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第42話 『SKYFALL』③


 その闘技場は周りの観客による声援と怒号で熱気に包まれていた。

 薄暗く、明かりといえば石壁に据えつけられた松明(たいまつ)のみだ。闘技場の中心には二名の闘士(ファイター)が互いを睨みつけるように向かい合い、構えながら今か今かと(すき)(うかが)う。

 やがて痺れを切らしたのか、最初に仕掛けたのは大柄な男のほうだった。

 目の前に立つ、男の闘士とは対照的に華奢(きゃしゃ)な体つきの見目麗しき女武闘家に掴みかからんとする――――!


 だが、太い腕は空を掴み、女武闘家はその目を見張る跳躍力で大男の遥か頭上へと。

 くるりと空中で一回転し、大男の背後に着地、すかさず蹴りを繰り出す。


「無影烈脚!」


 目にも止まらぬ速度――、残像で無数に見える蹴りが容赦なく背中に叩き込まれていく!

 

「がァッ!」

 

 たまらず大男が丸太のような太い腕を振るうが、その風圧で女武闘家の前髪がふわりと揺れただけだ。

 後方宙返りで(かわ)し、くるくるっと(まり)のように跳ね、ふわりと着地、そして構えを取る。

 

「ぬぅううっ!」


 突進する(いのしし)、いや熊のように襲いかかる大男を前にして女武闘家は冷静沈着そのものだ。

 大男の(こぶし)が女武闘家の顔面近くまで来たとき――吹っ飛ばされたのは大男のほうだった。


「気孔破」


 ふーっと息を吐きながら、女武闘家が技の名を口にする。体内の(エネルギー)を一所に集め、敵に放つ技だ。

 女武闘家が構えを解くと、いきなりファンファーレが鳴った。女武闘家が喜びを露わにしてぴょんぴょんと跳ね、Vサインを。

 「勝ったわ!」とフランチェスカが画面の前でガッツポーズを取るのに対し、学は「攻撃が当たらなかった……」と意気消沈する。


「キャラの選択もそうだけど、ガードや間合いの取り方がまだまだね」

「まあい?」


 学がきょとんすると、怒号が聞こえた。

 見ると、奥のほうで男がスタッフに文句を言っている。

 

「おかしいだろ! これ、なかなか取れねぇんだよ!」

 

 どうやらキャッチャーマシンで景品が取れないことに腹を立てているようだ。スタッフがぺこぺこと頭を下げる。


「も、申し訳ございません。すぐに取りやすい位置にしますので……」

「そうじゃなくてよぉ! こっちは千円も使ったんだぞ! これだけ使ったんだからくれたっていいだろ!」

 

 男が納得いかないようにわめきたて、周りの客は目を合わせるのも避ける。


「ど、どうしましょう? フランチェスカさん……」


 隣に座っているはずの見習いシスターは姿を消していた。

 

「フランチェスカさん?」

「ちょっとあんた、言いがかりも(はなは)だしいんじゃない?」


 いつの間にか、キャッチャーマシンの近くに立ったフランチェスカがたしなめ、男が「ああ?」とぐるりと首を曲げる。


「ヘタなくせに機械のせいにするなんて、大人げないわよ」

「なんだお前は? 女だからって調子に乗ってんじゃねーよ。それともお前が慰めてくれるの」


 「か?」を口に出そうとした直前で、見習いシスターの革靴が鼻先を掠める寸前でぴたりと止まる。

 目にも止まらぬ速さで蹴りを繰り出す様はまるで女武闘家だ。


「鼻を折られるか、このまま帰るかどっちか選んで。修道女(オンナ)だからって甘く見るんじゃないわよ」


 ごくりと男が唾を飲む音。

 「覚えてやがれ!」と捨てセリフを残してそそくさと立ち去った。


「ふ、フランチェスカさん……!」

「これが間合いよ。自分の攻撃範囲を知れば強力な武器になるの」


 蹴り上げた足をゆっくり下ろし、そしてスカートの埃をぱっぱっと払う。


「ね、このあとまだ時間ある?」

「ええと……」

 

