私たち、七緒学園来てみました。/僕ってキョウダイ二人います。
二話目投稿!読んでくれてありがとうございます。
#文化祭(結城みのり)
今日は一日授業がない。なぜなら、明日は文化祭だから準備日として、だ。私たち生徒からすればこれほど楽しい日はない。
そして、芥川くんがきてくれるのだ。初めての文化祭に彼がきてくれるのは、とても嬉しい。
窓から見える二階堂学園を見ていると、「ノロケですか?結城さん」と夏樹がからかうように言う。
「いや別にそういうわけではないけど…」
「文化祭にくるの?芥川くん」
「うん。くるよ」
そう言うと、彼女は「初対面だなぁー」と言う。
隣にモモと穂乃香も来て、「会うの楽しみだなー」とか言ってる。
「ほらーそこ4人!外見てないで手伝ってー」
クラス委員長に言われ、「はーい」と返事して準備に戻る。
私たちのクラスは軽食屋さんをすることになった。私は午後だけのシフトだから午前中は彼とまわれる。
「ウエイトレス組~衣装合わせするからきて~」
私はウエイトレスをするので呼ばれた方へ行く。
紺色のジャンパースカートの制服にベージュのH型エプロンはいい組み合わせだと我ながら思った。
「みのり、やっぱ似合うねぇ。お嬢様感ある」
委員長に笑いながら言われた。頭の中では芥川くんに変に思わないかをずっと心配していたが。
「これなら芥川くんも喜んでくれるね」
穂乃香が耳元で囁く。
途端に顔に熱が伝わってきて、火照るのが自分でもわかる。
「髪形もいじるか。」
衣装係さんは私が一つに結っているヘアゴムを解き、ハーフアップにする。
「おっ。可愛い」
結果的にいじりにいじられまくり、午前中が終わった。
いつものメンバーで昼食を食べた。
スマホを見ると、彼からメッセージがきていた。
『明日、文化祭ですよね。楽しみにしてます』
私も楽しみです。
『私もきてくれると思うと楽しみで仕方ないです』
すぐに既読はつき、返信はきた。
『みのりちゃんのお店にも行きますね』
なんだか、彼が目の前で微笑んで言っているように思った。
『ちょっと恥ずかしいです』
『大丈夫ですよ。みのりちゃんなら』
たったこれだけの会話でも、なんだかホッとする。
「ご飯食べてないよーみのりー」
モモがスマホばっかり見ている私を指摘する。
「あ。」
母が作ってくれたお弁当を食べ、力を回復したところで、教室に戻る。
「店の名前、なんだっけ」
副委員長が私に聞いてきた。副委員長なら把握しとけよ。
「『澪標喫茶店』だよ」
「あ、そうだったそうだった」
こういうおっちょこちょいなところが人気なのかもしれないとふと思いながらも、やはり副委員長なら把握しとけよ、と思った。
「ねーねー」
委員長が作業中の私たちに声をかける。
「店名に澪標って入ってるじゃん?澪標って、一言で目印になるものって意味だよね。だから、看板にみんなの名前とみんなの行く当ての目印になった人の名前書かない?」
当然全員賛成し、さっそく看板に色んな人の名前が書かれていく。
「次、結城さんお願いー」
ボールペンを片手に委員長の方へ行く。
まずは自分の名前を書いた。次、大切な人の名前を書かなきゃいけない。
家族?でも、もちろん3人の名前は書けない。いつものメンバーの名前を書くと、彼女らの名前が二つ入ってしまうことになる。
迷いに迷った挙句、一つの答えに辿り着いた。
芥川くんだ…。
私は目立たないところに、小さく、細く、弱々しい文字で『芥川颯志』と書いた。
胸には、後悔とかではなく、大きな満足感だけが宿っていた。
翌日。
いつもの駅で彼と待ち合わせる。
しかし今日は土曜日だから彼は私服だ。カッコいい。
「なんか、変な感じですね」
彼は苦笑しながらこちらを向く。
「何がですか?」
私は本当に何が変な感じなのかわからず問い返した。
「僕は私服、みのりちゃんは制服でいつもの駅に土曜日に一緒にいるって。なんか、幸せだなって思ったんです。」
ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、照れた。
「あ、電車来ました」
照れ隠しで線路に見える電車を指さして言う。
いつものところに立つ。
「そういえば今日はメガネなんですね」
