第11話 『A HAPPY NEW YEAR』
礼拝堂にてフランチェスカはひとり構えを取る。
「フンッ!」
ぱしゅっと空を切り裂く正拳突きが放たれ、次いで回し蹴りが炸裂する。ふわりと修道服のスカートが捲れあがった。
「ふぅーっ……」
流れるような動きで最初の構えに戻る。
「あけましておめでとうございます……って、なにやってんすか?」と安藤。
「格ゲーの推しキャラの動きをトレースしてるのよ」
「新春早々勉強熱心っすね……それはそれとして、そろそろ時間っすよ」
「あら、もうそんな時間なのね」
修道服の上にカーディガンを羽織ると教会の外へと出た。
†††
今日は元日。ひゅうっと寒風が吹くなか、ふたりは初詣をしに近くの神社へと並んで歩く。
「う~冷えるわねぇ。さっさと済ませて戻りたいわ」フランチェスカがぶるっと身を震わせる。
「まあまあフランチェスカさん。お正月らしくお参りしましょうよ。そういえばスペインではどういう風に祝うんすか?」
「年が明ける12時の鐘が鳴ったら、12粒のブドウを食べるのよ。こっちで言う年越しそばのようなものね」
「なんか正月らしくないすね……」
そうこう話しているうちに神社に着いた。鳥居をくぐると左右に出店が並ぶ。
チョコバナナ、ベビーカステラ、焼きそば、アニメキャラのお面の出店を通り過ぎると、そばの手水舎で手を浄める。
「この水、飲み水じゃないの?」
「口に含んでゆすぐのはいいですけど、飲んじゃダメっすよ。飲用じゃないすから」
「ふーん」
フランチェスカも安藤に倣って手を浄める。そして教会でやっているのと同じように十字を切る。いずれも穢れをはらうものだから間違ってはいないのだろうが……。
石段を上ると本殿の前に参拝者が並んでいた。
「初詣にしては参拝者の数が少ないわね」
「でしょう? ここは小さな神社ですから、穴場なんですよ」
「お若いの、初詣に来られるとは感心じゃな」
いきなり声をかけられたので、ふたりがそのほうを見る。ほうきを手に白装束に紫色の袴を履いた老人が立っていた。高齢のためか、ぷるぷると頭が震えている。
「ええと、神主さん、ですか?」
安藤の問いに神主がうむと答える。
「わしがこの神代神社の神主ですじゃ。ささ、お参りしていってくだされ」
そう言ってぷるぷると震える頭を下げた。
程なくして賽銭箱の前まで来た。十円玉を取り出して放り投げ、二礼したのちに鈴緒をつかんでがらがらと鳴らしてぱんぱんと二拍。安藤が合掌する隣でフランチェスカも手を合わせる。
「神さま神さま、どうかあたしに新作のゲームが手に入るよう、取り計らいをお願いします」
「ふ、フランチェスカさん! お願い事は口に出しちゃダメなんですってば!」
「お願い事言わないと通じないんじゃない?」とぶーっとふてくされる。
「まったく……これだから外国人は……マナーってもんをわかっちゃいない」
凜とした、女性の声だ。見ればほうきを手にした巫女がこちらを睨んでいた。
「あんた、もしかしてシスター? ここはバテレンが来るとこじゃないんだよ」
帰った帰ったと手で払う。どことなくフランチェスカに似た性格の少女だ。
「ちょっと、あんた失礼じゃないの!?」
「おんや、日本語がわかるのかい?」
神道とキリスト教、互いに異なる宗教に身を置くふたりが対峙し、火花を散らす。
「ふ、フランチェスカさん。ここでケンカは……」
安藤が間に入ってなだめようとするが、それに構わず巫女がさらに続ける。
「この神代神社は歴史ある由緒正しき神社! 神道は日本で古来より2000年続く宗教! それをアンタみたいなマナーがなってない異教徒に足を踏み入れて欲しくないんだよ!」
