02.よくある婚約破棄でございます
キリが悪くて今回は長いです・・・(泣)
―――“死境”―――
そこは遥か昔、もっとも最古とされるダンジョンが崩壊し変貌したという伝承がある大森林。
それは未だ解明されていないが古の学者達の推測によれば、原因は魔物群衆暴走によってダンジョンから巨大な森林へと変化したのではないかと言われている。
そこは多くの恐ろしく強大な力を持つ魔物が徘徊し、暗く木々が生い茂る魔の樹海。
皆知っている事と思うが、世界には魔素というものが存在しそれが魔力の元となって存在している。
魔道具などは魔石などの魔力をエネルギーに変換して使用するが、我らが人種族は魔法を使う場合は自分自身に宿る魔力のみで術を展開するものである。亜人種や魔族も同様である。
個々により容量は様々だが多い者(我ら人種族は主に貴族は容量が大きな魔力持ちが多い)もいれば、まったく持たない者もいる。しかしながら平民でも膨大な魔力を持つ者もいる。
(我を含めた同士達がその例である)
”賢者”と呼ばれる我らは魔素を上手く活用して自分の魔力に変換出来ないかと日々研究している。
(”死境”の調査と共に目下進行中である)
しかし我らは魔素を自身の魔力とする術を持たず、己に宿りし魔力を使い術を展開するしかない。今後も検討していきたいものである。
……さて話は逸れたが、魔力の濃度がダンジョン内で何らかの異常をきたしダンジョンの元と謂われる『ダンジョンコア』、別名『魔物作成機』と呼ばれる宝珠が魔力の過剰吸収または何らかの変化をした結果、暴走…多くの魔獣や魔物が誕生しスタンピードが起こり、ダンジョンから溢れた魔物と同時に特殊なエネルギー或いは魔力変化を起こし強大なフィールドダンジョンとして”死境”は誕生したのではないかという説が我らの中での濃厚な説である。
だが一定の広さに達した”死境”はそれ以上は広がらず、また魔境と化したそこから魔物はあまり出てこない。
(まったく出現しない訳ではない)
餌となるものが膨大にあるのか? または一定の強さの魔物は”死境”を新たなダンジョンと認識し出られないのではないか? それとも他の要因があるのだろうか…?
死の魔境と呼ばれながらも膨大な富(鉱物や鉱石)となる資源(貴重な薬草など)のあるとされる場所。
(実質、入り口近辺でも貴重な素材が発見されたと報告が上がっている)
しかしそこは古の文献によれば”古龍と呼ばれる最強種のドラゴンの住処とされる恐ろしき場所でもあった。
あった、というのも現に観測していた我らは数日前にそこから飛び立ち、翌日舞い戻った古龍を目撃したのだっ!
この古の文献は本物だったのだっ!
だが悲しきことに愚かなる各国は戦争中であった。
昔から小さな小競り合いはあったはここ数十年で打規模な戦争へと発展してしまったのだ。
我らが止めても聞く耳を持たず、我らは賢者と呼ばれながらも無力であった。
我らはせめてもの抵抗に戦争へは参加せず中立をとった……その時はそれが精一杯だったのだ。
……いや、これは言い訳に過ぎない。我らは”戦争”というものから逃げたのだ。情けない限りである。
冒険者と呼ばれる強き者達は数々の富と名誉を求め”死境”へと訪れ……そこは死が溢れる冥府とも呼ばれるようになった。
我らとしても依然調査は進まず、死地ともいうべき”死境”へと旅立った者達は最奥まで辿り着けず……ただただ静かに多くの”死”が眠る大魔境である。
我と意志を共にする仲間達は戦時中ではあったが、古龍という脅威へ対策を練るべく、戦争を止める為に当時もっとも力があるとされる”魔王”へ書簡を出した。
いち早く事態を察した”魔王”は兵を戦地から撤退させ我らに協力。
驚くべき手腕とスピードで各国の長達による協議会が実現したのである。
これにより長きに渡る各国の戦乱は休戦ではなく終焉を迎え、ここに異種族間による世界初の同盟が結ばれたのだ。
これは共通の脅威により人と亜人、そして魔族が手を取り合った瞬間でもあるのだ。
皮肉にも古龍の存在は長きに渡る争いを終わらせたのだ。
余談ではあるが”魔王”はその後、”魔国”を建国。
協調性もなく国を持たぬ魔族に安住の地を、そして彼らをまとめあげていった。
さて”死境”はその後の調査の結果、古龍を刺激(”死境”へ足を踏み入れたり、騒がしく)しなければ大人しい事が判明した。
(調査の為、樹海の入り口辺りで魔物討伐した者達が遠隔魔法?(恐らく古代魔法と思われる)で死亡した結果による)
協議会は”死境”をどの国の領土にも該当しない『不可侵領域』とし、”死境”近辺の国々が監視する事を義務付け、異常が発生した場合は各国は協定に従い同盟軍を結成し事態を収める事となった。
我は思う。
古龍は過去幾度にも渡る戦争を終わらせる為に”女神”により生み出されたのではないか?
