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WANDERERS  作者: 広科雲


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2 異世界からの放浪者

 それは別の世界の出来事。

 グレストキアと呼ばれる大陸の片隅で、一人の男が暴れていた。

 黒髪と黒服と黒大剣を、赤が鈍った黒で染め上げ、彼は命を狩り続ける。眼前に立つ敵。武器を振るう敵。背中を見せ逃亡する敵。泣き叫び命乞いをする敵。ただ気に入らない敵。敵。敵。敵。

 彼の周囲には敵しかいなかった。常に敵しかいなかった。それは自身が決めたことわりで、違う答えがあったのかもしれない。しかし彼は目を背けた。すべてを無視し、望むままに生き続けてきた。

 そのツケを払うときがきたようだ。

 何百もの死体の平原に、二人の男が対峙していた。両者ともに肩で息をしており、疲れはありありとわかる。しかし眼光は鋭く、瞬きすら忘れて相手を凝視し続けた。

「ハーツ、さすがのお前も限界のようだな」

「オレの限界をテメェが決めんなよ! あァ、団長さんよォ!」

 ハーツの『暴風テンペスト』と呼ばれる魔力を帯びた大剣が唸りをあげて騎士団長に襲いかかる。

 ディーン騎士団団長ソウルは魔石を削り出して造られた二本の短刀で、破壊の一撃を受け流した。大剣の切っ先が大地をえぐる。

 老人と呼ばれる年齢に足をかけている騎士団長だが、その眼は未だ鋭く獲物を狙っている。疲労の極みにあっても眼を逸らせない敵がここにいるのだ。

「どうしたハーツ。魔物に成り下がり、大陸の王を目指した悪魔が、ついに膝をつくか?」

「オレは、思うまま、自由に、生きた! 後悔なんぞねェ!」

「その後悔のなさに散っていった無念の魂の嘆きを、おまえに思い知らせてやる」

「ン十年分の恨みつらみってわけか。そいつァ楽しみだ」

 振るわれる剣。受け流しそこない、ソウルは危うく右の短刀を落としかけた。心がいくら猛ろうとも、肉体には限界がある。しかし彼は折れるわけにはいかなかった。世界で唯一殺したいほど憎い男に、たった一言を言わせるまでは。

「本当に後悔はないか?」

「あ?」

「後悔はないのか? 誰かに残す言葉もないのか?」

「なに言ってやがんだ、テメェ……」

 ソウルの『金剛尖刀ダイヤモンド・ニードル』が光の刃を伸ばし、一直線にハーツの左肩を刺した。彼の二刀は魔力を与えることで刀身が自在に変化する。彼がもっとも得意としているのが、刀身を槍のように伸ばす技である。

 ハーツは小さく呻いたが、ニヤリと笑った。傷は浅く、刃が抜かれるとすぐに傷口が塞がっていった。彼は三十年前から人ではなくなっていた。魔物と人間の混血児ではあったが、それまでは普通の人間より身体能力が多少優れている程度だった。それが三十年前の大戦を境に魔物化が進み、今では若い肉体を保持したまま、不老不死と呼ばれるほどの生命力を持つに至っている。

「言葉で隙をつくたァ、セコイやりかたじゃねェか」

「おまえ相手ならどんな策も正当だ。もう一度訊く、おまえに後悔と残すべき言葉はないのか?」

「しつけーぞっ。なんだってんだ、殺し合いの最中によ!」

 ソウルは改めて刀を握りしめ、構えた。

「オレがおまえを許せないのは、たったの一言もないからだ」

「ああ?」

「ただ一言残せ。彼女に、ミレイユに!」

「……!」

 ハーツは脳髄に電撃を受けた。それはまったくの気のせいである。しかし、この西部連合直轄警察組織『ディーン騎士団』団長から出た名前に、ハーツは引っかかるものを感じた。

「謝罪は期待しない。別れでも名前でもいい。何か残せ。そして死ね」

 ハーツは口を開いた。知らずうちに声を出そうとしていた。何を言うのかわからない。本当に言うのかもわからない。ただ、ゆっくりと、たしかに、口が、開く。

「そこまでだよ!」

 ソウルの頭上に、魔術の弾丸が降り注いだ。彼は魔刀ですべて打ち払い、天を見上げる。空中で腕組みをする女魔術師がいた。

「魔女、ブラディ、邪魔をするな! ハーツはもう終わりだ!」

「終わらせないよ。ハーツにはまだ役目があるんでね」

 ブラディが再び魔術を唱えはじめる。しかし、彼女の詠唱よりも早く、十数本の矢が魔女を襲った。

「無事ですか、ソウルさん!」

 ディーン騎士団副団長レイルズが、弓兵を引き連れて現れた。

「助かった。あの魔女をしばらく抑えてくれ。その間にハーツにとどめを刺す」

「わかりました。今日で決着をつけましょう」

 「おう」と答えて、ソウルはハーツとの距離を詰めた。

「……どいつもこいつも、好き勝手いってんじゃねェよ」

 ハーツの額に第三の目が開いた。三十年前、実父である魔物・アーリマンを殺したときから、怒りが爆発すると起きるようになった。そして開眼するたびに彼の体は魔物へと近づいていった。