「いつもはコンタクトなんです」
気づかなかった。
「そっちの方が好きです」
思わず感想をポロっと零してしまう。
「ありがとうございます」
彼は顔を隠して言う。
「耳真っ赤ですよ」
「だって…。嬉しいんですもん。」
ギャップ萌。
「もうすぐ着きます」
もうすぐとは言うものの、まだ目的の駅は二駅先だ。なんか恥ずかしくなって、私も目をそらす。
目の前に同じ学校の同級生や先輩がいる。その人たちも彼氏を連れている人が数名いた。そして気づいてしまった。この文化祭にはカースト制度があることを。
急いでスマホを取り出し、芥川くんとのLINEを開く。
『カースト制度あります』
当然のごとく隣で通知が鳴る。
そして、「へ?」と間抜けな声を漏らす
『どういうことですか?』
『リア充と非リアのカーストです』
大真面目に打っている。お互い。
『我々はまだ付き合って数か月なのでクシャトリアにあたります』
『あ、はい』
必死に理解しようとしてくれる芥川くんを横目に私は続ける。
『そして、バラモンにあたるのが、付き合って数年経つ、いわゆる熟年カップルです。あの先輩たちとかはバラモンにあたります』
軽く指をさした方を彼と一緒に見る。
『な、なるほど』
『そして、あっちに私たちを睨んでいる人たちがいるでしょう?あの人たち、私の同級生なんです。非リアの。でも、それでも校内では陽キャ集団の人たちなのでヴァイシャには値すると思います。』
そして、最後に一言。
『今後の未来のためにも、芥川くんには爪痕を残していただきたいです』
「爪痕?」
「いっそのことなら私たちもバラモンを目指しましょう、ということです」
「いいですね。やりましょう。熟年カップル」
こうして謎の契約を交わし、七緒学園の文化祭が始まった。
『第87回 七緒祭』
と派手に飾られた看板を抜け、パンフレットをもらう。
「みのりちゃんの学校、初めてきました…」
感嘆の声を漏らす芥川くんの手を引き、カフェテリアに入る。
「どこ行きたいですか?」
「おすすめとかってありますか?」
質問に質問を返してくるなんて…。さすが芥川くんだ。
「高2C組とかどうですか?」
「お化け屋敷ですか?面白そうですね」
正直言うと、お化け屋敷に興味はない。
ただ、今彼がホラー小説を読んでいたから、もしかしたらこういうのが好きなのかと思ったのだ。
「あの、ごめんなさい」
突如彼が謝ってきた。
「どうしたんですか?」
「その教室ってどこですか?」
彼は苦笑気味に尋ねる。まぁ、そりゃわからないよな。
「一緒に行きましょ?」
ニコっと笑って、彼の手を掴む
「今日は一段と楽しそうです」
「そうですか?」
「笑顔が、変な言い方かもしれませんけど、瑞々しいというか、初々しいというか。兎に角、可愛いです。」
褒められていると思う。こういう不器用なところも、いちいち好きなんだなと自覚する。
「あり、がとぅ」
頭をぽんぽん叩かれた。
改めて芥川くんの手を掴んで、高2C組を目指す。
「ここですね」
「ちょっと怖いです」
思った以上に怖そうで、怖気づいてしまう。
「確かにちょっと怖そうですね」
でも、もうここまできて引き返すわけにはいかない。
「入りましょう」
できるだけ平然を装って、入り口に立つ。
恐る恐る扉を開けると、昼間の教室とは思えないくらい真っ暗な空間が広がっていた。
「さぁ!中へどーぞどーぞ!」
やけに明るい店員学生に案内されたとおりに進んでいく。
ゾンビの呻き声が聞こえてきたり変装した生徒に追いかけられたりはしたが、言うほど怖くなかった。芥川くんも余裕そうに隣を歩いていて、あっという間にお化け屋敷は終わってしまった。
「ありがとうございましたぁー!」
そういう掛け声とも言える声を聞いて廊下に出た。
「そんなに怖くなかったですね」
ニコっと笑って私に目線を合わせてくれる。彼もそんなに怖くなかったのかもしれない。
「そうですね。まだ仕掛け見る余裕ありました」
「みのりちゃんらしいです」
彼はまた笑って言った。
次は、男装喫茶に行った。同じく高等部2年生の出し物だ。
「異空間ですね」
思わずポロッと言ってしまった言葉に、芥川くんは「確かに」と笑いながら答える。
