私たち、付き合い始めました。/私たち、デートに行ってきました。
#プロローグ(結城みのり・芥川颯志)
(結城みのり 視点)
「僕とみのりちゃんが付き合うと、凄く合理的じゃないですか?みのりちゃんは最近、僕が得意な理科の質問をよくしてくれますよね。さらに。みのりちゃんの学校は女子校ですよね。だから、『付き合ってないけど仲良くしている』というのは周囲に色々な配慮が必要になります。でも、僕らが付き合えば『彼氏だから』で済むと思うんです。だから、僕たちが交際すれば、凄く合理的なんです。」
こう告白された。
「確かにそうですよね。さらに、俗に『幸せホルモン』と呼ばれるものが分泌されるので、学問にも非常に効率的です。ただ、お互いのことに夢中になって何かに中途半端になるくらいなら辞めたいです。そうならないようになるなら、喜んでお受けします。」
朝の駅でのことだった。いつもの場所で互いの目も見ずに話したことだった。
「なら、契約成立ですね」
微笑を浮かべて視線を合わせてくれるので、こちらも微笑んで返す。
「よろしくお願いします」
☆・☆・☆
今朝、私に告白してくれたのは芥川 颯志くん。
名門校である私立二階堂学園に通う中学3年生。あの名門校の中学部生徒会長も務めあげる正真正銘のエリート。容姿端麗文武両道の彼なので、女子にはかなりモテる。
私は彼と駅で出会った。
小説が駅のホームに落ちていて、中をパラパラと見てみると表紙の内側に小さく『二階堂学園・芥川颯志』と書いてあったから、私が通っている駅では一人しかいない二階堂学園の制服の人に声をかけた。すると、「お礼をしたい」と連絡先を交換することを頼まれた。交換してからは色々贈ると言われたが、結局すべて断った。前々から話してみたいとは思ってたから別によかったのだ。
☆・☆・☆
(芥川颯志 視点)
今朝僕が告白したのは結城 みのりさん。
超お嬢様校・私立七緒女子学園に通う中学1年生。中学1年生にして中等部の生徒会副会長も務める子だ。数学と社会の成績が群を抜いて好成績で教師陣からも一目置かれていると言われている。
ただ、数学・社会以外の成績はまちまちと言ったところで、運動はできないらしい。まぁ、あの人柄で人気があるのだろう。
大切にしていた小説を拾ってもらい、『これも縁だ』と思い連絡先を交換してもらってからは本を貸し借りしたり、色々なことをした。もちろん勉強も教えたりした。それが楽しかったし、何より僕にとっては非合理的とは言い難い状況だった。
そして、この「非合理的でない状態」をみのりちゃんとも共有したい。そう思い、告白した。
☆・☆・☆
(結城みのり 視点)
まぁ幸せな交際生活が始まったわけだが、特に変わったことはない。強いていえば、毎朝「おはようございます」と挨拶を交わすことくらいだった。
その日、学校に行くと、いつも通り友達が待っていた。
「みのり、おはよー」
1番に挨拶してくれるのは、馬場夏樹。夏樹は私の1番の親友であり、1番のライバルであった。
「おはよう。」
「なんかにやけてない?」
「そんなことないよ」
にやけてる?口角が上がってるってこと?
