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3/3

俺は弱虫。/彼らは天才と秀才。

3作目も手に取ってくれてありがとうございます。感想なども聞かせてくれたら嬉しいです。できるだけ返信します。

#弱虫(芥川光志)


まぁ、色々あったわけだが、とにかく氷室華は颯志の愛する華だった。

「颯志」

俺は真っ直ぐに颯志の目を見て言う。

「みのりちゃんに全部説明するべきだ」

そう言うと、彼は目を逸らす。

「お前は氷室華が好きだった。でも、今はみのりちゃんに夢中なんだろ?なら、話さなきゃいけない義務がお前にはある。」

真っ直ぐ、颯志の目を見る。

「あの、まったく話が掴めないのですが…」

みのりちゃんはおどおどと聞いてくる。

「分かりました。話します。」

颯志はようやく決意したらしく、みのりちゃんに向く。

「僕は、みのりちゃんを好きになるずーっと前、大好きだった女の子がいました。でも、その子は黄志に殺されました」

彼がそう言った瞬間、みのりちゃんの顔が強張ったのが分かった。そりゃそうろう。人が死ぬんだ。誰だって「あ、そうなんだ」と受け入れられることではない。

「黄志がその女の子を殺した理由は、自分が二階堂学園の入学試験に落ちたヤからでした。それで…それで…そんな理由で自分の大事な人を亡くされたのが僕は許せませんでした。確かに、今僕はみのりちゃんが大好きです。でも、そのの子のことも今でも人としては好きなんです。その、恋愛的な意味とかじゃなくて人としてです。」

