安心しろよ。確かに俺は宰相を首になった。だが、後釜の元部下は、俺の三倍の能力を持ってるし、人気もある。問題ない。
「しかし、宰相、いいんですか? これ、結構いいお肉ですよ?」
王国首都の宰相府。その豪勢な食堂で宰相のパリカル子爵がシェフに頼んでいた。 宰相はつけ届けの肉(馬車で部かに運ばせた)をシェフにわたし、官僚たちに食べてもらってくれと指示したのだ。ついでに何か作ってくれと。
「いいよ。みんなに分けてあげて。あ、あと、腹へった」
「……ま、いいですけどね。食材が節約できますし。でも、仕事して下さいよ。あなたの怠け癖、あまりいい評判じゃないですよ」
「大丈夫、私には優秀な部下がいるから」
しばしの時が過ぎ、宰相は、シェフが調理してくれた肉を食べようとした。そこに、眼鏡をかけた若い女性が走って来る。書類を胸にかかえ、あわてているようだ。彼女は、パリカルを見つけると、怒って言った。
「宰相、探しましたよ」
「やあ、オレリィーくん、あわててどうした」
「こんなとこにいたんですか。サボらないで下さい。ただでさえ、評判悪いんですから。怠け者のごくつぶしだって」
「まあまあ、そう言わないで。そうだ、この肉一口食べてみな。焼きかげんとあい、味付けといい、シェフの技が冴え渡っていることがわかる逸品だ」
「はい、むぐむぐ。あ、おいしい。じやなくて、こんなことしてる場合じゃないです。国王陛下がおよびです。すぐ来て下さい」
「へえ、珍しい。普通は副宰相の君に報告させるだろう』
「火急の用事だそうです。すぐ来て下さい」
「ああ、はいはい」
二人は宰相府へむかう。そのさなか、オレリィーは歩きながらパリカルに書類を手渡した。
「それと、このあいだ頼まれた幹線道路の再整備計画です。まとめましたので確認して下さい」
「あ、ああ、昨日頼んでいたやつね。いつもながら早いね」
そう言いながら、パリカルはその書類をうけとる。そして、内心舌を巻いていた。実のところ、彼女でも3日はかかる案件だと思っていたからだ。更に内容を確認して唸る。彼の予測より、総費用が2割減、安全対策が3割増し、工期は4割減の計画となっているからだ。
「いつもながら見事だな。基本的にこれでいいよ。ありがとう」
パリカルは、少し嫉妬にかられながらも彼女に書類を返す。そして、宰相府の自分の執務室に入った。
……………………………………
「パリカルくん、君はくびだ。理由はわかっているだろう」
まだ若い王エドモントは、パリカルがやって来るなり、そう言った。
「どうゆう、ことでしょうか?」
エドモントは、書類の束をパリカルの方に投げた。
「報告書が山ほどあがってきているんだ。こうも賄賂を受け取っているとな。額は少ないが数が多い。庇い切れん。しかも綱紀粛正の為にやめさせろとの声が多い。正当な理由だからな、どうしょうもない」
パリカルは、どこか安堵したような、もしくはあきらめたような表情で頷いた。
「まあ、私の側にも一応理由はありますが、わかりました。贈賄罪で自首します。今までありがとうございました」
「ああ、だが、これまでの功績もあるので罪一等を減じる。無罪だ。僅かだが、一時金を用意した。すぐに後任に仕事の引き継ぎをしてくれ。終わり次第出ていってくれ。お前は影響力が良くも悪くも大きいからな」
「……わかりました。ちなみに後任は、」
「ああ、オレリィーだ。頼りになるし、有能だ」
「そうですか。わかりました。引き継ぎ次第ここを離れます。お世話になりました」
「すまないな」
そう言いながら王は執務室を出ていった。その後ろ姿を観ながらオレリィーはおこる。
「王は、間違ってます。パリカルさんがどれだけこのまま国の為に尽力してきたか」
「とは言え、まあ、後ろ暗いこともしてきたからな。まあ、長い休暇をもらったとも思って、のんびりするさ」
そして、二人が引き継ぎをしていると、豪華な服を来た若い男が、嘲笑いながら入って来た。
「やあ、パリカル。頸になったそうだな。まあ、これまでのことを考えると仕方ないな。怠け者のごくつぶし、そして賄賂を常日頃受け取っていたからな。むしろ、投獄されないのが不思議だよ。まあ、次期宰相の俺が来てやったぞ。あとは任せろ」
が、パリカルは、はあ、とため息をついた。
「すまないな。アビス公爵。後任はオレリィーだ。王の勅命だ」
アビスはにこやかに笑う。
「ああ、そこの女か。安心しろ。俺のほうが能力が高い。勿論お前よりもな。即、俺が宰相になるさ。まあ、いい。少しの我慢か。ここは待ってやろう。女、まあ、せいぜいがんばれ」
そういって、アビスは出ていった。その姿に憤慨するオレリィー。
「何ですか、あの態度。いくら自分が地位が高いからって!」
パリカルは、ため息をつくと、無理やり笑ってオレリィーをなだめた。
「まあ、あれはあれで仕事はできるからな。それより引き継ぎだ。早くやらないと勅命に引っ掛かる」
