第7話 『ある日のふたり』
闇夜に三日月が嘲笑うなか、かつては人であったそれは肉が腐り落ちてところどころ骨が露わになった腕を伸ばしながら呻き声をあげる。
その先にはヴェールを被った頭からは腰まで伸びた金髪、そして修道衣に身を包んだシスター、フランチェスカが立っていた。
人ならざる者が喰らいつこうとした次の瞬間、頭部が吹き飛んだ。いくら亡者と言えども頭部を破壊されてはもう動くことは敵わない。
だが、銃声を聞きつけた亡者どもがわらわらと群がる。
「数が多いわね……!」
見習いシスターが舌打ちをくれると両手に持った拳銃が火を噴く。ブローバックの感触が心地良い。
二丁拳銃による連射は的確に、亡者どもの急所を撃ち抜いていた。
あらかた片付けたところで銃口から立ちのぼる硝煙をふっと吹き消す。
背後から一匹生き残った亡者がシスターの細い首に喰らいつこうとするが、片方の銃口が火を噴いたときはすでに骸と化した。
「BOWEEEEE!!」
途端、地を揺るがすかのような咆哮が辺りに響いた。
地面から現れた、ぶよぶよな醜い体をした怪物がふたたび雄叫びを上げる。
――――ブギーマン!
醜悪な肉体と顔の怪物がフランチェスカのほうを見る。
そして口から涎を撒き散らしながら突進してきた。
「神よ、我に力を」
フランチェスカが祈りを唱えると、二丁の拳銃が光を放つ。
「光あれ!(創世記1章3節)」
光弾が十字を描いてブギーマンの息の根を止める。
十字連撃と呼ばれる神の加護を受けた弾丸を受けたブギーマンはたちまち灰燼へと帰し、フランチェスカが鎮魂のために祈る。
「亡者たちにどうか魂の安らぎを……」
アーメンと十字を切ると、周囲から喝采が飛んだ。
「スゲー! やるじゃん!」
「さすが『二丁拳銃の聖女』の名はダテじゃねぇな!」
「見ろ! ハイスコア更新だ!」
駅前のゲームセンターにてフランチェスカがシューティングゲームの筐体を前にしてピースサインを取る。
「この『サイレント・ヴィレッジ』ってゲームかなりやりこんでるからね! 対策はばっちりよ!」
ふふんと鼻を高くする。
「さあて、いよいよ念願のファイナルステージよ!」
フランチェスカが拳銃を構える。
「……なにやってんすか?」
聞き覚えのある声に振り向く。はたして安藤が立っていた。
「アンジロー!? どうして私がここにいると」
「教会に行ったら姿が見えなかったのと、こないだゲーセンでやりたいゲームが入荷したって言ってたから絶対ここだろうと」
はぁ……と安藤が溜息をつく。
「そろそろ帰らないとまたマザーに怒られますよ?」
「まって! ついにファイナルステージに到達したばかりだから……ってああーっ!?」
よそ見していた隙にダメージを喰らったのか、画面に『YOU DIED』のテロップが流れる。
「せっかくここまで来たのにぃ……アンジロー! あんたのせいよ!」
キッと睨むなか、画面では『CONTINUE?』のテロップにカウントダウンが始まっていた。時間内にコインを入れないと強制的にゲームオーバーだ。
フランチェスカが「コイン! コイン!」とわたわたとポケットを探る。だが、ポケットの中は空だ。
「……ねぇアンジロー」
「イヤです」
「まだなにも言ってないじゃないの!」
「お断りですよ。遊ぶお金を見習いシスターに渡すなんて……」
「そこをなんとか!」
カウントダウンはすでに7を切っている。
「アンジロー! いやアンジローさま! おねがいします! なんでもするから! どうか慈悲をォオオオ!!」
ついには土下座だ。そこにはかの聖フランシスコ・ザビエルの末裔だという威厳は微塵もない。
カウントダウンは4。もう一刻の猶予もない。だが安藤の意思は変わらない。フランチェスカが安藤の足下にすがりつく。
「おねがい! 今月は寄付金そんなになかったから、お小遣いもピンチなの! オーマイガー! ぽる ふぁぼーる ぴえだぁーっ!(どうかお慈悲を!)」
最後のスペイン語はもはや涙声だ。
安藤の足下でフランチェスカがはばからずにわんわん泣く。
周囲から「女の子泣かせるなんてサイテー」とか「男だろ。ゲーム代くらい出してやれよ」とひそひそ声が洩れはじめる。
カウントダウンはもうすぐ1だ。
「~~ッッ! 今回だけですよ!」
安藤が財布から硬貨を二枚取り出して投入口に入れる。チャリンと心地良い音がした。
安藤の足にしがみついて泣くフランチェスカにとってはまさに福音だ。
彼女の涙でくしゃくしゃになった顔がぱあぁっと明るくなる。
「ハレルヤ! 主よ、アンジローを褒め称えよ!」
さっそく銃を構えようとした時、片方をアンジローが手にしていた。
「……え?」
「さっき、なんでもするからと言いましたよね? せっかくだから一緒にやりましょうよ」
このゲーム、俺もやりたかったですし……と付け加える。
「……上等じゃない。足引っぱったりしたら承知しないんだから!」
†††
最後のステージは地下墓所だ。村の地下深くにある墓所は太古からあるらしく、カビくさいすえた臭いが鼻をつく。
壁に空けられた穴には棺桶が並び、物言わぬ髑髏がふたりの来訪者を虚ろな眼窩で出迎える。
「ホント、うすっ気味悪いわね……」
「静かに……この先、なにか邪悪な気配を感じます」
フランチェスカとアンジローがそれぞれ銃を構える手に力を込める。
程なくして目の前に重厚な鉄扉が現れた。
「準備はいい?」
「いつでもどうぞ」
扉の把手に手をかけ、一気に開く。
そこは周りが夥しい数の髑髏で囲まれた部屋だ。その中心に巨大で醜悪な貌が浮かんでいた。
デスヘッド。それがこの怪物の名前である。このゲームのラスボスであり、すべての元凶だ。
デスヘッドの顔まわりに、無理矢理に取り込まれた魂の持ち主の顔が蠢く。恐らくは「殺してくれ」と懇願しているのだろう。
デスヘッドがげたげたとふたりの訪問者を嘲笑う。
「よくぞここまで来た。その勇気を褒めてやろう。だが」
ここが貴様らの墓場だ!