颯志の声は震えていた。

「これは浮気になりますか?」

彼の声は殆ど涙声になっていたと思う。

「人の家にお邪魔していて悪いのですが、二人きりになってもいいですか?」

お願い、というより、どっか行ってください、の方が合ってると思う。

「分かった。黄志、馬場さん、行こう」

別室へ3人で行く。


☆・☆・☆


別室に移動した俺たちは神妙な面持ちで向かい合って座っていた。ただ一人をいて、だが。

「誠に愉快なことだなぁ!」

黄志は凄い笑顔で言う。

「愛しのお姫様を見つけたのに昔の片思いを晒されて1対1?ほんとに笑える」

爆笑する黄志を横目に俺は馬場さんに目を向ける。

彼女はぼーっとしていた。多分、今の状況を受け入れられないのだろう。

「馬場さん」

声をかけると、ゆっくりとだがこちらに目を向けた。

「みのりが傷つかない方法はあるんですか?」

弱々しくこちらを見てくる彼女。

「あるわけねぇよ。颯志が悪いんだ」

黄志が吐き捨てるように言う。苛立ちが募る。

「芥川くんの何が悪いんですか」

馬場さんは黄志を睨む。

「一途じゃねぇところがわりぃんだよ。一度決めた女は最後まで追っかけ続けるべきなんだよ」

「でも、その芥川くんの片思い相手を殺したのはあなたじゃないですか」

「そうだ?でも、好きなら地獄まで追いかけろってこと」

馬場さんは言葉を失ったように項垂れる。

「つまり」

腕に顔をうずめて言う

「芥川くんも一緒に死ねばよかったってことですか?」

彼女の声は震えていた。

「この理論で行くとそういうことだ」

黄志は立ち上がり、馬場さんを見下ろす形になる。

「好きならそうしろっつってんの。」

彼女を上から睨んで、そう吐き捨てた。

「黄志、いくらなんでもそんな言い方はないだろ」

「光志は優しすぎるんだ」

即座に返事をされる。

「その優しさでグレーゾーンに行ったもの、いくつあったか分かってんのか?」

確かに、そうだ。

黄志のことを忘れようと言ったのも俺。本当は忘れてはいけないことだった。の前の楽を信じて決めたことで曖昧な空間へ放り出してしまったのは俺じゃないか。

「ほら、言い返せないじゃん」

奴は俺の目の前に現れて言った。

「どいつもこいつも弱いんだよ」

スマホを取り出し、壁にもたれかかって弄る彼に冷ややかな視線を送る。


「つか、俺出て行こうか?」

黄志が歪んだ笑顔で聞いてくる。

「出て行ってくれ」

ねめつけて言うと、彼は俺に言う。

「岐阜の方で一人暮らししてんだよ。バイト詰め込んでやっと金溜まって来てたら忌み嫌われてさ。俺の身にもなれっての。親父とおふくろには来たこと内な。」

少ない荷物を持って彼は颯志たちが話しているリビングを素通りして玄関に向う。俺も馬場さんもただただ呆然と見る。

ガチャ、とドアの音がして、静けさができる。嵐の後の小雨みたいに重くて軽い矛盾関係の空気が流れる。

「黄志さん、でしたっけ?」

馬場さんが俺に聞いてくる

「うん」

「光志さんや芥川くんとは対照的な人ですね」

悪い意味で感激したようだった。

「ただ捻くれてるだけなんだよ。素直になればいいだけなのにあんな風に孤高貫こうとするから衝突するんだ。」

「根の根はいい人なんですね」

優しい笑顔を張り付けて彼女はこの部屋のドアを見る

「そりゃ、颯志の兄なんだから」

俺はあえて『俺の弟なんだから』を付け足さなかった。


俺は…弱虫で、ちっとも優しくなんかないんだから。


「もう来ていただいて大丈夫ですよ」

この部屋の扉が開けられたのは、移動して(させられて)から1時間くらい経ってからだった。

「何してたの?」

からかい口調で聞くと、颯志は「まぁ、色々」と苦笑気味に言った。

「聞かせてよ~」

馬場さんがみのりちゃんに縋ると、「色々話しただけ」とぴしゃりと言った。


☆・☆・☆


「黄志は?」

颯志が俺に聞いてきた。俺は馬場さんと目を合わせる。どうしようか?と。

「黄志なら出て行ったよ。岐阜に戻るってさ」

「岐阜?」

「施設出てからは岐阜で一人暮らししてるらしい」

「まじか」

颯志が目を丸くするのに対して、みのりちゃんは目を暗くした。

「どうしたの?」

今度はみのりちゃんに目を向けて聞いてみる。

「いや、黄志さんも黄志さんなりの感情があったんじゃないかなって思って。も不器用は不器用なりに私たちと繋がりを持とうとしたんじゃないかなって思ったんです。あくまで推測に過ぎないですけど。彼なりに何かを伝えようとしてんじゃないかなって」

彼女の推測には目を丸くするしかなかった。

「確かに。『バイト詰め込んでやっと金溜まって来てみたら』って言ってましし。」

馬場さんが思い出したように言った。

「でも、いつ戻ってくるかわからない。攻撃的なことをされたら…。すぐに言って」

俺はこんなことを言っているが、本当にみんなを守れるのだろうか。

本当に行動できる人間なのだろうか。

本当に、本当に、こんな弱虫にできることなのかは弱虫にも分からない。



#天才(篠原将暉・清水穂乃香)


(篠原将暉 視点)

12月に差し掛かった頃。俺たちは嫌なモノに立ち向かわなければいけなくなる。

それは期末テストだ。

また、同時に颯志に殺意が湧く時期でもある。

「颯志~。もう勉強始めてんの?」

「まだ」

「テストまであと4日なのに?」

「前日に丸暗記しちゃえばいいかなって」

はい。そういうことは天才にしかできないって知ってました?

