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第26話 『NO TIME TO PRAY』⑤


 兄貴分と子分を乗せた車はコロアネ島を離れ、次にタイパ島から大橋を渡ってマカオ本島に着いた。

 青州大馬路の路肩に停め、黒服が降りると後部座席のふたりにも降りるよう促す。


 兄貴分と子分が震えながら通されたのは逸園賽狗會(ドッグレースクラブ)だった。

 その名の通り、競馬のように犬を走らせて賭けをする場所だ。

 数頭の犬がコースを走って観客が興奮するなか、ふたりは観客席の最上階――いわゆるVIP席に通された。

 広々とした赤い絨毯が敷かれた部屋の奥はガラス一面になっており、そこからレース場が見渡せる。

 その様子を初老の禿頭(とくとう)の男が双眼鏡で眺める。


「ボス、お連れしました」

「すこし待ちなさい。レースが……ああ、負けてしまいましたか……」

 

 双眼鏡を下ろして、くるりと向けたその顔はまるで布袋(ほてい)のような好々爺(こうこうや)のそれだ。

 閉じているのか開いているのかわからないほどの細い目でこちらを見る。


「それで、どうなったのです? 今月のショバ代は?」

「ぼ、ボス。申し訳ありません……邪魔が入ったもので……シスターのような女に」

 

 兄貴分が歯をがちがち震わせる。

 中国マフィアのひとつ、白龍幇(パイロンパン)のボス――、陳大人(ちんたいれん)は「ふむ」と頷く。


「なるほど。要はしくじったということですね? もっとも、君たちの働きは以前から効率が悪いように思いましたので、とやかく言うつもりはありませんが……」

 

 陳は笑顔とは裏腹に冷淡な口調で話す。目の前のふたりは汗が止まらない。


「ボス、どうかお許しを……」

「私は動物が大好きでね。ペットもたくさん飼っているのですよ。君たちは動物は好きですか?」


 ふたりがこくこくと頷く。それを見て陳がにこりと微笑む。


「それを聞いて安心しました。ではお二人には私のペットの豚のエサとなってもらいます。動物好きとしては相応しい最期でしょう?」


 陳がふたたびにこりと笑うと、ふたりが青ざめる。

 後ろから黒服たちが羽交い締めにして部屋から連れだそうとした。


「ま、待ってください! ボス! どうか、どうかお慈悲を……!」

「お願いします! 次こそはちゃんとやりますんで!」


 だが、陳は何事もなかったかのようにくるりと、窓を向いて双眼鏡を構える。


「ボス! どうかチャンスを!」


 兄貴分が泣きながらなおも(すが)りつく。

 死の淵に立たされた兄貴分はなんとか命を繋ごうと、これまでにないほど懸命に頭をフル回転させた。

 と、閃くものがあった。


「ボス! 聞いてください! ザビエルの宝の手がかりを掴んだんです!」

 

 陳の禿頭がぴくりと動く。そしてゆるりとした動作で振り向く。


「ザビエルの宝……? それは(まこと)なのですか?」

「へ、へいっ。取り立てようとしたガキと俺の鼻を折ったシスターがそう話してるのを聞きました」

 

 兄貴分の隣で子分がこくこくと頷く。

 陳は「ふむ」と顎に手を当てて考える。


「ザビエルの宝については私も噂は聞いたことはあります。なんでもそれは始皇帝(シーホワンディー)の莫大な秘宝とも海賊が隠した財宝とも言われています……ですが、あくまで噂は噂。実際にこの目で確かめるまでは信じられません」

 

 それまで糸のように細かった目がかっと開く。


「……いいでしょう。お二人に最後のチャンスを差し上げましょう。そのザビエルの宝とやらを探し出すのです」


 ごくりとふたりの唾を飲む音。


「わ、わかりました! すぐにあの二人に宝のありかを吐かせます!」


 兄貴分と子分がそう言って部屋を出ようとするところを陳が止めた。


「待ちなさい。忙中有错(マンジョンヨウツゥォ)――()いては事をし損じるという(ことわざ)があるように、慌ててはどうにもなりません。まずはそのガキとシスターのふたりを泳がせておくのです」

「し、しかし、それでは宝を先取りに……!」

「私がどうやって今の地位にまで登り詰めたか、知っていますか?」


 ぷるぷると兄貴分と子分が首を振る。


「危険な仕事は他にやらせ、自分は安全な場所に、そして最後はその手柄を横取りしたからですよ」


 にいっと唇の端が(みにく)く歪められたその顔はもはや好々爺のそれではなかった。


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