「なんかあったなー?白状しろぉー!」
そう言って掴みかかってくる夏樹を悠々と避け、夏樹は白い歯を全開にして振り向く。
「男か?」
「正解」
「はあああああああ!?!?!?!?」
夏樹は、叫ぶ、唖然を繰り返し、落ち着いたところでもう一度話し出した。
「どこのやつよ!?」
「二階堂学園の中3」
「エリートじゃないの…」
「だよね~」
「いや『だよね~』じゃないから」
夏樹が若干苛立ちを感じているのは嫌でも伝わってくる。
そして、芥川くんの噂が広がるのにそこまで時間は要しなかった。
彼は理科部に所属しているらしく、かなり有名な発表会で最優秀賞をとった班のリーダーでありながら最高のまとめ役、それに重ねてあの容姿となれば、そりゃ有名だろう。
さらに地味でなんの取り柄もなく、容姿もよくなければ勉強も数学社会以外は普通、運動などまっぴらな私が彼女なのだから、悪い意味でも広がるのは早かった。
お昼休憩。
ふとスマホを開くと、芥川くんからLINEがきていた。
『こんにちは。午前中、お疲れ様でした』
短いメッセージだったけど、同時に心があったまるメッセージでもあった。
『こんにちは。そちらこそ、お疲れ様でした。今日一緒に帰れますか?』
こちらも短く送るとすぐに返信がきた。
『僕は18時40分発の電車で帰ります。みのりちゃんは?』
合わせてくれている。
なぜなら二階堂学園の下校時間は17時だけど、七緒学園は下校時間が18時。つまり彼は1時間40分も待たなければいけないのだ。
『私もそれくらいには帰れそうです。』
『なら、待ってますね』
たったこれだけの会話を済ませただけなのに、胸がいっぱいになる。思わず口角を上げてしまうと、一緒にご飯を食べていた清水穂乃香と松田モモがニタァっと笑う。
「みのりぃー。彼氏か?」
ニマニマとした顔で聞いてくる。
「うん。彼氏。」
モモがお箸で挟んでいた卵焼きをボトッと落とした。穂乃香は飲んでいたお茶を吹き出しそうになる。
「夏樹に対しても思ったけど、私、そんなに非リアっぽく見える?」
ご馳走様でした、と呟いて、手を膝に置く。
「非リアっぽいというか、男っ気がないというか」
夏樹が苦笑交じりに言う。
「なんか、数学と社会が好きすぎて男の方見てる余裕ないでーす、みたいな」
穂乃香も目線を逸らしながら言う。
「見定めなきゃだな。顔写真ある?」
モモはジーッと目線を話さずに言う。
「ないっすね。」
「「「はぁ?」」」
「合唱お見事。」
「いやそういうことじゃないから」
夏樹は冷静にツッコむ。
「調べたら出てくるんじゃない?『二階堂学園 中等部 生徒会長』でググれ」
モモが代表して調べてみると、「お、出てきた」と声を漏らした。
「いや普通にイケメンなんだけど」
「告った?」
「告られた」
「いつ」
もはや、語尾に疑問符はついていない。
「今朝」
「なんて告られた?」
長いので割愛するが、言われたことを正直に話すと、彼女らは目を点にした。
「は?」
「え?」
「んぅ?」
絶句した、というのが適当な表現だろう。
「え、何」
思わずその沈黙を破ろうと呟くと、全員が下を向いた。
「みのり。それはあかんよ」
「ロマンチストだよね。私には到底見合わない」
私も苦笑いしながら言うと、夏樹が大真面目に言う。
「いや、見合うとか見合わないの問題じゃなくて、前代未聞・空前絶後だよね」
彼女の言葉に、他の2人はうんうんと頷く。
「まぁ、みのりがいいと思うんならいいんじゃないの?」
穂乃香がおっとりと言う。
「そうだけどさぁー」
モモはまだ納得していない様子だった。
「あ、そろそろチャイム鳴る」