それから異例の速さで宰相交代が実行された。上級の貴族は、無能、とか、怠け者とか、まあ、当然だよな、と、嘲笑った。官僚や、軍部などからは、まあ、いい人たった、かな?位の感想だった。そんな声には耳を貸さず、パリカルは自分の領地に戻った。そして、優雅、とはいかないまでものんびりした日々を過ごした。
…………………………………
半年がたち、色々な施策が実行された。街道やインフラの整備、税制の改正。農地拡大。それらの施策は上級貴族が率先して行い、その名声を高めた。国は景気が良くなった。その恩恵はパリカルの領地まで届いた。収入が増え、税収減も増えた。
一年後には、隣国が国境でのいさかいを盾に戦争をしかけたが、3ヶ月で返り討ちにした。しかも半分の兵で。さらに、上級貴族の大半が戦果をあげ、さらにその名声は高まった。
国王の評判はうなぎ登り。王国の国力は高まり、それとともに宰相のオレリィーの名声も高まるのだった。
そんな中で、パリカルの元に来客があった。
「お前、太ったな」
訪ねてきたのは、アビス。ほほがこけ、目の下をくまができていた。
「おかげさまでな。国の威信も経済力も高まっている。税収もあがったし、良いことずくめだ。お前さんらのおかげだ。ありがとよ。まあ、ゆっくりしていきな」
「そんな訳にもいかない。仕事があるからな」
と、ここでアビスは頭をさげ、平伏した。
「すまん。パリカル、戻って来てくれ。そして宰相の座についてくれ」
パリカルは、即座に答えた。
「無理。何かしら問題があるならともかく、今や飛ぶ鳥を落とす勢いだぞ。恨みを買っている様子もないし。それとも、隣国とまた戦争がおきそうなのか? 彼女のせいで」
「そんなことはない。彼女の指示は的確だ。しかも二手三手先を読んでいるから問題も少ない。また、貴族の体面も配慮してくれているし、民や軍の信頼も厚い。いや、我々の体面もたててくれるし、領民からの評判もいい。税収も増えたし、財政的には楽になった」
パリカルは、不思議そうに言った。
「じゃ、辞めさせる理由がないな」
そんなパリカルな、アビスは懇願した。
「我々がもたない。助けてくれ。オレリィーは、我々にきつい仕事を頼んでくる。それこそ、我々の能力の限界までな」
「断るなり、無視するなりすればいい」
「あの方は賢い。我々上級貴族同士を競争させているんだ。出来ないからと言って罰があるわけではないがな。しかし、成果をあげると、大々的に表彰するんだ。それこそ戦いに勝ったレベルで」
「それじゃいいじゃないか。まあ、仕事はきついだろうが、それ以上に利益が、あるんだろう。私の出る幕ではないな」
「お前には、わからんだろう。次の仕事は、より高い能力を求められるし、出来なかったら、あの方はな、ごめんなさい、無理を言ってしまいました、と、悲しげな顔をするんだぞ。そうでなくともあの方に恩があるのだ。頑張らぬ訳にはいかない。それに、他の貴族に笑われるからな」
やや、酔ったような顔でアビスは訴える。
「なんだよ。オレリィーにぞっこんだな」
「ああ、実は、手酷い失敗をしてな、しかし、あの方に助けていただいたのだ。しかも、慰められた。上級貴族ならば、色々なしがらみもあるだろう、ここはなんとかしますから、とかな。あの方のためなら命をかけられる。いや、死んだら悲しませるから死ぬ訳にもいかん」
「……」
「だが、このままでは、いつか破綻する。お前の政策ならのんびりできる。宰相になってくれ。他の奴らだと、オレリィー殿以上の能力を発揮しなければならないからむりだ。お前なら多少馬鹿なことをやっても大丈夫だ」
「その前に一つ聞くが、本当に破綻するのか?」
「だから、結構ぎりぎりだと言っている」
「多分、あいつのことだから、その辺も考えていると思うがな」
「なに?」
信じられないと言った顔をするアビス。
「あいつのことだから、無理なことはさせないさ。第一、倒れた貴族とかいないだろうか。あいつは優しいから、無理なことはさせないさ。何かあれば、フォローに回る。大丈夫だ」
「いや、」
「今の仕事は無理なことかい?じかんとか、予算とか、人員とか、無理があるか」
「いや、ないが」
「じゃ、お前に合った仕事を回しているんだよ。端から問題ばかりかもしれないが、お前なら、余裕を持ってやれる仕事だから割り振っているんだよ。まあ、がんばれ。まあ、万が一誰か倒れたら私が宰相に戻るよ。がんばれ」
アビスは、腑に落ちない顔をしながらも、それでも納したのか変えっていった。
パリカルは、その後ろ姿を見ながら呟く。
「ま、あいつのサポートなら、これくらいでいいか。あとはなんとかするだろう」
…………………………………
王国史において、黄金時代の一つが女宰相オレリィーの治世である。王、貴族、官、民、軍、その調和がとれ、かつ、すべてにおいて利益がでたのはこの時代だけである。しかし、その前のインフラ整備や法律、税制の改善がなければこの結果はなかったともされる。
また、この時代には、文化的には衰退しており、オレリィーの傷とも呼ばれている。伯爵以上の貴族が内政に明け暮れ、余暇がなかったからとされる。しかし、オレリィーの退陣後、裕福な貴族たちが余暇を楽しむようになり、絢爛豪華な文化が花開くこととなる。