実は我らが発見した文献が書かれたと思われる時代も大きな戦争中だったのだ。
後に発見した別の文献によれば、古龍により当時の戦争も休戦を迎え短い期間ではあるが平和が訪れていた。
まあ…あくまでも我の予想である。
しかし……我らは長き時が経てば戒めを忘れる愚かな者である。
”死境”に立ち入るべからず。
”死境”に眠る大いなる龍を刺激するべからず。
どの種族も争わず協力することを誓うと同時に”死境”の脅威を忘れるな。
さすれば世界に平穏が続くであろう。
願わくばこの平和が未来永劫続くと共にこの戒めが忘れ去られずにいる事をここに記す。
リドルアド暦XXXX年XX月XX日 ニコラウス=アルティマ
――――――『大賢者ニコラウス=アルティマの日記』より――――――
◇◇◇
私はここで死ぬのでしょう。
地面には自身の身体から溢れる赤い液体が広がっております。
このまま出血死か、または”彼ら”に見つかってトドメを刺されるのでしょう。
或いは魔物に喰い殺される事になるでしょう。
なぜなら私は死にかけていて、ここは誰もが知っている死の大魔境…”死境”と呼ばれる場所なのですから。
私の名前はロゼリア=アーデルハイド……いえ今はただのロゼリアです。
セントラル大陸にあるストゥーピド王国の公爵令嬢でした。
私には婚約者がおりました。
ストゥーピド王国の王太子であるカイル殿下です。
私が5歳の頃に婚約したのですが、貴族によくある政略的なものです。
ただ殿下は私を嫌っておりまして……。
私は自分で言うのもなんですが幼い頃から表情筋が動かないみたいでして『表情ひとつ変えず気味が悪い女だな…』と言われてきました。
更に殿下は私の1つ下である妹のマリエルに好意を抱いておりました。
姉妹なのに似ていないから勘違いされますが実の妹です。
ありがちな異母姉妹とかではありませんから。
マリエルは両親ではなく曾祖母に瓜二つらしく、ピンクブロンズの髪と翡翠の瞳で少々(?)我儘ですが明るい子です。
対する私は顔は幼い頃に亡くなった母似らしく先程もお伝えしましたように表情筋がアレですので『人形姫』とか『仮面令嬢』と影で呼ばれております。髪と瞳は父と同じ銀髪にアメジスト色です。
そんな私と天真爛漫なマリエルと比べ、殿下が彼女に惹かれるのも無理はありません。
幼い頃のカイル殿下が『同じ家なのだから妹が婚約者でもいいだろっ!』と陛下や父に訴えましたが駄目でした。
私としても王妃教育が大変でしたので妹が婚約者になってもよいと思っておりましたが『あれは王妃に向いていない』と陛下と父が揃って反対しておりました。
月日は流れ、学園を卒業したら殿下と結婚することになっていたのですが、その学園での卒業パーティーにて殿下より婚約破棄を言い渡されたのです。
「ロゼリア=アーデルハイド! 実の妹であるマリエル嬢を虐げただけでなく殺害しようとした罪は重いっ! よってここに貴様との婚約を破棄すると同時にマリエル=アーデルハイド嬢を新たに私カイル=ストゥーピドの婚約者にすることをここに宣言する!」
陛下が他国へ視察に行っているのを解った上での宣言です。
イジメや殺害未遂に関してもまったく身に覚えがない事ですね。
「そんなに王妃の座が惜しいのかっ!」
「妹であるマリーを虐げた悪女め! これがもう1人の妹とは情けない」
「学園でマリエルに他の令嬢をけしかけたのはオマエだろっ!」
「階段からマリーを突き落としたのはキミでしょ? うわ〜最低だね〜」
