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第26話 『NO TIME TO PRAY』⑦


 深夜のセナド広場――。

 飲食店がシャッターを降ろし、人々が家路につき、聖ポール天主堂跡地に建つファサードのスポットライトが消えると辺りは闇に包まれた。

 そのなか、聖ポール天主堂に続く階段を見渡せる位置に黒塗りの高級車が停められている。

 「まだ来ないようですぜ……」と助手席から兄貴分が暗視ゴーグルを覗きながら、後部座席にいる白龍幇(パイロンパン)のボス――、陳大人(ちんたいれん)にそう報告する。

 

「本当に来ますかね……」


 運転席の子分がくあっと欠伸をひとつ。


「ふむ。これだけはハッキリと言えます。来る来ないに関わらず、君たちの命はあのガキとシスターだとかいう女にかかっているということです。ま、私にとっては君たちの命など、どうでもよいのですが……」


 布袋(ほてい)を思わせるその笑顔とは裏腹に冷酷な言葉にふたりはごくりと唾を飲んだ。

 兄貴分が暗視ゴーグルをふたたび構える。


「――来た! 来ましたぜ!」


 ゴーグルのレンズを通してひとりの少年が階段を上るのが見えた。手には十字架らしきものが。

 だが、あのシスターの姿は見えない。


「あのシスターはまだ来てないようですぜ」

「待つのです。等待命运(デンダァイミンジュン)――人事を尽くして、天命を待つ。私の好きな言葉です」

 

 そう言うと陳大人はにこりと、だがどことなく醜悪(しゅうあく)に見える笑みを浮かべた。


 †††


「おっかしいな。確かにここで待ってろと言われたのに……」


 まだ準備してるのかな……?


 聖ポール天主堂のファサードの下でクァンが首をかしげる。

 裏側の跡地にも彼女の姿はなかった。ずっと待ってるのも退屈なので、クァンはすぐ横にあるナーチャ(びょう)へ行くことにした。

 ナーチャ廟は1888年に建てられた小さな中国寺院で、暴れん坊でありながら武芸の達人でもあるナーチャが奉られている。廟の前に立つと合掌を。


「どうか、宝物が見つかりますように。それと、おいらたちが無事に帰れますように」

 

 しばしその場で祈りを捧げ、最後に礼をしてファサードへ戻る。

 すると、暗がりの中に人影があった。クァンが近づくと、はたして人影はフランチェスカであった。

 いつもの修道服(スカプラリオ)ではなく、探検服――、サファリジャケットに身を包んでいた。背中にはバックパックを背負っている。


「遅くなってごめんね。準備に手間取っちゃって」

「それはいいけど……そのカッコは?」

「洞窟に入るんでしょ? だから装備を整えておかないとね。それに」

 

 こういうシチュエーション憧れだったのよね、と付け加える。

 「はい、これクァンの分」とサイズ違いのジャケットを渡す。

 クァンが袖を通している間にフランチェスカはヘッドランプを装着すると、スイッチを入れた。LEDのまばゆい光が跡地を照らす。


「さあ、宝探しの開始よ!」

 

 ジャケットを着たクァンから十字架を模した鍵を受け取る。目指すは昼に発見したあのイエズス会の紋章があった石床だ。

 ヘッドランプで照らしながら探す。それはすぐに見つかった。


「いい? はめ込むわよ」


 クァンが頷くとフランチェスカも頷く。

 紋章の下にある穴に十字架の下――、奇妙な形に削られたそれを穴にはめ込んだ。

 回すとカチリとはまる感触が。


「やっぱり鍵なんだわ」


 十字架の横棒を持って上にあげると、ずずっと音を立てて石床が重々しく上に開く。

 鍵を外してバックパックにしまう。

 ぽっかりと空いた穴からは僅かに風が吹き、石段が奈落の底へと続いているかのようだ。

 フランチェスカの隣でクァンがごくりと唾を飲む。


「行くわよ、クァン。覚悟はいい?」

「へ、平気だよ!」

「そうこなくっちゃね。それに昔から言うでしょ? ええと、“墓穴(ぼけつ)()らずんば孤児(こじ)を得ず”だっけ?」

虎穴(こけつ)に入らずんば虎児(こじ)を得ずだよ」

 

 そうそれそれと指を振る。


「あたしの(スペイン)では“Quien no se arriesga no pasa el río”ってことわざがあるのよ」

「なにそれ?」

「“危険を冒さない者は川を渡れない”って意味よ。虎穴に入らずんばと同じことわざね。さぁ入るわよ。クァン、このライト持ってて」


 フランチェスカとクァンのふたりは石段を慎重に降りていく。奈落の底へと――。



「けっこうあるわね……」


 壁に手を当てながら階段を一段ずつ降りながらフランチェスカが言う。

 階段は螺旋(らせん)状になっており、いまだ底は見えない。

 降りるたびにひんやりとした冷気と(かび)くさいような、すえた臭いが強まっていく。


「天主堂の下にこんな空間があったなんて……」

 