「【爆砕ばくさい】!」

 ハーツは大剣を地面に突き立てる。黒銀の魔剣『暴風テンペスト』に蓄えられた魔力が爆発する。

 ソウルは顔をかばい、後ろへ飛ぶ。が、威力はすさまじく、足元の地面ともども吹き飛ばされた。

 「ハーツぅ!」近場にいたブラディも巻き込まれ、瞬間移動が間に合わなければ死ぬところであった。

「あのバカ、キレるとすぐ見境がなくなってさ!」

 ブラディはあらかじめ仕込んでおいた呪符を空中に撒き散らした。風に流され飛んでいくかと思われたそれは、整然と並び、ハーツの頭上を円を描いて回り続けた。

 呪符で描かれた円から光が落ちる。真上から見ることができたなら、魔術陣とわかったであろう。それも高位の召喚術である。

「魔界六頭目、クォ・ヴァ・イル様、あなたさまの願いここに叶えん。六頭目が一人ハーツを贄に、受肉されんことを!」

「テメェ、魔女、オレを売りやがったな!」

 ハーツは叫ぶが、それ以上の動きがとれなかった。

「アタシらの関係をなんだと思ってんだよっ。アンタと同じように、アタシはアタシの野望のために生きてんのさ!」

 ブラディは高く笑った。

「ソウルさん、これは……」

「あの魔女、ハーツの終わりが見えて土壇場で別の悪魔に身を売ったらしいな。ハーツにしたら自業自得ってヤツだが、こんなところで新しい六頭目に来られたら全滅だぞ」

「死にかけのハーツをたおすほうが楽ですね」

「そういうこった」

 よわい五十を過ぎても、ソウルとレイルズは軽口を叩き合い、たがいを鼓舞できる仲間であった。

 ソウルの『金剛尖刀ダイヤモンド・ニードル』が光の槍と化し、ハーツの心臓めがけて伸びていく。

 「させるかいっ」ブラディが魔術障壁を発生させ、槍の穂先を止めた。

「あなたがお留守です」

 ソウルを陽動に魔女の背後へと回っていたレイルズが、とっておきの銀の矢を放った。狙い過たずブラディの腹部に突き刺さる。

「今です!」

 ソウルが本命をハーツへと叩き込む。それは刹那の差であった。

 魔術陣が膨張し、ハーツを中心にソウル、レイルズ、ブラディを巻き込んで光の柱が天へと伸びていく。

「これは、オレたちも贄になるってオチか?」

「いえ、どうもおかしいです。空が、地面になってます」

 「なにを――!?」レイルズに倣うように、ソウルも天を見上げた。そこにはあるはずの空はなく、地面が見えた。

「……なんなんだ?」

 今の状況を忘れ、ソウルは天空の大地を見つめた。

「これは召喚術……? アタシのほうが召喚されてるってのかい……?」

 腹部の傷もかまわず、ブラディも呆然と呟いた。

「どーいうこった、これは!」

「呼ばれてる……。間違いなく召喚呪文だよ。どこか、かなたから、声が……」

「おい魔女、わけわかんねーこと言ってねェで、オレの体を解放しやがれぇ!」

 ハーツの叫びは白い光に溶けた。四人は互いの姿を見失い、静寂の中に閉じ込められた。

 次に気付いたとき、そこは異世界だった。


 真徒会日本支部情報局局長ミズチは上機嫌であった。真徒会の悲願ともいえる魔導書アデプトロスがついに手に入ったのである。

 彼は山奥の廃屋にこもり、魔導書をむさぼり読んだ。真の目的地へ運搬するための協力者が来るまではまだ時間がかかる。なぜならその協力者は米軍内部の同志であり、彼らの紛れている本隊はまだ四国の地を踏んではいない。それを言い訳に、彼はアデプトロスを独占していた。

「ふむ、わたしの力でも術式を変えればこれくらいはできるということか……」

 本を手にして二日、ミズチは不眠不休で魔術の勉強に励んだ。今の彼は魔力さえ持続すれば四国を独力で抜け、安全に目的地まで行くことすらできる。にもかかわらず協力者を待っているのは、目的地に着いてしまうとアデプトロスを手放さなくてはならないからだ。そうなっては次にいつ偉大な魔導書に触れられるかわからない。できうるかぎり知識を身につけておきたかった。

 そんな充実した時を過ごす雇い主に比べ、傭兵はイラついていた。

「何をしている、柊白夜ひいらぎびゃくや。このオレと戦うためにさっさと来るがいい……!」

 氷雨氷ひさめひょうにとって、宿敵との対決は心踊る出来事であった。それまでのはりあいのない退屈な殺し屋稼業が柊白夜と遭遇して一変した。同じ紋章使いであったのも僥倖ぎょうこうである。自身のすべてをぶつけても殺せなかった男。思い出すだけで興奮する。

 だが、未だライバルは現れない。彼らにとって大切な秘蔵書が盗まれたというのに、いったい何をグズグズしているのか。

 しかしながら当のライバルが氷雨を追っているとして、ノーヒントでこの場所を突き止めるのは難しいだろう。ここは林業が盛んであった頃の休憩所として建てられた小屋である。放置され十数年は過ぎていた。周囲は荒れ果て、雑草に埋まっている。ここに人がいるとは考えもしない場所だった。