 腕時計を見る。塾が終わる時間までにはまだ余裕がある。


「まだ大丈夫ですけど」

「OK。連れて行きたいところがあるの。でもその前にダンスゲームしよ?」


 †††


 フランチェスカがダンスゲームでハイスコアを叩き出すと、ふたりはゲームセンターを出て駅へ向かい、電車に乗った。


「どこへ行くんですか?」

「なーいしょ。着いてからのお楽しみよ」


 行き先を聞いてもはぐらかされるだけで、ホームに降りて乗り換え、そこから30分ほど揺られるとようやく目的地に着いた。

 

「ここって……」

「そ! お台場よ!」


 改札口を抜け、階段を上がったところから銀色の球体が印象的なテレビ局が見える。

 「こっちきて」と見習いシスターが手招きするので、学が後に続く。

 歩いて十分は経ったろうか、見習いシスターがぴたっと歩を止め、「ここよ」と指さす。


「ここって……」


 目の前には海が広がり、その上にはレインボーブリッジが。さらに向こうを見やるとビル群が見える。


「うん、お台場海浜公園。ちょっと待っててね」

 

 飲み物買ってくるから、とその場を後にすると学ひとりだけとなった。

 彼女が戻ってくるまで待とうと適当なところに腰かける。

 砂浜にはカップルのほかに、犬の散歩に来ているひともいた。

 そういえば最後に海に来たのいつだろうと、そんなことをぼんやりと考えていると、いきなり頬に冷たい感触が走った。


「ひゃっ!?」

「お待たせ。はい、スポドリでいい?」

「あ、いただきます……」


 頬に押し当てられたペットボトルを受け取る。暑い日が続くこの時にはありがたかった。

 学の隣に見習いシスターが腰かけ、ペットボトルのキャップを開けると、ごくごくと喉に流し込む。


「かっはー! 暑いときにはこれが一番ね!」


 ぐいっと唇についた雫をぬぐう。

 

「どうしたの? 飲まないの?」

「あ、いえ、その……どうしてここに連れてきたんですか?」と学がペットボトルを持ったまま尋ねる。

 フランチェスカは海のほうを向くと、ふたたびペットボトルを傾け、ふぅっとひと息。


「ここね、あたしの友だちだったひとが教えてくれた場所なの」

「そうなんですか……」

「うん、あたしが日本にきてはじめての友だち。もう死んじゃったけどね」


 そう言う彼女の顔はどこか淋しげだ。


「病気ですか?」

「ううん、海外で事故に巻き込まれたの。彼女、ミュージシャン目指してたのよ」

 

 学は真剣に見習いシスターの話に耳を傾ける。


「それ以来、あたしはときどきここに来てるの。ここに来れば辛いことや悩みごとなんて、ちっぽけなことのように思えるの」

 

 彼女の瞳は海と同じように青く輝き、さざ波が静かに、自然の(メロディー)を奏でる。

 

「こういうのは人間には造れないわ。聖書には神がすべてを造った(創世記第1章1節)とあるけど、この点に関してはその通りだと思うわ」

「ぼくもそうだと思います」


 目の前の光景には学校や塾、教科書では学べないようなものがどこまでも広がっている。

 空と水平線のあいまいな境目をぼんやりと眺めていると、隣の見習いシスターがぽつりと呟く。


「懐かしいな……あたしがまだスペインの神学校にいたとき、奉仕活動で行ったモロッコで、いまと同じように海を眺めてたっけ……」

「モロッコ?」

「スペインの向かいにあるアフリカの国よ。ね、聞きたい? モロッコの話」

「聞きたいです。聞かせてください」

 

 なぜかはわからないが、聞いておかなければならない。そんな気がしたのだ。

 フランチェスカがうんと頷く。

 そして、フランチェスカの思い出が彼女の口から紡がれる。

 それは彼女が見習いシスターになりたての、異国モロッコを舞台にした物語――――。


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