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WANDERERS  作者: 広科雲


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5 開戦

 早朝、フォルクヴァング機内に非常警報が鳴り響いた。当直員のダッドが上ずった声で「ワスプ級発見!」を連呼している。ワスプ級とはアメリカ軍の強襲揚陸艦――上陸用のヘリや小型船の運搬目的に造られた艦である。先日のエア・クッション型揚陸艇も、おそらくこの艦に搭載されていたものであろう。

「子供だけじゃ心配でお母さんまで来ちゃったの?」

 アイリスが目をこすりながら作戦指令室へ入ってきた。頭はボサボサ、服はきのうのまま、顔すら洗ってはいない。それでも短時間ながら深い睡眠が得られたので、体調はいくらかはマシであった。

「冗談言ってる場合じゃないですよ。甲板のスーパースタリオンが離陸準備をしてます」

 海岸線を中心に仕掛けておいた監視カメラの一つが海上のワスプ級を捉えていた。最大望遠で映るそれに、ローターを回すヘリの様子が映っている。

「哨戒任務じゃなくて?」

「兵士を詰め込んでましたよ。そんなの上陸目的以外ないでしょ!?」

 ダッドがアイリスに説明した。推測なのは彼も含めてフォルクヴァング内にいる11名のクルー全員が民間人であるからだ。もともと彼らはアメリカの企業オックスコープの一技術者に過ぎない。それがとある事故に巻き込まれて、遠く離れた異国で母国の軍と事を構えるようになってしまった。

「それでなんで親亀まで来るわけ?」

「知りませんよ。航続距離を考えたら必要ないと思うんですけどね。……ヘリ、さらに増えましたよ!」

「団体さん?」

「そうですよ! 彼ら本気ですよ!」

「落ち着きなさい。四国にユーラシア連合軍は侵攻していない。アメリカ軍は建前上、大規模な実戦部隊を上陸させ、ドンパチなんてできないわ」

「待ってください。通信です」

 それはフォルクヴァングに直結する無線コードだった。なぜそれを米軍が知っていたのか、不思議に思う余裕はアイリスにもなかった。ダッドは慌てて通信を外部スピーカーにつないだ。

『正体不明の攻撃機に告ぐ。武装解除し、身分を明らかにせよ。我が軍への度重なる武力行動、および日本領への侵攻・占拠に対し、我が軍は日本との同盟を遵守し、排除するための強硬策をとる準備がある』

「そう来たか……」

 アイリスは頭をかいた。予想をしなかったわけではないが、こちらに本腰を入れてくるまでにはまだ時間があると考えていた。

『提案に従い武装解除に応じるならば、二時間以内に回答されたし。なお、返答なき場合は、先のとおり強硬手段に訴え、テロリストに相応の罰を与えるであろう』

 日本方面総司令官ラルフ・ブルックナー中将の命令で、ワスプ級から指揮を執るルイス・バリー大佐は淡々と告げ、通信を切った。

「つまらん任務だな、大尉。たかが輸送機一機と形ばかりの人型兵器を相手に、なぜこんな大義名分を繕うのか。とっとと攻撃してしまえばよいものを」

「ですが、昨夜届いた情報ではあの輸送機にいるのはどうやら各分野の熟練者エキスパートのようです。確保優先は人的資源と人型兵器の情報収集を考えてのことでしょう。それに相手は民間人です。本気の武力を見せればすぐに降伏すると思われます」

「そうだな。そうなれば上々、無駄金を使わずに済む。それにしてもいいタイミングで情報が入ったものだ。おかげで作戦が立てやすくなった」

 バリーは腹をゆすって笑った。

「……だがまぁ、どこにでも無駄な抵抗をしたがる低能はいる。いちおう予定通りに動くとしよう。ブルックナー閣下によい報告を持ち帰るためにな」

 バリー大佐はご機嫌でブリーフィングを始めた。

 機嫌のいい敵に対するのは、不機嫌な味方である。テロリストの烙印を押されたフォルクヴァングの面々は、作戦指令室に集まって今後について話し合っていた。大まかに二派。降伏か、交戦か。彼らには逃げる場所がない。四国を飛び立つのはもちろん、バラバラに散ったところでいずれアメリカか連合に捕まるだろう。