「逆に将暉はやってんの?」

「いや普通はやってるって」

うーむと考え込むように俯く彼を横目に昼食を広げる。目の前には朔と俊輔「いつものことだろ」とでも言いたげに無言で食べている。

「まぁ今回も全科目満点期待してるよ」

バンッと颯志の背を叩くと、彼はウっと呻いた。そんなに強くやってないだろ。

そして彼の弁当を見ると、袋の中に小さなメモが入っていた。

『午後からも頑張ってください。 みのり』

小さな丸文字で書かれていて、この弁当はみのりさんが作ったものだと理解する。

「彼女弁当かよこのヤロー」

からかうように颯志を見ると、耳を真っ赤にして俯いていた。

そんな彼を見るのは初めてだった。朔たちも見たことがなかったらしく、目をくして見ていた。

「颯志のカノジョ、可愛いよな」

俊輔は面白がるように颯志に言う。彼は小さく頷く。

「俺が奪っちゃってもいいんだけど?」

朔が微笑を浮かべて尋ねると、バッと顔をあげて焦りの表情を見せる。

「僕が朔に勝てるわけないじゃん」

ボソボソっと呟き、彼女弁当を食べる。つかどの口が言ってんだよ。

「逆に颯志よりスペック高いやつ見つける方が大変だと思うんだけど」

俊輔が苦笑しながら言った。

「みのりちゃんもハイスペックだよな」

ふと頭に出てきたことを口に出してみると、3人はうんうんと頷いた。

「可愛いし礼儀正しいしカッコいいし勉強もできるし。もう本当に女神の領域」

朔がからかうように言ったあと、俊輔も「同感」と言った。

「僕の彼女は最強だから」

胸を張って言えるセリフを俯いて耳を真っ赤にして言った。

「間違ってはないよな」

空に向かって呟いた一言の重みを俺はまだ知らなかった。


テスト当日。

目の下にクマがある人や、直前になって単語カードをめくりまくってるやつもいた。颯志は相変わらず涼しそうな顔で小説を読んでいた。ちょっと腹立つ。

監督官の「開始」っていう言葉を合図に紙をめくる音が聞こえた。まるで他人のように感じていたが、やらなきゃいけないということは理解していたから脳は働く。

働きたがらない脳を必死に動かして覚えたことを書く。


全日程が終了し、いつもの中庭で弁当を広げていた。

「七緒学園っていつから?」

「昨日からみたい」

「七緒は5日間もあるからなぁ」

絶対俺なら耐えれない。

みのりちゃんは本当に凄いのだ。生まれながらのセンスもあるが、相当の努力していることが一回見ただけ・颯志の話を聞いているだけで分かった。


(清水穂乃香 視点)

テストが始まって3日が経った。精神状態は半端じゃない。

「みのりってさ」

夏樹がみのりに向けて言った。

「普段、家でどんな勉強してるの?」

「勢いとノリ。」

みのりって、多分天才型なんだ。

勉強しなくても高得点がとれる。努力をしなくても人並み以上のことができる。そんなみのりがたまに苦手だと思えた。私はどれだけ毎日を積み重ねてもみのには勝てないのだ。

みのりが苦手なんじゃない。天才であるみのりの形が苦手なのだ。

手の届かない、高嶺の花に思える。そんなみのりが苦手だった。


無事4日目のテストを終え、学校の最寄り駅へ向かう。

思わず3人を引き留めてしまった。

「今から4人で勉強しない?」

半ば無理矢理3人を図書館へ連れて行き、4人席で教科書を広げる。

理由は簡単。みのりの勉強法を知るためだった。

ちらちらとみのりの方を見ると、彼女はボロボロのルーズリーフの山を鞄から出した。思わず凝視してしまう。

「穂乃香?どうしたの?」

じーっと見ているのに気付いたのか、みのりは声をかけてきた。

「いや、それすごいね」

「そう?」

みのりをその山に書き込み続けた。

この山がみのりの努力の結晶のように見えた。でも、これくらいなら私もやっいた。

彼女は一通りルーズリーフの山を整理し終えると、次は付箋がたくさんついた教科書を出した。

みのりって天才じゃないの…?