「言うわね! こっちだってそれと同じくらいの歴史があるわよ! というか信者数は圧倒的にこっちのほうが多いんですけど!?(一説によれば22億人)当然、聖書も世界一のベストセラー!!」
「に、にじゅうにおくにんっ!? くっ……! こちらは1億6000万人しかいない……!」
巫女ががくりとくずおれる。それに対してフランチェスカは勝ち誇ったような顔だ。
「……だけどね! こちとら八百万の神様がついているんだよ。神話によれば、この日本列島を作ったのはイザナギとイザナミの夫婦神」
「それくらいあたしだって知ってるわよ。矛で海をかき混ぜて作ったんでしょ?」
「そう。だけどそれは最初の島だけ。その後はどうやって作ったかは知らないでしょ?」
耳を貸しなさいと巫女が手招きし、フランチェスカが「なによ?」と耳を近づける。
「あのねぇ、残りの島はイザナギとイザナミが×××して×××で、出来たのよ!」
「え! ウソ! マジで!?」
島づくりの秘密を、子どもはどうやって作られるのかと同じくらいに真相を知ったフランチェスカは顔を赤らめる。
「……神が6日間で世界を作ったという衝撃を遥かに超えてるわ……」
「いやここで宗教戦争はじめないでください!」
あはははっと巫女が高らかに笑う。
「どうやらシスターさんはおぼこだったみたいねぇ。悪いことは言わないから帰りなさい」
ふたたびあははっと笑う。だが、その笑いは続かなかった。
「舞――――ッッ! なにをサボっとるんじゃぁああッッ!」
鉄槌の如き拳骨が巫女の脳天に振り下ろされたからだ。
舞と呼ばれた巫女は殴られた頭を押さえながら呻く。
「ってぇなあ! 嫁入り前の孫娘にゲンコツはないだろ! じーちゃん!」
「たわけ! また参拝客に迷惑をかけおって!」
拳骨を喰らわせた舞の祖父、神主は舞の首根っこをつかむと安藤とフランチェスカに頭を無理やり下げさせる。
「この度はうちのバカ孫娘がとんだことを……」
先ほどの覇気はどこへやらと抜けたのか、ぷるぷると震える頭を下げる。
「あ、もう気にしてないんで……」
安藤が場を取り繕う。
神主と巫女がぺこぺこと頭を下げ、ようやく神主が「罰として境内の掃除じゃ! 終わるまで飯は食わせん!」と解放する。
「そりゃないだろ! じーちゃん!」
「なんじゃ?」
眼光鋭い目で睨まれては何も言えない。
去りゆく神主を孫娘の舞はべーっと舌を出す。
「ったぁ……思いっきり殴りやがって……」
ズキズキと痛む頭を撫でながらぶつくさと文句を垂れる。
「……あんたも苦労してるみたいね」
「んぁ? あんたにも暴力を振るうような人がいるのかい?」
「そうよ。マザーってババアがね」
「…………」
しばしの沈黙のあと、舞が「ん」と手を差し出す。
「あたしは神代舞。あんたとは良いライバルになりそうだよ」
「それはこっちのセリフよ。あたしはフランチェスカ。フランチェスカ・ザビエルよ」
がしりと握り返す。
神道とキリスト教、ふたつの異なる宗教が垣根を越えて和解した瞬間である。
とんでもないタッグ生まれちゃったよ!
そう安藤はツッコまずにはいられなかった。
安藤「あけましておめでとうございます」
フランチェスカ「Feliz año nuevo!スペイン語での新年の挨拶よ」
舞「ちょっと!ちゃんと日本語で挨拶しないといけないじゃないか!」
安藤「あ、舞さん」
フランチェスカ「いちいち細かい女ねぇ」
「まあまあキミたち、新年早々ケンカはいかんよ」
フランチェスカ&舞「「誰?あんた」」
安藤「作者ですよ!」
「この作品を読んでくださってる読者の皆さまに新年の挨拶をみんなでしようかと思ってね。準備はいいかい?せーの」
「「「あけましておめでとうございます。今年も本作品をどうぞよろしくお願いします!」」」