第24話 『BORN THIS WAY』②
それは、あたしがスペインの神学校を卒業して間もない頃、そして日本にきたばかりの頃……。
「シスターフランチェスカ!」
聖ミカエル教会の礼拝堂にマザーの怒声がびりびりと震える。そしていつもの説教。
「まったく、あなたは……もっとザビエルの先祖にふさわしいシスターになるよう自覚を持ちなさい。罰として掃除です」
雑巾とほうきを手渡す。
「はーい……」
フランチェスカはしぶしぶと礼拝堂の掃除に取りかかる。ほうきでぱっぱっと埃を払ったあとは雑巾がけだ。
小さな教会なので小一時間くらいで終わった。
夏の終わりにしてはまだ暑く、ふうっと額の汗を拭う。
念願の日本に来たのはいいけど……。
「つまんないなぁ……」
はぁっと見習いシスターの口から溜息がひとつ。
どこか遊びに行きたいけど、あたしひとりじゃどこ行ってもつまんないし……。
ふぅっとまた溜息をついたとき、マザーが戻ってきた。
「掃除は終わったのですか?」
「はいマザー。このとおりピカピカに」
マザーが礼拝堂を見渡し、長椅子のひとつに人差し指をつつっと這わせると指先に汚れがついた。
「シスターフランチェスカ! この汚れはなんですか? 心の汚れがそのまま現れてますよ!」
またガミガミと説教の再開だ。
†††
掃除を終え、夕食の後にはミサを行い、最後に祈りを終えて居住スペースのキッチン兼ダイニングに戻ったときはへとへとだ。
椅子に座ってそのままぱたりとテーブルに突っ伏す。
「もう帰りたいよぉ……! 毎日毎日こんなんばっかじゃ身が持たないよぉ!」
神学校を卒業したあとは配属先で二年間見習いシスターとして務めあげると、晴れてシスターとなる……のだが。
「日本に行けばラクに出来ると思ったのに……」
はふぅとまた突っ伏す。
「いつか口実をみつけて、絶対シスターなんてやめてやる」
リモコンに手を伸ばしてテレビをつける。ネコ型ロボットの国民的アニメだ。
フランチェスカの好きなアニメのひとつである。
「あはははっ。バカみたい」
主人公のドジな少年がネコ型ロボットの秘密道具に振り回されている。
日本ってやっぱり面白いのいっぱいあるわね。でも……
「ゲームやりたいけど、高いんだよなぁ……」
少ない寄付金ではタカが知れていた。出来ることといったら、スマホのゲームくらいで……。
ふと喉が渇いたので、ミルクでも飲もうと冷蔵庫を開ける。だが……
「いけない! ミルク切らしてたんだった!」
スーパーまで行くのは面倒だ。近くのコンビニへと向かうべく、エコバッグを肩に掛ける。
†††
「ありあとっしたー」
バイトの店員のやる気のない声を聞きながらフランチェスカはコンビニを出た。
夜になるとひんやりとした風が心地良い。エコバッグを掛け直して教会へと向かう。
コツコツと革靴を響かせて歩いて、ふと夜空を見上げる。そこには満月が煌々と輝いて遥か頭上からフランチェスカを見下ろす。
ママたち、どうしてるかな……?
日本から遠く離れた母国にいる家族に思いを馳せているとじわりと目頭が熱くなってきた。
たったひとりぼっちで日本に来た見習いシスターは軽く目をこすって歩き出す。
程なくして駅の出入り口が見えてきた。そこを通り過ぎて奥の商店街のアーケードを抜ければ教会まではすぐである。
駅の出入り口を過ぎようとした時、音楽が聞こえてきた。
アコギによる中低音の力強い音。音は反対側の出口のほうからだ。
フランチェスカは引かれるようにして音の元へと歩く。
そこにはまばらな人だかりが。
前のほうに立つと、そこには折りたたみ式の椅子に腰かけて短髪の女性がピックでかき鳴らしながら唄う。
♪圧しつぶされそうなこの現実世界で、たったひとつ信じられるのが愛――――。
力強く、それでいて儚げな歌声は脆くも逞しかった。
これが、あたしが日本に来てはじめての友だち、すみちゃんとの出会いだった。