「お姉様! 一言謝罪して下されば私はお姉様を許しますわ! 罪をお認めになって!」
カイル殿下の従者であり兄でもあるアベルお兄様。
映えある騎士団長の息子のゲオルク様。
宰相でもあり王国筆頭魔術師を父にもつ後輩のウィズ様など。
この後も謂れもない罪を延々と述べられ、私は身分剥奪と国外追放となりました。
お兄様により父にも会わせてもらえず、用意されていた僅かな路銀と最低限の荷物と共に国外へと追放されました。
監視付きではございますがせめてもの情けなのか馬車で国境外へと送られました。
取り敢えず私は国外へ追放された後は近くの宿場か村などで降ろされると予想し、帝国に父の姉…伯母がおりますのでそちらを頼りに向かうつもりでした。
馬車に乗り国境を超えしばらく進んだ辺りで賊に襲われました。
いえ正しくは賊ではなく、待ち伏せをしていた妹マリエルの信仰者の兵士達です。
監視役でもあった御者は既に殺され私は3人の兵により引きずり出されました。
偽の賊に扮した兵士達を率いていたのはゲオルク様とウィズ様です。
「はいはい〜マリーは優しいから『お姉様を殺さないで!』っていうから身分剥奪と国外永久追放って処分になったけどさ〜…」
「それはマリエルの顔を立てたまでで、カイル殿下はお前を『永遠にマリーの目に届かない場所へ送ってやれ』と仰ったのだ!」
「帝国に謂れもないある事ない事を広められても困るしぃ〜事故死でもいいけど『悪徳令嬢ロゼリアは帝国に向かう途中で天罰なのか賊に殺されてしまいましたぁ〜』の方がキミにピッタリでしょ?」
「アベルの奴は未だ悲しむマリエルを慰める為に城に残ったが『マリーを虐げた愚かなもう一人の妹は俺の手で始末したかったっ!』と残念がっていたがな……」
勝手な言い分です。
謂れもないというか正しくその通りではありませんか。
兄に至っても私の話を聞く素振りすらありませんでしたね。
実の兄からまで死を望まれ悲しみに暮れる私でしたがこんな時でも表情が変わっていなかったようで…
「これから死ぬというのに相変わらず『お人形さん』だね〜」
「ふんっ! その女には感情というものはないのだろうさ。だからマリエルを虐げていても何も思わないんだろう」
「あ〜納得〜。ゲオルク〜念の為に《人払いの術》もしてるしさ〜そろそろ殺っちゃおうよぉ」
「そうだな。ウィズはそのまま術を維持。お前たちは賊に見せかけるためだから魔法は使わず剣で殺せっ!」
「「「はいっ! 王太子殿下の為にっ! マリエル様の為に!」」」
「まかせてよ! あ、でも早くしてくれると助かるね。とっとと片付けてマリーに会いたいし〜」
拘束され死を目前にした私に兵士の刃が迫ります。
その時、私を拘束していた一人が叫び声を上げました。
「ゲオルク様! 死熊ですっ!」
ゲオルク様達の後方に強大な緑色の熊が涎を垂らしながら近づいてきます。
この魔物は本で見たとこありますがかなり強いらしいです。
「ひいいいぃぃぃぃぃ! ”死境”から出てきやがったっ!」
「ちっ! 腹を空かせでもして出てきたかっ⁉」
突然現れた死熊によって場は混乱。
私を押さえつけていた手が離され彼らは死熊と対峙することになったのです。
「ちっ! 魔力よ我が身を巡り力と成り給え《身体強化》!」
「ゲオルクっ! コイツ魔法耐性高いから援護だけするよ! 遍く風よ刃となりて敵を打ち給え《ウインドカッター》」
腰の剣を抜きながらゲオルク様は魔法により自身の身体能力を強化し、ウィズ様は風の攻撃魔法を放ちました。
他の方々も応戦しております。
怖いっ! 怖いっ! 怖いっ!