 ライトで足下を照らしながらクァンが言う。


「そうね。まって、底になにか……」

 

 フランチェスカが階段から見下ろす。ライトの光でぼんやりとだが、下になにかあるのが見えた。


「屋根っぽいのが見えるわね……」

「洞窟の入口?」

「わからない。とりあえず下まで降りましょ」


 数分後、やっとふたりは底にたどり着いた。

 ヘッドランプと懐中電灯のふたつの明かりが階段から見えたものを照らす。

 それは、(びょう)――、いや教会を模した霊廟(れいびょう)とでも言うべきか。

 瓦で葺かれた屋根には木製の、かつては十字架が立っていたのであろうが、腐食によるものか、折れてしまっていた。


「まさか、こんなものがあるなんて……」

「たぶん日記にあった教会だわ。ザビエルが建てさせた教会……」

「この先に洞窟が……」

 

 クァンが照らした先には木造の両開きの扉が。フランチェスカを見ると、彼女が頷く。

 フランチェスカが扉に細い両手を当て、ぐっと力を入れると扉は難なく開いた。

 ぎぎぎ……と軋み音を立てて開かれた先にはこれまた教会の礼拝堂を模したものだった。

 ライトで照らすと、左右に長椅子、正面には祭壇が露わになった。あちらこちらに蜘蛛の巣が張られている。

 慎重に奥のほうへ進む。長らく(ほこり)をかぶった床がみしりみしりと軋む。

 フランチェスカが頭を巡らせ、礼拝堂を見回す。


「いったいどうしてこんな建物を……?」

 

 クァンが祭壇を照らす。奥の壁の左右には紅色の幕がかかっており、漢文で書かれているが、あまりに古いものなのでクァンには読めなかった。

 

「ねえちゃんみて!」


 クァンが祭壇の奥を照らしたときだ。

 見ると、壁に何かが描かれているのが見えた。

 近寄ってみると細部がはっきりしてくる。

 それは燃え盛る炎のなかに、心臓が描かれていた。


「これ、聖心(せいしん)だわ」

「せいしん?」

「神の愛を表しているという宗教的シンボルよ」

 

 手を伸ばして心臓に手を触れる。


「で、でも洞窟の入口はどこにあるのさ? ほかに入口はないみたいだし、行き止まりだよ」

「まってクァン。ここ見て」


 フランチェスカが指さすほう――心臓の左上部分を見ると、そこには石床にあった同じ大きさの穴があった。


「もしかしてこれ……!」


 そう言うやいなやバックパックから鍵を取り出して、穴にはめ込んで回す。

 はたしてカチリと手応えがあった。

 ――――だが、なにも起こらない。


「なんで……!?」

「壊れてるんじゃ?」


 押しても引いてもうんともすんとも言わない。叩いても反応はなかった。


「なによ! “叩けよ。されば開かれん”(マタイ伝第7章7節)の言葉通りでもダメなの!?」


 ドンと叩いて文句を言うが、当然反応はない。


 ここまできて……!


「ねえちゃん、これなんだろ?」


 クァンが指さす先をヘッドランプで照らす。


「なんか、(みぞ)のように見えるけど……」


 言われてみると確かに溝が円を描くようにある。そしてあらためて聖心を見回す。


「わかったわ! これはザビエルの『燃える心臓』よ!」

 

 そう言っておもむろに十字架を掴む。そしてそのまま下に押すと心臓の部分が回り始めた。


 子どもの頃からさんざん見てきたザビエルの肖像画の通りなら、十字架はこの位置に刺さってたはず……!


 歴史の教科書にも出てくるおなじみの肖像画と同じように十字架を右上に回すと、はたしてそこで止まった。

 ガチリと何かが()まる音。そして連動するかのようにジャラジャラと鎖が鳴る音が。


「クァン下がってて。あたしの後ろに!」


 すると背後の祭壇がぎぎぎと横にスライドした。開いた穴には鉄の梯子が下へと続いている。

 ふたりが近寄ってみると、闇から何かが飛び出してきた。

 耳障りな鳴き声にバタバタとはためく羽音。


「わっ!」

「心配しないで! ただのコウモリよ!」


 フランチェスカが咄嗟(とっさ)にクァンをかばいながら言う。

 コウモリが何処へと飛び立つと、辺りは元の静寂を取り戻した。


「大丈夫? クァン」

「へーきだよ! ていうか、幸先良いスタートだよ! コウモリは中国では幸運の印なんだ」

 

 埃を払って立ちあがってふたたび穴のところへ。

 ぽっかりと空いた穴から吹く風はまるで怪物のようなうめき声をあげ、クァンをぶるりと震わせた。

 フランチェスカが頭を穴に潜りこませて様子を見る。LEDで照らされたそこはまさに洞窟そのものであった。


「ここが入口ってわけね……上の天主堂はたぶんカモフラージュなんだわ」

 

 穴から出てクァンを見る。


「これぞ、まさに虎口(ここう)よ。間違いない。宝はこの先にあるわ」


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