げている?


(手を、伸ばしてください。お願い。私の手を――)


 気づけば真っ暗だった世界に、ぼんやりと小さな光が見えた。

 緑色の、か細い光。

 それはオレの頭上をぐるぐると回ると、やがて目の前で止まった。


 目の前にあるハズなのに、眩しくない。優しい光だ。

 それはやがて手の形へと変化した。


 その光はとても不安定だった。

 今にも崩れ落ちそうな、頼りない光。

 オレが両手で覆ってやらなきゃ、すぐにでも散ってしまいそうだ。


 ――生きることとは、戦い続けることだ。


 師範の言葉を思い出した。

 剣を執るということは、生きる覚悟を決めること。

 何があっても最後まで生き延びて、その信念のために戦い続けると誓うことだと。


 ――お前(オレ)は、何を恐れているんだ?


 何が兄さんのために死ねてよかっただ。ふざけるな。

 勝手に逃げ道(ゴール)なんて決めて、戦いから逃げてるだけじゃないか。

 オレはまだ、生きたい。

 もっと強く、戦いたい。


 オレはその光にないはずだった(・・・)手を伸ばした。

 光を求めて。生きること(戦い)を求めて。

 オレが手を伸ばしたその光は眩い光で全てを包んで、オレの世界を満たしていった。


「よかった……生きてて、よかった……」


 気づけばオレは、死の世界から抜け出していた。


♢♢♢


「キミは一体――」


「あっ! ご、ごめんなさい!」


 エヴァン殿下は私の懸命な治療の成果で目を覚ました。

 つい感情が高ぶって思わず抱き着いてしまったけれど、よくよく考えたらかなりマズいことをしていることに気づき、私は慌てて腕を離した。

 恥ずかしさからか。それとも緊張の糸が途切れたからか。

 私の胸は張り裂けそうなくらい激しく鼓動していた。


「少し、失礼いたしますね」


 一旦その思考を放棄するためにも懐から手ぬぐい1枚と水入りのボトルを取り出し、湿らせた手拭いでエヴァン殿下のお顔を拭いた。

 止血は済んでいるけどさっきまで滝のように流れていた血液が殿下の顔や体を酷く汚していたので、せめて顔くらいはと手を動かす。

 美しい金色の髪もすっかり血に汚れていたので、あまり力を籠めないよう気を付けながら拭き取っていく。


 僅かに幼さを残しながらも、よくよく見ればその顔つきは戦士を思わせるほど精悍で、それでいて物語に登場する王子かの如き美しさや妖艶さも秘めている。

 いろんな要素がごっちゃになっているはずなのに、神様がすべて正しい位置に配置したかのような絶妙なバランスがとれており、こんな状況じゃなかったら私も変な思考を抱いてしまうかもしれないとちょっと恐怖した。


(そりゃあみんなが夢中になるのも当然か)


 貴族令嬢たちはみんな自分が望み通りの結婚なんてできないことを知っているから、学生のうちに一度は好みの男の子を見つけて妄想に耽るものだ。

 特に王子殿下と言うのはやはりその格好の的になる。


誰にでも分け隔てなく接し、人々に寄り添い導くカリスマ性を持つ分かりやすいイケメンのヴィレム第一王子殿下。

あまり表舞台には出てこないが、クールな見た目と聡明さを併せ持つ、眼鏡姿がよく似合ったナスカ第二王子殿下。

そして長身で細身ながらがっちりとした体格で、剣を振るう様はまるで英雄のそれを思わせるエヴァン第三王子殿下。


 私とて一度も憧れたことがないと言えば嘘になる。

 とは言え私は既にハルベルト家に嫁いだ既婚者だ。

 妙な間違いを起こそうなんて微塵も思わない。

 何より後が面倒くさいし……


「お前が……助けてくれたのか?」


 意識が戻ったばかりでぼんやりとしていたエヴァン殿下が突如、私に話しかけてきた。

 私の眼を捉えるまっすぐと突き刺すような紅色の瞳は先ほどまでとめどなく溢れていた血液よりも深く重みがあった。

 

「はい。兵隊さん――グラムさんと言う方から頼まれてここまで来ました。私がここに着いた時点でかなり危険な状態でしたので、勝手ながら回復魔法による治療を試み、今に至ります」


「そうか、グラムが……本当にありがとう。貴女のおかげでオレは命を諦めずに済んだ。この恩は必ず返す」


「え、ちょっ――殿下! そんな、やめてください。私などに頭をお下げになるだなんて! しかもまだ体が――」


 エヴァン殿下は私の腕をやさしく外すと、重々しく体を起こしてから片膝をつき、あろうことか私に頭を下げた。

 王族に頭を下げさせるだなんて普通に生きていたら絶対に遭遇することのないイベントに私の頭は困惑する。

 だけど殿下は十分すぎる時間頭を下げ続けた。


 そしてようやく頭を上げたかと思うと、今度は私の右手を奪ってその両手で包み、何か神のようなモノを見崇めるような眼差しを私に向ける。


 そして何かの確信を得たように、覚悟を決めたように。

 包んだ両手をぎゅっと握りしめた。


「えっ……ええっ?」


「貴女のお陰で思い出した。生きることもまた、戦いであると。オレはその強く(たか)き心に惹かれてしまったようだ。どうかオレとこれからを共にしてはくれないか?」


 その瞬間、雷が落ちたかのような衝撃が走る。


「えっ、えええええええっ!?」


 持っていた手拭いがはらりと落ち、同じく私の両腕もすとんと落ちる。

 私の渾身の叫び声は、きっと森中に響き渡ったことだろう。


「あっ、えっとその――ご、ごめんなさい! 今はその、そういうのは……」


「そうか……」


 なんとか冷静さを取り戻し、呼吸を整え、言葉を返した。

 そう。今の私はハルベルト侯爵様の妻。

 このような不貞を働くわけにはいかない。


 意外にもエヴァン殿下はあっさりと引き下がり、私からそっと手を離した。

 しかしさっきまでの覇気が薄れ、しょんぼりしているような様子を見せる。

 あれ? もしかして本気で落ち込んでいる?


 ……いや! 今はそれどころじゃない。

 そんな事……っていうのは失礼だけど、正直そんな事よりももっと優先しなきゃいけないことがある。


「申し訳ございません。エヴァン殿下。私、すぐグラムさんたちのところに戻らなきゃいけないんです。みんな重傷で、このままじゃ命が危ないんです!」


「なにっ……いや、よく考えれば当然だな。皆あのドラゴンにやられたんだ。無事なはずがない」


「そうなんです。でも絶対に自分よりも殿下を優先してくれと懇願されて、今は私はここにいます。必ず戻ると約束したので、申し訳ございませんが殿下も――」


「ああ、分かっている。オレとしたことが死の淵から蘇ったことで少々浮かれてしまったようだ。すぐに向かおう」


「その、殿下。傷は――」


「問題ない」


 ゆっくりと起き上がり、すぐ傍に転がっていた剣の柄を握るエヴァン殿下。

 正直大丈夫じゃないのは治療していた私が一番よく分かっている。

 この短時間でかつ補助道具もない個人治療では失った体力も含めて全てを元通りにするのは難しい。

 回復魔法はあくまで人体が持つ自己修復機能をサポートする魔法なので、傷が深ければ深いほど本人への負担は高まるんだ。

 今のエヴァン殿下はその強靭な気力で体を無理矢理動かしているに過ぎない。


 本来ならば最低でも2週間は絶対安静と言いたいくらいだが、そんなことを言っている場合ではないので悪いけどここは無理にでも走ってもらうことにした。

 置いていくことも考えたが、ここは別に安全地帯でも何でもないので流石に放り出すのは憚られる。

 とてもじゃないけど殿下を抱えて走るなんて芸当私にはできそうにもないし……


「そうだ。せめて貴女の名前を教えていただくことは出来るだろうか」


「あっ、そうでした! 私ったら名乗りもせずに……私はルイナです。ルイナ・ハ――いや、ただのルイナです。流れの回復術師です」


「ルイナか。ありがとう。決して忘れぬよう、胸に刻み込んでおく」


 そんな大袈裟なと思ったけど、真剣そうだったので突っ込むのはやめた。

 そして敢えて姓は名乗らないでおいた。

 ハーキュリーもハルベルトも。どちらも王国の有力な貴族だ。

 ここで“貴族”の私が殿下を助けたことが広まったら面倒なことが起きるかもしれないから、ここは“流れの回復術師”を名乗ったほうが波風立たずに済むだろう。


 そんな訳で私とエヴァン殿下は急いできた道を引き返しているのだが、


「グラム、ロア、ファム、クリス。すまない。どうか無事でいてくれ」


(足はっやぁ……)


 5分前まで半分死んでいたとは思えないくらいエヴァン殿下の足は速かった。

 いくら私が運動不足でしかもヘトヘトとは言え、少しでも気を抜いたら視界から消えてしまいそうなくらいの速度で殿下は走っている。

 私を置いて先に行っても治療なんてできないでしょ!?

