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ツバメの行くところ

作者: 松蝋

「お母さん、なんでツバメさんは秋になるといなくなっちゃうの?」


 ある時、子が母に尋ねました。


「それはね、日本の冬はツバメさんには寒すぎるから、もっと暖かいところへ引っ越すためよ」


 母は答えました。すると、子は口をとがらせます。


「えぇ、僕だって冬はイヤだよ。寒くて耳がイタくなるもん。ツバメさんばっかりずるい」


 母はそれに小さく笑うと、こう言いました。


「でも、冬にする雪合戦や雪だるま作りは好きでしょう? 暖かいところへ行ってしまうと、みんな出来なくなってしまうわよ」


「それはヤだ! じゃあツバメさんはもしかして、雪合戦も雪だるま作りも、冬にやることはみんなやったことないの?」


「そうかもしれないわね」


「そんなのカワイソウ……。コタツでゴロゴロして、ミカンをお腹いっぱい食べる楽しみを知らないなんて」


 子がそう言うと、母は「まあ、そんなことが一番の楽しみなの」と言って驚きました。


 ある春、その親子の家の軒裏にツバメが巣を作りました。子はとても喜んで、毎日ツバメの様子を見守っていました。


 ツバメが卵を産んで、それらがたちまち孵ると、家は産まれたばかりのヒナ達の声であっという間に賑やかになりました。


 しかしそんなある日、巣から落ちてはぐれているヒナがいるのを子は見つけました。


 子はすぐに母に相談して、家の物置から脚立を持ってきてもらうと、ヒナを巣へと帰してあげました。


 次の日、子はまた巣から落ちているヒナをみつけました。どうやら同じヒナのようです。そのヒナは、他のヒナ鳥達からイジメられているのでした。


「ねえお母さん、このヒナ、ウチで育てようよ。カワイソウだよ」


「う〜ん、そうねぇ」


 母は少し不安げでした。それは、一つの命に責任を持つということの大変さを、母はよく知っていたからでした。


「ねぇお願い。僕がゼッタイ面倒見るから。ツバメさんは虫を食べるんでしょ? だったら僕が毎日たくさん虫捕まえてくるから! ゼッタイ、ゼッタイ忘れないから!」


 そう言ってあまりに子が必死になって頼むので、母も最後には折れてついにツバメを引き取ることを許しました。


 そうして可愛らしい家族が一羽、新しく親子のお家に迎えられたのでした。


 それから、子は毎日一生懸命ヒナの面倒を見ました。手始めにダンボールで巣箱を作り、そこに新聞紙を敷いて、それを毎日取り替えます。そして言葉の通り、毎日ヒナのために虫を捕まえてくると、食べやすいよう小さくして、ヒナに与えてやりました。


 子は虫のこともとても好きだったので、そうしてヒナに虫を食べさせてやるのは心が痛みました。


 しかしそれ以上に、自分の手を通して食事をし、ヒナが命を繋いでいるという神秘的な現象に、子は目を輝かせました。


 そうしてヒナはすくすく育ち、大きくなりました。翼も立派に生え揃い、ヒナは、もうヒナではありませんでした。


 しかし、今や若鳥となったそのツバメにはおかしなところがありました。


 いつまで経っても、飛ぶ素振りを見せないのです。


「お母さん、どうしてこの子は飛ぼうとしないんだろう」


 子は心配そうに母に相談します。


「もしかすると、自分が飛べることをまだ知らないのかもしれないわねぇ」


 思案げに母が言うと、子は驚きました。


「ツバメなのに、自分が飛べることも知らないの?」


「そうよ。ツバメさんだって初めはなんにも知らないで生まれてくるの。自分の親や兄弟が飛んだり、飛ぶ練習をしているのを見て、自分でもやってみようと思うのよ」

 それを聞くと、子はパーッと顔を明るくさせて言いました。


「なあんだ! じゃあ僕が飛んで見せればいいんだ!」


 母がびっくりして、「どうやって?」と尋ねるのも聞かず部屋を飛び出すと、子はすぐに、ダンボールや厚紙、新聞紙やセロテープを使って、自分用の翼を作りました。


 そして若鳥の前に行くと、自家製の翼をバタバタと動かして、とんだり跳ねたりして、精一杯自分の思うツバメのマネをしました。初めのうち、そんな様子を見て首をかしげるばかりの若鳥でしたが、最後には、自分も自らの翼をぎこちなく揺らしてマネをするようになりました。


 子はそれに満足せず、もっとうまくお手本が見せられるようにしようと考えて、他のツバメ達をよく観察することにしました。


 しかしすでにその必要はありませんでした。特に飛ぶということにかけて、子よりも若鳥の方がずっと上手だったのです。


 一度羽ばたくことを覚えた若鳥は、ぐんぐんとそれを上達させていきました。


 子はそれを喜ぶと同時に、ちょっぴり悔しくも感じました。


 若鳥はどんどん飛ぶ距離を伸ばし、ついには家中を自由に飛び回るようになりました。そうなると、もはや若鳥には家は小さくなりました。


 夏も、そろそろ終わります。


 ある日、子が軒裏の巣を覗いてみると、どうにもツバメが少なくなっているように感じました。


 それを母に話すと、「もう秋だものねぇ」と言われました。


 子にもそれがどういうことかは分かっていました。それでも、育てた若鳥と離れるのは嫌でした。


「やっぱり、ずっとツバメさんと一緒にいたい。ねえお母さん、秋も冬も、このままお家で暮らしてもらおうよ」


「私達とツバメさんとでは住める場所が違うんだから、ツバメさんをムリに閉じ込めては可哀想よ。それに、ツバメさんにはこのお家はもう小さすぎるわ」


「だって、ツバメさんは暖かいところにいくんでしょ? そしたら、雪だるまも作れないし、雪合戦もできないし、コタツだってきっとないよ。そんなのカワイソウだよ……」


 言いながら、子にはそれが自分のワガママだと分かっていました。だから母も、それ以上何も言いませんでした。


 軒裏のツバメの最後の一羽が巣立って、とうとう家の中のツバメが最後に残りました。


 子は若鳥を巣立たせてやることに決めました。それが育てた命に責任を持つことだと、子にはもう分かっていました。


「ツバメさん、ツバメさんの行くところには雪もコタツもないけど、きっとそんなことより楽しいことがたくさんあるんだよね。僕は翼がないから一緒には行けないけど、また春が来てもツバメさんが家に困らないように、ずっとここに居るからね」


 子がそう言い切って両手を開くと、それまで静かに子の掌に収まっていた若鳥は勢いよく飛び立ち、振り返らず、そうして真っ直ぐ南へと向かいました。


 その様子を、子は最後まで見送りました。


 それから毎年春になると、親子の家には必ずツバメがやって来ます。

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