「よし、ではこの術を試してみるとしよう」

 ミズチがスキップでもしそうな軽い足取りで小屋を出ていった。氷雨もあとを追った。文句の一つも言わねば気が済まなかった。

「敵はいつ来る?」

 ぶしつけな質問は、ミズチの気分を大きく害した。

「わかるはずがない。そもそもこちらとしては来ないほうがいいんだ。あなたは雇われの身なのだから、おとなしく――」

 ミズチは氷雨の眼光を受け、言葉を飲み込んだ。正論で黙らせられる相手ではないと肌で感じた。このような相手には、多少なりとも餌が必要であった。

「……ところでこれから魔術のテストをするが、敵が感づいてやってくる可能性もある。そのときは排除を」

 氷雨はニヤリとした。

「思う存分にやれ。何が来ようと守ってやる。仕事だからな……」

 「絶対に仕事と思っていないだろ」とはミズチは口にしなかった。「それは頼もしい」と声に出して、彼に背を向けた。

 月が赤く見えた。こういう日はたおしがいのある敵が現れる予感がした。

 そんな氷雨の願望をよそに、ミズチは空中に指を走らせる。魔力を込めて見えない魔術陣を描いていた。

「【隕石召喚メテオ】!」

 何もない中空に拳ほどの黒い石が突然現れ、猛スピードでミズチの指さす場所へ落ちた。夜の林に、大きな衝撃と音が響く。

「おお、こんな簡単に隕石召喚ができるとは……! よしもう一度」

 次に描いた魔術陣は、先ほどの倍以上あった。呼び出された隕石もそれに合わせて大きい。

「ほう、ほう、ほう、ほおォォォ!」

 体中が痙攣けいれんしたかのように震えた。

「もしかしてこれなら、か、神さえ召喚できるか……?」

 興奮が収まらない。しかしさすがに腕試しで召喚してよいものではない。

 そんな葛藤を氷雨は馬鹿らしく思う。それにいっそ適当なモノを召喚してもらったほうが柊白夜もこの場所を発見しやすくなる。

「何を迷う。成功すればおまえが救世主だ」

「わたしが、救世主……!」

 魅惑的な言葉だった。真徒会信者であればこれほど憧れるステータスはない。ミズチの腹は決まった。

 彼は本を調べ、異世界門ゲートの開き方を予習する。完全なる魔導書(アデプトロス)と言えど、神の召喚という項目はなかった。あるとしてもミズチには読めなかった可能性がある。しかし彼自身は、自己を過大評価していたので『はじめから書かれていなかった』と決め付けている。しかたなく、もっとも近しい召喚術を試すほかになかった。

「いざ、【異界召喚サモン】!」

 地面に書かれた魔術陣から光が昇っていく。高く、高く伸び、夜の闇を光が切り裂くように見えた。

「来る、来るぞ! わたしにはわかる、これは、来るゥ!」

「まさか、本当に……?」

 氷雨は予想外の光景に目を見張った。ミズチの魔術が成功するとは思ってもいなかった。成否にかかわらず術を発動し派手になれば宿敵・柊白夜が来るだろうと期待していただけだ。それが想像以上の結果を出そうとしている。

 光の柱が細く、薄くなっていく。空中に四つの発光体が残っていた。が、うち二つは流れ星のように遠くへ落ちていった。

 残った二つはすぐ近くに落ちた。氷雨とミズチは手近な発光体のほうへと走った。

「人……?」

「神だ、神が来たのだ! 神は自らに似せて人を作ったというではないか! だからこれは神だ!」

 狂信者の発言を氷雨は真に受けなかった。黒髪、黒装束、黒い剣。おまけに血の匂いが染みついている。これは同じ人種だ。氷雨は直感した。

「悪いことは言わない、拘束しておけ。こいつは危険だ」

「な、何を言う。彼は神だぞ!」

「だろうな、死神とか疫病神とかの部類だが」

「キサマ、神に向かって――!」

「そうだ、もう一人も近くにいるはずだ」

 氷雨はミズチに「縛っておけ」と再度命令し、もう一人の落下地点を目指した。

 落ちた場所はすぐに見つかった。だが、えぐれた地面をさらすだけで、いるはずの人間はいなかった。

「ここはどこかしら?」

 頭上から声をかけられ、氷雨は振り返った。薄紫の衣装を着た若い女が木の枝に腰かけていた。顔つきからして日本人ではない。

「……なんだって?」

 氷雨が聞き返す。

 今度は女が表情を曇らせた。

「言葉、通じる?」

「何を言っている?」

 二人ともに言葉が通じていないとわかった。ブラディも氷雨も複数の言語を習得していたが、そのどれにも当てはまらない。

「どこの国なわけ、ここは。もしかしてホントに異世界に召喚されちゃった?」

「まさか本当に異世界から召喚したというのか? 神ってわけではなさそうだが」

 ブラディはともかく、氷雨も異世界の存在を否定はしていない。魔術もあれば紋章なんて力もある。超能力もあるのだろう。ならば平行世界や異世界だけを否定するのはナンセンスである。

 二人はたがいの眼を見た。意思疎通はできそうである。敵対行動をとる様子もない。それに、同じ臭いがする。血と、暴力と、裏切りの香り。

 氷雨が両手を挙げて見せた。ブラディは意図を理解し、地面に降り立った。

「氷雨氷」

「ブラディ」

 世界は違っても人間としての常識は共通ルールであるらしい。初めの一言は名前だけでいいのだ。言語ではなく、音で自分を伝えるのである。

 氷雨は背後を指さし、歩き出す。ブラディが五歩遅れてついていく。もちろん、互いに警戒は解いていない。

 数歩といかず、二人が目指す方向から男の叫び声が聞こえた。

「まさか、さっきの男か!」

 氷雨は走り出したが、ブラディの歩調は変わらなかった。

「あら、ハーツったら、さっそく一人殺しちゃったの? 気が短いわね」

 ブラディの予測は外れた。ハーツといえど未知の領域に連れ込まれ、いきなり情報源を殺すほど短絡ではなかった。情報を得るために締め上げている最中であった。

「だから拘束しろといったんだ」

 現場に着いたとき、ミズチは片手で吊り上げられていた。呼吸ができずにもがいているが、どうにもならずパニックを起こしているようだった。

「お、もう一人いやがったか。おいテメェ、ここはどこだ?」

「言葉なら通じないぜ」

 氷雨は肩をすくめた。

「なんだそりゃ、話す気がねーってのか?」

 ミズチをブン投げ、愛剣『暴風テンペスト』を氷雨に向ける。

「やる気はない……といっても伝わらんだろうな」

 氷雨は両の手から炎の鞭を発生させる。

「ほう、おもしれー魔法を使うじゃねーか」

「なかなか、楽しめそうだ」

 二人は舌なめずりした。

「はいはい、そこまで」

 林を抜け出たブラディが、手を叩いた。この二人が出会えばまずぶつかるであろうことは予測するまでもなかった。しかし何もわからぬまま情報源を殺されてはたまったものではない。

