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EXTRA 『ドンの休息』


「やっぱりボルトが緩んでやがるな」


 アジトの地下にある車庫。

 愛車のアンダーカバーに潜り込んだドン・サンチェスが整備しながら言う。

 工具箱に手を伸ばして中を探るが、目当ての工具が見つからない。


「おい、レンチよこせ。モンキーレンチだ」


 部下が「へい」と早くしろと振るドンの手にレンチを渡す。

 

「これでよし、と。パイプにも異常はないな」


 コンコンと叩く音。

 やがて異常がないことを確かめると、車体の下からメカニッククリーパーで這い出したドンはよいしょと巨体を起こす。

 レンチを傍らのテーブルに置き、部下が差し出したタオルを受け取って顔に付いた油汚れや汗を拭う。

 

「ありがとよ。喉が乾いたな」


 いつもの高級スーツではなく油で汚れたタンクトップにオーバーオールに身を包んだドンはにかりと笑う。

 この時だけは火気厳禁のため、葉巻は吸わない。


「いま若いやつにシドラ(リンゴ酒)を持ってこさせてます。もうすぐのはず」


 言い終わらないうちにコンコンとノックの男。ドンが「入れ」と命じると、シドラの瓶とグラスを載せた盆を手に若い男が入ってきた。

 緊張のためか、震えている。

 「ご苦労」とドンが受け取ると、若い男はほっと一息つく。

 「気を楽にしろ」と声をかけ、瓶から液体をグラスへと注ぐ。

 ぐびりと呷ると、ふーっと酒精を吐き出す。


「暑い夏にゃこれがピッタリよ」


 グラスを盆に置くと整備の続きに取り掛かり、車体の前部に移動してボンネットを開ける。


「あ、あの……」


 新入りの部下がおずおずと前に。


「車の整備でしたら俺がやりましょうか? ここに来る前は整備工場で働いていましたから……」

「そうか。そりゃありがたいが、これは俺の仕事なんだ。俺以外のやつには誰にも触らせたくねぇんだ」

 

 悪いなと言うと、ドンはエンジンの点検に取り掛かった。


「お前はここに来てまだ日が浅いから知らないんだろうが、ドンの親父さんも腕の良い修理工だったんだ。この時間はドンにとっては数少ない安らぎの時だ。だから邪魔はするな」

「は、はい」


 部下が新入りに頷くと、着信音が鳴った。スマホを取り出す。


「もしもし? ブルノか。どうした?」


 ブルノという名の部下から報告を聞き、頷いてから「そうか、わかった」と通話を切る。


「ドン、ブルノから報告です」

「なんだ? 言ってみろ。冷却液の漏れはないな……よし」


 整備の手を休めずに部下からの報告を聞く。


「日本人の少年がマルガとちっこい女の子のふたりでバル巡りに行っているそうです」


 ほうとドンが顔を上げる。


「いい気なもんですね。勝負を明日に控えているというのに……勝負をあきらめたんでしょう」


 部下が新入りと一緒に笑う。


「そりゃ違うな」

「はい?」

「おおかた、バル巡りをして技術や味を盗もうという魂胆だろう。無駄なあがきを……ラジエーターよし。パイプよし」

「あ、あの」

 

 新入りがふたたびおずおずと。


「お、俺、妨害に行ってきましょうか? それくらいでしたら、俺にも……」

「おい!」

 

 いきなりドンが顔をあげて怒声を発したので、新入りは思わずびくっと肩を震わせる。


「真剣に勝負に挑もうとしている男の邪魔をするんじゃねぇ! 俺に恥をかかせるつもりか!?」

「す、すみません……!」

「わかったならいい。持ち場に戻れ」


 ずれた帽子を直しながら新入りは慌ててその場を後にすると、車庫はドンと部下のふたりとなった。


「まったく、最近の(わけ)ぇやつは……」

「すいやせん。俺の教育が足りないばかりに」


 気にするなという風に手を振り、いよいよ最後の点検にかかる。


「バッテリーよし。モーターよし。すべてよし!」


 ばんとボンネットを閉め、運転席に回ってイグニッションキーを取り出す。

 鍵穴に差し込んで回すと、きゅるるると小気味良い音が響く。

 ドンが満足そうに頷く。


「うーん良い音だ。わかるか? 良いクルマってのは音も良いんだ」

「へい」


 ドンがオーバーオールのポケットから葉巻を取り出して咥え、部下がそれに火を。

 すぱっすぱっと吹かし、美味そうに煙をふーっと吐く。


「明日だ。泣いても笑っても明日ですべてが決まる」

 

 そう言ってにやりと口の端を歪め、ふたたび葉巻を咥える。



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