 って言いたいところだけど、彼らが心配なのは殿下も同じなのだから、ここは私も必死に走るしかない。

 これ終わったら向こう三日間は出歩けなさそう……


 そんなことを考えながらもなんとかグラムさんたちが倒れていた場所へと辿り着く。

 心臓バクバクだし息切れして気を抜いたら私が倒れてしまいそう……


「どこだ! どこにいるグラム! みんな!」


「えっ……?」


 だけどそこには誰もいなかった。

 複数の血痕が生々しく散っているから、ここに彼らがいたのは間違いないはず。

 それなのにその姿はどこにも見当たらない。

 そんな……動ける状態じゃなかったはずなのに。


 もしかしたら近くにいるのかもしれないと思い、周囲を探索する。

 しかし、影一つすら見当たらなかった。

 どうしようかなと考えていたその時、


「――っ! 誰だ!」


 エヴァン殿下が急に大声を出した。

 私はびっくりして慌てて振り向くと、エヴァン殿下が剣を抜いていた。

 その剣先には――一人の女性が片膝をついていた。


「あなたは――リーザ!? なんでこんなところに!」


 全身黒づくめの闇に紛れ込む装備と口元を隠すマスク。

 そして薄暗い森の中に溶け込むような艶のある紫色の髪。

 昔から私個人の護衛に付いてくれている数少ない従者の一人、リーザだった。


「申し訳ございませんルイナ様。いつものように陰に潜みルイナ様の後を付いておりましたが、彼らの容体が危険だったため許可をいただく前に私個人の判断で彼らを移動させました」


 ああ、そうだった。

 リーザは代々我がハーキュリー家と強い繋がりを持つ“シノビ”の一族の生まれで、他の貴族に付く護衛とは違って護衛対象()にすら位置を悟られないような場所から常に見守ってくれている優秀な私の影だ。


 もちろん何度か直接顔を合わせたことはあるし、最初に常に陰から護衛をさせていただきますと伝えられてはいた。

 しかしほとんどほとんど接触する機会はなく、もうそれが当たり前だと思っていたのもあって私の頭からすっかり抜け落ちてしまっていた。

 護衛中は基本的に絶対に私の前に姿は現さないし、何か私の障害になりそうなものがあったら私が気付く前に対処するか処理してくれているしね……

 

 私がいつも一人で出歩いても特に咎められなかったのはこれが理由だ。

 もちろん旦那様やメアさんたちもその存在は知っているはず。


「そっか。ありがとうリーザ。ごめんね、最初から呼んでれば良かったんだけど、緊急事態で頭が回ってなくて……」


「いえ、私も姿を晒す機会を見失い、勝手な行動を取ってしまったことをどうかお許しください」


 遠回しに存在を忘れていたと言っても彼女は怒るどころか謝る一方だ。


「ルイナ嬢。彼女は貴女の部下なのか?」


「えっと、はい。私の護衛に付いてくれている人です。どうやらグラムさんたちは彼女が保護してくれたみたいで……」


「挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。お初にお目にかかります。エヴァン第三王子殿下。この姿を晒せぬ無礼な我が身をどうかお許しください」


「そういう事なら良い。それで、グラムたちはどこにいるんだ?」


「私一人では全員を運び出すのが難しかったため、教会の者に手伝っていただきました。今頃治療院へ移された頃かと……」


 それはきっと半分嘘だ。

 徹底的な訓練で鍛え抜かれた彼女(リーザ)は、大の男数人をまとめて運ぶくらい造作もないはず。

 だけどそれでは本来(ルイナ)の影であるはずの自分が表舞台に姿を晒さなくてはならないということで、敢えて教会の人たちに協力させることでせめて自分の露出を最低限に抑えよう、と言ったところだろう。


「ありがとうリーザ。それじゃあ案内してもらえる?」


「はい。お任せください」


 そう言って彼女は立ち上がり、私たち二人を誘導するように歩き出した。


♢♢♢


「かなり危ない状態ではありましたが、なんとか命を繋ぎ留めることは出来ました」


「……そうか、良かった」


 リーザの案内で通されたのは、町の冒険者ギルドが管理運営する“緊急時専用”の治療院だ。

 ここは王侯貴族御用達の大病院とは違い、死に直結するような深い傷を負った人なら誰でも格安で治療して貰える場所。

 もちろん冒険者ギルドに登録している構成員が優先されるが、そうでない人でもベッドに空きがあれば治療を受けることも可能だ。


 エヴァン殿下の部下は全員冒険者ギルドに所属しているので、問題なく受け入れてもらえた様子。

 今は殿下が担当者と状況の確認と整理をしているところだ。

 私は少し距離を置いたところからその話を盗み聞きしている。


「ただその、申し上げにくいのですが……残念ながら彼の右腕は――」


 その言葉を聞いた私の耳がピクリと跳ねた。

 彼とは勿論グラムさんのことだ。

 今の彼の体は全身を包帯でグルグル巻きにされ、その上で生命維持のサポートをする器具が取り付けられている。


 やむを得なかったとはいえ、彼の右腕を再生不可にしたのは私だ。

 自分の判断が間違っていたとは思わない。

 だけど、胸がきゅっと苦しくなる。


「……仕方あるまい。命と片腕を天秤にかけるのなら、オレなら確実に片腕を捨てる。グラムもきっとそう言うだろう」


「最善を尽くせず申し訳ございません。それでは私は一度席を外させていただきます」


 そう言うと担当者は足早にこの場から去っていった。

 気まずいのもあるだろうけど、きっと予定がぎゅうぎゅう詰めで忙しいのだろう。

 エヴァン殿下はその後姿を見送ってから、はぁと大きなため息を吐く。

 そしてそのまままっすぐ私の方へと歩いてきた。


「彼らは皆、貴女の処置がなければまず間に合わなかったと口を揃えて言っていた。オレの命のみならず親友をも救ってくれて、なんと礼を言ったら良いのか……」


「いえ、お礼だなんてとんでもないです。それよりもグラムさんの傍にいてあげてください。彼は最後まで自分の身よりも殿下の身を案じていたので、目を覚ましたらまず生きている殿下のお姿が一番に見たいはずです」


 それに殿下も絶対安静ですので、と付け加えてグラムさんの隣の空きベッドを指さした。

 殿下の体も疾うに限界を超えているのに、それを一切顔に出さないのは流石としか言えない。

 (あるじ)がこれほどならばグラムさんのあの心の強さにも納得がいく。


「……分かった。お言葉に甘えて今は少し休ませてもらうが、この礼は必ずするからな。絶対だぞ。必ず戻って来ると誓ってくれ」


 私が部屋を出ようとすると、エヴァン殿下はベッドの上から紅色のまっすぐな瞳をこちらに突き刺しながら釘を刺してきた。

 どことなく必死さすら感じる殿下に、私は詰めていた息をふーっと吐き出してから答えた。


「分かっています。夜にでもまた来ます。それまではちゃんと寝ていてくださいね」


 私は殿下の肩に手を添えてゆっくりと枕に頭を落とし、布団をかけて逆に念押しする。

 本当はこのまま家に帰って引きこもりのお飾り妻に戻る気でいたけれど、この様子じゃ私が姿を消しても執念で見つけてきそうだ。

 そもそも私の顔も名前も割れている訳だから見つかるのにそう時間はかからないだろうし……


 ……ってあれ、殿下の顔、少し赤いけど大丈夫かな?

 恐らく体温も相当上がっているだろうしやっぱり一度寝てもらわないとね。

 人間は寝ないと体が満足に回復しないから。


 その後部屋を出て、少し歩くとすぐに顔馴染みの女性職員さんが声をかけてきた。


「あっ、ルイナさん! お疲れのところすみませんが、もしよければ少しだけでも手を貸してはいただけませんか!?」


 疲れ切った顔から察するにやはり人手が足りていないのだろう。

 私も時間があるときは時々ここで回復術師として治療を手伝っている。

 ここの院長は私に回復魔法についていろいろと学ばせてくれた恩人なので、少しでも恩返しできればなと思って始めたことだ。

 正直ちょっと休憩したとはいえ今すぐベッドにダイブしたいくらいには疲れているけれど、私の答えはもう決まっている。


「分かりました。案内してくれますか?」


「ありがとうございます! 助かります!」


 私が了承の返事をすると、心の底から嬉しそうにお礼を言ってきた。

 ただのお散歩日和な一日から随分とハードな一日になってしまったけれど、これはこれで充実した日だからいいや。

 あっ、でも帰りが遅くなることメアさんに伝えないと――あっ、そうだ!