「ボクは本気で祖国と戦う気なんてなかった!」

 ダッドが顔を蒼白にして机を叩いた。昨夕の不安がこうも早く的中されては感情を押し殺すのは不可能だった。

「わたしが隊長に選ばれたとき、はじめに言ったんだけどねぇ。怖いならここから離れなさいって」

 アイリスは日本茶をすすりながら、のほほんと言った。彼女自身の去就はすでに決しているので、ついてきた部下たちの処遇をどうするか考えるだけである。

「離れてどこへ行けって言うんだ! 帰る手がかりはここにしかないじゃないか!」

「そうね。でも結局わからずじまい。だから選択は二つ。投降して生きるか、最後まであがいてみるかなのよ」

「ボクは降りる。事情を説明して理解を得られるとも考えにくいが、殺されることはないだろう」

 若者は主張し、乱暴に椅子に腰かけた。

「わかった。他に降伏に従う人は?」

 アイリスの問いに、三名が手を上げた。うち一人に、オルトン・バーネスがいた。彼女がもっとも信頼していた人物だった。同期であり、フロント・ライナー計画開始当時からの参加者であり、プライベートでの付き合いもあった。それだけに胸が痛い。しかし感傷に浸っている暇はなかった。

「……了解。車で港まで行きなさい。そこから通信を送ればいいわ。それとこの資料を持っていきなさい。全部じゃないけど、フロント・ライナーの基礎データが入ってるわ。これで有利な条件で交渉できるはずよ。あと、わたしに巻き込まれてやむなくやったってことも忘れずに。ただ、あのことを話すかどうかはそちらで決めて。わたしは賛成も反対もしない」

 アイリスは立ち上がった。

「今まで本当にありがとう。もしわたしたちが奇跡的に生き残って、戦争が終わったら、また会いましょう」

 深く、深く頭を下げた。

 離脱組も心が痛まないわけではなかった。だが、彼女のように命を懸けるほどの勇気も義理も理由もない。一人、また一人と彼女から逃げるように部屋を出ていった。

「アイリス」

 最後の一人、オルトン・バーネスが彼女の前でとまった。

「……オルトン、やっぱりあなたがリーダーをやるべきだったのよ」

 アイリスは彼にだけ聞こえる声でつぶやいた。

「誰がやっても分裂は避けられなかった。問題が解決しないかぎり、いつかはこうなっていた」

「そうね。そうなんでしょうね。でも……」

「おまえはよくやっている。オレの期待を裏切るほど、立派にな。だからオレはおまえと違う道を選ぶ。それだけのことだ」

「どういう意味?」

 オルトンは答えず、手の中の物を差し出した。

「頼まれていた物だ。いちおう全員分、作っておいた。これが最後の仕事になっちまったな」

 受け取ったのは、4センチ四方のプラスチック・ケースに収められた電子機械だった。

「……ありがとう。助かるわ」

 オルトンはアイリスの肩を軽く叩き、部屋を出て行った。

 アイリスはその背中を扉が閉まるまで見送った。それから深く吐息し、残ったメンバーに向き直った。

「さて、五人……いえ、七人ね。よく残ってくれたわ」

 見渡す中にニーメイアとヒユウの姿はない。ニーメイアは集合の呼びかけに「ここが居場所だから」とサクラ・フレイアスのメンテナンスを黙々とこなしていた。ヒユウは言わずもがなだ。サクラ・フレイアスに乗り込み、いつでも出られるように待機している。

