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第44話 『Where have all the flowers gone?』①


「え……?」


 目の前にいるマザーの言ったことが飲み込めないというようにフランチェスカが聞き返す。

 いや、理解したくないといったほうが正確だったかもしれない。

 さらにマザーが続ける。


「先日、教会本部に本国からの手紙が届きました。もちろんザビエル家からのです」

「ザビエル家って……フランチェスカさんの実家ですよね……?」


 安藤の問いにマザーがこくりと頷く。そしてフランチェスカに向きなおる。


「フランチェスカ、今までお勤めご苦労さまでした。もうすぐ迎えがきます」

「……だから私を夏祭りに行かせたんですね? マザー」

「はい。せめて最後に思い出作りをと思いまして」

「……っ!」

「ふ、フランチェスカさん、話が見えないのですが……」


 沈痛な面持ちでうつむく見習いシスターにそう問おうとした時、外で車が停まる音が。

 ふたりが振り向く。次いでドアの閉まる音。


「どうやら迎えが来たようですね」


 マザーの言うとおり、来訪者が扉をノックした。

 「どうぞお入りください」とマザーの流暢な英語で入室の許可で扉が開かれた。

 スータンと呼ばれる牧師が着用する衣装に身を包んだ、年の若い男が礼拝堂に入ってきた。

 次に同じような服装に身を包んだふたりの男が後に続く。

 そして見習いシスターをひと目見るなり、目を輝かせ、嬉しそうに声をかける。


「フランチェスカ!」


 フランチェスカより年は五つほど上の若き牧師が顔を輝かせながら彼女のもとへと。


「Cuánto tiempo sin vernos! Mi hermana!(久しいな! 我が妹よ!)」

「Hermano!? Porque?(兄さん!? どうして?)」

「Vengo a recogerte!(迎えに来たんだよ!)」


 安藤の前で牧師が見習いシスターを抱きしめる。


「エルマーノって……たしか、お兄さんって意味じゃ?」

 

 以前に彼女から兄がいるという話は聞いたことはあるが。


「うん……あたしの兄で、フリアンっていうの」

 

 頭の固いクソ兄貴よと付け加える。むろん日本語なので当の本人には伝わっていない。

 それに構わずフリアンはマザーのほうへ歩き、片膝をつく。


「マザー、妹が大変お世話になりました。ご迷惑をかけていませんでしたか?」

「いえ、この子が迷惑をかけないということはあり得ないことですわ。もう慣れっこですし……」


 そう言って微笑むマザーはどこか淋しげだ。


「妹がご迷惑をおかけいたしました。父に代わって感謝を申し上げます」


 十字を切って胸の前で手を組む。

 祈りの言葉を唱え終わると、立ち上がって妹のほうへ。


「さぁ行こう。帰り支度をするんだ」

 

 だが、フランチェスカは無言のまま立っているだけだ。


「どうしたんだい? フランチェスカ?」

「……いや」

「え?」

 

 彼女の発した言葉はフリアンには意外なものであった。

 

「あたし、帰りたくない。もっと日本にいたい」

「フランチェスカ! なにを言っているんだ?」


 つかつかと彼女に詰めよって両肩をつかむ。

 

「自分が何を言っているのかわかっているのか? シスターの見習い期間は終わったんだ」

「そもそもあたし、シスターにはなりたくないの!」

「フランチェスカ! 日本に行かせたのは遊びのためじゃないんだぞ! それにこのキモノはなんだ? 修道服(スカプラリオ)はどうした?」

 

 ほっといてよ! と兄の手をはねつける。

 

「フランチェスカ!」

「おやめなさい! ここは礼拝堂です。神の下で乱暴な真似は許されませんよ」

 

 強引に連れ出そうとするフリアンにマザーがぴしゃりとたしなめる。


「し、しかし……!」

「あ、あの」


 なおも食い下がろうとするフリアンに安藤が声をかけた。


「なんだお前は?」

「え、えっと……ソイ アミーゴ デ フランチェスカ……」


 つたないスペイン語ではあるが、本人には伝わったらしく、フリアンの表情が険しくなる。


「妹の友人だと? そうか、お前が妹に日本に残るよう吹き込んだんだな」


 フリアンが放ったその言葉は今の安藤には理解出来る内容ではない。

 「え、ええと……」とお茶を濁していると、フリアンの顔がますます険しくなった。


「他人が家族の事情に口を挟むな!」


 そのまま乱暴に肩を押したので、安藤がよろけた。


「フリアンやめて! 彼に乱暴しないで!」

「うるさい! いいから帰り支度をするんだ!」

「イヤよ!」

 

 兄妹(きょうだい)のふたりは互いに睨み合う。

 

「どうあっても帰るつもりはないのか?」

「ええ、そうよ。あたしはまだしばらくはこの国にいたいの」


 妹の頑なな態度に兄が呆れ、ふぅと溜息をつく。そして口を開いた。


「母さんの容態が、思わしくない」

「え、ママが……!?」


 母のフローレンティナはもともと体が弱い。病気がちだとは知っていたが……。


「ママはどうしてるの? 無事なの!?」

「お前に会いたいと言っている」

「……ッ!」

 

 そのまま見習いシスターの彼女はうつむく。

 しばしの静寂ののち、彼女は頭を上げて口を開いた。


「……わかったわ」


 その答えにフリアンは満足顔だ。

 そして、友人である安藤のほうへ顔を向ける。


「ごめん、アンジロー……あたし、スペインに帰る」


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