「リーザ。いる?」


「はいルイナ様、ここに」


 私は準備してくると言って人気のないところまで来てから、何もないところに向かって声をかける。

 するとどこからともなく紫髪の少女リーザが現れ、私の前で跪いた。


「メアさんに伝えてくれる? 今日は少し帰りが遅くなるって」


「理由はどのようにお伝えいたしましょうか」


「うーん……いいや、治療院でお手伝いするからってそのまま伝えてくれる? あ、でも他のことは一応伏せといて」


「承知いたしました。確実にお伝えいたします」


 気が付くとリーザがもう一人増えていた。

 ただし片方は若干色が薄く、存在が希薄だ。

 恐らく彼女たち“シノビ”の魔法か何かで分身を生み出したのだろう。


 驚くような筆の速さで私が伝えたい内容を書き記し、それを私に見せて確認を得たら二人ともあっという間に私の目の前から姿を消した。

 徹底してるなぁと感心しつつも、次は普通に隣を歩いてもらおうかななんて思ったり。


「さ、気合入れて治療しますか!」


 人の命を助けるのが回復術師の仕事であり使命だ。

 今、私の助けを必要としている人がすぐ近くにいるならば、私は必ず手を差し伸べるって決めているから。

 グラムさんたちが目を覚ますまでもうひと頑張りするとしよう。


「本当にありがとうございますっ……! ミラがいなくなったらと思うと恐ろしくて恐ろしくて……本当に良かった……」


 まったく、今日はよくお礼を言われる日だ。

 あの後すぐに運び込まれてきた冒険者の女性の治療をすることになったんだけど、無事それが終わった後、彼女のパートナーと言うか恋人の男性が涙を流しながら私に頭を下げているところだ。


 確かに彼女は肩から腰に掛けて大きな切り傷を受けていて意識不明の重体だったけれど、幸い傷口は毒や感染症、呪いの魔術などに侵されていなかったから問題なく治療することができた。

 残念ながら体に深い傷跡が残ってしまうけれど、それでも命あっての体だ。

 彼はただ素直に喜び、感謝してくれた。


「ルイナさんは本当に凄いですね。あれほどの傷の治療をしておいてなおピンピンしてるだなんて……私でしたらマナ不足で倒れちゃいそうですよぉ」


 同席していた職員さんにも褒められた。

 私は生まれつきマナが多い方らしく、しかも幼い頃からマナを増やす訓練を続けていたお陰で保有量にはかなりの自信がある。

 回復魔法は人体に直接干渉する魔法だからかなりマナの消費が荒いので、普通は複数人で治療するか、マナを貯蔵した器具を用いるんだよね。


 だからそれらに頼らずに一人で治療できる私はかなりの異常者らしいんだけど、ここの人たちは単純に腕のいい回復術師として尊敬の目を向けてくれる。


「やっぱりこういうところの方が息が詰まらなくていいなぁ」


 その後、状態が比較的マシな容体だった2人の患者さんを治療してからようやく解放された私は、屋上で一人呟いた。

 貴族社会と言うのは本心を胸に押し込め、舞台で徹底的に“貴族”を演じる戦場だ。

 だから褒められたり感謝されたりしても、その奥底では黒いことを考えているなんて当たり前。

 誰も信用してはならない。言葉をまっすぐ受け取ってはならない。

 子供のころからそう教えられてきた。


 もちろん、私自身もその一人だ。

 どれだけ嫌な思いをしても、本当は言いたいことがあっても、その本心をぐっと押し込んで笑顔で“はい”と頷いてきた。

 精一杯笑って誤魔化して、波風を立てないように生きてきた。


 だけどここはまっすぐ生きる人たちが集まる場所。

 感謝の言葉や誉め言葉に余計な意味を考えなくてもいい場所だ。

 もちろん中には碌でもないことを考えている人もいるかもしれないけれど、ほとんどの人は素直に本心をぶつけてくれる。


 もし私が回復魔法という“価値”がなかったら。

 もし私が平民の世界(そと)で認められる場所がなかったら。


 きっと私は自分を見失って、おかしくなっていただろう。

 ルイナ・ハーキュリーは政略結婚で臨まぬ結婚をするも、寵愛を得られず、誰にも心を開けず、その一生を孤独に蝕まれて死んでいく。

 そんな“もしも”の未来を考えると、恐ろしくて仕方がない。


 だからこそバークスさんや教会の子供たち、それにここの院長などには感謝してもしきれないんだ。

 だからこそ、旦那様に愛を貰えなくたって、私は生きていけるんだ。

 誰かの命を救うことができるこの両手が、たくさんの温かい繋がりを作ってくれるから。


 私は今日も笑って一日を終えられる。


「なんだ。こんなところにいたのか、ルイナ嬢」


「エヴァン殿下! その、お体は……?」


「お陰様で随分と回復した。こうして出歩けるくらいにはな」


 夕日を眺めながら思考に耽っていたところに病衣でその身を包んだエヴァン殿下が現れ、声をかけてきた。

 彼は当然のように私の隣へ歩いてきて、私と同じように鉄柵に腕を置く。

 さっきまでのボロボロ具合とは一転して清潔な身なりとなったエヴァン殿下は、先ほどまでの戦士然とした様子とは全く違う。

 だけどしばらくの間、お互い言葉が見つからないまま時間が過ぎた。

 そして沈みかけだった夕日がようやく今日の役目を終えようとするタイミングで、殿下はその沈黙を破った。


「……オレは今日、死んだと思った。いや、死んでいい(・・・・・)と思っていたんだ」


「えっ……?」


「大切な兄さんを失いかけたあの日から、オレはひたすら強くなることを望んだ。今度こそ大切な人を失わないように、戦える力を」


「…………」


「少し長くなるが、聞いてくれないか。今は無性にも誰かに話したい。そんな気分なんだ」


 エヴァン殿下はどこか遠い目をしながら、鼻息を軽く吐き出して私に問いかけた。

 私は無言で頷いた。

 何を語りだすのか分からなかったけれど、不思議と殿下が隣にいるこの状況を悪くないと思ってしまったから。

 満足がいくまで、話を聞いてあげよう。


 それから殿下は語り始めた。

 幼少期の自分の身に起きた事件のこと。

 それがトラウマになって、その辛さから逃れるためにただひたすら強さを求めて生きてきたこと。

 そして今日、強大な敵(ドラゴン)と闘い、死を受け入れようとしたこと。


 殿下が語った事件は私も記憶に残っている。

 第一王子ヴィレム殿下襲撃事件。

 当時の貴族界にかなりの衝撃を与えた大事件だ。


 と言ってもまだ幼かった私にはそれほど強い興味はなく、事実として知っているだけにすぎないけど。

 確か次期国王の候補として有力であった若き王弟殿下を押し上げようとする狂信的な貴族の手の者によって実行された事件と聞いている。

 その結果、ヴィレム王子は何とか一命を取り留めるも体に重い障害を背負ってしまった。


 まだ10歳だった殿下が目の前でお兄様(ヴィレム殿下)が死にかける様を見せつけられたら、そりゃあトラウマになって当然だろう。

 だらけ者で全く注目されていなかった第三王子殿下の評価が変化し始めたのも、ちょうどこの事件の後からだった。


 第三王子殿下は武に優れ、強き心を持つ。いずれ我が国を危機から護る英雄となるだろう。

 第三王子殿下こそ我が国を導く次期国王に相応しいのではないか。


 とまで言われていたのを思い出した。


「オレは国王の座なんてどうでもよかった。ただ、兄さんを護れる力があれば、それでよかった。兄さんを護って死ねる日が来れば本望だとさえ思っていた」


 それだけがオレが望む生き方だったから、と殿下は続けた。


「だからあの時オレはもう死んでいたはずだったんだ。暗闇の中に閉じ込められて、体の感覚もすべて失って。直接的じゃあなかったけど、国のために、兄さんたちのために戦った結果、オレは死んだんだなって受け入れようとした」


