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第44話 『Where have all the flowers gone?』③


 夕方、都内のシティホテル――


 そのロビーの一角にある電話ブースにて、国際電話で通話する者がひとり――。


「はい。無事フランチェスカを連れ出せました。ええ……予定通り、明日の飛行機で帰ります」


 スータンと呼ばれる首元にカラー、黒い衣装に身を包んだ若き牧師、フリアンは通話を終えると、ブースを出た。

 そのままエレベーターに乗ってパネルを押す。程なくしてチンという音がし、通路へと出る。

 コツコツと靴音を響かせ、部屋の前まで来た。ドアの左右には従者であるふたりの修道士が見張り番よろしく立っていた。

 ドアをコンコンと叩く。だが、無反応だ。

 フリアンは溜息をつき、カードキーで解錠してからドアを開けた。

 部屋に入って少し進むとツインベッドが。そして片方のベッドにはこちらにはヴェールを被って、顔を背けるようにして横になっている少女が。


「なに? 兄さん」

「……起きてるなら返事くらいしろよ。フランチェスカ」

 

 だが、妹はなにも言わない。顔は背けたままだ。

 フリアンは今日で何度目かの溜息をつく。


「明日、午後の飛行機で帰るからな。航空券ここに置いておくぞ」

 

 忘れるなよと書き物机に航空券を置く。

 それでもフランチェスカは無反応のままだ。フリアンがやれやれと首を振る。


「なぁ、なんとか言えよ」

「…………」

「腹が減ったら、ルームサービス頼んでいいからな」

「…………ほっといて」

 

 やっと口を開いた言葉がそれだった。

 

「わかった。なにかあったら僕のところに来るんだぞ。隣の部屋にいるからな」

 

 兄の言葉をフランチェスカは背中越しに聞き、溜息がひとつしたかと思えば、ぱたりとドアが閉まる音。

 少ししてから肩越しにドアのほうを振り向く。足音が次第に遠ざかり、やがてドアの閉まる音。

 フランチェスカはすばやく枕の下からスマホを取り出す。暗証番号を入力して開くと、通知が何件か来ていた。

 アプリをタッチすると安藤と舞からそれぞれメッセージが来ている。

 まず安藤のメッセージを読むことにした。


「フランチェスカさん大丈夫ですか? いまどこにいますか?」

 

 すこし考えてから返信を。


「都内のホテルにいるの。明日の午後の飛行機で帰るね」

 

 送信をタッチ。次に舞からのメッセージを。


「ねえ! アンジローから聞いたんだけど、スペインに帰るってホントなの?」

 

 下にスクロールさせると次々とメッセージが。


「既読ついてないんだけど! 返事しなさいよ!」

 

 目を閉じ、きゅっと奥歯を噛む。

 目を開き、トントンと入力。


「うん。明日帰るの」


 送信をタッチ。

 すると、同時に通知がきた。安藤からだ。


「マザーから聞いたんですが、もう日本に帰ってこないんですか?」

 

 ぎゅっとスマホを持つ手に思わず力が込められる。

 枕から頭を起こして書き物机を見やると、そこにはフリアンが置いていった航空券が。

 ベッドから下りて航空券を手に取って出発時刻を確認すると、元に戻す。

 そして顔をあげると、正面の鏡が見習いシスターの顔を写していた。

 鏡のなかのフランチェスカが頷くともう一方のベッドを見やった。


 †††


 陽が沈み、あたり一面がとっぷりと暗くなった頃、フリアンはふたたび妹の部屋のドアをノック。

 これも反応はない。

 しょうがないやつだとカードキーを取りだして解錠音を鳴らし、ドアを開ける。

 部屋の中に入ると、そこにはさっきと同じ状態で毛布をかけて横になっているフランチェスカが。

 ヴェールを被ったままこちらには顔を背けている。フリアンは首を振り、部屋を出た。

 そしてふたりの門番を務める修道士に命じる。


「誰もこの部屋には入れるな。もちろん妹も外に出すなよ」

「お任せ下さい」とふたりが同時に頷く。


 その頃――

 

「わわっ!」


 風に揺られ、落ちそうになるのをフランチェスカはなんとか堪える。

 ふぅーっとひと息ついてから、引き裂いたベッドのシーツで慎重に下へと降りていく。

 

「子どもの時以来ね……」

 

 ベッドからシーツを剥がすと、引き裂いてロープ代わりにし、それをベランダから垂らす。

 最後に毛布の中に枕を入れてヴェールを被せた身代わりを後にしたのが十分前のことだ。

  

「よいしょっと」 

 

 すとんと地面に着地した。上を見上げ、自分の部屋を見る。

 いつまたフリアンが様子を見に来るかわからないし、ベランダから垂れ下がったシーツが発見されるのも時間の問題だろう。

 フランチェスカはポケットからスマホを取りだす。

 番号をタッチして三回目の呼び出し音で相手が出た。


「もしもし?」

「あ、アンジロー。あたしよ」

「フランチェスカさん? どうしたんすか?」

「これから会える? 場所は……」


 時間と場所を指定すると、すぐに了解と返事。

 通話を切り、スマホをポケットにしまうと見習いシスターは闇の中へと颯爽と消えた。


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