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第38話 『A Spanish in Paris ~パリのスペイン人~』②


 12時頃――その日のパリは初夏の陽射しに照らされていた。

 そしてシャンゼリゼ大通りのカフェではその日も観光客やビジネスマン、常連客がコーヒーを手に雑談を。

 ウェイターがテラス席のひとつに腰かける女性のもとへ向かう。

 

「Vous avez choisi?(ご注文はお決まりですか?)」


 ヴェールを頭に被った女性が顔を上げる。

 

「Un croque-madame et un noisette s’il vous plaît.(クロックマダムとエスプレッソをミルク入りで)」

「Compris.(かしこまりました)」


 しばらくして女性客――フランチェスカのもとに注文した料理と飲み物が運ばれてきた。

 パンにハムとチーズを挟んでその上にグリュイエールチーズを乗せて焼いたものがクロックムッシュで、さらに目玉焼きを乗せたのがクロックマダムだ。

 ナイフとフォークを使って口に運ぶとたちまち破顔した。


「C’est bon!(おいしっ!)」

「Je vous remercie.(ありがとうございます)」


 あらかた食べ終えてデミタスカップを口につける。

 ここフランスではコーヒーと言うとエスプレッソが出てくるのが常だ。甘党の彼女はミルク入りのエスプレッソを喉に流し込む。そしてふうっとひと息つく様はどこからどう見ても立派なパリジェンヌだ。

 ただし、服装は修道服のそれだが……。

 エスプレッソを飲み干すと見習いシスターがポケットから折りたたまれた地図を取り出す。パリ周辺の地図だ。


 どこから見てまわろうかな?


 現在地はここ、と地図を指さして下へと滑らせればコンコルド広場。さらにその下には世界的な美術館で有名なルーヴル美術館だ。


 やっぱルーヴル美術館は外せないわよね。


 ネット予約で明日のチケットはすでに押さえてある。問題は今日どこを回るか……

 あれこれと考えをめぐらせているとふわりと風が吹いたのでヴェールを押さえる。と、同時に金髪が肩にかかった。指でつまむとゴワゴワとした感触が。


「あちゃー……髪、痛んじゃってるなぁ」


 無理もない。一週間ほどイギリスに滞在し、毎日ロンドンの硬水で洗えば、髪が傷むのは当然のことと言えた。


「伸びてきたし、そろそろ美容院行ったほうがいいわね……そうだ!」

 

 せっかくパリにいるんだからとスマホを取り出して検索を。程なくしてシャンゼリゼ大通りを中心にしてあちらこちらにピンが立った。さすがは流行の発信地、パリだ。

 とりあえず近いところをタッチ。店内の画像が表示される。ところどころに洗練されたセンスが感じられた。


 良さそうね。ここにしよっと!


 電話番号をタッチ。少ししてから受付が出た。


「はい。こちらは『ラ・ボーテ』です」

「予約をお願いしたいのですが、今日空いている時間はあります?」

「少々お待ちを。ええと……15時半なら空きがありますわ」

「構いません。それでお願いします。名前はフランチェスカです」

「かしこまりました。ではその時間にいらしてください。マドモワゼル・フランチェスカ」


 通話を終えるとポケットにしまい、ウェイターに会計を命じる。

 美容院の予約までまだ時間はある。それまで市内観光だ。


 †††


 カフェを出て、特徴的なモノグラムで有名なブランドの本店を右に見ながらシャンゼリゼ大通りを歩く。

 流行の発信地パリらしく世界に名だたるハイブランドの店先では最先端の服に身を包んだマネキンがポーズを取る。

 少ししてからチョコレート専門店が並ぶようになった。そのひとつのショーウィンドウを覗いてみる。

 マーブル柄をしたドーム型のチョコが宝石箱のようなボックスに収められたもの、さまざまな模様をあしらったボンボン、日本でもお馴染みの板チョコなどがカラフルな包装紙に包まれて重ねられていた。