 それはきっと、私が懸命に治療している時の記憶。

 その時の殿下に意識はなかったけれど、もしかしたら走馬灯のような夢でも見ていたのかもしれない。


「でも声が聞こえたんだ。何もないはずの真っ暗闇な死の世界で。死んじゃだめだ。生きて。生きるために戦ってと。オレに手を差し伸べてきた」


「――っ!」


「何もかも諦めていたはずの俺に手を伸ばしてくれたんだ。逃げようとしていたオレを導いてくれたんだ」


 それって、もしかして――


「正直、嬉しかった。強さにしか生きる意味を持てなかったオレに、ただ純粋に生きろって言ってくれたこと」


 ああ。私の声、ちゃんと届いていたんだ。


 口にこそ出さなかったけど、あの時私は殿下に生きて欲しいと本気で願っていた。

 私がどれだけ手を長く伸ばしても、肝心の本人がその手を取ってくれなきゃ、私は救う事なんてできない。

 だからマナと一緒に想いをぶつけて呼びかける。


 今はただ、生きるためだけに戦って、と。


「――って、自分で言ってて少し気恥しいな。少々話過ぎてしまったか。でも感謝しているのは本当だ。拾い上げてもらったこの命の使い方、今は少し休みながら改めてゆっくり考えてみようと思う」


「エヴァン殿下……」


「長話に突き合わせて悪かったな。オレは一旦病室に戻ろう」


 そう言って殿下はくるりと柵に背を向け、ゆっくりと歩き出した。

 私は自然と口角が上がったのを感じた。

 だからその背中に向かって声を上げた。


「殿下!」


 そう呼びかけると、足が止まり、こちらへと振り返った。


「殿下があのまま目を覚まさなかったら、私はきっととても悲しくなっていました。それはきっと、殿下のお兄様も同じです。死んでしまったら取り返しがつかないから。大切な人を傷つけてしまうから……」


 私の脳裏に、過去の記憶がフラッシュバックする。

 私が救えなかった命――目の前で死んでしまった、あの辛い光景が。


「殿下ならきっと、見つけられるはずです! 今日見つからなくても明日に。明日見つからなかったら明後日に。生きていればいつかきっと、何かが見つかるはずです」


「ルイナ嬢……」


「見つかるといいですね。素敵な答え」


「……ああ」


 きっと今の私の顔は真っ赤に染まっているだろう。

 だけどそれは沈みかけの夕日のせいだ。

 だから決して目は逸らさない。まっすぐ想いをぶつけるんだ。


「やはりキミ(・・)はいい女だな。いつか本気で――」


「えっ?」


「いや、なんでもない。それじゃあ、また」


 最後に何か、殿下が言ったような気がしたけれど。

 たまたま強く吹いた風にかき消されて私の耳には届かなかった。


♢♢♢


 私の名はアーリー・ハルベルト。

 歴史あるハルベルト侯爵家の当代当主にして、アーセナル王国冒険者ギルドの代表を務めている。


「よし。ではこの書面を本部へと届けてくれ」


「確かにお預かりいたしました。では早速出発いたします」


「うむ」


 我がアーセナル王国は小国ながらも1000を超えるギルド支部を抱えており、そのトップに立つのがこの私という訳だ。

 当然下に任せっきりに出来るような仕事ではないので、私は毎日激務に追われている。

 

 冒険者ギルドと言うのは複数の同盟国内で組織された巨大組織であり、単なる仕事斡旋や問題解決を司る組織に留まらず、国家間を繋ぐパイプ役としての役目もある。

 そのため国王陛下から直々に他国へと派遣され、そのお言葉を伝える重要な外交官の一人でもあるのだ。


「お疲れ様でございます旦那様。お夕食の準備が出来ておりますので、お持ちしてよろしいでしょうか」


「ああ。頼む。ところで――彼女(ルイナ)の様子はどうだ?」


 私は最も信頼している執事のクライムに、つい先月娶ったばかりの我が妻、ルイナ・ハーキュリーのことを訪ねた。

 いや、今はルイナ・ハルベルトと呼ぶべきだったな。


「奥様でしたらお変わりなく過ごしておられます。どうやら先代様の蔵書に強い関心がおありのようで、毎日のように読み漁っているとメイドたちが申しておりました」


「そうか。それは何よりだ。くれぐれも丁重に扱うようメイドたちに徹底しておいてくれ」


「かしこまりました。しかしながら、奥様はメイドたちとすでに馴染み、親しくしていただいてるご様子ですので、ご心配には及ばないかと」


「分かった。では食事の用意を頼む」


 私がそういうと、執事は極まった美しい所作で一礼し、部屋を後にした。

 妻の身を案じるならば直接足を運び確かめるべきだろうと多くの者は口にするだろうが、私にそのような資格はないのでな。


 私は激務に加えスケジュールが全くと言っていいほど安定しないので、妻とのまとまった時間を取るのが極めて難しい。

 そのため妻との関わりを一切断ち、別宅にて暮らしてもらっている。

 中途半端な関係を望まない、私なりの誠意のつもりだ。


 そもそも何故今になって妻を娶ったのか。

 それは私がまもなく30を迎え、そろそろ跡取りについても考えなくてはならない時期となったのもあるが、こうして多くの貴人と関わる身であるとそういった話題について触れられることが少なくないためでもある。


 だが生憎と、今より7年ほど前に先代――父を亡くし、若くして当主と代表の座を継いだことで20代のほぼ全てを仕事に捧げた私に意中の相手などを作る余裕はなく、見合いのリストもいくつも私の下に届いたが、どうにもピンとくる相手が見つからなかったのだ。

 

 そうこうしている間にあっという間に時は流れ、周囲のプレッシャーが増していき、どうしたものかと頭を悩ませ、昔の縁で繋がりがあった神父バークスの下へと尋ねたある日のことだった。

 町はずれのぼろ教会で幼い子らの面倒を見ながら暮らす彼は、清廉な心と広い見聞を持つとギルド内でも噂で、私も当主の座に就いたばかりの頃は身分を隠し、具体的な内容は避けつつも話を聞いてもらいに行ったことが何度かあった。


 ここへ足を運ぶのは久しいが、そこには見慣れない少女が一人、子供たちと楽し気に遊んでいるのが見えた。

 鮮やかな浅緑の髪を長く伸ばし、穏やかな藍色の瞳には何か強い信念を感じる奥深さがある。

 か細い少女の身でありながら、どこか力強さと強い存在感を覚え、その所作には隠し切れない美しさと繊細さを兼ね備えていた。


 その少女はこちらの視線に気づいたのか、一瞬こちらへ振り向き、少々照れ臭そうに可愛らしい笑顔で会釈してきた。


「おや、これはこれはハーリー(・・・・)さん。お久しぶりですね」


「久しいなバークス殿。ふと近くまで来たので立ち寄らせていただいた」


「そうでしたか。さ、こんなところで立ち話も何でしょう。温かいお茶でも用意しますので中へどうぞ」


「バークス殿。子供たちと遊んでいる彼女は一体?」


「おや、ルイナさんのことですか。彼女はですねえ……」


 彼曰く、彼女(ルイナ)は実家での立ち位置が上手く定まらず思い悩んでここに通うようになった子の一人で、面倒見がよく優しい心を持っていることから子供たちによく懐かれているという。

 さらに類稀なる回復魔法の才を持ち、その才能を磨くべくギルドの治療院での手伝いもしているとのことだった。


「――いったぁっ!!」


 二人で子供たちと遊ぶ彼女を眺めていると、はしゃぎ過ぎた男児が派手に転んでしまい、膝を強く打ってしまったようだ。


「ううぅぅぅ……」


 大きく擦り剝けて血がだらだらと流れており、男児の目に溜まった涙がこぼれ落ちるのも時間の問題だった。


「ほーら、泣かないの。よしよし、お姉ちゃんがすぐ治してあげますからね」


「うぅ、ルイナねーちゃん……」


「ルード君は強い子だから、ちょっとの間我慢できるよね? ぎゅっと目を瞑って頭の中で5秒数えてごらん。ほーら、1,2,3,4,5! はい、もう痛くないでしょ?」


「う、うん。もう痛くない……」


「よく我慢できたね。えらいえらい! さ、気を取り直してあそぼ!」


「うん!」


 バークスの言う通り彼女はあっという間に傷を癒してしまった。

 他の子たちも彼女を信頼しているのか、心配そうにしつつもじっと見守っていた。

 私は不思議とその光景に目を奪われていた。


「彼女が気になりますか?」


「…………」


 否定できなかった。

 今はバークスと話をしているはずなのに、目線は常に彼女(ルイナ)を追っている。

 私はどうやら彼女に一目惚れというのをしてしまったようだった。


 教会を後にしてからの私は、気づけば彼女についての情報を密かに集め始めていた。

 王都のギルドで働いていると聞いたので、少々職権を活用して直接顔を拝みに通ったり直接話したりもした。

 もちろんその時の私の正体は明かしていないからルイナは今も知らないだろうけど、あの時の私はとっくに恋に落ちていたのだ。


 だから彼女を娶った。

 言い方は悪いが、彼女の正体がハーキュリー伯爵家の令嬢と知った時、幸運だと思った。

 この立場故に縁談話はすぐに上手くいったのだから。


「本当にルイナでよろしいのですか? 我がハーキュリー家には他にも――」


「いえ、ルイナ嬢を我が妻として迎えたい。その意志に変わりはありません」


 彼女の父は何故か他の姉妹を勧めてきたが、私が惚れたのはルイナただ一人。

 だから他に選択肢など存在しなかったのだ。


 そしてあっという間に結婚が決まり、彼女は私の下へやってきた。

 前日は柄にもなく気持ちが舞い上がり、なかなか寝付けなかったのを覚えている。

 

