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第26話 『NO TIME TO PRAY』⑨


「答えがわかったって……ほんとなの!?」

「カンタンだったわ。正しい道はこっちよ」


 見習いシスターが指さした先は左側――『Dismas』と彫られたほうだ。


「『ディスマス』と『ゲスマス』はゴルゴタの丘で磔刑(たっけい)にされたキリストの左右にいた罪人(つみびと)よ。ゲスマスは神に悪態をついた罪人で、ディスマスはその罪人をたしなめ、イエスから天国に行くことを許された聖人なの」


 次に正面の十字架を指さして「これをキリストに見立てたってワケ」


「すげぇ! ねえちゃんはやっぱすげぇよ!」

「ま、それほどでもあるし? 小さい頃から聖書やシスターになるための教育を叩き込まれたおかげね」と鼻を高くする。

 

 ふたりが『聖ディスマス』の穴に入り、ライトやランプの光が奥へ進むにつれて消えていくと、元来た道の暗がりからぬぅっと三人の影が現れた。

 言うまでもなく陳大人とその部下ふたりである。


「聞きましたね? 聖人の道を進めと。なんともパンチの効いた皮肉ではありませんか」


 にこりと布袋(ほてい)のような笑みを浮かべ、懐中電灯で十字架を照らす。


「もっとも、あのお二人には神の加護とやらはありませんがね……さぁ行きますよ」


 にこにこと部下ふたりを引き連れて穴へと入る。


 †††


「洞窟に入ってから結構経つわね……」

「もうすぐ夜明けだよ」と腕時計を見ながらクァンが告げる。


「宝はこの近くよ。きっとね」

「うん……早く、かあちゃんに会いてぇな。なんだかずっと会ってないみたいだ。ヘンなの」

「大丈夫よ。クァン。ここを出るときはお宝と一緒よ」

「うん!」


 にかりと笑い、フランチェスカも笑い返す。

 と、その場で立ち止まった。行き止まり――いや、中心に裂け目がある。大人ひとりがやっと通れるくらいの狭さだ。


「これ、日記にあった裂け目じゃない?」

「そうだよ! きっとこの先に宝があるんだよ!」

 

 裂け目から覗いてみるが、宝らしきものは見えない。奥まで行く必要があるようだ。


「行ってみるしかないわね……っしょっと!」

 

 裂け目に体を潜りこませて奥へと進む。圧迫感からか息苦しさを感じる。


「大丈夫? クァン」

「大丈夫だい!」

「オーケイ。それにしても聖書の言葉通りね。まさに“狭き門から入れ”だわ」


 ザビエルの末裔がこの時、ザビエル本人と同じ言葉を口にしたことは知る由もない。


「あとすこし……!」


 手を使ってなんとか奥へと進む。


 胸が大きいのも考えものね……!


 自らの豊満な胸に悪態をつきながらもようやく出た。

 ぷはぁっと息をつくと、後からクァンも出てくる。

 パッパッと埃を払って辺りを見回す。だが、金銀財宝、宝石や金塊などの(たぐい)はなかった。

 他に道は見当たらない。文字通り行き止まりだ。


「どういうこと!? 宝はここにあるんじゃないの!?」

「すでに誰かに持ってかれちゃったんじゃ……ねえちゃん?」


 フランチェスカを見ると、彼女は微動だにせず、壁の上に釘付けになっていた。

 クァンもそっちのほうを見る。ライトで照らされたそこには……


(ロン)!?」

(ドラゴーン)!」


 ふたり同時に発する。

 ライトで照らされたのは鋭い牙が並んだ横向きの頭骨、背骨、肩甲骨、胴椎(どうつい)仙椎(せんつい)、そして尾椎(びつい)――すべてのパーツが揃った、完全な恐竜の骨格が壁から半分身を剥き出しにしていた。


 挿絵(By みてみん)

 


「すごい……これがザビエルの秘宝なのね……」

「おいらのご先祖様たちは、これを守ってたんだね……」


 何億年という途方もない時間を超え、完全な姿の恐竜を前にして、ふたりはいつの間にか目に涙を浮かべていた。


「奇跡だわ。これぞホンモノの奇跡ってやつよ」

「うん……」


 古来より竜は西洋と東洋問わず、神秘的な存在として知られている。

 国籍や文化は違えど、共通の認識の下にふたりの先祖はあの教会を模した霊廟を建てたのだ。

 

「なんとも感動的ですね」

 

 背後からの声にふたりが振り向く。いつの間にか三人の男が目の前に立っていた。

 正面の禿頭(とくとう)の男――、陳大人が笑顔のまま拳銃をこちらに向けている。


「道案内、ご苦労さまでした。おかげで良いものが見られましたよ」

「お前……!」


 クァンが噛みつかんばかりに陳を睨む。


「知ってるの?」

「こいつ、ショバ代を巻き上げに来たチンピラのボスなんだよ!」

「そうなの? 道理で横にいるふたりに見覚えがあると思ったわ」

「てめぇ! この鼻のキズ忘れたとは言わせねぇぞ!」


 陳の隣に立つ兄貴分が鼻に貼られたガーゼを指さす。

 いきり立つ兄貴分を陳が「よしなさい」と(いさ)める。


「すみませんねぇ。うちの連中は血の気が多くて」

 