「といってもね、ぶっちゃけ、することないのよね。フレイを出しちゃったら武器もないわけだし」

 アイリスは「あはは」と笑った。

「だからやっぱり解散なのよ。降伏組に付いていくもよし、嫌なら逃げて。必要な物があったら何でも持って行っていいから。現金はないけど、質草になりそうな物ならあるし、うまく町に馴染めば大丈夫」

 彼女の声は少し上ずっていた。

「なに言ってんだ、覚悟は決めてんだよ。あいつらは人としてやっちゃならねぇことをした。同じアメリカ人として、できるかぎり日本につぐなわなきゃいけねぇ。もちろん死ぬのはゴメンだが、ギリギリまではやらなきゃな」」

 メンバーの中で最年長の黒人男性が言った。マルターは技術屋というより軍人といった風貌だ。サクラ・フレイアスの装甲などの整形を担当しており、あのセーラー装甲服も彼の仕上げである。左胸のオリジナル校章がチャームポイントだ、と自慢していた。

「それにお嬢だけじゃ補給まで手が回らないだろ。短時間で効率よく戦闘継続させるにはチームワークが必要だぜ」

 お嬢とはニーメイアのことである。マルターは開発グループ内で最年少の彼女をそう呼んで可愛がっていた。当人はそれに反発はするが、本気でイヤがってはいないようだった。ニーメイアはオックスコープに雇われるまで、まともに女の子扱いを受けてきていなかったので気恥ずかしく、対処に困っているようである。

「そうよ。それに、あれも出すんでしょ? だったら調整作業が必要じゃない?」

 ウェーブがかった髪を根元で結んだ女性。サラという名で、アイリスとともにフロント・ライナーの基本OSを完成させた情報技術士である。

「ええ、わたしが乗るわ。みんなを巻き込んだ責任は――」

「あれにはオレが乗ろう」

 扉を開けてソウルが姿を現した。

「ダメです! あなたはこの件に無関係です。即刻降りてもらわないと――」

 彼にテスト・パイロットは頼んだが、実戦での出撃までは望んでいなかった。あくまである装置の発動実験を手伝ってもらいたかっただけなのだ。それも結局はうまくいかず、再設計が必要となったが。