時計を見てボソッと呟くと、皆それぞれの教室に戻っていった。
☆・☆・☆
(芥川颯志 視点)
昼休憩。50分授業を4時間終わらせた後の30分休憩ほど解放的なものはない。
みのりちゃんへ送るためのLINEを打っていると、後ろから「彼女、できたんだ」と声をかけられた。
いつも弁当を一緒に食べる、篠原将暉だった。
「お前、女っ気なかったじゃん。誰?」
「七緒の子」
「わお、金持ち」
こちらを見ずに彼は言った。
「可愛い子だよ。なんか小動物みたいな子」
「早速惚気ですか颯志さん」
からかい口調で将暉が言うのを横目に弁当を頬張る。
「告白した?まぁ、お前ならされたよな」
「今朝したけど」
顔色一つ変えずに語る僕を不思議に思ったのか、彼はこちらを振り向いた。
「え、まじ?」
「まじ」
彼は「はぁぁぁぁぁぁ?」と独り言のようにつぶやいた。
ピコんと通知音が鳴ったので携帯を見てみると、彼女から返信がきていた。
『こんにちは。そちらこそ、お疲れ様でした。今日一緒に帰れますか?』
うん。もちろん。
そんな内容の返信を送ると、会話がスタートする。
「リア充はいいですねー」
「お前もじゃん」
「俺は今喧嘩中で口もきいてないっすね。」
「どんまい」
こういうときはさらっと流すのがコツだ。
「このイケメンめー」
「僕はイケメンじゃないよ。将暉の方がカッコいいじゃん」
これはお世辞でも何でもなく、単なる事実。
「嬉しいこと言ってくれるじゃん」
「いえいえ」
そんな他愛ない会話をしていると、遠くで視線を感じた。
「芥川くん、今日こそはあたしの告白、受け取ってください」
声を聞けばわかる。これは隣のクラスの村上みゆさんだ。
何かと毎日告白してきてくれる子。正直面倒臭い。
「あ、えーと、村上さん?こいつ、彼女できたんだよな」
将暉が言いずらそうに呟くと、彼女の顔から血の気が引いた。
「芥川くん!?いつの間にですか!?あたしは毎日毎日奉仕してるというのに」
いや、ただの迷惑だから。
そう言いたいのをぐっと堪え、ニコッと微笑んで、
「ってことだから村上さん。僕、あの子の虜になっちゃったわけだから。」
と一言捨てて昼食に戻る。
彼女は覚束無い足取りでどこかに消えてった。
「流石に可哀想なんじゃないの?」
「僕は正しいことを言っただけ」
「そーゆーとこ、嫌われるよ?自慢の彼女ちゃんに」
「それなら直す」
「単純だねぇ〜」
いつの間にか世間話に戻っていて、ホッとした。
#デート(馬場夏樹・篠原将暉・結城みのり・芥川颯志)
(馬場夏樹 視点)
昼休憩、親友のみのりのスマホが鳴った。
『今週末、空いてますか?』
その内容を見た途端にみのりは「ないけど芥川くんとLINEしたいし...」と呟いた。アホの子なのだ。
「いや、芥川くんからきてるんだから芥川くん関係の話でしょ」
「あ、そっか」
嬉々としてメッセージを打つ彼女を犬みたいだと思いながら、モモと穂乃香に視線を向ける。
「デートか?」
「それしかないだろ」
穂乃香がうむうむと頷く。
『空いてるならよかったです。今週末、2人で科学博行きません?』
「科学博ぅ?」
モモが最初に言葉を漏らした。
「凄いね、デートで科学博...」
穂乃香は彼のテンションについていけてない。
「もっとなかったのかねぇ」
私は苦笑しながら呟いたが、誘われた本人の目は輝いていた。
「第42回大阪大科学博だよ!?知らない!?」
「「「いや知らん」」」
この科学博について熱弁されたが、よく分からないので割愛させて頂く。
そのうち芥川くんから電話がきて、今週末の予定についてずっと話していた。
まぁその頃私たち3人は、というと...