「とめんな、コイツは楽しませてくれそうなんだよ」

「情報が入ったら好きにしなよ。このままじゃ、アタシら帰れないよ?」

 「チッ」ハーツは舌打ちし、剣を下ろした。様子から察して、氷雨も炎を収める。

「で、魔女、テメェはコイツらの言葉がわかんのかよ?」

「ぜーんぜん。初めて聞くわ」

「ダメじゃねーか」

「記憶イメージを読む【心読解】という魔術があるから、それで少しはわかるようになるわよ」

「なら早くやれよ」

 ブラディは氷雨に近づき、手を頭に伸ばそうとした。当然のように彼は身をかわす。反撃されなかっただけ穏便であった。

「彼はダメね。たとえ言葉が通じても試させてもらえないわ」

「もう一人いるだろ」

 小屋に叩きつけられて気絶しているミズチを指す。

 ブラディは【心読解】を実行した。この世界の魔素マナが薄いのか、普段よりも数倍の時間がかかった。

「さっき使った【飛行】もそうだけど、術の行使が重いわね。周囲の魔素マナも少ないし、不便なところだわ」

「何をブツブツ言ってやがる。何かわかったのか?」

「魔術の効きが悪いのよ。わかったことはこの男がアタシらを召喚したってことと、召喚術に使った魔術書があるってことくらい。あとはもう、同じような服を着た一団の儀式だとか、その中心で自分が讃えられてる幸せな映像が見えた程度」

「魔術書? そこの本のことか?」

「ああ、それそれ」

 ブラディは落ちていたアデプトロスを拾い、ページをめくった。瞬間、莫大な知識が頭に流れ込んできた。

「これ、なに、すごい……。こんな、こんな魔術があるなんて……!」

 ブラディは一気に本を流し見た。おもしろいように知識が蓄えられていく。

 五分後、彼女は気絶しそうになりながらも耐え、笑みさえ浮かべた。

「この本はすごいわ。知らない魔術がこんなに……!」

 再びミズチに近づき、もう一度【心読解】を試みる。今度はアデプトロスに書かれていた術式である。

「ああ、読める。こんな深くまで読めるなんて。なに、魔術じゃない? 銃? ミサイル? 星なの? 太陽ってそういうものなの? これが宇宙……!」

 ブラディは恍惚であった。彼女の心は今、昔の純粋に魔道を探究していた頃に戻っていた。

「そこまでだ!」

 氷雨は危険を感じ、彼女をミズチから引きはがした。ブラディは途中から、日本語を話していたのである。必要以上の知識を、わけもわからない異世界人に与えるわけにはいかない。まして相手は魔術師なのだ。あの男以上に手が付けられなくなる恐れがある。

「フフ……、もう遅いけどね」

「魔女めッ」

 氷雨はこの場でブラディを始末すべきと判断した。男のほうが黙っているとは思えないが、さしあたっての危険度は女のほうが高い。

「大丈夫よ、今は何もしないわ。今はね。それにこの世界にも術者はいるようだし、全員を敵に回して無事でいられるなんて思ってないわ」

「帰り方はわかったのだろう? ならば早々に消えろ」

「それがちょっと無理なのよねぇ」

「なぜだ!」

 氷雨が詰め寄るが、その後ろからハーツが割り込んでくる。

「おい、魔女、その男と話ができるようになったのか?」

「ええ、おかげさまで」

「なら帰る方法もわかったんだろうな?」

「わかったけど、無理なのよ」

「なんだと?」

「あのとき、アタシの召喚術と彼の召喚術が同時に発動したの。それでこうなった。同調しちゃったわけ。だから帰るにはまた向こうとこちらで同時に召喚術を発動しなきゃダメね」

「ンだとォ? そんなの無理じゃねーか」

「だから無理だって言ってるじゃない」

 ブラディは妖しく笑った。ついで、氷雨にも同様の説明を日本語ですると、彼もまた舌打ちをした。

「これからどうする? ハーツ」


 天粂マナは何度か行われた召喚術の気配を正しく感じていた。距離はここからそう遠くはない。しかし、わかっていても動けずにいた。

「どうした?」

 伊吹一葉が焚火に薪をくべながら訊いた。彼らは人気のない河原でテントを張っていた。このご時世、ホテルなどやっているわけもなく、かといって泊まるあてもない。それにこういう生活には慣れていた。魔物退治をしているときは、いつもテント暮らしであった。ホテルに魔物が出現するケースは滅多にないのだから。

「え、別に。おばさんたち早く来ないかなって」

 マナは表情を隠して答えた。それに気づかないほど、二人の距離は遠くはない。

「おまえな、丸わかりなんだよ。隠し事をするならもっとうまくやれ」

「……ごめん。けっこう強力な召喚術が使われたみたいなの」

「召喚術? 神だか悪魔だか呼ばれたのか?」

「そこまではわかんないよ。でも、発動したのは――!」

 ふと術を感知した方角を仰ぎ見る。と、小さな光が流れ星のように飛んでいった。眼の錯覚か、本当の流れ星かもしれない。

「一葉、光が落ちた」

「なに?」

「召喚術の発動場所から、光がいくつか落ちたの。なにかが召喚されたのは間違いないわ。確かめに行きましょう」

「つっても、正確な場所はわからないだろうが。それに白夜さんとバァさんを待たねーと」

「もう三日も無駄にしてるのよ。これ以上は待てない。せめて何が起きているか偵察だけでもしておかないと」

「……」

 一葉は腕組をして唸った。

「一葉、行こう」

「……あくまで偵察だからな」

「うんっ」

 焚火の始末をし、最低限の荷物だけを背負う。二人は【瞬間移動】で夜の空を駆け抜けていった。


 接近する物体アリ。

 大型輸送機フォルクヴァングの仮眠室で眠っていた青年は、枕元に置いてあった通信機の呼出音で起こされた。発進を促すアラートが点滅し、画面には飛来する物体のデータが送られてきていた。

