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第19話 『GOOD SAMARITAN ~善きサマリア人~』後編


「あの人はね、本当は悪い人なんだよ」


 フランチェスカと安藤はその言葉の意味が飲み込めなかった。


「え、それはどういう……」

「人命救助までしたんですよね?」


 フランチェスカの隣の安藤も疑問を口にする。ふぅっと太田がまた溜息をつく。


「こないだ、この子のところへ遊びに行こうとマンションに行ったんだよ。エレベーターに乗ろうとしたら彼も同乗してね、あたし荷物で手が塞がってたから、階数を言ったんだよ」


 そしたら、どうしたと思う? と皆の反応を伺う。


「なんと階のボタン全部押したんだよ! おかげで時間かかっちまったよ。あれは呆れたねぇ」

「でも、私が同乗したときはちゃんとボタン押してくれましたよ?」

「そりゃ、あんたが若いからだよ。ああいう(やから)は若い子にだけ愛想を振りまいているんだよ」


 ふんっと太田が鼻息を荒くした。


「しかも、それだけじゃないんだよ。こないだ自転車に乗って、向こうの歩道を走ってたとき、あの彼が前を歩いてたから、ベルを鳴らしたんだ。そしたら全然どかないんだよ」

「え、私もこないだそれと同じような状況ありましたけど、その時はベルを鳴らす前にどいてくれましたよ?」

「ほうら、だから言ったろ。人は見かけにはよらないもんなんだよ」

 

 フランチェスカちゃんもそう思うでしょ? と同意を求めてくる。


「フランチェスカさん、その人ってやっぱり悪い人なんでしょうか?」


 安藤がそう聞こうとした時、当のフランチェスカは額に指を当てて考えるポーズを取っていた。某倒叙(とうじょ)ミステリードラマの名刑事のように。


「……この事件、謎はすべて解けたわ」

「や、別に事件ってほどじゃ……というかどこの名探偵の孫ですか?」

「その人は別に悪い人なんかじゃない。それどころか善きサマリア人(ルカ伝第10章)のように善良な人だわ」

 

 フランチェスカの言葉に三人は驚く。


「ふ、フランチェスカちゃん。どういうことだい? だってあの人は」

「カンタンなことです。あたしが思うに、その人は耳が聞こえないんです」

「え!?」


 一同が驚くなか、フランチェスカは推理を続ける。


「そう考えると、つじつまが合うんですよ。まずエレベーターですけど、階数が聞こえなかったのでしかたなく全てのボタンを押したんです」

「で、でも私のときは……」

「おそらく前に同乗したときに、ボタンを押すのを見て覚えていたんでしょう」

「ちょ、ちょっと待ってください。それなら自転車の話はどう説明するんですか?」


 安藤が最後の疑問を口にした。


「その疑問はまず確認しないといけないことがあるわ」


 フランチェスカが年の若い主婦に顔を向け、こう尋ねた。


「あなたが自転車に乗ってたとき、その時って夜じゃありませんでした?」

「え、ええ。そうです!」


 やっぱりね、とフランチェスカが頷く。


「ど、どういうことですか?」


 わからないという安藤に見習いシスターがやれやれと首を振る。


「夜、暗いときはライトを点けて走るわよね? たぶんライトの光が地面に映ったか、電柱の反射板に反射して、後ろから自転車か、車が来たと思ったんじゃないかしら?」

 

 そこまで説明して安藤が「あっ!」と声をあげた。


「たしかに人は見かけにはよらない。でもとっさの時にこそ、その人の本性が出るものだとあたしは思うの」


 それに、とフランチェスカが続ける。


「今回のこともそうだけど、聴覚障害者ってね、白杖を使う視覚障害者や車イスとは違って、見た目はふつうの人と変わらないから苦労してるって聞いたことがあるの」

「そ、そうだったのかい……あたしゃ、彼に悪いことしてしまったね……」としゅんとなる。


「“自分を愛するように、隣人をも愛しなさい”という言葉を聞いたことありますよね? これ、()しくも善きサマリア人の話から来ているんです」

「そうだねぇ。自分のものさしで考えちゃダメなんだよねぇ」

 

 ありがとうね、フランチェスカちゃんと太田が礼を言う。


 †††


「いやあ名推理でしたね。フランチェスカさん」

「それほどでもあるわよ」


 ふふんと鼻を高くして胸を反らす。

 でも、ねと表情を崩す。


「日本って、障害者や高齢者の介護に関してはまだまだ遅れてるように感じるの。チャリティー番組とかで障害者のひとたちがいつも出てるけど、なんか視聴率を稼ぐためにしか思えてならないのよ」

「……」

「あたしがスペインにいたとき、子どもの教育番組でダウン症の子がいたの。でも、その子はふつうにほかの子と一緒にお兄さんから野菜の育て方を教えてもらってたのよ。でも日本ではそんな番組ないに等しいわ。街頭インタビューなんて障害のある人が受けている所なんて見たことないし」

「……そっすね」

「もちろん、昔と比べてテクノロジーは格段に進歩してるし、それで便利になったわ。でも、だからと言ってそれで障害者も暮らしやすくなったり、理解出来るようになったとは限らないと思うの」

「フランチェスカさん……」

「ん、いつになくマジメに語っちゃったわね」


 さ、カフェに急ぎましょ! と安藤の手を取って駆ける。


 

 現在、聴覚に障害を抱えている人は34万人以上にのぼるとされている。

 2016年、障害者差別解消法が施行されたが、障害者への配慮や理解は欧米と比べてまだまだ遅れを取っている。


 余談だが、人命救助にて救命措置を施して、結果的に助けられなかった場合、救助を行った者を法的に責任を問われることはない。

 この法は『グッド・サマリタン法』と呼ばれている。


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― 新着の感想 ―
すいません、とりあえずここまでは毒させていただきました。 ここまでの感想として作者様の旧約聖書に対しての知識が、あることと、読み手に対する親切なルビ振りがあり読みやすく感じました。
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