デスヘッドの周囲から怨霊が渦巻き、ふたりにいままさに襲いかかる。
「フランチェスカさん、ザコは俺に!」
レベルアップした銃――ショットガンを構えてトリガーを引く。広範囲にわたって怨霊どもを蹴散らす。
「まかせて! あいつはあたしが倒す!」
こちらもレベルアップで変形した銃、リボルバーを連射させる。
ファニングショットと呼ばれる早撃ちでデスヘッドに45口径弾を喰らわせる。だが……
「チィ……っ! やっぱリボルバーじゃ効き目うっすいわね!」
デスヘッドがげたげた嗤う。
「何人たりとも我に傷をつけることなど敵わぬ! おとなしく我に取り込まれるがよい!」
大口を開けて取り込もうとするその刹那――、横から爆発が起きた。
「ぬぅう……!?」
見ると安藤がサブウェポンの手榴弾を手にしていた。
「フランチェスカさん! あれを!」
安藤が指さすほうを見ると金属の箱が見えた。アイテムボックスだ。
「でかしたわ! アンジロー!」
颯爽とアイテムボックスへと駆ける。だが、それをやすやすと見逃すデスヘッドではない。
「させるかぁああ!」
怨霊がフランチェスカを取り囲む。
「フランチェスカさん!」
だが怨霊どものあげる呻き声で悲痛にも届かない。
「これであとは小僧、お前だけだな。我の血肉と――」
閃光。
ついで爆音が。音のしたほうを見るとアイテムボックスのあるほうだ。
フランチェスカが肩に武器を構えている。対戦車用武器、ロケットランチャーだ。
アイテムボックスは出てくる武器はランダムだが、このゲームで最強の武器を引き当てたのは幸運としか言いようがない。
「……あたしが相手で不運だったわね。こちとら神に仕える身ですもの」
「フランチェスカさん!」
「アンジロー! いくわよ!」
安藤が手榴弾を投げ、すかさずショットガンの引き金を引き、フランチェスカがロケットランチャーのトリガーを引くのはほぼ同時であった。
「GWWHOOOOO!!!」
安藤とフランチェスカによる十字交差――、十字爆聖にさすがのデスヘッドも雄叫びをあげ、そして灰燼へと帰した。
天井から太陽の光が降り注ぎ、あたりを浄めるかのごとく照らす。
『GAME CLEAR』のテロップとファンファーレが流れると、ふたりはハイタッチを交わす。
「やったわ! アンジロー!」
「やりましたね!」
周囲から拍手喝采が起こる。
†††
「それで、どうして遅れてきたのですか? フランチェスカ?」
教会の礼拝堂にてマザーを前にしてフランチェスカはびくびくと怯えている。
「は、はい……ですが、マザー。わたし、今日、不浄なる魂に安らぎと、ある村に安寧の平和を取り戻したんです! ですから……」と手を組んで涙目で訴える。
「それはゲームでの話でしょう! 現実の世界で救いの手を差し伸べなさい!」
マザーの鉄槌がフランチェスカの頭上に降りかかり、悲鳴が礼拝堂中に響く。
『フランチェスカのスペイン語講座』
「オラ! 元気? 今回はマジメにスペイン語講座するわよ」
「出来れば毎回マジメにお願いします」
「今回は旅行でもよく使うキャッチフレーズを紹介するわね。~をお願いします。って意味の『~Por favor』よ。」
「読み方は『ポル ファボール』ですよね? 作内でそう言ってましたし」
「ザッツライト! あとはファボールの前に欲しいものの名前を入れればOKよ。んじゃ実践といきましょ! アンジロー、Donacion por favor.(寄付金おねがい)」
「No!」
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