「数1、大きさ2メートル以下、質量100キロ以下、材質不明で照合データなし? なんだそりゃ」

 格納庫へ走りながらデータを流し見する。少なくともアメリカやユーラシア東部連合の爆弾ではなさそうだった。

「フレイ、行けるか?」

『あったりまえでしょ。ヒューが遅いんだよ』

「人間には睡眠が必要なんだ」

 ピンク色の巨人の胸に収まり、H・M・Dヘッドマウントディスプレイを被る。

BIOS(バイオス)正常。起動準備開始。3、4、5。サクラ・フレイアスとの接続完了」

『BIOSリンク完了。各部駆動系正常。ニーム、いい整備ありがとね』

 ニーメイアが親指を立てて応えた。

「それで隊長、具体的な任務はなんです?」

『正体不明の飛翔体はすでに落下。ポイントは特定済み。二人には落下物の確認と、安全であれば回収をお願い』

 輸送機の操縦室からアイリス・コールが応えた。『二人』とはヒユウとサクラ・フレイアスをさしている。彼女は自分が手がけた兵器を人間と同様に扱っていた。それどころかたがいに家族とすら思っている。

「了解。……これってオレたちの事件と関係ありそうですか?」

『さぁ。でも、そうであってくれると助かるわ』

 疲れているな。通信機のむこうの彼女の声に、ヒユウはそう思った。この三ケ月、昼夜問わず気を張っているからだろう。そしてこの先も気を緩められる時間ができる予定もない。現状は、無計画に流されているだけなのだから。

「せめて寝る時間くらいはな……」

『なにか言った?』

「いえ、独り言です。サクラ・フレイアス、出ます」

 フットペダルに力を込め、脚部ローラー・ホイールの回転を上げる。独特の金属音を残して人型兵器は疾走していった。

 人気のない山林に基地を置いているとはいえ、どこに敵の目があるかわからない。音は消しようもないが、照明はすべて落として進む。そんな芸当ができるのも、ナビゲーション・システムが優秀であるからだ。

 人型戦術兵器サクラ・フレイアス号に搭載されている自律思考型ナビゲーション・システム・フレイアスには疑似感情付人工知能(エモーショナルAI)が組み込まれている。、経験を積ませることで成長し、状況に最適な運用と機体への負荷低減を実現している。戦術アドバイザーとしても有用で、戦況に応じた武器の選択、回避運動までも自動で行える。最悪の状況下――パイロット負傷時など――でも適切な行動ができるようにプログラムされていた。はっきりといえばパイロットなしでも戦闘を行えるのだが、サクラ・フレイアスの基礎を作ったアイランズ博士は、あえて登録者の命令がなければ行動制限を受けるシステムを組み込んでいた。その理由は語られていない。

『この道せまいー』

「ボヤくな。そもそも道じゃないんだから当たり前だ」

 なだらかな坂となっている林を、器用に抜けていく。ときおり枝にこするが、せいぜい塗膜がはがれる程度であった。

「帰ったらまた塗ってよね」

「知ってるか、おまえの維持費で一番かかるのが塗料とワックスだって。隊長がため息ついてたぞ」

『いくらなんでもそれはないでしょ』

「費用はともかく手間は一番だろうな」

『むー』

 サクラ・フレイアスは機動兵器としては最高級である。パイロットのヒユウ・イルマもそれは素直に認めていた。人型構造は兵器としては不安定である。ましてや身長が10メートル弱という大きさだ。しかしながらそれを感じさせない俊敏さと器用さを持っていた。一般的に不利な地形とされる湿地帯や砂漠も、オプションを必要とするが活動可能である。崖でさえマニュピレータとウインチ・ワイヤーを巧みに使い登っていける。唯一不可能なのは水中くらいだった。また、頭部に搭載された各種センサーも一級品が積まれている。中でも光学レンズは10キロ先の蠅を捉え、風力や温度などの様々な障害要素を素早く演算し、狙撃する腕もある。

 にもかかわらず、ヒユウは彼女・・をポンコツと呼ぶ。冗談と本気を織り交ぜて。

 テスト・パイロットを任された彼は、出会って三秒でロボットと口喧嘩するという歴史上類をみない経験をした。

 着こなしが悪いからヤだ。臭いからヤだ。うるさいからヤだ。優しくないからヤだ。操縦下手だからヤだ。とにかくヤだ!

 ヒユウは初搭乗から三十分後には、なぜ兵器に感情がいるのかと上司であるアイリス・コール部長に食ってかかった。彼女は部下の反抗に声を荒げはしなかった。ただ笑顔で「それがあなたの仕事」とだけ答えて彼を追い返した。

 その後、『お姉ちゃん発言事件』や『フレイ暴走事件』などいろいろとあって二人?は和解し、相棒としてたがいを支えていた。

『もうすぐ目標ポイントだよ』

「何か反応はあるか」

『んーと、あ、あった。二時方向、160メートル。あれ、この反応、人間だよ』

「地元の人間か? 数は?」

 ヒユウはペダルを緩め、サクラ・フレイアスを止めた。顔が緊張にこわばる。

『数は1。暗視とサーモ画像をモニターに出すね』

 ヒユウが被っているHMDに、サクラ・フレイアスが捉えた映像が転送される。一部木の陰になってはいたが、たしかに人がうつぶせで寝ているように見える。

「兵隊ではなさそうだな」

『だね。でも変な服着てない? アニメのコスプレ?』

 中世ヨーロッパの騎士物語に出てくるような鎧と、両手には刃物らしきものが握られていた。

「兵士ではないと思うが、判断つかないな。あまりに奇抜すぎる」

『とりあえず威嚇射撃してみる?』

「あんなところで死んだふりの待ち伏せってのもないだろ。もう少し近づいてみよう」

『あいさー』

 サクラ・フレイアスはゆっくりと接近する。が、相手からはまったく反応がない。振動や音が届いていないはずはないのだ。用心に用心を重ね、ついには倒れている男に手が届く距離まで来ていた。

