第27話 『恋する☆フォーチュン』④
「スゴいスゴい! こんなの初めて!」
三人は流れるプールに移動し、初体験であるフランチェスカが目を輝かせてはしゃぐ。
「ちょっと、そんなはしゃがないでよ……こっちが恥ずかしいんだけど」とレンタルの浮き輪に乗った舞。
「まあまあ神代さん。彼女、日本での友だちが少ないから、こうして一緒に遊べるのがうれしいんですよ。きっと」
「あ、そう……」
ぷあっとふたりの前で彼女が水中から顔を出した。
「ねぇ! 見てみて! シンクロナイズドスイミング!」
そう言うなりフランチェスカは水面から細い脚を出すと華麗な動きを魅せる。
「ちょ、フランチェスカさん! 今はアーティスティックスイミングって言うんですよ!」
「突っ込むトコそこ!?」
「そこのお客さん、ここで演技しないでください!」
ピピーッと監視員のホイッスルが鳴る。
†††
「なーんで追い出されなきゃなんないのよ? みんな拍手してたんだし。あの監視員アタマ固いんじゃないの」
「そのせいでこちらも追い出されたんだけど!?」
ぶつくさ文句言うフランチェスカに舞が抗議する。
流れるプールから追い出された三人はぺたぺたとパーク内を歩く。
「そろそろ帰りませんか?」
「そうねぇ……」
考えるフランチェスカがふと見上げると、スライダーが目に入った。
「じゃ最後にあれやりましょ!」
†††
「はーい。では両腕を胸の前で交差させてください。くれぐれも頭を上げないようにしてくださいねー」
スタッフが身振り手振りを交えながら三人に説明する。
絶えず水が流れるスライダーの入り口に腰かけ、言われた通りの姿勢で構えるなか、舞だけは浮き輪だ。
「どっちが先にゴールできるか、競争よ!」
一斉に身を乗り出してのスタートだ。
「あはははっ! ヤバい! 楽しいんだけど!」
「うおおおっ!」
「ちょ、早すぎない!?」
それぞれが嬌声を上げながら入り組んだコースを流れていく。
ゴールまであとわずかという時、それは起こった。
「……っ!」
突然の痛みに安藤が顔をしかめる。
ふくらはぎがいきなりきゅっと締めつけられる。こむら返りだ。
やべ……っ!
なんとか足を伸ばそうと体勢を変える――が、それがまずかった。
バランスを崩してそのままコースの壁に頭をぶつける。
どぼぉんと音を立てて、フランチェスカがゴール。次に舞が二着だ。
「あたしが一等ね!」
真ん中から安藤が放り出されるようにして飛び出した。
「アンジロー、あんたがビリよ!」
だが、安藤は身動きひとつしない。
「……アンジロー? アンジロー!?」
ざぶざぶと安藤のもとへと向かうフランチェスカ。舞は浮き輪に乗ったまま動けなかった。
「アンジロー! どうしたの!? しっかりして!」
安藤を水からあげ、フランチェスカが必死に呼びかける。だが、反応はない。
「まいまい手伝って! ここなら足つくから!」
「わ、わかった!」
浮き輪から降りてフランチェスカとのふたりでプールサイドまで運ぶ。
「アンジロー! しっかりしなさい!」
ぱちんぱちんと頬を叩いても効果が見られない。鼻に手を近づける。
「息してない! スタッフにAEDを取ってくるよう行ってくる! あんたはここでアンジローをみてて!」
「う、うん……!」
フランチェスカが颯爽と駆けると、安藤と舞のふたりきりになった。
「あ、アンジロー……しっかりして!」
えと、こういう時はどうすればいいんだっけ……? そうだ! 心臓マッサージ!
保健の授業で習った手順を懸命に思い出す。
たしか、肋骨の中心に手を当てて……。
ぐっぐっとリズミカルに掌を胸に当てて上下に動かす。
安藤が息を吹き返す気配はない。懸命に蘇生法を試みる舞の目から涙が溢れそうになる。
まって! 次は人工呼吸じゃなかった?
安藤の顔を見る。
人工呼吸は意識のない人の口に空気を吹き込む救命法だ。そしてそれは当然、互いの唇が触れることになる。
こ、これってキスになるよね……? ってバカか! あたしは!
緊急時にそんなことを考えていることに舞は自分を諫める。
これは緊急事態だから……! 命が、懸かってるんだから!
顎に手を添え、鼻をつまむ。
あとは、口を重ねて息を吹き込むだけ……。
ただそれだけのことだが、舞の鼓動は早鐘を打つように速くなる。
それこそ鼓動音で安藤が目を覚ますのではないかと思うくらいに。
舞の唇が触れようという時――
「げぇほっ! げほっごほっ!」
安藤が水を吐き出しながらむせる。突然のことに舞は呆然としていた。
「あ、あれ? 俺……フランチェスカさんは?」
咳き込みながら安藤はフランチェスカの姿を探す。
「アンジロー!」
ぱたぱたとフランチェスカがAEDを手にしたスタッフとともにやってくる。
「アンジロー、気がついたのね! よかった!」
スタッフの手を借りて安藤はそのまま医務室へと連れられた。
†††
「色々あったけど、大事にならなくてよかったわ」
帰りの電車のなか、フランチェスカが隣に座る安藤に言う。
「すんません。足がつっちゃって、迷惑かけて……」
「あたしだけじゃなくてまいまいにも礼言いなさいよ。この子あんたに付きっきりだったんだから」
安藤が傍らに座る舞に礼を言おうとするが、舞は「いい! いい! お礼なんて別にいいから!」と顔の前で手を振る。
「あーなんか疲れた! ひと眠りするから駅に着いたら起こしてね」
そう言うなりふわぁっと欠伸をすると、たちまち安藤の肩に頭を預けて眠りについた。
「はいはい」と安藤が困惑しながら言うが、その顔はまんざらでもなさそうだ。
そんなふたりに舞はきゅっと奥歯を噛む。そして唇に手を触れる。
人工呼吸をしようと、安藤が目を覚ました瞬間、僅かではあるが、互いの唇が触れたのだ。
微かに熱を帯びたそれに触れたあと、自らも安藤の肩に頭を預ける。
「か、神代さん?」
「あたしも眠くなったから、お願い」
「はぁ……」
ちらと薄目を開けて安藤の顔を見た後、ふふと微笑むと眠りについた。