 だけど私は彼女を妻に迎えるにあたって、決めていたことがある。

 それは我がハルベルト家、そして私自身の手によって彼女を縛り付けるような真似をしないという事。

 真剣にまっすぐ愛をぶつける余裕がないのならば、彼女に重荷を背負わせないようにしたいということ。


 中途半端な関係は、決して長く続かない。

 私の父も複数の妻がいたが、その関係は決して上手くいっていたとは言えなかった。


「君は我が妻として存在してくれているだけで良い。他は何も求めん。近くの別荘を与えるから、そこで暮らしてくれ。不自由はさせん」


 己の感情を押し殺し、私はそれを彼女に告げた。

 彼女とは事前の付き合いもなく、そして私自身が今後夫婦としての時間を満足に取ることすら難しい状況に置かれている。

 ならばせめて、面倒ごとからは切り離して、彼女が自由に生きれるように計らった。


 噂によると彼女は貴族令嬢としての才能に乏しく、両親は婚約相手にも困っていたと聞いた。

 回復魔法についても満足に勉強できる環境になかったようだ。

 だからこそ彼女はそれに思い悩んで教会に通っていたのだ。

 ならば私が貰ってしまおう。そして私が自由に生きる環境を与えよう。

 そしてその生き様を特等席で眺めたい。それだけが我が望み。


 こんな自分を彼女は決して愛してはくれないだろう。

 だけどそれでいい。 

 私が彼女を愛し、彼女を最も近くに置いておく権利を貰えたなら、私はそれで満足だ。


 だがいつか、私が己の環境を整え掌握し余裕が持てる日が来た時に、彼女が私の声に振り返ってくれる心が残っていたら、その時は本当の夫婦になれたら良いなと夢に描く私も確かに存在しているのだった。


♢♢♢


「わ! これ続きが読みたかった本だ!」


 あれから数日が経ち、いろいろと忙しくしていたけどそれも落ち着き、私は再びお飾り妻として一人読書を楽しんでいた。

 私が今手に取っているのは私のお気に入りの文学小説シリーズの最新刊。

 蔵書(ここ)にも既に10種類以上あったんだけど、先代が亡くなってから集めるのをやめたのか、最新の5冊ほどがなかったんだ。


 私は主に魔法に関する書物を好んで読むけど、他にも古い医学書や娯楽作品など幅広いジャンルも読む機会は多い。

 一応だけど欲しいモノがあったら何でもメイドに言ってくれと伝えられているので、もし暇があったら手配してくれないかとメアさんに頼んでおいたんだけど……


「まさかほんの1週間程度で揃うとは思わなかったなぁ……」


 メアさんの仕事が早いのか、それともハルベルト家に書物に関するコネがあるのかは分からないけど、最大で1年後くらいは待つことになるかなと思っていた私の欲しい本があっという間にほぼ全部揃ってしまった。

 正直驚いた。お飾り妻の地位に置かれた身とは思えないほどの優遇ぶりに改めて一種の恐怖感を覚えてしまうほどにはね。


 でもまあいっか。

 わざわざ用意してくれたんだもの。

 ありがたく読ませていただこう。


 そういえば、アーリーさんは本とか好きだったりするのかな?

 ここは先代のお父上の本好きが高じて出来たのがこの蔵書と聞くけれど、亡くなってからそれなりの年月が経った今でも清潔な空間が維持されているし、隅々まで整理も行き届いているからもしかしたら……