「寝てるのか、死んでるのか」

『体温、脈拍は正常だよ。寝てるんじゃない?』

「静かに持ち上げてくれ。用心してな」

『うん』

 サクラ・フレイアスは両手で彼を救い上げた。かすかに呻いたが、目は開かなかった。五十半ばの壮年男性。金髪だが、白髪もずいぶんと混じっている。年齢の割に、よく鍛えられた体つきをしていた。

「日本人じゃないな。顔認証で登録がないか検索してみてくれ」

『出ないと思うよ。それで、どうするの?』

「隊長に連絡。白人男性救助と写真添付で。あとは連絡待ちだ」

『はーい』

 二十分後、命令を受けてサクラ・フレイアスは帰投した。救助した身元不明者を連れて。


 沖ノ島からおよそ300キロの海上に、ラルフ・ブルックナー中将が指揮する艦隊が停泊していた。彼の任務は同盟国・日本の援護と救援活動であるが、もちろん名目に過ぎない。ブルックナー艦隊の正式呼称は日本方面攻略艦隊といい、日本を侵略するユーラシア東部連合軍を撃退し、アメリカ合衆国の領土とするために派遣されたのである。

 司令官不在の第七艦隊を麾下きかに加え、地盤となる九州・沖縄の占拠までは順調に進んでいた。が、それ以降がうまくいかずにいる。

 第一に、ユーラシア東部連合との戦闘である。これは予測の範囲内に収まっていたが、予測範囲内ギリギリのラインであるのが彼を苛立たせた。統合参謀本部では、中国とロシアが連携する確率を低く見積もっていたのである。それどころか両国の関係が悪化すると主張していた者もいた。可能性は否定すべきではないが、最悪のシナリオに流れては参謀本部の楽観を唾棄したくもなる。

 第二に、四国の異常な粘りである。未だ上陸さえできてはいないのだ。名目が援助である以上、強行作戦はとれない。援助を呼び掛け、合法的に上陸し、懐柔しつつ管理下に置くのが理想だった。だが四国の住人は敢然と拒否し、自治防衛をしていた。それが可能であったのは、アメリカも連合も、実のところ現段階で四国の有用性が見いだせないからだ。日本の主戦場は本州であり、足がかりは九州や北海道で事足りる。ゆえに四国攻略は甘くもなるし、無理もしない。だからといって放置しておいてよいものでもない。後日、戦術的な活用法が出てこないとも限らないのだから。

 そう気づいて九州制圧が終わった頃合いに四国へ向かったところ、予想外の反撃にあった。それが第三の要因であり、ブルックナーには何より腹立たしい。

「それで、あれについて何かわかったのか?」

 ブルックナーは情報参謀からの報告を受けるために貴重な時間を割いた。全体を統括する身としては、イチ地域のさらに局所の戦場に構っている暇はないのだ。だが、敵兵器が未知の物ともなれば彼の裁量も必要となる。

「所属・目的は未だ不明です。外見と装備から最新鋭の戦術兵器であるのは間違いありませんが、それだけです」

「ではなぜ呼んだ? わしは暇ではないのだっ」

 ブルックナーは机に置かれた写真の束を叩き落とす。苛立ちを隠そうともしなかった。

「敵の通信を一部傍受できました」

「本当か?」

「はい。先日の上陸作戦を阻止された際ですが、退却時に敵の無線を傍受しました。お聴きください」

 ブルックナーは情報官からヘッドホンを受け取り、耳に当てた。三つの名詞と三人の声が聞こえた。

「……いずれも若い声だな。一人の女は口調からして子供か?」

「分析の結果、その声は合成音声のようです。『機械』と言っているところもありますので、おそらく人型兵器のナビゲーション・システムなのではないかと」

「なるほど。サクラ・フレイアスというのが人型兵器、ヒユウというのがパイロットか。そしてフォル……ナントカいうのが敵の基地だな」

「そのフォルクヴァングと呼ばれるのは、おそらくあの日、東京上空に現れた航空機の名前でしょう。名前に意味があるかどうかはわかりませんが、フォルクヴァングとは北欧神話に出てくる女神フレイアの宮殿を指します。人型がフレイアスと呼ばれていることから、由来は北欧神話からで間違いはなさそうです」

「サクラ、というのは?」

「日本語のチェリーと思われます。あのロボットの色をサクラ色と表現することがあります。日本にいるのでそれらしい名前で付けたのではないかと」

「北欧ならロシアと懇意の国が四国に送ったか?」

「それでしたら北海道もしくは本州北側に配備するはずです。本州も押さえずにわざわざ四国へ派兵する理由が考えられません。それに東部連合が四国を押さえているという情報もありません」

 「ふむ」ブルックナーはまた可能性を探った。

「日本の自衛隊にはあのような兵器がないのはわかっておる。となれば、中立を宣言しているヨーロッパ圏のどこかが日本の援助をしているというのか……」

「ないとは言い切れません」

「もしそうなら面倒だな」

 ブルックナーは自慢の口髭を親指で撫でた。考え込むときの癖である。現在のヨーロッパは中立の立場をとっている。それが陰で日本の援護をしているとなれば、アメリカの敵はユーラシアの東だけでは済まず、全体にまで膨れ上がることとなる。

「あくまで可能性の問題です。たとえそうであっても宣言がされていない以上、日本に立て籠もるテロリストに過ぎません。それに、合流する部隊もありません。単独行動と考えて間違いはないでしょう」