「文化祭って、イレギュラーなものですよ。どことも」
こんなことを言うくらいだから、二階堂学園も変なお店などがあるのかもしれないと思った。想像してみたけど、私の想像力でははかれない。
「あっれー?みのちゃんの彼氏さん?」
注文を頼むと、見覚えのある先輩が声をかけてくれた。
「麻央先輩ですか?」
「せいかーい」
私が所属する競技カルタ部の先輩の山内麻央先輩だ。
「彼氏君イケメンだねぇ。学校どこ?」
「二階堂学園です」
彼はさらりと答えた。
「っひぇー。すっごいね」
麻央先輩は目を丸くしてまじまじと芥川くんを見つめる
「まぁ、ごゆっくり」
彼女はもとから美形だから、とてもイケメンに見える。
「あの人、みのりちゃんの何なんですか?」
大真面目に聞いてくる芥川くんがおかしくてちょっと笑えた。
「嫉妬ですか?」
笑いながら言うと、「いや、別にそういうわけじゃないんですけど」と誤魔化し笑いで言われた。
「嘘です。嫉妬です」
俯きがちに言われた。ちょっと可愛い。
「あの先輩、女の子ですよ」
そういうと、彼はは?みたいな顔で私の顔を見た。
「というか、ここ女子校です」
「あ、そうでしたね」
なんかそれもそれで恥ずかしくなってきたのか、「へえ、ああ、そうなんですね、へぇ」みたく一人でブツブツ呟いている。
「お待たせしました~」
麻央先輩が持ってきてくれる。
「ごゆっくりどうぞ!」
人懐っこい笑顔で去っていった。
「やっぱりあの先輩、可愛いですよね」
彼女の背中を見ながらボソッと呟くが、彼は何も言わない。
「芥川くんもああいう人が好きなんですか?」
ふと、思いついたことを聞いてみる。
「僕はみのりちゃんがいちばんだと思いますけど」
思考停止。
「お褒めいただきありがとうございます!」
思いっきり頭を下げたから、机にゴンッと頭を打つ。相当な音がしたが、全然痛くない。
「だ、大丈夫ですか?」
苦笑気味に彼は冷たいタオルを渡してくれる。
「そういうところが可愛いって言ってるんです」
満面の笑みで言ってくれた。
「茹でダコみたいになってますよ」
彼は可笑しそうに笑いながら言った。
午後。
「これから私シフトなので、適当にぶらぶらまわっといてくれませんか?校外に出てくれてもいいですし。」
「分かりました。シフト終わったらまた連絡してください」
「了解です」
私の教室の前で一旦別れ、私は着替え室に行く。
エプロンをつけてカフェテリアと化した教室に入る。すると、中央に人だかりができていた。
近くにいたクラスメイトに「あれ何?」と聞くと、「他校のイケメンが来たんだって~!なんか、モデルもやってるらしいよ」と言われた。
ちらっと様子を窺うと、チャラそうな男がいた。絶対芥川くんの方がカッコいいし。
「名前何て言うの?」
さっきのクラスメイトが聞いた
「芥川」
はぁ?
もう一度よく見るが、明らかに芥川くんではない。光志さんもこんなんじゃない。芥川なんて苗字は珍しいからあまりいないはずなのだが。私は呆れて立ち去った。
「ここに結城ってやついる?」
「結城みのりちゃんですか?」
私の名前が聞こえ、振り返ると、芥川(偽物)がこちらを真っ直ぐに見ていた。
「お前が結城みのりだな」
彼はこちらに歩み寄ってくる。
「颯志のどこに惚れたの?」
見下ろされる形で問われるが、誰かも分からない人に惚気話をする気はない。
「まず、あなたは誰ですか」
「俺は芥川黄志。お前が愛してる颯志の兄だ」
私は目を点にしていたと思う。こんなクズが芥川くんの兄?そんなわけない
「は、はあ」
曖昧な返事にイラっとしたのか、芥川(偽物)は「言わねぇなら別にいいよ」と言って乱暴に歩いていく。レジでお金を払い、ドアから出て行く彼の背中を見てから仕事に戻った。
「みのり、知り合い?」
後ろから夏樹が声をかけてきた。
「あの人いわく、芥川颯志くんの兄の芥川黄志さん」
「ちょ、芥川くん連れてきなよ。携帯使っていいから」
「ありがと」
スマホを取り出し、LINEから芥川くんとのトークルームを開く。
『今すぐ、私の教室に来れますか?』
すぐに既読はついた
『行けます。ちょっとだけ待っててください』
「きてくれるって」
「おぉナイス」
しばらくウエイトレスとしての職務をこなしていると、すぐに彼は来た。