「一宿一飯の恩義ってのがある。この世界にはないか?」

「ですが……」

「それに行くアテもない。探してくれるんだろ、オレの相棒を。それまでのことさ」

「……わかりました。お願いします。ですが、無理はしないでください」

「了解だ」

 ソウルは軽くアイリスの頭を叩いた。彼女の小さな姿は昔を思い出させる。三十年前のアーリマン戦争のあと、一人残された彼女の姿を。

「オレはハーツを殺すまでは死ぬつもりはない」


 ハーツは最悪の目覚めを強制され、「ウルセェ!」と怒鳴りながら飛び起きた。

「なんだってんだ、この音は!」

「サイレンってやつだね。危険を周囲に報せる鐘と同じさ」

 ブラディも寝起きらしく、半目で頭をガシガシと掻きながら隣の部屋から現れた。

「なんか言ってんぞ?」

「ん~、緊急警報? アメリカ軍が潜入したテロリストを攻撃するとか。戦火拡大に備えて避難しろって言ってるわね」

「アメリカ軍ってなんだよ?」

「この国が戦ってる相手じゃない? あれ、同盟国だっけ? どっちでもいいけど、戦争がはじまるってことね」

「そりゃ面白れェ。飛び入り参加すっか」

「どっち側で?」

「やるなら軍隊だろ? オレはテロリストだからな」

 「よく自分をわかってるじゃない」ブラディは笑った。

「でも、とりあえずは食料を手にいれたいわね。アンタ、備蓄ぜんぶ食べっちゃったでしょ」

「回復にはメシだろ。そういやハラ減ったな。調達はテメェに任せた。オレはもう一度寝る」

 ハーツは倒れた。が、数秒もたずして飛び起きた。

「あー、ウルセェ! まずはあのサイレン止めやがれぇ!」

 ハーツのわがままにブラディは肩をすくめ、小屋一帯に【静寂】の魔術をかけた。


 四国全域に響くサイレンは柊白夜にも聴こえていた。

「ツカサ、一葉たちはまだ見つからないか?」

「う、む……。いつもならあやつの魔力はすぐに感知できるのだがな。例の召喚魔術のせいか、妙な干渉波が邪魔をする」

「急いでくれ。あいつが早まってこの戦争に首を突っ込むのは避けたい」

「あやつは正義漢だからのぉ。しかしワシらは中立でなければならぬ。例えどんなに口惜しくとも……」

 過去に戦争で家族を亡くしたツカサには、今の状況は看過できなかった。しかし、力で屈服させるのであれば、それは敵と同じなのだ。あのとき、ツカサは両親に守られた。世界にたった一つの遺産を託され、生きるように願われて。

「ツカサ、米軍の侵攻先へ行くぞ。そのほうが早道かもしれない」

「ああ、そうじゃな」

 柊白夜とツカサ・サイモンは空間跳躍した。


 「チ、めんどくせぇことになった」

 伊吹一葉は舌打ちした。何一つ解決しないまま、事態ばかりが悪化する。唯一の好情報は、レイルズの仲間のいる方角が知れたことだろう。

「本当にこっちでいいんだな?」

「レイルズさんから借りた魔石の反応からすればたしかよ。初めて感じる魔力だもん。間違いない」

 ソウルの持つ『金剛尖刀ダイヤモンド・ニードル』は、魔力を含んだ石――聖石でできている。レイルズの護符にも同じ材質が使われており、試しに魔力を追ってみたところ反応が見つかったのである。

「ハーツの持つ剣も聖石なんですが、そちらに引かれているってことはないですよね?」

 レイルズが確認した。

 天条マナは再度【探知】魔術を発動させる。かなり広範囲までアンテナを伸ばしているので、魔力消費量が半端ではなかった。もっとも、それを供給している一葉は苦とも感じてはいない。それだけ容量が桁違いなのだ。

「うん、似たような反応はあるけど、同じのはこっちから」

「そうですか、よろしくお願いします」

「おい、似たようなってことはレイルズさんの敵も範囲内にいるってことじゃないのか?」

「範囲内だけど方向は正反対だから。それよりこれって、放送にあった米軍が向かってるほうじゃないかな。巻き込まれてなきゃいいけど」

「そりゃマズイな。はじまる前に急ぐとしよう」


 ふと、気配を感じて空を仰ぐと、氷雨氷は伊吹一葉と天条マナの姿を捉えた。もう一人、男がいたが見覚えはない。少なくとも白夜ではなかった。三人は空中で会話をし、すぐに消えた。その際、天条マナが南西を指さしていた。

「むこうか。ミズチがいれば簡単に追えるものを」

 三十分後、氷雨は車を強奪し、彼らの後を全速力で追った。


 フラフラと大阪の街をさまよっていた四倉朱希しくらあきは、垂れ流されるニュースを耳にして喉の奥で笑った。

「死は、そこにあるのか」

 彼は目標を定め、歩き出した。


 アメリカ軍の対テロリスト作戦を聞き、もっとも焦ったのは倉敷を占拠していたユーラシア東部連合軍の范勇ファンヨン少校であった。同時期に四国へ侵攻とは、タイミングが悪いにも程がある。もしやこちらの動きに気づき、掣肘するために架空のテロリストを仕立て上げているのではないかとまで疑った。

「ふざけおって、何がテロリストか。米軍(おまえたち)のほうがよっぽどテロリストだろうがっ」

 彼の物言いは乱暴だが、その実、的を射ていた。アメリカは日本の同盟国でありながら、やっているのは侵略行為である。たしかに救援物資運搬や救助活動も行ってはいるが、主要施設は押さえ、報道規制もかけている。表立ってはいないが、市民への暴行・略奪行為も少なからずあった。

