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EXTRA 『フランチェスカのいない日』


 昼休み時。安藤の通う高校では同級生が机をくっつけて談笑しながら昼食を口に運ぶ。


「やっぱさぁ題材が大事なわけよ。ありふれたものじゃなくて視聴者が求めているものをだな……」とは同級生の桧山(ひやま)

「お前まだユーチューバーになる夢諦めてなかったのか。こないだ動画の編集の勉強して専門用語ばっかりでわからないって挫折しただろ」とこれも同級生の高木。

「いやまぁそれはそれ。最悪、人を雇ってだな……」

「自分で動画の編集が出来ないユーチューバーって……なぁ安藤、お前もそう思うだろ?」

 

 同級生がくるりと安藤の方を向く。だが当の本人は教科書に夢中だ。


「なあ安藤」

「ん? ああ悪い悪い。で、なんだっけ?」

「や、だからこいつがまだユーチューバーになるのをあきらめてなくてだな……」

「お前休憩中になに読んでんだよ」


 ユーチューバー志望の同級生が教科書をひっつかむ。

 

「なんだ、スペイン語のテキストじゃねーか」

「返せよ。どうしてもわからない箇所があるんだよ」

「そういやお前、ドイツ語取ってたよな。どうなんだ? 難しいのか?」

 

 高木の質問に桧山がぷるぷると首を振って苦虫をかみつぶしたよう顔になる。


「ドイツ語まじでムリ。だいたい分離動詞ってなんだよ……あと単語やたらに長いし……」

 

 こんなことなら取るんじゃなかった……と頭を抱え、そんな彼を見てふたりが呆れ顔に。


「そいや、スペイン語ってカンタンなのか? ドイツ語よりは取っつきやすいと思うんだが」


 うな垂れる桧山を無視して安藤に尋ねる。


「まぁ確かにドイツ語やフランス語と比べたらカンタンだとは思うけど……」


 安藤の高校での第二外国語はスペイン語、ドイツ語、フランス語のみっつだ。


「でもスペイン語だけじゃなくてヨーロッパの言語って男性名詞と女性名詞とかあって名詞に性があるんだよ。それで動詞が変化するってわけ」

「だよなぁ……オレの取ってるフランス語もそうだしな」

「でもスペイン語には中性名詞ってのはないから比較的ラクなんだけどね」


 これに桧山がぴくりと反応を。


「なんだと? スペイン語には中性名詞ないのか? ドイツ語にはあるのに……」

「フランス語にもあるぞ」

「なんで教えてくんねぇんだよ!? ドイツ語取っちまったこの責任どーしてくれんだよ!?」

「俺も知らなかったんだってば!」

 

 ちぇっと舌打ち。


「お前はいいよな。わかんないとこあったら、あの美人のシスターさんからスペイン語教えてもらえるし……」

「ばっ! 彼女とはそんな関係じゃ……!」


 赤くなった顔をスペイン語のテキストで隠す。


 †††


 一方、時を同じくして――神代神社の巫女、舞の通う高校でも同じ光景がそこにはあった。


「でねーそのカレがさぁ……」

「ウッソ! マジで?」

「こないだ渋谷でさ、カワイイ服見かけたんだけど」


 きゃいきゃいと女子同士で盛りあがるなか、舞はもくもくと弁当のおかずを口に運ぶ。


「ねぇ進路どうするか決めたの?」

「わたしとみさは同じ短大に通うの。ねー? みさ」

「あたしファッション専門学校!」

「のぞみ服好きだもんね」

「ねー、舞はどうするの?」


 そう問われて箸を止める。


「ん、あたし大学に行こうと思うの」

「どこの?」

 

 志望校の大学の名を口にする。


「あたし、そこの英文科受けようと思うの」


 舞のその一言で昼食を共にしている女子生徒が彼女のほうを見る。


「それマジで言ってんの?」

「まいって英語ぜんぜんダメじゃなかったっけ?」

「そうだよ! 考え直したほうがいいって!」

 

 同級生が口をそろえて再考をすすめるが、当の本人は「もう決めたの」の一点張りだ。


「自分の可能性に賭けたいの」


 彼女の頑固さは今に始まったことではない。


「そうは言ってもさぁ……」

「というか、あたし中間テストの点数ヤバいから夏休みに補習受ける可能性大なんですけどー」


 あーあ、カレピとのデート時間が減っちゃうーと頭の後ろで手を組んでぶつくさと文句を。


「そういえば、舞ってカレピいないんだっけ? 気になるひととかいないの? なんか浮いた話のひとつくらいはあってもいいと思うんだけど……」

「べ、別に彼氏なんて欲しいとは思ってないし!」

 