「どうしたんですか?急に呼び出して」
ドアを勢いよく開けて来たので、当然周囲の目線が集まる。
そして、「うわぁイケメン」と誰かが呟いたのを引き金に、芥川くんの周りに人が集まる。
笑顔でそれを見ていた。
「学校どこなんですか?」
「おいくつなんですか?」
「お名前何て言うんですか?」
「イケメンですね!」
囲まれて集団攻撃されておどおどしている彼を捕まえたいけど、生憎私は陽キャ集団に突き進んでいけるほど強くない。だから、笑顔で見守っているのだ。
「あ、ありがとう」
彼の苦笑いは初めて私が見る表情だった。
「今日はイケメン日和だねぇ~結城さん」
担任が隣に立って話しかけてくる。
「ですね」
ぎこちなく笑う。だって、他の女の子に囲まれているというのは彼女からすればフクザツなのだ。
下を向いていると、頭に重みがかかった。
「僕は誰にも盗られませんよ」
ハッと前を見ると、芥川くんが頭をぽんぽんしてくれていた。隣の先生は唖然である。
「あ、すみません。そんな暗い顔してました?」
笑いながら聞くと、「世界の終わりみたいな顔してました」って言われた。
「で、どうしたんですか?」
「自称芥川くんのお兄さんの芥川黄志さんが来たんです」
「は?」
芥川黄志の名を言った瞬間、彼の目は一瞬で怒りの色に染まった。
「そいつ、どこ行ったかわかりますか?」
苛立ちをじわじわと伝えられながら彼は私と視線を合わせて言う。
「さっき教室から出て行きました。一人で来て一人でどこか行っちゃったんです」
「そうですか。ありがとうございます。光志に電話かけといてくれませんか?」
「りょ、了解です」
それだけ言い残して、彼は走って教室から出て行った。
一連の出来事にこの教室にいた人たちは皆唖然だった。
#キョウダイ(芥川颯志・芥川光志)
(芥川颯志 視点)
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
急にみのりちゃんからLINEが来て何事かと思ったら…
なんで…今頃顔出してくれるんだよ…!
もはや僕の中の理性は崩壊している。
今更なんだんだよ…!!!
「黄志…」
賑やかな雰囲気が辛くなって、一旦校外に出た。
「あら。弟じゃないですか」
からかうようなこの口調。声の主を見ると、案の定黄志だった。
思わず僕は奴の胸倉を掴む。
「午前中、ずーっと見てたよ。お前、愛されてるんね」
余裕の笑みを浮かべて彼は怒り狂った僕の顔を見つめる。
「なかなか可愛い子じゃん。結城みのりちゃん。」
なんでここであの子の名前が出てくるんだ
「みのりちゃんに手を出すな」
絞りだした言葉を紡いで伝える
「颯志、ロリコンかよ。中一に手ぇ出してんの?しかもお嬢様女子校の?」
何も言い返せなかった。そして、彼は僕の手を振りほどく。
「名門校の才色兼備生徒会長様が?ロリコン?はーっ!こりゃニュースだわ!!」
目の前で踊るように罵っている彼が兄には見えない。
「まさかだとは思うけど、氷室華のこと、忘れてないよな?」
「その名前を出すな!!!」
思わず声を荒げて言ってしまった。
「結城ちゃん、悲しむだろうねぇ?だって、」
俺が殺した氷室華、お前大好きだったもんな。
そう言われた時、ナニかが覚醒した気がした。
僕は奴の頬に平手打ちした。
「やるようになったじゃん」
奴は歪んだ笑顔を向ける。
「芥川…さん…?」
はぁはぁと息を切らしながらこちらを見ているのは、みのりちゃんの友達だ。確か、馬場さんって言ったような
「みのりに言われて探したんですよ?どういうことですか!?」
「馬場さんでしたね?今のことは忘れて、文化祭を楽しんできてください」
僕の言葉は無視して彼女は続ける。
「みのりが知らないところで何が起こってるんですか」
彼女は怒りの視線を向けてくる。
「ちょっと、みのり呼んできます。」
「やめっ!」
「知るべきです」
彼女はずかずかと校内に入っていく。
「結城ちゃんに話してなかったんだ?自分を知られるのが怖かった?怖かったよね?だって、尋常じゃないくらい愛してたもんね?」
並べられる言葉が理解できない。
まもなく遠くから二人の女の子の声が聞こえてくる。
もう、終わりだ。終わるんだ。