「ふむ……」

 情報官の言は正しい。ブルックナーは難しく考えすぎていた気がした。

 追い打ちをかけるように情報官は進言した。そのような権限はないにも関わらずだ。彼は単純に、フレイアスと呼ばれる人型兵器に興味があったのである。

「本気で攻撃いたしますか?」

「どういうことか」

「あれはアンノウンです。どの国にも所属していないたいへん危険な兵器です。……いえ、もしかすると、中国かロシアが密かに送った最新兵器かもしれません」

 ブルックナーは意味を理解し、ニヤリとした。

「……それでは仕方ないな。敵国の兵器ならばどうにかせんとな。日本は我がアメリカの同盟国。援軍は惜しむべきではない」

 ブルックナーはようやく苛立ちから解放されそうであった。


 ソウルがサクラ・フレイアスに回収された頃、四人目の異世界人は選択を間違えたのではないかと疑いはじめていた。

 山林で目覚めたとき、周囲には誰もいなかった。既知の土地ではないのはわかっていた。試しに植物を観察してみたが、やはり記憶にない花が咲いている。しばし歩き、林を抜けると、明らかに人工の道が現れた。その黒い道が普通の石を踏み固めてできた物ではないのは一目瞭然である。

 レイルズは不安を覚えながらも、道を頼りに進んだ。道があるからには町に通じているはずである。近くにソウルはおらず、ハーツたちの気配もない。まずはできうる限りの情報収集が先決であった。

 県道を下りはじめて十五分、生物の気配を感じた。危険に備えて探知系の魔術を使っていたおかげである。彼の使える七つの魔術のうちの一つだ。魔術の才能には乏しいので効果範囲は狭いが、幾度となく彼と仲間たちを救ってきていた。

 しかし、この土地では魔術の効果がさらに薄いようだ。本来ならもっと早くに探知できたはずなのに、わかった時にはもう遅かった。

 迷彩服の男が三人、茂みから現れ彼を囲んだ。銃口は彼に向けられている。レイルズは茂みの奥にさらに四人の圧力を感じていた。何を突き付けられているのは不明だが、武器であるのははっきりしている。筒状なので、中から毒針でも飛び出してくるのだろうか。

「手を上げろ、米兵め」

 中国語だった。どちらにしてもレイルズにはわからない。わからないが殺気は感じている。

「わたしは怪しいものではありません」

 常套句だが伝えないわけにもいかない。どうせ通じないにしても。

「? 何語だ? アメリカ兵じゃないのか?」

 兵士たちは互いに目くばせした。誰もレイルズの言語を理解できず、小さく首を振った。

「言葉はわかりませんが、わたしは抵抗しません」

 壮年の異世界人は、弓と矢筒を地面に落とした。

「抵抗の意思はなさそうだな。おとなしくしてろよ」

 隊長格の男が銃を構えたままレイルズに近づき、片手を空けて捕虜の外套をめくった。内ポケットの財布やナイフが取り上げられ、また数歩下がる。革袋を紐とき、逆さに振ると、地面に数枚の硬貨が散らばった。

「金貨……? どこのだ?」

「全財産なので没収は許していただきたい」

「ますます怪しいな。日本でもアメリカでもないとすると、他国のスパイか。連行して話を聴くとしよう」

 レイルズは後ろ手に手錠をはめられた。ここにきて彼は選択ミスを感じた。高圧的な相手に話が通じるはずもないのである。魔術でうまく逃げてしまえばよかったのだ。

「ソウルさんもこんなふうに捕まってしまったのだろうか。……あの人が大人しくするわけもないか」

 同じ立場ならきっと反撃するだろう。状況は悪化するだろうが、後悔はしない人だ。レイルズは想像して笑ってしまった。

「なにが可笑しい!」

 銃床で腹を殴られる。

「どうやら本格的にマズイ状況ですね。彼らを敵として認識しましょう」

「しゃべるな!」

 また殴られ、レイルズは黙った。抜け出そうと思えばいつでもできる。彼らは魔術には疎いようだ。深く理解していれば、こんな手枷一つで拘束した気にはならない。そこに付け入る隙がある。

 しかし、彼の計画は無駄に終わる。この場であっさりと解決したからだ。

「【深眠スリープ】」

 周囲の兵士が膝から崩れ落ちた。さらには茂みの中からはいくつかの呻き声が聞こえてきた。

「片付いたぜ」

「こっちもオッケー」

 茂みから体格のいい若い男が出てきた。そして眼の前には、赤毛の女性がいつの間にかいる。

「ヒドイ奴らねぇ。無抵抗の人間を殴るなんて」

 女性は【光刃ライト・ナイフ】と唱え、指先から魔術の刃を出現させた。

「動かないでね」

 彼女は背後に回って手錠を切り裂いた。

「魔術師……? あなたは魔術師なのですか?」」

 さきの眠りといい、これは魔術である。呪文の言葉は理解できなくとも、結果を見れば間違いはない。だからこそ彼はいぶかしむのだ。召喚術で呼ばれた先である以上、魔術は存在する。それは赤毛の魔術師が証明している。にもかかわらず、自分を襲った武装兵はあまりにも魔術に無頓着であった。この地のルールがまるで理解できない。