「こっちは正々堂々、宣戦布告をして侵攻している。よっぽど道義的かつ紳士的ではないか」

 周囲の部下はあえて口を挟まなかった。

「こちらも動くぞ。部隊の準備はできているか?」

「アメリカと直接戦うのですか?」

 さすがに黙って聞き流せない。戦うとなれば、それなりの戦力が必要である。しかも正確な情報は何一つとしてない。

「そんなのは状況しだいだっ。二時間以内に揃えられるだけ揃えろ」

 部下たちは顔を見合わせた。誰も彼も不安しか浮かんでいない。

「いいか、今、四国で何が起きているのか、何が潜んでいるのか、速やかに情報を手に入れ、速やかに撤退する。なにより我が隊が四国の地を踏んだというのが大切なのだ」

 概略だけの作戦を伝えられ、不安は濃くなるばかりである。


 サクラ・フレイアスはすでに起動し、いつでも出られる態勢を整えていた。マルターが運転する四輪駆動車には弾薬、予備バッテリー、予備パーツが山のように積まれている。車にはニーメイアも同乗しており、現場での修理も即対応できる準備がなされた。彼女が前線に出ていく件に関しては全員が反対した。だが、オルトンが去り、アイリスが輸送機で指揮をとらねばならない現状、サクラ・フレイアスの緊急時に対応できるメカニックは彼女しかいない。消去法と彼女自身の希望で、ニーメイアは最前線に立つこととなった。

『大丈夫、あたしがゼッタイ守ってあげるから!』

 サクラ・フレイアスは親友に親指を立てて請け負った。

「マルターさんも、危ないと判断したらすぐ逃げてくださいよ」

「わかってる。さすがに死にたくはねぇ」

 心配するヒユウに、大きな笑い声で返す。

 その隣の格納ブロックでは、アイリスとサラが忙しく計器をいじっていた。

「ソウルさん、頭痛はないですか?」

「ああ、だいぶマシになった。まったくないわけではないが」

「今はこれで精一杯ね。BIOS(バイオス)調整にだけ時間をかけていられない」

「動かせるならいい。多少の苦痛は覚悟の上だ」

「では、再起動します」

「了解」

 アイリスとサラは、ソウルのそばを離れた。

 ハッチが閉まり、巨人が立ち上がる。

『おっきいね。あたしよりプラス5メートルくらい?』

 フレイアスがそれを見て言った。

 白い鋭角的なデザインで作られた世界初のフロント・ライナー、FLX01。全長15メートル、基本重量17トン。標準装備は両腕部に収納されている超振動ブレードと、肩に取り付けられた20ミリ機関砲。サクラ・フレイアスと異なりマニュピレーターはなく、手首にオプションの銃火器を直接つけるアタッチメント・タイプである。

「男前だよなぁ。むこうがよかったなぁ……」

『む~』

 ヒユウのボヤきに、フレイアスは怒りを覚えた。

『性能は圧倒的にこっちだもん! 戦ったらゼッタイ負けないもん!』

「わかったわかった。今さら乗り換えようなんて思わないって。なんだかんだで慣れちまったからな」

『そーだよ、コンビ歴だってあたしたちのが長いんだから!』

 「なんの話だ」外部スピーカーを通して聞こえてくる痴話ゲンカに、マルターは呆れた。

「ソウルさん、ゆっくり歩いてください。マニュアル操作ではないので、気を付けて」

『わかってる。頭で考えればいいんだろ?』

「そうです。その機体は完全BIOS操作が可能です。慣れればマニュアルより早く正確に動かせます」

『やってみるさ』

 BIOS――脳波感応運用システムの略称である。パイロットの脳波をダイレクトに受け取り、操作にフィードバックするシステムで、義手や義足などにも使われている。欠点は脳波を拾うシステムが過敏であるため、意識を操作に集中していないと誤動作を起こしやすい点と、長時間の使用が脳に負担をかけ、頭痛を引き起こすところだ。その欠点を補うため、試作三号機グレイ・フレイアスはナビゲーション・システムに人工知能と疑似感情を持たせ、パイロットの思考を柔軟に取り込めるよう開発された。もっともその人工知能のおかげで、ヒユウはBIOSに頼らなくともマニュアル操作で事足りるようになったのだから皮肉な話である。