 もし、私と趣味が同じだったとしたら意気投合する可能性とかもあったのかな。

 ふと、そんな思考が頭の中に舞い降りてきた。


 もし結婚する前にどこかで出会えていたら。お話しできる機会があったら。

 今とは違った未来を歩いていたのかもしれない。


「……やめやめ。こんなこと一人で考えたってしょうがないわ」


 私は四分の一ほど読み進めたその小説にしおりを挟んでぱたんと閉じ、傷つけないよう気を付けながらゆっくりと置いた。

 今の生活には満足している。それは本当だ。

 だけどやはり、どうしても考えてしまうときがあるのだ。

 結婚と言う人生の節目を迎えたはずなのに、私はこのままでいいのかと。


 旦那様(アーリーさん)は私に何も求めてこない。

 妻としての役目も。仕事についても。何もかも。

 自分は激務で毎日倒れる寸前くらいまで働いているのに、その負担を決して私に背負わせようとはしない。

 跡継ぎのこととかも煩く言ってくる人なんかも一切いなかった。


 だから少し、不安になる。

 妻である私を求められることがあれば、今でも私はそれを受け入れる気でいる。

 その覚悟を持ってここに嫁いできたのだから。


 本当に嫌だったら私は一人でも逃げだすことは出来た。

 この回復魔法を駆使すれば仕事には困らないだろうし、相談に乗ってくれる人もいる。

 だけど私はハルベルト家(ここ)に嫁いできた。

 お父様に言われたからじゃない。他でもない私自身の意思で。


「メアさん。私、ちょっと出かけてきます」


「かしこまりました奥様。本日は何時ごろお帰りになられますか?」


「うーん、ちょっとお見舞いに行くだけだから夕方までには戻れると思います」


「承知いたしました。ではお気をつけて行ってらっしゃいませ」


 こうしてふらふらと出歩いていても文句一つ言われない。

 私は子供のころから黙って家を抜け出して何度も街を出歩いていたけれど、問題視されるたびにその言い訳を考えるのに苦労したものだ。

 だからどうしてもこの自由過ぎる現状に違和感を覚えてしまう。


 なんでだろうね。

 あれほどまでに自由を欲していたのに、いざ本物の自由を与えられると自分を縛り付けるものがないことに不安を感じるだなんて。

 私ってもしかしたら凄いわがままなのかもしれないな。


「素敵な答え。私もいつか、見つかるのかな」


 ふと空を見上げると、まだまだ太陽は天高く光り輝いていた。

 あの時、夕日で真っ赤に染まった空を見ながら、エヴァン殿下は私にその想いを打ち明けてくれた。

 殿下はお兄さんへの罪悪感と自分の無力に対する怒りと絶望に苛まれて今日まで生きてきていた。

 そして未だに自分の生き方と心の内を整理できていないと私にその苦悩を打ち明けた。

 だから私はあの時最後に、あんな言葉をかけたんだ。


 でも、本当は。

 私だって答えなんて見つかっていないし、自分の本心もよく分かってなんかいない。


 別にアーリーさんのことが憎いわけでも嫌いってわけでもない。

 ただ、私は彼について何も知らない。何も分からないだけ。

 その目的も。心の内も。教えてもらえてないから。


 ……いや、言い訳はよくないな。


 私が(・・)彼を知ろうとしていないだけなんだ。

 周囲から見れば彼が私を突き放したようにしか見えないかもしれないけれど、私からすれば私自身が誰よりも彼を突き放して、切り離して物事を考えようとしている。

 隔離されて何もしなくていいと言われたから、ただそれに黙って頷いて、その立ち位置に甘んじているのが今の私。


生きること(たたかい)から逃げちゃダメ、かぁ」


 殿下は今日までずっと必死に生きて、戦ってきた。

 それは敵を打ち破るだけじゃなくて、自分自身の信念を貫き通す戦い。

 ただ周りに流されて生きるだけじゃなくて、自分の意思で歩ける道を全力でもがきながら探している。


 ちょっと、憧れちゃうなぁ……


「今度、メアさんに聞いてみようかな。アーリーさんのこと」


 本当に私との繋がりを拒絶するんだったら、それでもいい。

 だけど勝手に彼の想いを決めつけて逃げるのはやめよう。

 何故なら私たちは仮にも夫婦。

 それは真正面で対等に自分の想いをぶつける理由になるはずだから。


 今日はこれからようやく目を覚ましたグラムさんのお見舞いに向かう。

 いち早く回復(?)した殿下は王城へと戻ったらしいけど、彼はまだ満足に動けないのでもう少しあの治療院のお世話になるそうだ。

 彼もまた、己の命を懸けるほどの強い覚悟と信念を持った強い人だった。


 私も少し、彼らから勇気を分けてもらおう。

 どんな道に進むことになるとしても。

 これからも変わらずお飾り妻として生きていくことになったとしても。

 決してそこに言い訳が挟まることのないように。

 自分自身でその一歩を踏み出せるように。


♢♢♢


 ある日、治療院へと向かう道中。

 満天の青空の下で人ごみに紛れながら、私は出店で購入したクレープを片手にベンチで一休みをすることにした。


 王都の中にあるとはいえ、私が暮らすハルベルト家の別宅から平民街の中央奥に位置するギルドの治療院にはそれなりの距離がある。

 今日は少し暑いので、汗だくになる前に軽く休憩を挟みたかったという訳だ。


 何より今日は、いつもとは違う状況だからというのもある。

 ね、と同意を求めるように私は右隣へと視線を走らせた。


「あの、その……ルイナ様?」


「なぁに? どうしたのリーザ」


「その、何といいますか、落ち着かない……です」


「あら、私と一緒に歩くのは嫌だった?」


「いえ! そんなことはありません! ありませんが……」


 私の右隣に座るのは、戸惑いの表情も隠そうとしない紫髪の少女、リーザ。

 マスクで口元を隠している時は任務に忠実なカッコいい女性と言った感じだったけれど、いざそのマスクを外すとただの可愛らしい女の子に変わり果ててしまった。

 年齢を聞くと、私の二つ下の17歳とのこと。


 普段ならば私が一人で出歩くとき、リーザはやや離れた誰の視界にも入らない場所から私を護衛してくれているところだけど、今日はリーザを説得して隣を歩かせている。

 最初はなかなか首を縦に振らなかったんだけど、私が残念そうなそぶりを見せたら「お師匠様に内緒にしてくださるのであれば……」と渋々頷いてくれた。

 そのためいつものシノビ装束ではなく、フリルのワンピースを身に纏っている。

 しかしどこか落ち着かなそうで、裾をつまんでもじもじしている。

 なんというか、小動物を見ているような気分になってとてもほっこりした。


「……む、あなたはもしや!」


 その後もリーザと今までできなかった話をしながら治療院へと向かった。

 そしてグラムさんがいるという病室に入ると彼はすぐにこちらに気づいたようだ。


「貴女はあの時の! なんとお礼を言ったら良いか――ってて」


「ああっ、無理をしちゃだめですよ! グラムさんもかなりの重症だったんですから!」


「いっつつ……すみませんつい興奮してしまい……」


 私は慌てて彼の下に駆け寄り、無理に起き上がろうとした体を再び寝かせて掛布団をかぶせてあげる。

 まったく、いくら治療が施されているとはいえまだまだ無茶ができない体だというのに。

 でもこうして再び会話を交わすことができた事はとても喜ばしかった。


「重ね重ねありがとうございます。やはりお優しい方だ」


「いえいえ。改めまして、私はルイナです。ひとまずは無事でよかったです」


「おっとこれは失礼。ご存じかと思いますが、改めまして私はエヴァン殿下の臣下をしております、グラムと申します。そちらの麗しきお方も合わせて以後よろしくお願いいたします」


「あっ、えと……リーザ、です。よ、よろしくお願いします」


 寝かされた状態だというのにどこか気品あるしぐさで私たちに挨拶するグラムさん。

 やはり王族の臣下なだけあってそのあたりはしっかり教育されているのだろうか。

 もし私が止めなかったらきっと無理にでも起き上がっていたに違いない。


「恩人をもてなすことすらできない我が身に恥じ入るばかりですが、どうぞおかけになってください」


 そう言って彼はすぐ近くにある見舞客用の椅子へと視線を促した。

 私たちはそれに甘えてリーザと共に座らせてもらい、手土産に持ってきたフルーツをベッド横の台の上に置いた。

 彼はやや申し訳なさそうであったが、断るほうがよくないと思ったのか割と素直に受け取ってくれた。


「それで、お体の方はどうですか?」


「ええ、お陰様でなんとか命を繋ぎ留めることができたようです。これもルイナ様のお陰でしょう」


「いえ、グラムさんを運んでくれたのはこのリーザです。感謝なら彼女に」


「なんと……それは失礼いたしました。リーザ様、改めまして深く御礼を」


「い、いえっ、その、ルイナ様がそう望まれていると思っただけ、でしたので……」


「それでもですよ。あのまま誰も来てくれなければ私と仲間の命だけでなく殿下まで……」


 あの時のことを思い出したのだろうか。彼は震える両手を強く握りしめた。


「大丈夫ですか?」


「……私は殿下をお守りできなかったどころか、逆に殿下に守られ、こうして命を救われてしまった。これでもし殿下にもしものことがあったと思うと、恐ろしくてたまらないのです」


 私もまた、あの時のことが脳裏に浮かぶ。

 己が死にそうな状況にもかかわらず、自身を見捨ててでも殿下の命を助けてくれと深く懇願するグラムさんの姿。

 己が死ぬことよりももっと恐ろしいことがあると主張する姿。


 今のグラムさんを見ていると、あれは死に際の変な意地なんかじゃなくて、本心から強くそう思っているのだと確信できる。


「……すみません。もしかしたら失礼なことかもしれませんが、一つ聞かせてください」


「なんでしょう。こんな身でもお応えできることならなんでも」


「グラムさんはどうして、エヴァン殿下のことをそこまで深く想っているんですか?」


「想っている、ですか?」


「……普通は人間だれしも、死と言うのを恐れるものです。自分がいざ死にそうという状況の時に本心から他人を気遣える人はそう多くないと思います。でもグラムさんはそうした。だから、どうしてそんな誇り高くあれたのか。その理由が、知りたくて」


「はは、改めて言われると少し照れ臭いですね。分かりました。答えになるかわかりませんが、私と殿下が出会ったときのことでもお話ししましょう。少し、長くなりますが……」


 そういうとグラムさんは少しだけ体を起こし、私たちにまっすぐ向かって自らのことについて語りだした。


♢♢♢


 俺の名前はグラム。グラム=フェイルノート。

 下級貴族であるフェイルノート家の4男に生まれた男だ。

 と言ってもギリギリ貴族と名乗れるレベルの大した権力もない家で、しかも4男ともなれば扱いは平民とそう大差はないだろう。


 事実俺は将来もっと上位の貴族たちの護衛役として生きることを求められていた。

 護衛役だなんて言えば聞こえは良いが、その実情はただの捨て駒さ。

 これは金も力もない下級貴族が良くやる手法で、家を継がない子供を兵隊として上級貴族に差し出し、その子供が命懸けで主君の盾となり、上級貴族はその下級貴族に慰労金を支払う。