 拳銃を手にしたままコツコツと靴を響かせながら、恐竜の骨の下まで来る。

 「おお……!」と糸のように細かった目がこれまでにないほど開き、思わず感嘆の声を漏らす。


「素晴らしい……! そして、美しい! おそらくは白亜紀のもの……」


 陳は恍惚(こうこつ)の表情を浮かべながらうっとりと見とれる。

 そしてくるりと首を向けた。


「わかりますか? これはまだ発見されていない新種の恐竜のものです。その価値たるや、途方もない値がつくことでしょう。知っていますか? 裏の世界ではこのような骨や化石が高値で取引されているのですよ。おまけに」

 

 猪首(いくび)を反らして見上げる。


「これほどまでに完全な状態で揃っているのはとても珍しいことなのです。とびっきりの値で売れますよ」

「ふざけるな! それはおいらのご先祖様たちがずーっと守ってきたものなんだ! 金には代えられないものなんだぞ!」


 クァンがそう噛みつくが、陳はキョトンとする。そしてゆるゆると首を振って溜息をつく。


「君はまだ世の中のことがわかっていませんね。いいですか? この世は金こそがすべてなのです。もっとも、ここで死にゆく君たちにとっては関係ない話ですが……」


 にこにこと銃口をフランチェスカとクァンのふたりに向ける。

 フランチェスカが盾となるべく、クァンを後ろへと隠す。

 

「ぼ、ボス、まだ子どもですよ? いくらなんでもやり過ぎでは……」と子分。

「黙っていなさい。何人たりとも私のやり方に口を出す者は容赦しません」


 さて、と銃口をフランチェスカに向ける。


「あなたはシスターでしたね。せめてもの情けです。お祈りの時間を差し上げましょう」

 

 にっこりと笑みを浮かべながらも銃口はフランチェスカを狙ったままだ。


「お断りよ」

 

 ぴくりと陳の目蓋がひくつく。


「言っとくけど、あたしはまだ見習いなの。それに、祈るヒマがあるんなら少しでも前に進むわよ。あいにくとあんたたちに祈る(プレイ)時間も遊ぶ(プレイ)時間は持ち合わせてないの」


 キッパリと言い放つ見習いシスターの頬を弾丸が掠め、狭い洞窟内で銃声が木霊(こだま)する。

 だが、それでも頬から血を流してもフランチェスカはきっと前を見据える。

 

「やれやれ、困った子です。()()()がなってないと見える。あなたの親に代わって私がしつけてあげましょう」


 手首をわずかに動かして銃口を眉間に狙いをつける。

 引き金にかかった指に力が込められようという時――――!


 まさに地を揺るがすような激しい振動が襲った。

 天井からはぱらぱらと砂埃や欠片(かけら)が落ちてくる。


「な、何事です……!?」

 

 これにはさすがに冷静沈着の陳も狼狽えた。


「地震だわ! それも大きな!」

「ねーちゃん!」とクァンがしがみつく。

「ま、待ちなさい! どこへ行くのです!?」


 見れば裂け目からふたりの部下が逃げ出すところだ。


「宝なんかより命のほうが大事ですぜ! もう付き合いきれねぇ!」

「しょ、正気ですか……? これがあれば巨万の富が手に入るのですよ!」


 だが、部下たちは裂け目の奥へと消えた。

 ぎりっと陳が歯軋りし、裂け目に向かって銃を乱射した。


「この……っ、役立たずどもがぁあッ!! お前らまとめて皆殺しにしてやるからなぁあッッ!」


 布袋のような笑みは消え、醜悪な顔つきへと変貌を遂げた陳は口汚く罵倒(ばとう)を浴びせる。

 散々悪態をつき、フランチェスカを見る。彼女は変わらずこちらをきっと見据えている。

 陳がふぅーっとひと息ついてから、拳銃をふたたびフランチェスカへ。


「知っていますか? 時の皇帝は亡くなった時に埋葬(まいそう)の際に家臣を殺して、ともに棺に入れたのです。いわゆる人身御供(ひとみごくう)というやつです。私のために死んで頂きましょう」

 

 にぃっと笑みを浮かべる。


「冗談じゃないわよ! 誰があんたみたいなやつと一緒に死んでやるもんですか!」


 逃げるわよ! とクァンの腕を引っ張る。フランチェスカの立っていたところに銃弾が命中した。


 ぐらり。


 後ろから聞こえた音に陳は振り向く。

 すると、壁全体が震えはじめていた。それはまさに恐竜が咆哮(ほうこう)を轟かせるかのように……。

 そして、ずるりと恐竜が動き出した――いや、壁から骨格全体が崩れ落ちたのだ。


「――――――ッッ!!」

 

 陳は悲鳴にならない悲鳴を上げ、恐竜の下敷きとなった。

 フランチェスカとクァンはしばし呆然としていたが、すぐに我に返って裂け目へと逃げ出す。


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