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第23話 『Sorella dell'apprendista in Italia』②


 どこまでも広がるような牧草地にて牧牛(ぼくぎゅう)が草を()み、もぅうと鳴く。牧歌的な風景のなか、1台のタクシーががたごとと悪路を走る。


「しっかし、あんな辺鄙(へんぴ)な村に用があるなんて物好きだねぇ。お嬢ちゃん(シニョリーナ)

 

 運転手がバックミラーに映る乗客を見やる。


「ま、ね。あたしの同級生だったひとがいるの」


 流暢(りゅうちょう)なイタリア語でフランチェスカが話す。

 そして窓際に肘をかけてふぅっと溜息をつく。

 「さいですか」と運転手が前を向く。



助けてください!(アウシリオ!)


 事の発端は三日前にマザーにかかってきた電話だ。

 相手はいきなりスペイン語でまくしたて、用件を聞き出すのに時間を要したが、なんでも電話の相手である見習いシスターが勤める教会が閉鎖の危機にあっているというのだ。

 そんなとき同級生であるフランチェスカを思い出してマザーに助けを求めてきたという次第である。

 「あれから三年か……」ぽつりと呟く。


「なにか言いましたかい?」

「ううん、なんでもない」

「そうですかい。もうすぐ着きますぜ」

 

 しばらくして丘が見えてきた。教会らしき建物がある。


「あれ教会?」

「へぇ、村に古くからある教会でさぁ」


 程なくして村の入り口が見え、運転手に代金を払って降りる。


ありがとうごぜぇます(グラッツェ)! もしタクシーが入り用でしたら、いつでもこちらに電話してくだせぇ」


 名刺を手渡し、ギアを入れてアクセルを踏んで来た道を戻る。

 テラコッタ瓦と白い漆喰(しっくい)の家を縫って、スーツケースをころころ転がしながら宿屋へ向かう。

 すれ違う村人に挨拶するも無視される。ここの村はよそ者には冷たいようだ。

 地中海性気候のためか、この時期でも暖冬だ。陽射しも強い。


「暑いわね……」

 

 スーツケースを開けてそこから麦わら帽子を取り出して被る。

 手書きの地図を見ると宿屋はすぐ目の前だった。スマホのGPSはここではあてにならない。

 壁からぶら下がった看板の下を通って、入り口へ。

 カウンターには誰もいなかった。


ごめんください(ペルメッソ)

 

 イタリア語で来訪を告げるも、しんと静寂。

 「ペルメッソ!」と語気を強める。


 「はいはい、聞こえてますよ」


 カウンターの奥からのそりと宿屋の主人が出てきた。

 

「それで、お泊まりですかな?」

「予約してるの。フランチェスカ・ザビエルよ」

 

 はいはいと言いながら宿帳を開く。


「ええと……フローレンティナ……」

「フランチェスカよ! フ・ラ・ン・チェ・ス・カ!」

「フランチェスカね。はいはい」


 胸のポケットから老眼鏡を取り出す。

 耳だけでなく目も悪いようだ。


「ありましたありました! 1泊35ユーロ(約4200円)です」

「35も!? けっこうぼるわね!」

「こんな片田舎ですから、この値段でないとやってけねぇんで……」

「ま、いいわ。何泊になるかはわからないけどまとめて払うわよ」


 前金をカウンターに置く。


「へぇ毎度! お部屋はそこの階段をあがって突き当たりの部屋です。窓から海が見えるんで見晴らしは最高ですよ」


 †††


 部屋は書き物机にベッドのみというシンプルな内装だ。

 窓のカーテンを開けると宿屋の主の言うとおり、海が見えた。

 スーツケースを置いて、麦わら帽子を机にぱさりと投げてフランチェスカはベッドに横たわる。


疲れた……(カンサーダ……)


 日本から直行便でローマへ、そこから国内線で最寄りの空港に着いたあとはタクシーに揺られての合計20時間以上かけてやっとここ、イタリアの爪先に位置するカラブリア州にあるポッチェロ村に到着したのだ。


 アンナに会わないと……ま、明日でいいか。


 ひと眠りしようと目を閉じた時だ。

 コンコンとノックの音。


「ふぁい、どなた?」

 

 ドアが開かれ、そこから姿を現したのはフランチェスカと同じような装いの見習いシスターだった。


「アンナ……?」

 

 アンナと呼ばれる見習いシスターは目から涙を流す。


「フランチェスカお姉様!(エルマーナ!)


 三つ編みの赤毛を揺らしながらベッド上の同期に抱きつく。


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