 そうやってコネを作りつつ汚く金を得るのさ。


 そんなもの平民にやらせておけばいいだろうと思う奴もいるかもしれないけど、御偉いさんは平民なんぞに身辺の警護など任せられんっていうお堅い人もいるからな。

 そう言う人らは一応下級とは言え貴族の子弟による護衛ならばと納得する。


 家を継ぐ長男以外の子供はみんなこういった政治的な道具にされる。

 それが下級貴族に生まれた子供の宿命。

 俺も例外なくその道具の一つだった。


 両親にとって俺はただの道具であり、どれだけきれいな言葉を並べようとも結局利用すること以外考えていないと思っていた。

 俺のことなんて使い捨ての駒に過ぎない、どうでもいい存在だと。

 直接言われたわけじゃないけれど、それは幼い俺にでも何となく察することができた。


 さて、そんな運命をたどる下級貴族は子供時代をどう過ごすのか。

 簡単だ。昼間は学校で必要最低限の教育を受け、後は道場なんかでひたすら鍛錬の毎日を送る。

 俺が通っていたのは王国軍にも多くの人材を出す有名な剣術道場だった。

 幸いにも俺には多少剣の才能があり、道場の中では比較的高い評価を受けることができていたんだ。


 これならこのまま軍に入るのも悪くない。

 両親の言う通りの道具になるのもなんか癪だし、このまま剣を極めて少しでも自由な道を選ぼうと12歳になった俺は考え始めていた。

 そんな時だ。アイツ(・・・)がこの道場に来たのは。


「エヴァンといいます。今日からお世話になります」


 一言。

 道場に来た彼はそう挨拶した。

 敢えて立場を名乗らなかったが、ここにいる人間は全員知っている。

 彼がこの国の第三王子であり、俺たちのような下々の存在が気軽に触れていい人ではないということを。

 一応師範には事前に王子からの要望で対等な門下生として扱うよう言われていたけれど、そんな事簡単にできるはずもない。

 どんな行動が不敬罪となってしまうか分からないんだから当然だ。

 ほれみろ。普段は口煩い師範も難しい顔をしたまま固まってるじゃないか。


 そんな始まりだったもんだから、皆結局王子を腫物のように扱った。

 1対1の稽古もやりたがる人はいなかった。

 そりゃそうだ。王子に怪我でも負わせてみろ。それで人生終わりなんだから。


「……だれか、オレと試合してくれませんか」


 王子がそう言っても、みんな顔を伏せて黙ってしまう。

 そんな様子が続くもんだから、王子はしばらく待った後、いつも一人で剣を振っている。


「……俺とやりますか?」


 もう、そんな重苦しい空気に耐えられなくなった俺は、自ら王子の対戦相手に志願した。


「お、おい! マジかよグラム。考え直せって」


 隣にいた友人が耳打ちで考えを改めるよう言ってきたが、俺は気にせず前へ出た、

 いいさ。どうせ俺なんて下級貴族のどうでもいい存在。

 万が一不敬罪に当たるようなことをしたって、どうせ両親は俺を家から切り離して言い逃れることくらいできるだろう。

 もとより表立って家名を名乗るなと言われているしな。


「――っ!! よろしくお願いします!」


 俺が王子の前に立つと、彼は嬉しそうに礼を言った。

 別に礼を言われるようなことをした訳じゃないが、不思議と気分は悪くなかった。

 俺は木刀を抜いて構え、王子も対面で同じ型を取る。

 はっきり言ってその構えは俺でもわかるくらい隙だらけだ。

 負ける気がしなかった。このままやれば俺が勝つと確信していた。


「――ぐっ、うぅ……」


 そしてそれは現実となった。

 実はこれでも少し迷ったんだ。手加減するべきかどうか。

 でも俺はあえて真正面から全力で挑み、王子を打ち負かした。

 弱かった。びっくりするほど弱かった。

 そりゃそうだ。だってこれが初めての対面稽古なんだから。


 しかし驚くべきはその執念だ。

 王子は俺が何度木刀を弾いても、それこそ喉元に食らいつかんばかりの勢いで襲い掛かってきた。

 決してあきらめない。簡単に負けを認めはしないと必死に食らいついてきた。

 だから俺もだんだんと余裕がなくなっていき、気づけば王子はボロボロになって倒れてしまった。


「で、殿下!」


 審判役を務めていた師範は、王子が倒れると勝者宣言をすることもなくすぐさま王子の下へ駆け寄った。

 ギリギリまで止めなかったのは彼なりの考えあってのことだろう。

 すぐに王子は治療院へ運び込まれた。


「お、おい、グラム。お前……」


 振り返ると、皆顔面蒼白と言った様子。

 そりゃあそうだろう。王子をこんな目に合わせた奴がどんな末路をたどるのか。

 想像するのすら恐ろしいからな。


 ……でも、みんなの予想は外れた。

 あの後俺には何の処罰が下ることもなく、あろうことか治療院から戻ってきた王子は、


「あの時はありがとうございました! まだまだ未熟な身ですが、もっと強くなるのでまた試合してください!」


 などと俺に向かってお礼を言ってきたのだから。

 それから道場におけるエヴァンの評価は変わった。

 みんな彼を同じ道場の仲間として受け入れ、立場も何も関係なく全力でぶつかり合うようになった。


 他の奴らだって決してエヴァンを疎ましいと思っていたわけじゃない。

 どう接したらいいか分からなかっただけだった。

 だから一度こうして遠慮の壁が崩れれば、すぐに受け入れることができてしまった。

 それからは次第にエヴァンも大きく成長し、親友兼ライバルとなった俺も負けず劣らず強くなった。


 そしてようやく一人前の評価を受けるようになると、エヴァンは冒険者となりさらなる高みを目指すと言った。

 そのために仲間が必要だと言われ、俺はその仲間――いや、護衛に選ばれた。

 結局、最初は自由を求めるために強くなろうとしたはずの俺は、最終的に両親の求める姿になってしまうのかと苦悩した。

 結局王子(エヴァン)下級貴族(おれ)が対等に扱われるなんてことはあり得なかったんだと思った。

 だけど、エヴァンなら。この王子ならばあるいは――


「どうしてエヴァン殿下は武の道を選んだのですか?」


 だから聞いた。ずっと気になっていたこと。引っかかっていたことを

 これを聞くには相当な勇気が必要だった。

 自ら王子としての扱いを捨ててまで望んで武の道に進んだ男に、そんなことを聞くのは失礼にあたると思っていたからだ。

 だけど聞いた。親友となった今なら答えてもらえると思って。

 この答えによっては、俺はこの要求を断ってやろうと思っていた。


 そして知った。殿下の幼い頃のトラウマと、それを乗り越えるために力を求めたことを。

 兄を、国を守るために力を求めた事。

 それを果たすためならば王子なんて地位は捨てても構わないという決意を。


 そこで俺は初めて知ったんだ。

 何か一つの大きな目的のために力を追い求めるということを。

 今まで俺はただ自分の身に決められた運命に逆らうために、半ば反抗的な気持ちで剣を振っていたことを気づかされた。


 ああ、彼はなんて誇り高い王子なのだろうか。

 上級貴族や王族なんて、戦いは下々の人間に任せて偉そうにふんぞり返ってるやつらばかりだと思っていた。

 でもエヴァンは違う。


 この国に生きる一人の人間として。そして一人の弟として。

 自分にできることを精一杯探し求めている彼の姿は、とても眩しかった。


 だけど同時に、それはどうしようもないくらい孤独な道であることを理解してしまった。

 心に深い傷を負ったエヴァンは、恐らくこれからどれだけ素晴らしい功績を上げようとも決して満足しない。

 “あの時兄を救えなかった無力な自分”が許せなくて、満たされないのだろうと。


 ならば俺はそれを支えてやりたいと思った。

 両親に求められた捨て駒としての護衛じゃなくて、本当の意味の臣下として。仲間として。

 自らの意思で、この男とともに人生を歩みたいと思った。

 彼こそ、この国に必要な存在になると信じて。


 これは俺が生まれて初めて手に入れた生きる意味。

 自分が主人公じゃなくたっていい。

 俺はこのエヴァンと言う男が歩む道を見て見たくなった。

 そのために生きてみようと、本心からそう思ったんだ。


「――私のことはあとにして、すぐ向かってほしい!!」


 だからあの時、己が死にそうな状況で迷わずあの言葉が出てきた。

 ここで我が身惜しさにエヴァン殿下を死なせてしまったら、俺は絶対に自分を許せない。

 あの時、彼を支えると決めたのは他でもない自分だ。

 死にかけだからとか言い訳して、その誓いを捨てて生き延びたところでなんの意味もない。

 そんなのは己が死ぬことよりもずっと恐ろしいことだ。


 俺は俺にはない大きなものを持っているあの人に、惚れ込んでしまったのだから。


♢♢♢


「――と言った感じです」


 そう言ってグラムさんは自らとエヴァン殿下の出会いについて語り終えた。

 あれだけ嫌がっていたはずだった貴人の護衛を今、こうして自ら望んでやっている。

 王子だからではなく、エヴァン殿下であるから。

 彼ならば自らの人生をかけてでも支えてあげたいと決意した。

 そこに至るまでの過程は、とても心惹かれるものがあった。


「何と言ったら良いのでしょう。貴女は私のことを誇り高い人、と言ってくださいましたが、もし私自身が誇りに思うことがあるのだとしたら、あの日、勇気を出して殿下の根幹を訪ねた事、でしょうか」


「根幹、ですか」


「ええ。いくら親しくなろうとも。いくら近くにいようとも。その本心とはなかなか理解できないもの。もしあの時臆病風に吹かれて殿下の想いを知ることが出来なければ、仮に臣下になったとしても命までは懸けられなかったでしょう」