 しかし、試作一号機FLX01のナビゲーション・システムには人工知能も疑似感情もない。すべてがダイレクトに返ってくるのである。やれと命令すれば実行し、やめろと伝えれば停止する。パイロットの状態などかまわずリアクションするのだ。それは人が扱うにはピーキーすぎる。

 だからといって、初心者がフロント・ライナーを実戦で使うにはBIOSに頼らざるを得ない。車どころか自転車にも乗ったことがない異世界人に、数時間でマニュアル操作を覚えさせるほうが無茶である。

「あんまり考えすぎないで。直感でいけるから」

 普段、他人に緊張した顔を見せたりしないアイリスも、今回は違うようだった。

「女性を心配させるようじゃ、騎士団長は務まらないな」

 ボソッとつぶやき、今は使わないレバーを握った。操縦には直結しなくとも、何かを掴んでいるほうが安心感はある。

「歩け!」

 フルフェイスのヘルメットに、外の景色が映る。機体の眼から見た映像を、3Dで投射していた。さらに人間や物など、認識できる物体に太枠がついてクローズアップされる。データがうるさいようであれば、検索項目を絞ることでシンプルな画像にもできる。

 白い巨人は一歩を踏み出した。二歩目でふらつくが、オート・バランサーが体勢を立て直す。

『倒れないのはいいが、こちらの予測と違うのは気持ちが悪い。バランサーを切るにはどうすればいい?』

「切ったらまともに歩けないですよ」

 サラが忠告する。

『歩けるようにする。要は自分の体がデカくなったと思えばいいんだろ? だから切ってくれ』

「わかったわ。機能を一部切り離したいときは、ツールを呼んで。『ツール照会』と言えばリストが出てくるわ。機能が分かっているなら『ツール照会、オートバランサー、オフ』で。機能を有効にしたいときは最後を『オン』と言って」

 ソウルはすぐにオートバランサーを切った。

 とたん、立っていられなくなり一号機は倒れた。

『ますは起き上がることから、か』

 ソウルは深呼吸をして、はじめの一歩に取り掛かった。

「やれやれ、あれならマニュアル操作のほうが楽なんじゃないか?」

 マルターはヒユウにパイロットとしての意見を求めた。

『たしかに走るくらいならマニュアルのが楽でしょうね。でも、それなら車といっしょです。人型の兵器が戦うのはそういうレベルじゃないんです』

「そうなのか?」

『手足のように、ってのは形容じゃなくて、実際そうしないと空き缶一つ撃ち抜けません』

『えっらそー。火器管制はほとんどあたしがやってるのに』

「だからそういうことだよ」

『な、なにが?』

 フレイアスはからかったつもりなのだが、ヒユウは真面目に返してきた。

「おまえはオレの意思を汲み取ってそれができるからスゴイんじゃないか。あっちはそういうフォローが一切ないんだ。今、オレが乗り換えてもソウルさんと同じようになるだろうな」

『え、なにそれ、あたしが優秀だって褒めてるの?』

「だから褒めてるだろ」

『えへへ~』

「すぐ調子にのるポンコツだけどな」

『む~』

「はいはい、そっちの二人うるさい。ジャレあうなら外でやりなさい。ついでに相手の動きも調べてきて」

 アイリスからの通信を受け、ヒユウは「わかりました」とサクラ・フレイアスの操縦レバーを握りなおした。

『軽く偵察したら戻ってきます。マルターさんはここで待っててください』

 補給車上のマルターから「おう」を聞き、サクラ・フレイアスはローラー・ホイール(タイヤ)を回して走り出した。

 サクラ・フレイアスが海を臨む断崖に着いたのは、勧告から一時間を過ぎたころだった。南西方向に港が見える。そこに四輪駆動車が停車し、四人の男女が立ち尽くしていた。先ほどまで同じ輸送機にいた仲間たちであった。