初めてその固定概念を疑った瞬間だった。


図書館からさっきの駅まで戻った。

みのりだけ電車の路線が違うので、改札を抜けたところで別れの挨拶を告げた。

「今日、なんであんなにみのりのこと見てたの?」

モモに問われたが、答える言葉が見つからない。

「勉強法、知りたくて」

なんとか出てきた答えがこれだった。

いつもの7番ホームに辿り着くと、3番ホームで一人で立っているみのりが見た。二階堂学園の制服の男の子がみのりに声をかけようとした瞬間、7番ホームと3番ホームの間に電車が到着して、彼女は見えなくなった。それが私には、才と凡人を分ける大きな壁に見えた。

私は決して壁のあちら側に行けない。生まれながらのセンスなのだ。

「今日、穂乃香おかしいよ」

モモと夏樹に顔を覗き込まれた。

「みのりが羨ましいなって…。」

本音だった。

「うげー。私は絶対みのりにはなりたくない」

夏樹は苦虫を嚙み潰したような顔をして言った。

「天才に凡人の考えは分からない。なら、上を見上げることができる凡人の方が人生楽しいじゃん」

「私も凡人でよかったと思ってるけど」

夏樹とモモは平然と言った。

「いや、みのりは本当に天才なのかなっていう考えが浮かんできてさ」

静かに言う私に対して、夏樹は言った。

「みのりって、最初偏差値40台だったって知ってた?」

「「は?」」

嘘でしょ…。みのりは偏差値80台のはずだ。

「みのりは努力した。その努力の過程で秘めていた天才の能力が浮かび上がっきたんだよ。努力しなきゃ、宝の持ち腐れだったよな。」

偏差値40台から80台に上がるのはそう簡単にはいかない。

「私はそれだけの努力をしなかったからあっち側には行けなかったんだ。みのりは勉強してないように見えるけど、裏で滅茶苦茶してるんだよ?」

夏樹は苦笑いしながら言った。

「それどこ情報よ」

モモが夏樹に聞く。

「みのりの部屋見たとき思ったんだよ。本棚、小説だらけだと思ってたけど、考書も上の方に詰め込まれてた。しかも全部ボロボロ。昔の成績表も見せてもらったし。」

一瞬でみのりの天才という形への苦手がなくなった気がした。

でも、同時に努力しても報われない人間がいるということも理解した。

それが悔しかった。


(篠原将暉 視点)

予想通り3番ホームにみのりちゃんはいた。

人の気配を感じてさらにそれを颯志と勘違いしたのか、こちらを見た顔は満面笑顔だった。でも俺が颯志じゃないことを理解した瞬間、顔がはてなマークでいっぱいになった。

「こんにちは。結城みのりちゃん」

そう言うと、不審げな目でこちらを見てきた。

「颯志の友達の篠原将暉です。」

「あ、篠原さんですね。聞いたことあります」

ちょっとホッとしたように言われた。

「みのりちゃんって、颯志が天才だと思う?」

俺は「そうだと思います」って返事がくると思っていた。

「賢い方だとは思いますが、天才だとは思いません」

予想外の答えだった。

「どちらかと言うと、秀才ではないですか?」

天才と秀才の違いは、生まれながらの才能か努力を積み重ねた結果の才能かでる。

「芥川くんは常に勉強してますし、天性の才能ではないかと…」

「颯志って勉強してんの!?」

「そりゃあしまくってますよ。毎朝。」

俺は颯志とは路線が違うから電車でのことは知らない。

その後ものんびりみのりちゃんと喋っていると、自分の路線の電車が来た。

「じゃあまたね。みのりちゃん」

軽く手を振ってから自分の行くべきホームに向かった。


天才と秀才、か…。


☆・☆・☆


テストの結果が返ってきた。

案の定颯志は数学と理科以外は90点台、数学と理科は100点の学年一位だった。

「どこまでもバケモノだよな。」

俊輔が呆れたように颯志の成績表を見た。

「颯志は天才じゃないよ」

思わず口を挟んでしまった。

「颯志は秀才だ」

場は一瞬固まった。

何せ俺は以前まで颯志のことを天才呼ばわりしていた。

「将暉、みのりちゃんに何か言われた?」

「正解」

颯志にはすべてお見通しのようだった。

今回は光志が自分を見直す回とみのりと颯志を客観的に見た穂乃香と将暉を主人公とした番外編の二本立てです。

この小説を読んでくれた読者の方、当時の話を思い出すのを手伝ってくれたリアル穂乃香ちゃんたち、ありがとうございました。

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