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第36話 『REMEMBER ME』③


 マネージャーが異変に気付く30分前――


おいしー!(デリシオーソ!)


 ホテルのレストランにて見習いシスター、フランチェスカがビュッフェの料理をあっという間に平らげる。

 今日の彼女はいつもの修道服(スカプラリオ)でなく私服だ。


「よく食べますね……」

「だって制限時間あるんだもん。時間内に全部食べなきゃもったいないじゃない!」


 スイーツ制覇してくる! と席を立つ見習いシスターを安藤とその兄、一郎が見つめる。


「にいちゃんごめん。フランチェスカさん誘っちゃって。ビュッフェの話をしたら行きたいって言いだして……」

「いいさ別に。ここは以前仕事をした関係で無料券もらってるしな」


 それに、と続ける。


「女の子のわがままは大目に見るもんだ。それがモテる男の秘訣なんだ」

「……にいちゃんずっと彼女いないよね?」

「う、うるさい! そんなこと言うともう二度と連れてってやらんぞ!」

「今のにいちゃん大人気(おとなげ)ないよ!」


 †††


「はー大満腹大満足♡ これで3日はなにも食べなくて済むわ」


 満足げにお腹を押さえながらレストランを出るフランチェスカに安藤は「さっきのスタッフさん、顔が引きつってましたけどね……」と申し訳なさそうな顔だ。


「一郎さん、今日はありがとうございました!」


 ぺこりと頭を下げる。


「いえ、こちらこそお世話になってますから。こんなのお礼のうちに入りませんよ」

 

 フランチェスカが頭を上げてまたまたと返すと、フロントの横で外国人の宿泊客がスタッフに必死になって話しているのが目に入った。


「あの外国人のお客さん、なにか困ってるみたいだね」

「ああ。なんだか言葉が通じないようだな」

 

 弟の隣で兄が頷く。


「ポルトガル語ね。あたし通訳してくる!」


 そう言うと語学に堪能な見習いシスターは颯爽(さっそう)と駆ける。


 †††


「私はこの写真がどこで撮られたのかを知りたいんです!」

「Having said that,I can only speak English…… (そうおっしゃいましても……私は英語しか対応できませんので……)」


 ポルトガル語しか話せないジョゼはなんとかコンシェルジュに意図を伝えようと必死になっていた。

 身振り手振りを交えても通じない。英語が話せないことにジョゼは苛立ちと焦りを募らせる。

 そんな時だった。横から助け船が現れたのは。


「Com licença. Devo ajudá-lo, se quiser?(すみません、よければお手伝いしましょうか?)」


 流暢(りゅうちょう)なポルトガル語を話すのは誰あろうフランチェスカだ。

 思いがけない幸運にジョゼは驚いた。

 「ポルトガル語を話せるのですか?」と少女に問い、彼女が「はい!(シム!)」と答えるとジョゼは思わず破顔した。


「助かります! 実は……」


 フランチェスカが事情を聞き、それをコンシェルジュに通訳する。


「……お話はよくわかりました。ですが、この写真は見たところ古いものですし、住所がわかるようなものがありません……」


 お力になれず申し訳ありませんと頭を下げる。


「そうですか……わかりました」


 フランチェスカの通訳を聞き、ジョゼが落胆する。


「お邪魔しました……」


 そう言って踵を返すと、後ろから「あの」と見習いシスターの呼び止める声。


「はい?」

「なにか事情があるようですが、もしよければ話してもらえますか? 力になれるかどうかはわかりませんが……」

「そう言っていただけると嬉しいです! 私は……」


 先を続けようとしたところへエレベーターからマネージャーが降りるのが見えた。


「ここではまずいので、近くのカフェで話しませんか?」


 ジョゼはマネージャーに見つからないよう三人にそう提案した。


 †††


「なるほど。つまり、この写真の人に会いたいということですね?」

「はい……あ、申し遅れましたが、私はジョゼ・ブランコと言います。ブラジルから来ました」

 

 ホテルから離れた喫茶店でジョゼから話を聞き、その内容を安藤兄弟にも伝える。


「その、手がかりは写真しかないのですか?」と次郎。

「はい……わかっているのは彼が日本人でサブローという名前と、バイオリンが趣味だったことしか……スラムで育った私にバイオリンを教えてくれたのです」

 

 聞けばその日本人が帰国した後も独学でバイオリンを続け、上達していくうちに路上での演奏による稼ぎが増えていき、やがて音楽学校に入学したのだそうな。


「彼に会って、お礼が言いたいのです。彼がいなければ、今の私はあり得ません」

 

 テーブルに置かれた写真を見つめる。


「もちろんバカな事を言っているのは承知しています。初めて会ったとき、彼は二十代くらいでしたから、生きていればかなりの高齢になっているはずです……」


 でも、と続ける。


「やっと日本に来られたのです。彼に会ってお礼を言いたいのです。もし、すでに亡くなっていたとしても、せめて墓参りを……」


 ぎゅっと両の拳を握り締める。


「写真を拝見しても?」

「ええ、どうぞ」


 フランチェスカが写真を取った時、着信音が鳴った。


「私のです。ちょっと失礼……」

 

 そう言うとジョゼは席を立って喫茶店の外へと出る。

 フランチェスカがふたたび写真に目を戻す。やはりコンシェルジュの言うように住所がわかるようなものは見受けられない。裏返してみるが、何も無かった。

 わかるのは家の正門に『鷹取(たかとり)』という表札がかかっていることだけだ。


「たぶん、この人の名前は鷹取三郎ね……でも手がかりが少なすぎるわ」

「せめて住所が分かればいいんですけどね……」


 安藤が写真を取って隅々まで見るが、結果は同じだった。写真をフランチェスカに返す。

 ふと窓のほうを見る。窓の向こうではジョゼがスマホで誰かと話をしているのが見えた。どうやら切羽詰まっている様子だ。


「なんとかしてあげたいけどね……」

 

 ガラスに溜息をつく顔が映る。

 その時、思いついた。そして写真に目を戻す。


 ――いけるかも!


 †††

 

「すみません、仕事の電話でして……」


 マネージャーとの通話を終えたジョゼが詫びながら席につく。

 当然のことながらマネージャーに居場所をしつこく聞かれた。だが、ここで戻るわけにはいかない。


「セニョールジョゼ」

「はい?」

「あなたの恩人の居場所がつかめるかもしれません」

 

 一瞬、彼女がなにを言ってるのか理解できなかった。


「すみません、ええと……それはどういう意味で?」

 

 写真には彼の居場所が分かるものはなかったはずだ。

 「ここを見てください」と見習いシスターの少女が指さす先には写真の左側、電柱だった。

 そこからつつ、と上の方へ指を滑らせる。そこにはカーブミラーが。


「このミラー、よく見ると向かいの電柱が映ってるんです。もしかしたら、住所がわかるものが映っているかもしれません」

 

 「まさか!」とジョゼは写真を手に取る。しかし小さすぎてハッキリとは見えない。

 

「し、しかし……この写真で分かるとは思えませんが……」

「大丈夫です。私にはとても頼りになるアシスタントがいますから。ね? 一郎さん」


 映像クリエイターである一郎にウインク。


「必ず、恩人に会わせてみせますわ」


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