幸せなときは、長くは続かない。
(芥川光志 視点)
みのりちゃんから電話がきて、内容に驚きと怒りを鎮められなかった。
七緒学園周辺のコインパーキングに駐車し、七緒学園まで走る。
すると、裏門で颯志と黄志とみのりちゃんとみのりちゃんの友達であろう女の子がいた。
「光志!」
颯志が涙目でこちらを見て叫ぶ。
「とりあえずここの4人。うち来い。」
自分の車に兄と弟、弟の彼女とその友達を乗せ、自宅に走る。
リビングの座敷机に5人で座るが、沈黙が続く。
恐らく、颯志はまだみのりちゃんに言ってないのだ。4年前の忘れることない事件を。
4年前…つまり、颯志が11歳で黄志が13歳の時。
氷室華という颯志と同い年の女の子がいた。
比較的地味な子で目立つわけでもなかったが、颯志の目には輝いて見えていたんだと思う。微笑ましい限りだが、その子が颯志の初恋の相手となった。
颯志は彼女を追いかけまわし、次第に彼らは仲良しになっていった。
その頃黄志は名門である私立二階堂学園中等部の入学試験に落ちて、自暴自棄になっていた。まぁ、模試ではいつもC評価だったし、微妙なところではあったが。それに比べて颯志はあの名門校での模試でも常にA評価をとり、受験者のなかではトップを走っていた。
当然、黄志は颯志を妬み、恨んだ。
なぜ同じ母親から、父親から生まれてきたのに弟はこんなにも出来がよかったのか。同じ教育を受けてきたのになぜ俺自身は出来が悪かったのか。
彼は母を、父を、兄を、弟を恨んだ。
黄志は次第に不良の方向へと進んでいった。
そして、事件は起きた。
黄志は、氷室華を刺した。
小学5年生のまだまだ夢も希望もある少女の命を奪ったのだ。彼は颯志にこう言った。
「こいつはお前の今の一番大切なモノだよな!?壊されてどんな気持ちだ!?悲しいか!?絶望したか!?俺を恨むか!?」
目を見開いて彼は颯志に向かって怒鳴る
「お前も俺から大事なモノを奪ったんだ!お前が俺の分の才能も、センスも全部奪っちまったんだよ!だから俺はこんな落ちこぼれなんだ!」
颯志は何も言わない。ただ、声を殺して泣いていた。
「華…華…」
震える声で呟き、息のない女の子の体に寄り添う。
昨日のことのように思い出せる。
公園の公衆トイレの裏の影で氷室華は殺された。自らの弟が愛する女の子を兄が殺したのだ。
俺自身はその場にいなかったし、4年前なら俺は17歳の二階堂学園の生徒だった。俺が恨まれてもおかしくなかった。でも、そこで颯志が的になった。
俺と颯志は黄志が児童自立支援施設に送られてからは黄志の存在を忘れようとした。兄弟は俺たち二人だけなんだ、と。
両親もそれに賛成してくれた。
この時、黄志は芥川家から除外されたのだ。今更お前に芥川の名を名乗る資格はない、と。
しかし、事はそう簡単には片付かない。
颯志は11歳ながら目の前で人が殺されたのだ。ショックが大きかったという言葉では済まされないだろう。
夜は毎日唸っていたし、眠れなかった夜もあったはずだ。
そしてどんどん模試の成績も落ちていき、不動の一位だったはずの芥川颯志がG評価まで落ちたのだ。黄志がこれを見ていたら愉快で仕方なかっただろう。
「光志…。僕、どうしよう。どうしようどうしようどうしよう」
毎日独り言のように俺の前で呟いていたのは昨日のことのように思い出せる。俺も辛かった。身内に殺人犯がいることで当然いじめも受けたし、何より苦しんでいる弟を見るのが辛かった。
結果的に颯志はギリギリで合格した。
そこからは死に物狂いで勉強して、学年トップの座に立った。部活で賞ももらった。でも、それは多分空っぽで、形だけ残った栄誉なのだろう。痛いほどに伝わってくる。
でも、中三になって変わった。正確には、中三の秋くらいから。
多分、これくらいの時期にみのりちゃんと出会ったのだろう。新しい恋を見つけたのか。それとも、氷室華と重なる部分があったのか。
俺には分からない。でも、みのりちゃんは颯志の何かを変えたことは間違いなかった。
ちなみにだけど、私は現実世界では馬場夏樹役の立ち位置でした。
颯志君のモデルになった子(K君)は本当にいい子でした。今でも仲良くしてます。
みのりのモデルになった子はもっと仲良しです。