 ガラスの奥で店員が手招きしたので入ってみることに。

 カカオやアーモンドのふわりとした甘い香りがフランチェスカの鼻腔をくすぐる。


「いらっしゃい。良かったら食べてみるかね?」

 

 手招きした鼻の下に立派な髭をたくわえた店員が小さな箱の蓋を開けて勧めてきた。

 瑞々しい葉を思わせる鮮やかなグリーンのドーム型のチョコだ。

 いただきますと受け取って口に運ぶ。かりっと齧ると中身が舌の上に零れだす。その渋いながらもほのかに甘いそれは――


「抹茶だわ!」

「正解! よくわかったね」とウインク。

「お嬢ちゃんが美味しそうに見つめるものだから、食べさせたくなってしまってね」

「あはは……」

 

 チョコ専門店を出て、角を曲がってさらに進むと今度はスイーツ専門店が並ぶ。

 クリームを真ん中に挟んだマカロン、マロンクリームがたっぷりのモンブラン、稲妻が名前の由来となったエクレアなどなど……。

 スイーツ好きな見習いシスターとしてはまさに天国なのだが、資金は無限にあるわけでなし。

 欲望を断ち切るようにぶんぶんと首を振っていると、ちょうどバス停にバスが来たところだ。途中の停留所にエッフェル塔があったので乗ってみることに。


 †††


 バスはセーヌ川にかかるアルマ橋を渡り、そこからラップ大通りへと入る。窓からはそびえ立つエッフェル塔の入り組んだ鉄骨がはっきりと見えてきた。

 すぐさま赤いボタンを押してバスを降りると目の前はエッフェル塔の撮影ポイントとしても有名なシャン・ド・マルス公園である。

 手頃なポイントで立ち止まるとショルダーバッグから伸縮式の自撮り棒を取り出してそこにスマホをセット。下に向けてエッフェル塔の全体が入るようにするとボタンを押してシャッターを切る。


「うん! よく撮れてる! アンジローやまいまいにも送ろっと」

 

 ラインを開いてさっき撮った画像を送信。せっかくだからと電話をかけてみる。

 日本とフランスの時差は7時間だ。だから日本でも土曜日のこの時間なら起きてるはずだ。

 三回目の呼び出し音で安藤が出た。


「ふぁい」


 起きたばかりなのか間の抜けたような声が。


「ボンジュール! あたしいまパリにいるの。写真みた?」

「まだ見でないですげど……」

「アンジロー? 大丈夫? なんか鼻声なんだけど……」

 

 それに答えるかのように咳が二度三度と出た。


「ずみません……風邪ひいちゃっでて……」

「そうなの? カゼのときはハチミツ入りの熱いミルクが一番よ。スペインじゃみんなそうやって治すの。とにかくあったかくして寝なさい。写真はあとででいいんだからね」

「はぁ……ぞうですか……いま家族みんないないんでおどなしぐ寝てますよ……」

 

 じゃあまたを最後に通話が切られた。

 

「だいじょうぶかな……?」


 ふと思いついてふたたびラインを開く。相手はすぐに出た。


「ハロー、まいまい?」

 

 女友達が文句を言う前にすかさず用件を伝える。


 †††

 

 女友達との通話を終えたフランチェスカはエッフェル塔の階段を上っていた。

 エレベーターはあるが、それに乗るためには長蛇の列に並ばなければならない。その点階段ならすぐに上がれる。

 第一展望台に到着するとさっきまでいたシャン・ド・マルス公園が見渡せた。


「わあ……!」


 続く第二展望台ではセーヌ川が見下ろせ、遠くには海洋、人類、フランスの文化財とそれぞれ分野の異なる博物館を有するシャイヨー宮が見える。


「やっぱりパリは絶景ねぇ……あ!」


 腕時計を見るともうすぐ15時だ。予約したヘアサロンの時間まであと30分しかない。

 急いで階段を下りてエッフェル塔を出るとタクシー乗り場へと向かった。


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