 サクラ・フレイアスの望遠レンズで様子を調べると、通信機に向かって話すオルトンががいる。米軍とコンタクトをとっているのだろう。

 と、激しいローター音が聞こえた。

「スーパーコブラ! いつの間にこんなところに……!」

 どこから現れたのか、一機のヘリコプターが崖を沿うように上昇し、サクラ・フレイアスの頭上を越えていく。

「あいつら、はじめから約束を守る気なんてなかったんだ……!」

 ヒユウは急いでアイリスに連絡を取った。

 セーラー服を着たピンク色のロボットは、ヘリのパイロットに捕捉された。

「オー、セーラームーン・ロボ!?」

「日本人の考えることはまったく理解できん」

 スーパーコブラが旋回し、戻ってきた。ターレットがサクラ・フレイアスを追い、20ミリ機関砲を放つ!

 サクラ・フレイアスは撃たれる前に動いていた。機動性を活かし軌道を読ませないようにし、森の木々を利用する。こちらが応射すると、敵も危うさを感じたのか一旦距離をとった。

「ここでコブラとは思いもしなかった。こっちの武装は20ミリだけか。キツイな」

『むこうはミサイル(ヘルファイア)がついてるしね』

「距離を取られたらなぶり殺しだな……」

『なんのこっちは未来を担う最新兵器だよ。武器がなくてもなんとかなるって』

「ならないっ。そもそもフロント・ライナーってのは地上の前線を押し上げるための兵器だろ。戦車とか装甲車相手に近接戦闘するために造られてて、対空戦闘はオプション兵器がなければダメだ」

『へぇ~』

 「ポンコツめ……」ヒユウは頭を抱えたくなった。自分のマニュアルを百回くらい音読しろと言いたい。

「というわけで逃げるぞ!」

 サクラ・フレイアスを疾走させ、輸送機へ向かう。

『コブラがまた方向転換したよ。距離は2000オーバー。あれ、こっちの20ミリ、ダメじゃん』

「ほら、こうなったら何もできないだろ?」

『えー、あたしってヘリも倒せないのぉ!?』

「倒せないわけじゃない。武器があればやれる。だから取りに戻るんだよ」

『そっか。……あ、大変、ヘリおかわりだ』

「なんだって?」

『コブちゃんじゃないね。スタリオンが3』

「輸送ヘリ……? 上陸するのか?」

 スーパースタリオンは内一機がヒユウと同じ方向へ、二機が北西へと進路をとっている。

『あの一機、あたしたちの輸送機を狙ってる?』

「そうだな、おそらくそうだ」

『あれなら落とせるよ。やる?』

「もちろん……いや、待て、墜落したら乗員は死ぬよな?」

『当たり前じゃん。どしたの、今さら? 今までだってたまたま死人が出なかっただけで、直撃してたら死んでるよ』

「その言い方……」

 今になって自分の行為に震えがくる。同時に、アラート。

『ヘルファイア、来る!』

「回避!」

 『あいよぉぉぉぉぉ~!』木々の隙間をジグザグに走り抜ける。

 左で爆発が起きた。爆風が届き、サクラ・フレイアスは二回転がり、素早く立ち上がった。おろしたての自慢の服が泥だらけだった。

『ヒュー、大丈夫?』

「ああ、助かった。だけど次も避けられるって保証はないな」

『大丈夫だよ、あたしがいるから!』

「心強いな……」

 ヒユウは大汗をかいていた。死にかけたことよりも、殺しかけたほうが心に重くのしかかる。彼は人を殺した経験がない。覚悟を決めて前線に立ったものの、できればしたくはない経験だった。それまではフレイアスの正確な射撃に助けられてきたものの、今回はどうあがいても血を見ずには終われないだろう。それと気づき、ヒユウの手は震えだした。

