第27話 『恋する☆フォーチュン』①
「牧瀬、俺はお前が好きだ」
「え……」
トゥクン……。
胸の高鳴りを感じながら、あたしは目の前に立つ男――、天道寺公彦から目を離せないでいた。
というか、このシチュエーションまじあり得ないんですけど!?
だって天道寺公彦といったら、この学園の生徒会長で、クールでありながらも成績優秀&スポーツ万能というチート学生で、今まさにそのひとからコクられたところなんですけど!?
――ドン。
「いますぐ返事を聞かせてくれ」
壁ドンキタ――――!!!
目の前でジャ〇ーズ系のような整った顔と、キリッとした目にあたしが映ってる……。
「あ、あたしは」
神代神社の巫女――舞は自室のベッドの上で少女コミック、『恋する☆フォーチュン』のページを開く。
「舞ー、醤油が切れとるから買ってきてくれんか?」
神主である舞の祖父がいきなり入ってきて、舞はベッドの上で飛び上がる。
「じーちゃん! 入るときはノックしなよ!」
「それは悪かったの。これでいいかの」とコンコンとドアを叩く。
「そういうボケはいらないから!」
「なんじゃ、つれないのぅ。あと卵とバターも買ってきてくれ」
†††
スーパーから舞が買い物袋を手にして出てくる。祖父に言われたものはひと通り揃えてきた。
レジの店員から受け取ったものを見る。福引き券だ。
この先の商店街で福引き券と引き換えにクジが1回引けるそうな。
ポケットにしまって家に帰ろうと踵を返す。と、向かいの書店が目に留まった。書店の壁にポップが貼られている。
『恋する☆フォーチュン』最新巻発売中!
あ、新巻出たんだ。
舞は店内に入り、平積みされた本からお目当ての本を取り出す。
数分後、店から出た舞はほくほく顔だ。
帰ったら早速読もうっと!
軽い足取りでアーケードを歩く。途中で法被を着た中年男性が道行く人に元気よく声をかける。
「福引き券をお持ちの方はこちらへどーぞー! 1枚で1回クジが引けまーす!」
見ればテントの下にテーブルが、その上にはハンドルのついたガラポンが置かれていた。
「そちらのお嬢ちゃんも運試ししてみませんかー!」
舞はジーンズのポケットに入れていた福引き券を思い出して取り出して、法被の男に渡す。
「はい確かに。じゃ回してください」
ハンドルを持ってガランガランと回すと球が出た。黄色だ。
「おめでとうございます! 二等賞です!」とカランカランとベルを鳴らす。
「どうぞ、賞品のウォーターパークのチケットです」
「あ、ありがとうございます」
受け取ったのはプールのアミューズメント施設のチケット二枚だ。
「ご家族や彼氏とぜひどうぞ!」
†††
「家族って言ったってねぇ……家にはじーちゃんしかいないし。ていうか彼氏いないし」
家に着いた舞は自室のベッドでチケットを見ながらひとりつぶやく。
友だち誘うか……。
スマホを取り出して友人に電話を。すぐに相手が出た。
「おつー。どうしたの? まいのほうからかけてくるなんて珍しいじゃん」
「うん。実はウォーターパークのチケット当たったんだけど、ヒマなら来週どうかなって」
「それ最近オープンしたとこでしょ? 行きたいのはやまやまなんだけど、予定があってさぁ。あれ? でもまいってカナヅチじゃなかったっけ?」
「それはそうなんだけど、使わないのももったいなくてね」
「そっか、じゃまたね」
「またね」
他の友人にもかけてみるが、全員予定で埋まっていた。
「はぁ……このまま使わないってのももったいないし、かと言ってひとりで行くってのも……」
あーあ、彼氏いればなー……。
ふとアンジローこと安藤の顔が浮かぶ。
誘ってみようかな……?
が、すぐにぶんぶんと首を振る。
いやいや! まだラインの交換もしてないんだし……!
