第20話 『Pequeña Francesca』⑤
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それから時は流れ……。
スペイン、ビルバオにある神学校の廊下を十数人のうら若きシスターが歩く。
彼女たちの着ている修道服は見習いのそれだ。
「いよいよ今日ね!」
「あたし、ミュンヘンのヴィース教会がいいなぁ」
「そこよりモンサンミッシェルのほうがよくない?」
「私は地元が好きだから、サンタ・エウラリア大聖堂がいいな」
バルセロナ出身のシスターが手を組む。
「それより、あの子は?」
「そういえば見ないわね……」
「まさか、あの子忘れてるんじゃ……」
その頃、ビルバオ美術館近くの公園では子どもたちがサッカーに興じていた。
「トニオ、いったぞ!」
「まわりこめまわりこめ!」
トニオという名の少年がディフェンスをかわしながらゴール目指してドリブルを。
だが、それを体格の大きい少年が行く手を阻む。
くっ……!
「トニオ、こっちよ!」
声のしたほうを見たときはすでに彼女へボールをパスしていた。
「おねえちゃんたのんだよ!」
「まかせて!」
革靴でありながらも的確にボールを蹴りながらぐんぐんとゴール目指す。
「させるかよ!」
ディフェンダーが立ちはだかる。少女が右へ動こうとしたので、自分も右に動く。
だが、気づいたときにはボールは両足の間をすり抜け、ふわりと風になびく金髪が左へ流れるのを見たときはすでにディフェンスを抜けていた。
――フェイント!
ゴールはもはや目の前だ。
「いっけぇえええ!」
革靴の爪先で蹴りあげられたボールは強烈な回転を生み出し、キーパーが動くよりもネットに激突した。ルイスおじさん直伝のシュートだ。
「ゴール!」
ぴっと人さし指を空にむけて修道服のスカートをつまんで、フランチェスカはフラメンコのように舞う。
「フラ・ダンス! フラ・ダンス!」
見習いシスター、フランチェスカのまわりを子どもたちが群がって指を上にして口々に叫ぶ。
ふと公園の時計を見やる。
「あーっ! 忘れてた! 今日配属式じゃん!」
颯爽と道路脇に停めてある自転車に向かう。
「ごめん! またサッカーやろうね!」
「おねーちゃん、またねー!」
子供たちの声を背中に受けてフランチェスカはペダルを全力で漕ぐ。
右側にグッゲンハイム美術館を眺めながら通り過ぎ、左に曲がってサルべ橋を渡る。
神学校の鐘が鳴った。配属式の開始の合図だ。
「皆さま、これまでのお務め、ご苦労さまでした。これから皆さまにお務めしていただく任地を発表いたします」
礼拝堂にて、院長であるシスターミルドレッドが祭壇にてリストを読み上げる。
「シスターアデリナ」
「はい!」
「あなたはザグレブの聖マルコ教会に勤めてもらいます。頑張るのですよ」
「ありがとうございます。シスター」
続々と名前と配属先が読み上げられ、見習いシスターたちは一喜一憂していた。
「ねぇ、あの子ってどこに配属されるんだろうね?」
「知らないの? 彼女、特待生だから自分で好きに選べるのよ」
「マジで!? じゃ、どこなんだろ?」
「私が思うに、サグラダファミリア教会じゃない?」と後ろから。
「確かに! あそこに勤めるのって夢だもんね」
次々と見習いシスターたちが任地を告げられる。
「さて、シスターフランチェスカ」
だが、その名のシスターが立ちあがる気配はない。
「シスターフランチェスカ? どこにいるのです?」
シスターミルドレッドの問いに答えるかのように礼拝堂の扉が勢いよく開けられた。
「ここです! フランチェスカはここです! シスターミルドレッド」
一同が彼女のほうを見、シスターミルドレッドは呆然としていたが、首を振る。
「シスターフランチェスカ、聖職者たるもの遅刻はいけませんよ。ちょうどあなたの任地を発表するところです」
シスターミルドレッドが皆を見回す。
「あなたはかの、聖フランシスコ・ザビエルを先祖に持つ特待生です。せっかくですから皆さまの前で発表してください」
「わかりました」
すぅっと息を吸う。見習いシスター一同が口を開くのを今か今かと待っていた。その口が開かれる。
「日本です!」
父、アルフォンソと神学校へ行く代わりに約束した任地先の名前を力強く告げた。
礼拝堂に誰かの気配を感じたので、フランチェスカは目を覚ましてアイマスクをめくる。
そこに立っていたのは日本にきてはじめての男ともだちだ。にこりと微笑む。
「ハーイ、アンジロー」