「……!」


「あの方は生まれ持った地位に甘んじて生きる人ではない。誰よりも他人を想い、そのために力を求める人だと知った。そしてその答えに行き着いた重い過去も知ってしまった。なら、親友である私がそれを支えてやらずしてどうすると、生まれて初めて、本心からそう思ったのです」


「大事なのは知ろうとすること。理解しようとすること。そして誇りとは、自ら以外の人のために生きること、ですか」


「はい。それを正しいとは言い切れませんが、少なくとも私はそう思っています」


 それは今までの私になかったものかもしれない。

 私は今まで多くの人を治療し、その命を救ってきた。

 でも、本心からその人にまっすぐ向かい合い、知り、理解しようとしたことは一度もなかったかもしれない。

 誰かを救いたいと思う気持ちも、それは私だけが想いをぶつけているに過ぎない。

 なら、私のやるべきこととは――


「……あなたが今、どのような悩みを抱えているのかはまだ分かりません。今の話が助けになったのかも分かりません。ですが、私に力になれることがあれば。私にお話しできることであれば、いつでも力にならせてください。それが私にできる、せめてもの恩返しですから」


「いえ、ありがとうございます。少し、今私がしなくちゃいけないことが分かった気がします。でも……もしかしたら、また相談させてもらうかもしれません。私にはまだ、そんな勇気が持てるか分からないから……」


 私がそういうと、彼は困った顔一つせず「ええ。いつでも構いません」と笑顔で頷いてくれた。


「って、お見舞いに来たはずなのに、私に気を遣わせちゃってすみません! まだ傷がいえたばかりで体力も戻っていないでしょうし、後はゆっくり休んでください!」


「とんでもありません。いい暇つぶしになりましたよ。正直なところ、ずっと寝たきりで退屈していましたので」


「はは。もしよければ本でも持ってきましょうか?」


「いえ、それには及びません。一応こちらの治療院の方に声掛けすれば持ってきてくださるそうなので」


「そうですか。分かりました! では私たちは一旦失礼しますね」


 そう言って私たちはグラムさんの病室を後にした。

 なんというか、いろいろと考えさせられる内容だったなぁ。

 あの二人は男同士だけど、下手な貴族の夫婦よりもよっぽど強い絆で結ばれているんだろうな。


 貴族社会は肚探りの世界。

 例え近しい存在でも、みだりに相手の領域に踏み込んではならない。

 そう教わってきた私だけど――でも、やっぱりモヤモヤする。


「ねえリーザ。一つ、お願いがあるんだけど」


「はい、ルイナ様。なんでもお申し付けください」


「ちょっと、調べて欲しいことがあるんだけど、頼める?」


「お任せください。して、その内容とは?」


あの人(・・・)について、調べて欲しいの」


 私は()について何も知らない。

 いいや、知ろうともしなかった。

 お飾りとは言え妻なら、少しくらい旦那様のこと、分かろうとしたっていいよね?


♢♢♢


「うーん、どうしよう。暇だなぁ……」


 グラムさんの病室を後にした私は、そのまま治療院から出てきた。

 あそこは人の往来が激しいし、みんな忙しそうにしているから邪魔になってはいけないと思ったからだ。

 リーザも「では早速任務に取り掛からせていただきます」とか言ってそそくさと姿を消してしまったし、話し相手がいないので私は暇を持て余していた。


「―-っと、待った! はぁ、はぁ、何とか間に合ったか」


「えっ、エヴァン殿下!? その、もう出歩いて大丈夫なのですか!?」


 私が近くでうろうろしていると、後ろから大きな声で呼び止められた。

 振り返るとそこには黄金髪の美青年がいた。

 エヴァン殿下だ。一体なんでこんなところに……


「やあ、ルイナ嬢。先ほどキミがグラムの見舞いに来ていたと聞いてな。慌てて追いかけてきたんだ」


「あっ、そうだったんですね。私も顔を出すべきでした。すみません」


「気にするな。ところでこの後は暇か?」


「えっ? あ、はい。特に用事などはありませんが……」


「なら少し私に付き合ってくれないか? 私もちょうど退屈していたのだ」


「はい、もちろ――」


 うっ。ちょっと待った。

 仮にも私は夫を持つ既婚者だ。

 こんな真昼間に堂々と殿方と出歩くのは問題なのでは?

 まだ旦那様とデートすらしたことないというのに……


 ――って、別にやましいことをしているわけでもないんだから、そんなに気にすることは無いか。

 ここで殿下のお誘いを断るほうがよっぽどまずいだろうし。


「もちろん、お供させていただきます」


「そうか、ありがとう。では早速だが移動しよう。と言っても、誘っておいてなんだがオレはあまりこのあたりを出歩いた経験がないものでな。どこかオススメの茶屋でもあれば案内してほしいんだが……」


 あっ、食事のお誘いだったのか。

 そういえばそろそろお昼の時間か。確かにちょっとお腹が空いてきたところだ。

 うーん、このあたりで美味しいお店かぁ……

 いくつか候補があるけれど、果たして殿下のお口にあうかどうか。


「少し歩きますけど、大丈夫ですか?」


「ああ、問題ないさ。時間はある」


「では、あちらの方へ」


 こうなったら、私が知っている中で一番おすすめできるお店に案内しよう。

 少し距離は遠いが、幸い殿下にもお時間があるようだしゆっくり歩いていけばいい。

 でも、とっても不思議な気分だ。

 私、殿方と並んで歩いた経験なんてほとんどないから何故か不思議と緊張する。

 しかもそれが同世代の少女たちのあこがれの的であるエヴァン第三王子ともなればなおさらだ。


「む、オレの顔に何かついているのか?」


「あっ、い、いえ! そういう訳ではなくて!」


「そうか」


 エヴァン殿下に向けていた視線に気づかれてしまった。

 とってもカッコいい人だと思うけど、こうして改めて近くで見るとどこか物憂げな様子も窺える。

 これではせっかくのイケメンも威力半減だ。


 やっぱり、お兄さんの件は頭の中から離れないのかな。

 身体の傷は癒すことができるけれど、心の傷はそう簡単には癒せない。

 治せない傷を前にすると、回復術の使い手としてはどうしても歯がゆさを感じちゃうな。


「……ところで一つ。き、聞きたいことがあるんだが」


「はい?」


「キミはその――意中の相手などがいたりするのか?」


「えっ――えええっ!?」


 い、意中の相手って、それって。それって!

 好きな男の人がいるかどうか、ってことだよね?


「いや、その。あの時、私が口にした言葉、覚えているか?」


「殿下が口にした言葉……」


 ――どうかオレとこれからの生を共にしてはくれないだろうか?


「―-っ!!」


 それは告白の言葉だった。

 一瞬で私の顔が真っ赤になるのを感じた。

 今思うと、私、よくあんなセリフ言われて冷静でいられたね!?

 あの時はそれどころじゃなかったってのはあるけれど、思い返すだけで気恥ずかしさが込み上げてくる。


「あの時は断られてしまったからな。もしや意中の相手でもいるのではないかと気になってな――」


「い、いや、それはその、そういう訳、ではないんですけど……」


 この王子様、直球過ぎる!

 こういうのってお互いの距離感を探り合いながら少しずつすり寄っていくものじゃないの!?

 少なくとも私が前に読んだ本ではそう言った駆け引きがあったんだけどなぁ……


 って、今はそれどころじゃない。

 ここはその、どうやって答えたらいいんだろうか。

 わ、分からない! どうしたらいいのこういう時!!


 えっと、その、夫がいるってちゃんと言ったほうが良いのかな?

 いやぁ、でもそうなると根掘り葉掘り聞かれちゃうかもしれないし、アーリーさんにも迷惑がかかっちゃうかもしれない……

 それに殿下が聞いているのは意中の相手がいるかどうかだし、正直まだ私が本心からアーリーさんを好きになっているかと聞かれると答えに困っちゃう。

 で、でも、こういうこと聞いてくるってことはまだ諦めてないってことだし、ここははっきりと断らないと!


「あ、あの、えっと――」


「ああ、いや。答えにくい質問だったな。すまない。一度忘れてくれ」


「あぅ、えっとそのぉ……」


「とは言えオレはこう見えて結構本気だ。仮にそう言った相手がいたとしても、だ」


 ――それならばオレに振り向いてもらえるよう、努力するまでのこと


 最後、何か小声で呟いていたようだけど、やや強めの風が吹いたせいでよく聞こえなかった。

 参ったなぁ。完全に言うタイミングを逃してしまった。

 で、でも、何というか、その。

 自分に対して好意を向けられるのって、悪い気はしないなぁ……


 なんて、ちょっと浮ついた気分になる私だった。

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