 同様に、伊吹一葉も天条マナも戸惑っていた。兵隊に囲まれた民間人を助けてみれば、どこの国とも知れない言葉を話し出した。纏う衣装も普通ではない。

「困った、言葉がわからない。一葉、英語は少しできたでしょ? なんて言ってんの」

「英語じゃねぇよ。どこだろうな」

 二人が困った顔をしていたので、レイルズは自分を指し「レイルズ」と言い、【光を】と唱えた。彼の手から光の球が浮かび、周囲を照らす。

「あー、魔術師なんだ。おばさんが呼んだのかな?」

「いや、たぶん違うな」

「どういう意味?」

「話はあとにしよう。いったんここを離れるぞ」

「また兵隊が来ると面倒だしね。掴まって」

 天条マナは伊吹一葉が自分に掴まると、レイルズの腕をとった。レイルズは驚いたが、赤毛の魔女が笑顔でウィンクしたので抵抗をやめた。

 彼女は【瞬間移動テレポート】を発動させ、おそらく誰も来ないであろう高層住宅の屋上に着地した。

「それで、魔女会の人じゃないってどうしてわかるの?」

「確証を得るのはこれからだ」

 一葉はポケットから魔女会メンバーにだけわかる印を見せた。そして右手の紋章も。どちらも知らない魔術師はこの世界に存在しない。

 一葉の予想通り、レイルズは首をかしげている。

「ほらな。きっとこの人が召喚されてきたんだ」

「この人が? じゃあ、悪魔か神様ってこと?」

「それはなさそうだな。手違いか失敗か、それで巻き込まれたってとこだろうな」

 二人は黙ってレイルズを見た。どうしたものか、思案のしどころだった。

 そんな二人の様子を機敏に察知して、レイルズは改めて自分を示し、名乗った。

「レイルズ……。名前だろうな」

「わたしはマナ。マ・ナ」

「マナ?」

「そう、マナ」

 マナは伝わった喜びに、彼の手をとってブンブンと振った。

 レイルズにも気持ちは伝わる。

 もう一人の大男も自分を指して言った。

「一葉だ。カズハ」

「カズア?」

「カズハ」

「カズハ」

 彼は「おう」と笑った。意外と人懐こい顔をしていた。

「あー、そうだ。いちおう【思考伝達】を試してみようか」

「テレパシーか? 言葉が伝わらないんじゃ意味ないだろ」

「伝わればラッキーじゃない。もしダメでも映像ならイメージくらいは伝わるでしょ」

「まぁ、やってみろや」

「でもその前に、そろそろ燃料切れなんで、ちょっとよろしく」

「相変わらず燃費悪いやつだな。勝手に使えよ」

「アンタどうせ使わないんだからいいでしょ。【魔力共有コネクト】」

 マナの呪文に呼応して、伊吹一葉の体内に溢れている魔力が彼女へと流れていく。天条マナは魔術師としては優秀で、様々な術を習得している。が、魔術を発動させる根源である魔力がとても少ないのである。大規模な魔術を使おうものなら数発で息切れする。対して伊吹一葉は魔術師としての修業はしていないが、生来、魔力だけは余りあった。そこでマナは一葉の魔力を共有し、魔術を行使していた。

「では行きます! 【思考伝達テレパシー】」

 マナはレイルズの手を取った。接触したほうが効果は高いのである。

『えーと、聞こえますかー?』

 『え?』 レイルズは目を見張る。彼女の言葉が分かった。正確には言葉とは違うのだろう。イメージが脳に流れてくる感覚なのだ。

『わたしの声が届くのですか?』

『わ、やった。さっすが魔術、なんでもアリね!』

 マナは一葉に親指を立てて「伝わったよ」と報せた。

「そいつは助かるな。とりあえず経緯なんか聞いてくれや」

「あんたも混じればいいのよ。ほら」

 彼女が手を伸ばす。一葉は「お、おう」となぜか照れながら手をつないだ。

「軽く自己紹介だな。伊吹一葉。この世界で魔物退治をやってる」

「同じく天条マナ。御覧の通り、魔術師です」

「わたしはレイルズ。この世界は、やはりわたしの世界ではないのですね。元の世界では騎士団副団長を務めていました」

「騎士!? なにそれカッコいい!」

「子供か、お前は。……これは想像なんだが、あんたは召喚されてこの世界に来た」

「はい。賞金首とその連れの魔女と戦っているときに。その二人と、わたしの上司にあたる騎士団長ソウルもこちらに飛ばされているはずです」

「全部で四人か。賞金首ってのが厄介そうだが、まずは無視だ。上司のほうとは連絡がとれるのか?」

「いいえ。ですがどこかで元気にやっているでしょう」

「あんまり心配してないように見えるけど……?」

「あの人は簡単には死にませんから。どこかでひょっこり、しかも想像以上の再会をしますよ、きっと」

「そうかい」

 その後も三人は情報交換を続けた。この世界のこと、現状、異世界の話、レイルズたちが帰る方法。思考伝達会話は二時間以上続き、仲介を務めるマナが頭痛を感じはじめたのでいったん打ち切られた。

「ごめんね、ちょっと休む」

「ああ、朝まで寝とけ。夜が明けたらソウルって人が飛ばされた方角を探索にいく」

「アデプトロスはどうするの?」

「悔しいが打つ手なしだ。中国兵まで入り込んでいるんじゃ、白夜さんたちも早々来れないだろ」

「あの人なら正面から堂々と、邪魔されたら倒してきそうだけどね」

「……否定はできないな」

 一葉は苦笑した。五法柊流ごほうひいらぎりゅう武術の先達である彼の強さを、一葉は骨身に染みて知っている。さらに『紋章』を二つも持っているのだから、本気を出せば侵攻してくる連合軍を一人で片づけるのもあながち無理とは思わない。だが彼は必要以上に介入しないだろう。彼は自身を律さなければならなかった。それこそ二つの紋章を持つゆえに。

「まぁ、とにかく今は――」

 言いかけて、一葉は嘆息した。赤毛の魔女は、すでに眠りに落ちていた。

「あんたも寝といたほうがいいぜ」

 伝わるはずもないのだが、レイルズに忠告してみる。

 ニュアンスは伝わったのか、彼はうなずき、硬いコンクリートの床に寝転んだ。

「星が違いますね……」

 そのつぶやきは小さく、離れたところで武術の鍛錬に励む一葉には届かなかった。

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