「ついていくか?」
「当たり前だろ」
「変装しなきゃね」
の三拍子だった。
楽しみだ。天才2人組の初デート。
(芥川颯志 視点)
「何してんの?」
「デートのお誘い」
「おう、やっとか」
20分休憩の時間に将暉に捕まり、白状させられた。まぁ、バレても平常を装うのが使命であって義務だ。
「どこ行くの?」
「大阪大科学博」
「そんなんで彼女さん喜ぶの?」
そう言われたので彼女とのLINEを見せる
『え、芥川くんもこういうの好きなんですか!?』
『私も大好きです!』
『一緒に行けるの楽しみですね!』
これを見て将暉は「類は友ならぬ恋を呼ぶ、だな」と造語を作った。
「それどういう意味?」
薄々気づいてはいた。
「お前もお前の彼女さんも変わってるなってこと」
「変わってるの定義とは」
「ほんとそーゆーとこ嫌い」
笑って誤魔化したものの、彼の目は割とガチだった。
(篠原将暉 視点)
「ついてってあげようか?」
「遠慮しとく」
かなり真面目に言ったつもりだったのだが、あっさり断られた。
まぁ、断られてもついていくけど。部活の奴らも誘ってやろう。
何せ、今まで彼女を作ってこなかった颯志の初彼女との初デートなのだ。
デート当日。
俺と颯志の共通の友人である、久留米朔と阿武隈俊輔と一緒に駅で待ち合わせする。
颯志は、俺たちのことは何も知らずに中央改札の前で立っている。ちなみに彼は俯きがちに本を読んでいる。
「お待たせしました」
待望の彼女登場。いやめっちゃ可愛いじゃん。ここで普通なら、「可愛い」とかっていう言葉をかけるだろう。
「おはようございます。では、行きましょうか」
微笑んでから改札を抜けていく。
「あいつ最低だな」
苦笑ぎみに俊輔が言った。
俺たちも改札を抜け、彼らが乗った電車に乗る。2人隣で座っている席の後ろに座ると、さっそく彼らの会話は始まった。
「今日は誘ってくれてありがとうございます」
彼女さんが弾んだ声で言う。
「僕も行きたかったので。みのりちゃんも理科好きって聞いてたので」
みのりちゃんね。了解。
「今日はびーかーくんがきてるらしいんです」
「びーかーくんって何ですか?」
「あれ?知りません?科学祭のメイン公式キャラクターです」
「あ、あの可愛いやつですか?僕も見てみたいです」
颯志もそんなこと思うのか…。それとも、みのりさんに合わせているのか…
恐らく前者だろう。彼の脳内辞書に『配慮』という言葉はない。
「芥川くんがノリノリでびーかーくんと写真撮ってるところ想像したら、すっごく面白いです」
フフッと微笑みながら言う。普通の男ならこれを聞けば、キュンっとするだろう。
「そうですか?」
芥川あああああああああああああああああああああああ
お前、馬鹿なのか!?
「はい」
え、え、みのりさん…?
「そういえば、昨日過冷却の実験してみたんです。」
突然理科の内容出してきやがった芥川…
「あ、コーラ爆発させるの楽しいですよね!」
みのりさん…?
「そうなんです!まぁ、砂糖ベタベタで後始末は大変でしたけど」
颯志は苦笑いしながら言った。
「ほんと、似たり寄ったりだね」
朔はスマホを見ながらボソッと呟く。
「あれって、スポーツドリンクとかでもできるらしいですよ」
「そうなんですか?あ、でも原理的に考えたらできるか…」
「水でもできることにはできるみたいなんですけど、水溶液の方がやりやすいみたいです」
「詳しいですね」
「担任が理科の先生なんです。成績はあんまりよくないですけど、好きなので」
表情はわからないけど、声が凄く優しい。
「理科ならいつでも聞いてくださいね」
颯志がさらりと言った。
「ありがとうございます」
沈黙に包まれる。俺も眠くなってきた。何せ、現在時刻は午前6時。
科学祭は混むので、早く行って早く帰って、という超効率的なプランだと言った。颯志らしい。
少し時間が経つと、二人の寝息が聞こえてきた。チラッと颯志たちの席を見ると、二人で肩を寄せて寝ていた。こんなに無防備な颯志を見るのは初めてだった。
(馬場夏樹 視点)
