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第33話 『フランチェスカ、京都へ行く』⑥


 翌朝、置屋での朝食を終えると松風と竹春は浴衣から着物へと(よそお)いを変え、「ほな習いごとに行ってきます」と外へ、まだ見習いの小梅は多江の指導による稽古を。

 そして見習いシスターであるフランチェスカは舞の部屋にいた。いつもの修道服(スカプラリオ)でなく私服だ。


「持ってきたよ。これが案内所にあるパンフね。他のところもだいたいおんなじ感じだよ」

「ありがと。まいまい」


 渡されたのは英語版のパンフだ。他には中国語(繁体字・簡体字)、韓国語版のみだそうな。


「まいまい言うなっての……で、どうなの?」

「うん、ざっと目を通した限りでは当たり障りのない文章って感じね。強いて言えばインパクトに欠けると思うの。それに」


 くるっと最後のページを向ける。


「注意書きとかマナーが最後のページにあったら、ここまで読むひとって少ないと思うわよ。おまけにびっしり書いてあるから読んでるだけで疲れるし……」

「やっぱり?」

「うん。というかこのパンフ手に取るひとも少ないんじゃない? 歴史に興味のあるひとが取るような感じよ、これ。ま、翻訳はするけど……」


 そう言うと舞が用意したノートにさらさらと流れるようなスピードで各国語に翻訳した文章を書き連ねていく。

 そのことに舞はあらためてフランチェスカの語学力に舌を巻く。


「やっぱすごいね。あんた」

「そう? ヨーロッパでは母国語のほかに英語やもう一ヶ国語話せる人ってそんな珍しくないわよ」


 ま、あたしは8ヶ国語話せるけどね、とドヤ顔。


 一時間後、ようやく翻訳作業が終わってフランチェスカはぱたりと横になる。

 ノートには母国語であるスペイン語のほかにドイツ語、フランス語、イタリア語の翻訳文が並んでいた。

 むろん、他の言語の翻訳も可能だが、使用頻度を考えればこの四ヶ国語が妥当だと判断したためである。


「あーこんなに頭使ったのひさしぶり!」

「お疲れさん。んじゃこれを母さんのところに持ってくね。観光協会に持っていってもらうから」

「ん、わかった」

 

 戸がぴしゃりと閉じられ、部屋にひとりきりになったフランチェスカはふわぁっとあくびをひとつ。

 スマホを取りだして新作の無料ゲームをインストールして遊び始める。


「おまたせ……って、あたしの部屋であんまごろごろしないでくれる?」

「いーじゃん。ちゃんとお仕事はしたんだし」


 はぁっと溜息をつきながら舞が床に腰を下ろす。


「観光協会にかけ合ってみるって母さん言ってたけどさ……これだけでいいのかな?」

「しかたないじゃない。どっちみち、あたし達が出来ることなんて限られてるわよ。アラビア語とかタイ語の翻訳なんて出来ないし」

「それはそうなんだけど……」

 

 テーブルに肘をつく。それと同時に「入ってよろしおすか?」と小梅の声が戸越しに聞こえた。

 舞から「どうぞ」と許可が下りると、戸が開かれ、お盆を手にした小梅が入ってきた。

 

「おかあさんから疲れているだろうからおやつでもいかがと」とテーブルにお盆を置く。

 お盆には水ようかんと新茶が。


「どうぞごゆっくり。私はこれからお座敷遊びのお稽古がありまして……」

「お座敷遊びってなに?」と興味津々のフランチェスカ。

「お座敷遊びはお客さんと遊ぶことどす。例えば『とらとら』とか『金比羅船々(こんぴらふねふね)』などどすね。有名なのは『野球拳』とか……」

「あ、それ知ってる! じゃんけんで負けたら服を一枚脱いでいくんでしょ」

「それはテレビのなかだけどす。実際はお酒を一杯飲むんどす」


 それでは稽古があるので、と頭を下げて戸を静かに閉める。


「ねぇ、まいまい」と水ようかんをお茶で流し込みながら。

「だからー」

「まいまいってテレビゲームとかする?」

「ん、そりゃたまにはするけど……」

「ああいうのってトリセツとか読む?」

「え? そりゃ読むよ。だって読まなきゃゲーム出来ないでしょ?」

「そこよ! 好きなものとか楽しいものならちゃんと読むと思うの」

「……えーと、つまり?」

「観光客が読みたくなるようにするのよ。いい?」


 フランチェスカがアイデアを話す。


「――というわけ。これなら読みたくなること間違いなしよ」

「ちょ、ちょっとまって。確かに良いアイデアだとは思うけど……そんな技術やお金なんてないよ?」

「ね、映画の007(ダブルオーセブン)って知ってる?」

「スパイ映画のでしょ? それがなにか?」

「主人公の007ことジェームズ・ボンドは兵器開発担当のQ(キュー)の造る秘密兵器(ガジェット)でピンチを乗り越えるのよ。あたしにもいるの。“Q”がね」


 †††


「ふぅ……」


 その日の仕事を終えた安藤次郎の兄、一郎は傍らのカップを手に取ってコーヒーを喉に流し込む。

 その時、机の上のスマホが鳴った。クライアントからだろうかと思い、スマホを耳に当てる。


「ハーイ、一郎さん」

「フランチェスカさん! ということはまた依頼ですか?」

「お察しの通りです。話が早くて助かりますわ」

「それで今回はどんなことでしょう?」

「実は……」


 フランチェスカのアイデアを聞き、相づちを打ち、時々質問を挟む。


「それでしたらすぐに出来ると思います。知人にそれに強いヤツがいるのでなんとかなりますよ」

「ありがとうございます! 頼りにしてます。さすが、あたしの“Q”だわ」

「キュー? それはどういう」


 だが、通話は切られていた。だが、そんなことは一郎には関係ない。

 美少女の見習いシスターが自分を頼ってくれているのだ。それに困っている女性をほうってはおけない。

 

「よし!」


 俄然(がぜん)やる気のでた一郎はコーヒーをひと息に飲み干すと、さっそく仕事に取りかかる。


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