表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/232

第20話 『Pequeña Francesca』③


「ママっ! ひどくない!? フリアンにいさんがわるいのにぃ……!」


 母であるフローレンティナの部屋に入るなり、フランチェスカが抱きつく。風呂上がりなので石鹸の良い香りがする。

 「よしよし、フランチェスカ」と娘の頭を撫でる。

 そして顔を上げて息子のほうを見る。


「ダメじゃない、フリアン。おにいちゃんなんだから」

「だってこいつが……!」


 フリアンが抗議しようとした時、ノックの音。

 「失礼します。お食事の用意が出来ました」とメイドが頭を下げる。


「ありがとう。ほら夕飯の時間よ。行きましょう」


 椅子から立ちあがってふたりの子の頭を撫で、部屋から出る。

 

 あたしのママ、フローレンティナは病弱だけど、いつも優しい。辛いことや嫌なことがあったらママが慰めてくれる。

 だからあたしはママが好きだ。

 

 †††


「――わたしたちの心と体を支える(かて)としてください」


 食堂にてアルフォンソが食前の祈りを唱え、最後に「アーメン」と締めくくるのがザビエル家の食事風景だ。

 燭台の明かりの下、長テーブルにはパンと豆のスープ、サラダや卵料理などといった質素な食事が並ぶ。

 そのなか、フランチェスカは豆をスプーンですくうとパムパムに食べさせようとしていた。

 「そんなの食べるわけないだろ」とフリアン。

「パムパムがたべたいといったの!」

「ぬいぐるみがしゃべるかよ!」

「食事中だ。静かにしなさい」


 アルフォンソがぴしゃりと言って、一拍間を置いてから続ける。


「ヨハネ伝第14章1節を」

「「“あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい”」」


 ふたりが同時に(そら)んじてみせた。


「よろしい」


 アルフォンソがワインを傾け、ふぅっと息を吐く。


「フリアン、もう12歳になるな。そろそろ神学校(セミナリオ)に入る年だ」

「はい、父のように立派な聖職者になってみせます」

 

 その答えに父が「うん」と満足げだ。


「フランチェスカ、お前も立派なシスターになるよう、神学校に行くんだよ」

「あたし、シスターになりたくない!」

 

 娘のその一言は周りをざわつかせた。


「フランチェスカ……お前はいま、何を言ったかわかってるのか?」

「だってなりたくないものはなりたくないもん!」

「黙れ!」

 

 バンッとテーブルを叩く音が響く。がたりと音を立てて椅子から立ちあがる。聖フランシスコ・ザビエルの肖像画を背にして。


「フランチェスカ、我がザビエル家は聖フランシスコ・ザビエルから綿々と続く聖職者の一族だ。お前はその意味をわかっているのか!」

「なんでシスターにならないとダメなの!? ほかにやりたいことあるんだもん!」


 目から大粒の涙をこぼしながら抗議するが、それが聞き入れられようはずもない。

 「来い!」と泣きじゃくる娘の手を取って食堂を出る。フローレンティナの制止も聞かずにずんずんと廊下を進み、フランチェスカを部屋のなかへ入れるとたちまち錠が下ろされた。

 

「だして! パパ、だしてよぉ!」


 小さな拳でどんどんと何度も叩く。

 「朝まで出すな」と鍵をメイドに手渡す。部屋からは依然として扉を叩く音が響く。


 †††


 どのくらいの時間が経ったろう? 時計のない部屋ではわからない。まだそこまで経ってないのか、それともすでに1時間以上は経っているのか……?

 窓から月明かりが差すなか、フランチェスカはひとり、しゃくりあげながらドアの前に座る。


「……あたし、こんなところイヤだよ……」


 パムパムをぎゅっと抱きしめる。

 

「こんなとこでて、どこかとおくへ……」


 ふと見上げると窓が目にはいった。月光で窓枠の影が十字架のように伸びている。


「ね、パムパム。ここからにげよ? パムパムといっしょなら、あたしこわくないよ」


 そう言うとすっくと立ち、窓のほうへ歩く。十分後、カーテンを裂いてロープ代わりにしてフランチェスカは窓から外へと飛び出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