みのりは、素を見せている気がする。理科の話なんて、あまりしないけど、話しているときは目を輝かせているのだ。
今は寝ているが、芥川くんの肩に頭を乗せ、彼女の頭の上にさらに芥川くんが頭を乗せて寝ている。まぁ、この時間だ。無理はない。
目的の駅に近づいてくると、彼の目が薄っすらと開いた。そして、車内アナウンスを聞いてビクッと震えた。ちょっと可愛い。
そこでみのりは起きるのかと思いきや起きず、そのまま彼の膝に頭をおろしていく。
若干耳を赤くさせながらも彼は平然を装って「みのりちゃん、もうすぐですよ」と頭をぽんぽんとする。果たして狙ってやっているのか、ただの天然なのか…
ようやくみのりが「んん…」と目を開けると、窓の外の景色を膝から少しだけ見ると勢いよく起き上がった。当然、芥川くんの顎に彼女の頭が直撃する。
「「いたっ」」
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
「そっちこそ大丈夫ですか!?」
お互いを心配しあっている声が聞こえてくる。
やがてそんな自分たちが可笑しく見えてきたのか、二人とも微笑を浮かべて降車の準備をしていた。
目的地の改札を抜けると、既に人だかりができていた。
「流石にまだそんなに混んでいないですね」
芥川くんが呟き、「そうですね」と答えるみのりたちに「はぁ?」と言いたくなるのを堪えて、彼らを追いかける。
「ほんと、類は友を呼ぶってこういう人たちのことなんだろうね」
モモが苦笑気味に言った。
「まぁせっかくだし私たちも楽しも?」
おい穂乃香。後ろに「追跡するのを」ってつけるの忘れてるぞ。
(芥川颯志 視点)
凄く、楽しい。
将暉や俊輔、朔とは多分ここまでは楽しめないだろう。
「あ、芥川くん!あれ、試してきていいですか?」
彼女が目を輝かせて指さしているのは、体験実験コーナーだった。
風船に水を入れてあぶると風船が割れず、中の水も出てこない、という簡単な実験。
それを巨大風船でやって、その巨大風船の下に客が立つ、というスリル満点なものだった。みのりちゃん、ああいうのが好きなのか…
「いってらっしゃいです。僕は見てますね」
「了解です」
ビシっと敬礼して、彼女は運営の人に声をかける。
「お嬢ちゃんが一番客だよ~ さ、こっちこっち」
彼女は巨大水風船の下に行く。本当に大きい。観客は僕を含めて7人。緊張しないのだろうか。
「3、2、1…!」
おじさんの掛け声とともに火を近づけていく。僕は絶対に風船は割れないと思っていた。そう、普通なら割れないのだ。しかし、
バッシャーン!!
物凄い水が、みのりちゃんを襲った。
当然観客も運営側も当たったみのりちゃんも唖然だった。
「え、ちょ、どういうことですか」
僕は思わず運営側に聞いたが、運営側も分からないと言う。
「これ、ぬるま湯です」
みのりちゃんは言った。
せっかくセットした髪も、服もびちょびちょだった。そして、服が透けていて目のやり場に困る。
「ぬるま湯だったら、この実験は不可能ですよ」
みのりちゃんは運営に冷徹に言い放つ。
他の観客も思わず手を出そうとしていたが、柵がはってあるので入れない。
とりあえず、僕は付添人として中に入れてもらえた。
僕は自分が来ていたジャケットを彼女に着せ、なんとか目のやり場は作れた。
「ごめんなさい。これじゃ、もうどこもまわれませんね」
しょぼん、とした様子で、無理矢理笑顔を作っているように見えた。
「これじゃ、電車も乗れませんよね」
僕は何も言えなかった。
運営側は彼女に平謝りしたけど、彼女は一切受け付けず、無言で立ち去っていってしまった。
会場から出ると、朝とは打って変わって大雨だった。
「本当に、ごめんなさい」
彼女はもう少しで雨が当たりそうなところで僕に頭を下げてきた。
「みのりちゃんが謝ることじゃないですよ。みのりちゃんは何も悪くないです」
「でも、科学博なんて年に一度しかないし、芥川くんが凄く楽しみにしてたこと、私知ってましたから…。今からでもまわってきてください。私、適当にこの辺ぶらぶらしてますから」
若干の苛立ちを覚えた。