 そう唇を突き出して言う。


「まい、あんたってウソつくのヘタね。ウソつく時、そうやって唇突き出すし」と見本を見せるように口をすぼめる。


「へー! 男っ気のないあんたがねぇ」

「ねー教えてよ! もしかしてこのクラスにいたりとかする?」

 

 雑談は進路からいつの間にか恋バナへとシフトチェンジしていた。


「う、うるさい! それ以上根掘り葉掘り聞くと天罰くだるよ!」

「あ、ひどーい! 巫女さんやってるからってそれはないわよ!」

「ウチらただの善良なJKなんですけどー!」

 

 同級生たちの文句に舞はふんとそっぽを向く。それよりも今の彼女には中間テストの英語の点数のほうが問題なのだ。

 自信がつくようになったとはいえ、それで劇的に伸びるものでもない。

 ふと、フランチェスカのことが頭に浮かんだ。


 しょうがないか……ほかに英語に強いひとっていないし……。


 †††


「んー……やっぱり人称変化でつまずくんだよな……」


 学校からの帰り道、単語帳をぱらぱらとめくりながら安藤がそうこぼす。スペイン語の人称変化は初心者が必ずぶち当たる壁だ。

 おまけに動詞によって格が目まぐるしく変化するのも学習の難しさに拍車をかけている。


 フランチェスカさんってこういうのを自然と話してるんだよな……。


 スペイン語だけでなく日本語はおろか、英語やラテン系の言語を流暢に話せる見習いシスターを羨ましく思う。

 

 彼女に聞いてみるか……?


 昼休み中に桧山の言葉が思い出されたが、首を振る。


 いや別に勉強のことで分からないことを聞くのは友人同士でもあることだし!


 そう自分に言い聞かせて納得していると、曲がり角から出て来た人物にばったりと会う。

 神代神社の巫女だ。


「あ、か、神代さん」

「あ、アンジロー。き、奇遇ね」


 お互いぎこちないながらも挨拶を交わす。


「ええと、家に帰るところなんですか? 俺、今からフランチェスカさんのとこへ行こうと……」

「え?」と舞が目をぱちくりさせる。


「あたしも、彼女に用があるの」

 

 †††


「へぇ……そんなことがあったのね……」

「はい。まさかたった一枚の写真で恩人を探し当てるとは思ってなかったんですけどね」


 偶然にも行き先が同じのふたりは会話を交わし、安藤は先日、ブラジルから来たバイオリニストの話を舞に聞かせた。


「やっぱすごいね。あいつ」

「そうですよね。ポルトガル語も話せるんですから」

「それよりもあたしがあいつと京都に行ったときのほうがすごいわよ。だって観光客相手に何ヶ国語も話してたんだし」と今度はゴールデンウィークで起きた出来事を話す。


「そんなことがあったんすね」

「うん、舞妓さん姿のあいつキレイだったよ。(しゃく)だけどさ……あ、教会だ」


 話しているといつの間にか目的地に着いた。礼拝堂の扉を開ける。


「こんにちはーフランチェスカさん」


 だが、呼びかけには反応しない。この時間はお昼寝(シエスタ)ではないからいるはずなのに。

 代わりに住居スペースへと通じるドアからマザーが出てきた。


「あら? 安藤さんと、それに神代さんですね。どうしましたか?」

「実はフランチェスカさんに会いに来たのですが……」


 安藤の隣で舞も頷く。


「そうですか。残念ですが、彼女はここにはいませんわ。いまはイギリスに行ってますから……」

「「イギリス?」」

「ええ。私の神学校時代の友人から助けを求められたので、彼女を派遣させたのです」


 †††


「今度はイギリスかぁ。けっこう色んなとこ回ってるわね」

「この前はメキシコ行ってましたしね……彼女、今ごろはロンドンかな?」


 教会からの帰り道、舞と並んで歩く安藤は遥か遠くにいる見習いシスターに思いを馳せる。

 途端、舞が歩みを止めたので、安藤も足を止める。


「どうしました? 神代さん」

「あ、あのさ。このまま帰ってもその、アレだし……図書館に行かない? あんた英語得意なんでしょ? 勉強教えてくれない?」

「え、あ、別にいいっすけど……」

「なら決まりね!」


 くるりと図書館のある方角へと振り向く。


「そういえば、彼女になにか用があるって言ってたけど、やっぱりスペイン語の勉強?」

「はい。神代さんのほうは英語の勉強ですか?」

「うん……ま、でもたまにはあいつがいない日もいいんじゃない? 静かでいいし」


 だがそう言う舞の唇は突き出していた。


「神代さん、ホントは寂しいんじゃ?」

「う、うるさい! それ以上言うと天罰くだすよ!」

 

 うら若き巫女は耳たぶまで赤くなった。


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