『ヒュー?』

「怖いな、これは。今になってようやくわかったよ。正しかったのは降伏した人たちだ。普通の神経じゃ、人殺しなんてできるはずがない……」

 フットペダルに込めていた脚がニュートラルに戻っていた。ホイールがとまり、サクラ・フレイアスは彫像と化した。

 『わかるけど、ダメ』フレイアスは自己判断でホイールを再び回した。

『怖くても、間違いだとしても、今はいかなきゃダメ。あそこにはお姉ちゃんもみんなもいる。引き金は、あたしが引くから』

 「フレイ……」ヒユウの震えは止まらない。けれど気持ちも止まれない。逃げるか戦うか、敵か味方か、殺すか殺されるか、どちらかを選ばなければならないなら、わがままに選ぶべきだ。自分の代わりはいないのだから。

「わかった、まずは帰ろう。そしてみんなを守ろう」

『うん!』

「それとそこの倒木を拾っておけ」

『これ?』 

 長さ三メートルほどの杉だった。根元が腐って倒れたらしい。

「隊長に連絡。スーパースタリオンが一機、そっちに向かいました。おそらく降下作戦だと思われます」

『ヘルファイア、来るよ!』

「ヘリとの直線上に倒木を投げろ! 投げたら回避!」

『とりゃぁ!』

 ハンマー投げの要領で倒木を投げる。ほんの一瞬でヘリの方向と距離を正確に探知し、放るタイミングを計算したのはさすがである。

 ジャストミートとはいかないが、予想以上にうまく掠った。ヘルファイアは進路を崩され、地表にぶつかった。爆風で前方にスライディングするサクラ・フレイアス。

「来るのがわかってても余裕はないな」

『あー、泥だらけー』

「次来る前に行くぞ」

『コブちゃん、距離を詰めてきてるよ!』

「当たらなくて痺れをきらしたか。あの二発でどれだけ税金の無駄遣いしたかしれないしな」

 軽口を叩くが余裕はまったくない。

 と――

 空に一筋の火球が伸びていった。そして衝撃波が周囲を揺らす。

「フレイ、なんだあれは?」

『あれってたぶん……ヘルファぁ!』

「クソォ!」

 回避がきわどい。ヒユウは反射的に20ミリ機関砲を乱射した。体勢が悪く、運も悪く、ホイールが土に滑った。近距離で命中し、爆発した。

 右の膝とホイールに大きなダメージを負ったが、死なないだけマシだった。もしスカートがなければ大腿部からもげていただろう。

 フォルクヴォルク輸送機は見えている。しかし、サクラ・フレイアスは動けなかった。

「今度は当てるぜ!」

 スーパーコブラのガナーが照準を合わせる。三度も的を外され、いいかげん頭に来ていた。

 トリガーを引く。

「ここまでか……!」

 ヒユウは覚悟した。もう避ける術はない。

『ねぇ、ねぇねぇ、あれ……!』

 最後の最後まで騒がしい相棒に、ヒユウは少し気持ちが楽になった。穏やかな死だな、と思った。

 爆発が起きる。

 が、衝撃は襲ってこなかった。

『ヒュー、あれ見てって! 赤い光の壁があるよ!』

「なんだって?」

 ヒユウは目を開き、状況確認を急いだ。

 ミサイルの爆発はサクラ・フレイアスの眼前で起きていた。しかし赤い巨大な円と、中に描かれた奇妙な模様が、盾のように衝撃からヒユウたちを守っていた。

「ギリギリ間に合ったかな。こっからはあたしが相手よ!」

 サクラ・フレイアスの前に、赤毛の女性が浮かんでいた。

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