座り込んだままの私はガクガクと身を震わせております。
知識としては知っておりますが魔物を目の前で見るのは初めてです。
『グガオオオオオオオオオオォォォォ!』
死熊は大きな唸り声を上げながら彼らに襲いかかります。
恐怖で怯える私ですがこれはある意味チャンスです。
「(彼らの思い通りになりたくない! こ、怖いけど今なら逃げれるかも…)」
私は貴族令嬢らしくありませんが頬を叩き気合を入れ、一死報いたい気持ちを奮い立たせました。
そして立ち上がり一斉に駆け出しました。
「ゲオルク様、ロゼリア様がっ!」
「くっ! 今の俺とウィズはコイツの相手で手が離せない! 一人はこのままウィズと一緒に俺を援護、残りの2人はロゼリアを追って始末しろっ! 女の足だ、すぐに追いつくだろっ!」
「し、しかし、ロゼリア様が逃げた先はあの”死境”ですよ! 無茶です!」
「”死境”は許可なく侵入する事は禁止されております! 他国に知れたら…」
「キサマらはアホか!? 確かに”死境”は特殊な許可がない限り立ち入れないが『緊急時』は措置が取られているのを忘れたのかっ!?」
「で、ですが……」
「あ〜もぅ! 『死熊に襲われているロゼリアをたまたま巡回していたキミ達と僕らが助けようとしたけど、錯乱した彼女が”死境”に入ってしまい救出する為に立ち入った』ってことにしたらいいでしょ!!」
後ろの方から死熊の振り下ろした爪を剣で受け止めながら叫ぶゲオルク様達の声を聞きながら私はただただ、ひたすらに彼らから逃れる為に足を走らせるのでした。
生い茂る木々、微かにしか漏れない光、後ろから迫る兵士の気配。
どちらに走っているか方向も分からず、もつれそうな足を動かし逃げる私。
すぐに追いつかれると思いましたが彼らは他の魔物を警戒してか、本来より遅い気がします。
しかし腐っても訓練された兵士です。
私のすぐ後ろまで迫った兵士の一人が手にしている剣で切りつけてきました。
「マリエル様を虐げた悪女めっ! 死ねぇぇぇ!」
「あああああっ!」
背後からバッサリと切られた私はそのまま地面へと……
「(あら…地面がありませんわね……)」
身体が宙に舞う感覚をボンヤリと感じながら私は落ちていくのでした。
◇◇◇
「どわぁ! 危ねぇ、崖かよっ!」
「あの傷じゃ助からないだろうよ。さっさと戻ろうぜ」
「しかしよ〜死体でも持って帰らないとゲオルク様煩いぜ? それにこの崖あんま高さないし、万が一生きていたら…」
「いや〜仮に生きていてもここは”死境”だぞ? すぐ魔物に喰い殺されるって!」
「じゃあオマエがゲオルク様にそう言えよな‼」
「げっ! ゲオルク様の説教(という名の訓練)地獄なんだよなぁ……。わ、わかったよ、オレも”死境”から早く出たいし、さっさと降りれそうなところから確認しに行こうぜ」
彼らは崖を降りる為の探索を始めた。
しかし覚えているのだろうか?
彼らもまた”死”に近い場所にいることに――――――
◇◇◇
―――痛い……―――
でも私はまだ生きている。
朦朧とした意識の中周りを見渡すと折れた木々がありました。
あそこから落ちましたが木の枝がクッションになったんですね。
「ゲホゲホッ」
口からごぼりと血を吐きながら懸命に身体を起こそうとしたのですが……
「(動けませんね……それにこの出血……これまでのようですわね…)」
どうやら私はここで死ぬようです。
地面には自身の身体から溢れる赤い液体が広がっております。
このまま出血死か、または私を追ってきた兵士達にトドメを刺されるのでしょう。
或いは魔物に喰い殺される事になるでしょう。
「(ああ……あっけない人生でしたわね……)」
ほら……死にゆく中で可愛らしい声の幻聴まで聞こえ―――
そのまま意識が遠のくのでした。