第36話 『REMEMBER ME』⑤
鷹取三郎の隣人であった老婆に礼を述べて別れを告げた三人は駅へと戻って電車に乗った。
鷹取三郎の息子は現在、江東区に住んでいるそうだ。
途中で地下鉄に乗り換えて20分ほどで最寄り駅に着いた。
もらった住所のメモをスマホの地図アプリで探す。家はマンションの5階だ。
エレベーターで上がり、目当ての部屋のインターホンを鳴らすと50代の男性が出迎えた。
「電話で話は聞きました。さ、あがってください」
勧められたスリッパを履いて家の中へ入った三人はリビングに通された。
†††
「確かに私の父です」と写真を手に息子の鷹取洋佑が頷く。
「父は五十年ほど前に出張でブラジルに赴任していました。ですが、帰国後に母が亡くなり、父は失意の底にいました」
「そうでしたか……」
通訳で恩人の身の上話を聞いたジョゼが俯く。
「あの、不躾かとは思いますが、お父さんはどちらにいらっしゃるのでしょうか?」
「残念ながら、父は今はここにはいません」
安藤の問いに返ってきた答えで安藤とフランチェスカが驚く。
通訳せずともふたりの反応でジョゼにも通じたようだ。
「それは、失礼しました……すでにお亡くなりになっていたんですね」
安藤の言葉に息子がきょとんとなる。そしてすぐに手を振る。
「ああいえいえ! そういう意味ではなくて、今は別の場所にいるんです。まだ生きていますよ」
フランチェスカが通訳するとジョゼの顔がたちまち破顔した。
「そ、それでいまはどこにいるのですか?」
「郡山市の老人ホームです」
「コオリヤマシ? それはどこなのですか?」
「郡山市は福島県ですよ。あ、そうだ。この名刺を持っていってください」
洋佑が席を立って電話機の傍の棚から名刺を取り出す。
『たまゆら園』がその老人ホームの名前だった。
「ありがとうございます!」
「いえ、まさか父がブラジルであなたを世話していたとは知りませんでした。ただ……」
「なんでしょうか?」
洋佑は言いにくそうだが、意を決して口を開く。
「たぶんですが、会っても父は覚えていないと思います。息子の私でさえ認識出来ないんですから……」
「それは……いわゆる認知症ですか?」とフランチェスカ。
「はい……母を亡くしたのと、大震災で故郷が津波に飲まれたショックで……」
東日本を襲った大震災はいまだに記憶に新しい。
「それでも、会いに行きます。行かなければいけないと私の心が強く訴えているのです」
本当にありがとうございましたと恩人の息子と握手を交わす。
「郡山駅へは上野駅から新幹線で一本で行けますよ」
マンションを出てスマホを見ながら安藤が言い、フランチェスカが「今から行けばギリギリ間に合いそうね」と腕時計を見る。
そしてジョゼのほうを見る。彼が頷いたのをみてフランチェスカも頷く。
「行きましょう。福島へ!」