チケットを置いて買ってきたコミックを読むことにした。
「ううー……」
ちゃぷんとプールの水に浸かる。
「さぁ、ここまで泳ぐんだ」
学園指定の水着を着用した牧瀬の前には同級生で生徒会長――そして晴れて恋人となった天道寺公彦が両手を彼女のほうへ向けていた。
すらりとした肉体ながらも逞しい胸板が牧瀬には眩しい。
「で、でもぉ……」
察しの通り、牧瀬はカナヅチだ。学園のプールを利用して泳ぎの練習中というわけである。
「大丈夫だ。溺れそうになったら助けてやる!」
トゥクン……。
「俺を信じて、この胸に飛び込め!」
「うん!」
牧瀬は犬かきに似た不器用な泳ぎ方ながらも、なんとか天道寺までたどり着く。
天道寺ががっしと抱きしめる。
「……泳げた! あたし泳げたよ!」
「頑張ったな!」
がばりと舞が身を起こす。
「これだわ!」
†††
アンジローこと安藤次郎はその日も教会へ向かうべく商店街のアーケードを歩く。
もうすぐ出口というところで誰かが立っていた。
「あれ? 神代さん?」
「あ、き、奇遇ね」
もちろん嘘だ。ここで待っていれば彼に会えるだろうと思ってのことだ。
「どうしたんですか? 買い物ですか?」
「あー……その」
ジーンズのポケットからスマホを取り出す。
「せっかく会ったんだし……その、ま、まだライン交換してないから、交換なんてどうかな? と……」
「いいですよ」
あっさりと承諾したので舞は拍子抜けした。安藤がスマホのQRコードを見せたので、慌てて読み取る。
ピッと軽快な音。交換完了だ。
「あ、ありがとう……」
「いえ、こちらこそ。それじゃ用事があるので……」
「あ、う、うん……」
手を振って安藤の背中を見送る。
なにやってんだ、あたし。用件はそれだけじゃないだろ。
ぎゅっと拳を握る。
しっかりしろ。このチャンスを逃したら、もう……
「まって!」
考えるより声が出た。自分でも驚くくらいに。
「はい?」
くるりと安藤がこちらを向く。
「来週の、日曜って空いてる……?」
「え、空いてますけど……」
「あ、あの……」
勇気だせ。女を見せろ。あたし!
ばっとチケットを取り出す。
「その、ウォーターパークのチケット、当たったから……一緒に、どうかな……?」
手からチケットが離れた。安藤が受け取ったのだ。
「最近オープンしたやつですね。CMでもやってましたよ」
舞が顔をあげると、安藤がにこりと微笑む。
「いいですよ。ちょうど行きたいと思ってたところですし」
ぱあっと舞の顔が明るくなった。
我、悲願成就せり!
――そして当日。
早朝、神代神社の本殿の前にて舞はぱんぱんと柏手を打ち、一礼。
どうか今日のデート、上手くいきますように!
ありったけの想いを込め、念じる。その様はまるで合戦に赴く武将だ。
「朝早く珍しいのぉ、舞」
「あ、じーちゃん。あたし今日友だちと遊びに行ってくるね!」
「おお、行っといでな。あんま帰り遅くなるんじゃないぞ」
「うん! わかってる!」
舞の祖父は高齢で頭をぷるぷる震わせながら孫娘を見送る。
「あの子がこんなに活発になるとはのぅ……ひょっとしたら舞のやつ、青春しとるんじゃな……死んだわしのばーさんに似てきたわ」
ぷるぷる震える頭でうんうんと頷く。
†††
ウォーターパークは神社の最寄り駅から30分ほどのところにある。
舞は降りた駅の改札口の前に立っていた。
腕時計を見る。待ち合わせまでまだちょっと時間があった。
早く来すぎたな……。もうちょっと時間ずらせばよかったかな……?
そう考えて、ふぅっと溜息をひとつ。そして深呼吸を。
無理もない。なにしろ彼女にとってはこれが初めてのデートなのだから。
それこそ心臓がトゥクンと高鳴るように。
すーはーと深く息を吸ったり吐いたりするといくらか落ち着いてきた。
頑張れ! あたし!
「神代さーん!」
はっと声のしたほうを振り向くと、安藤が手を振りながらこちらに向かっていた。
舞も手を振ろうとした時だ。安藤の隣に誰かがいる。
フランチェスカだ。
「待ちました? フランチェスカさんも連れてきました」
だが、舞は呆然として立ったままだ。
このシチュエーション、まじありえないんですけど!?