そして、僕は大雨が降る中へ傘もささずに飛び出していった。体が勝手にそうした。
当然ずぶ濡れになった。
「これでお互い様です。」
そして彼女を抱きしめた。互いの濡れた体が密着する。
「僕は科学博を楽しみにしていたんじゃなくて、みのりちゃんとくることが楽しみだったんです。だから、そんなこと言わないでください。僕が一人でまわっても何も楽しくないんです。」
そして、ふっと息を吸って、意を決して言った。
「みのりちゃんのことが、大好きなんです。」
そう言った瞬間、彼女の足から力が抜けたように感じた。
「私、最初はただ合理的だから芥川くんと付き合っていました。でも、今日分かったんです。ちゃんと、好きだってこと」
涙声で彼女は言う。
ある程度抱き合ってから、お互い冷静になった。
「これからどうしましょう…」
可笑しくなって、笑った。大声で、上品さなんか関係なく、笑った。
「みのりちゃんもそんなに笑うんですね」
笑顔のまま僕は言う
「芥川くんこそ」
みのりちゃんも涙笑いで言った。
結局その日は大学生の兄に迎えに来てもらった。
「結城さんだっけ?いつも颯志がお世話になってるね~」
兄の光志がのんびりと言った。
「いえいえ。こちらこそ、いつもお世話になっています」
僕とみのりちゃんは後部座席に乗り、疲れ果てていた。
「遠慮せず寝ててね。颯志も。2人とも疲れたでしょ」
そんなこと言われたら眠くなってくるじゃないか。
気づいたら、朝のように自分の肩に彼女の頭が降ってくる。このままじゃ不安定だから、とりあえず太ももの方に頭を下ろしてやる。もちろん膝には乾いたタオルをのせてある。
近くにあった乾いたタオルケットを彼女にかけてやると、ようやく僕自身も落ち着いてきた。
「そういえば、どこまでいったの?」
光志が運転しながら聞いてくる。
「どこまでって?」
薄々は気づいていた。
「一夜は過ごしたの?」
「そんなわけない」
「キスは?」
「してない」
「恋人繋ぎは?」
「…してない」
そこまで言うと、彼は「嘘でしょ」と声を漏らす。というか、なぜ聞く項目にハグが入っていないんだ。
「まぁ、颯志にそれだけの度胸はないか」
クズ兄はからかうように言った。しかし、これに乗ってはいけないということを僕は知っている。
「僕は小心者だから」
「自覚してるんだ」
さらりと無視すると、光志も黙った。彼女の家に着くまで、僕たちは無言だった。
彼女の家に着いた。噂では聞いていたが、やはり大豪邸だった。
「みのりちゃん、着いたよ」
声をかけて起こすと、彼女はハッと目を開いて、光志と僕にお礼を言いまくって、大きな門の中へ入っていった。
「俺たちも帰るか」
そう光志が言った途端、家の中から彼女の両親らしき人が出てきた。
「本日は娘がお世話になりました。お礼といってもなんですが、お茶でもどうでしょうか」
優しそうで上品なお母さんが言った。
「お気になさらないでください。こちらこそ、弟がいつもお世話になってます」
光志も笑顔を返す。こいつ、そんなことできたんだな。
「いえいえ。またいらしてくださいね」
父親らしき人が笑顔で言った。
「では、失礼します。ほら、颯志も」
促されたので、一礼する。
今日は、楽しかったなぁ…。
(結城みのり 視点)
家に入ると、母に「あの、芥川さんとはどういう関係なの?」と聞かれた。なぜ名前を知っているのか。
「弟の颯志さんとは交際してる」
「あら、みのちゃんに彼氏?」
母は目を丸くした。
「礼儀正しい人だったなぁ。また家に呼べよ」
父も微笑を浮かべて言う。
「イケメン?」
弟の翔馬が言う。
「ほんとにイケメンよねぇ。お兄さんもかっこよかったし」
母が笑いながら言う。
「さ、夕食にしましょ。明日は御赤飯炊いちゃうわね」
彼女はルンルンしながら台所へ消えていった。
家族で食卓を囲んだあと、私は自室に戻った。明日の分の勉強だ。
読んでくれてありがとうございます。そして初めまして、さかもとなつきです。
これからも通学電車などでコツコツ書いていこうと思いますので、よろしくお願いします。