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第一話 大根……。

ほのぼの日常系です。



 「貴方は、死んだのです……!」

 


――――――――――――――――――



 「はあ……エロゲでも買いに行くか」

 暗闇の中に、画面の光が立ち込めている。その光によって、俺の顔が露になる。この部屋は、クーラーによってキンキンに冷えている。

 俺は、フードに上下ジャージという服装をしている。その服装で、裏口の扉を開ける。

 ガチャっ。

 「眩しっ」

 俺の目に入って来たのは、太陽の光だ。

 しかも、暑い。今は、真夏の真っ最中だ。

 俺は、頬に一筋の汗を垂らしながら、筋肉の衰えた足で歩く。


 俺は店の中で、ひんやりとした空気を堪能し、エロゲを買った。

 店を出ると、また太陽の光と、暑さが襲ってくる。

 「早く帰ろ。耐えきれん」

 街中を歩いていると、制服を着た学生を見かける。その学生たちは、俺を見ると「夏樹じゃん」という。まさにその学生たちは、俺が通っていた高校の奴らだ。訳があって、今不登校だ。不登校になった最初のころは、あいつ等に会いたくない、と言って家を出ることができなかった。エロゲが買えなくて、精神崩壊しそうだった。

 そして、エロゲには勝つことができなかった。なんて奴だ、俺は。それから、あいつ等を気にすることなくエロゲを買うことができるようになった。


 暑さの中、僕は横断歩道渡ろうとした――渡れなかった。横には、もう迫っていた――トラックが。ここで死んだら、異世界転生してしまう――ラノベで異世界転生系を読む――と思ったけれど、トラックではなかった。よく見るトラックではなかったのだ。それは、太くて、立派な……そして、みずみずしい。

 大根だった。

 それは、僕の心臓を貫き、赤く熟したトマトがぶち当てられたかの如く、紅に染まっていた。

 俺は、死んだのか……。

 短い人生だったな……。

 死ぬことができてよかったのかもしれない。

 あんな家族もいない、友達もいない……。


 「さん……!夏樹さん!」

 俺は、天使の声で目を覚ます。眼を開けたその先には、ゴージャス椅子に座る銀髪の女性が座っていた。俺が座っている椅子は……段ボール!なんと扱いの悪い奴なんだ。


 「貴方は、死んだのです……!」

 唐突だなあ。

 「ああ、死んだよ!」

 言われなくてもわかってるよ!というように、やけくそに言う。

 「「大根で!」」

 そして、俺と銀髪の女性は吹き出してしまう。そりゃあ笑うよ。なんで大根で死ななきゃなんねーんだよ!ざけんじゃねえ!

 「てか、なんで大根が飛んでくるんだよお!!」

 笑いながら言う。

 「そ、それはね……」

 彼女は、顔色を変え、言葉を詰まらしてしまう。その場に、重い空気が流れ始める。

 「く、くく……あのですね、農家のおばさんがあなたの後ろにいたおばさんに向けて、投げたのですよ。だ、大根を……」

 どうしてそんなに笑いを堪えているんだ!

 「投げたのです!!!そして……」

 彼女は、急に悲しそうな顔をする。ああ、俺の死を、悲しんでくれるのか。あの日から、俺には憎しみや怒りの感情ばっかりがぶつけられていた。俺が死んだら、喜ぶ人しかいないだろうと思っていたけれど……

 「運良く、貴方に当たってしまったのです」

 運良くってなんだあ!

 まあ、いいよ。俺の死を、喜んでくれるのだな。俺は、不覚にも涙を流してしまった。

 「ああっすみません!泣かせるつもりじゃなかったんですぅ!」

 「じゃあ、なんだよ、運良くって」

 彼女は、一回、大きく深呼吸をする。すると、彼女は落ち着きを取り戻し、椅子に座る。

 「夏樹さんは、死にたいと思っていましたよね」

 俺は、自殺しようと何度も考えた。けれども、俺にはできなかった。エロゲを始めたのは、現実を忘れるためだ。家の外から響く憎しみの声、怒りの声がたえきれなかった。だから、ヘッドフォンで声をかき消した。そして、エロゲとラノベに浸かった。

 「自殺もできずに……」

 もうお前の言葉なんか聞きたくない。

 「良かったですね」

 なんだよ

 「なんだよお前は!俺のことを分かったように言いやがって!」

 彼女は、分かったようにではなく、分かっている。俺のすべてを見透かしたかのように。

 「私は、女神なので」

 だからか……見透かされても仕方ないな。

 「貴方を殺したのは、私です。大根で死んだのは噓です。貴方は、外になんか出ていません」


 「貴方は、首を吊って、死にました」


 え?俺は、エロゲを買うために、家を出たはずだ。意味が分からない。

 情景が浮かんでくる。

 首を吊ろうとしている俺が見える。

 いや、俺はエロゲをしていた。クリアしたから、買いに行こうと思ったんだ。

 首を吊って、首を爪で引っ掻いている俺が見える。

 俺は……


 「いつまで、夢を見ているんだ」

 「俺は……」

 俺は自殺したんだな。エロゲなんかしていない。僕は、布団にくるまって、震えていただけだ。それだけ、現実から逃げようとしていたのか。

 「夏樹さん。異世界に転生しませんか?」

 俺は、その言葉に反応してしまった。

 「もう苦しむ必要は無いのです。思う存分、異世界を楽しんで下さい」

 「異世界か……そうだね、そうするよ」

 「夏樹さん!元気出してください!」

 憧れていた異世界に転生するのだから、元気を出さなければ。



―――――――――――――――――――


 「夏樹さんには、魔王を倒してほしいのです」

 「任せて下さい!」

 勢いで言ってしまったが……

 異世界転生と言えば、何かいいものがもらえたり……

 「夏樹さんに神器をあげます。この中から選んでください」

 やっぱりあった。ここは、聖剣で行くべきだろう。

 よし、これだったら倒せ……

 ん?なんだこれ。俺の目には、あるものが映ってしまった。

 『見えるが、見えない手』

 それは、紫色の丸い光だった。僕は、それを手に取る。すると全身が熱くなる。何かが張り巡らされていく。

 「それでは、行ってらっしゃい……くく、く」

 すると、俺の足元に大きな魔方陣が展開される。その魔方陣は、どんどん光を増していく。これは転移魔法か。

 てか、何で笑っているんだ。俺が手に取ってしまった神器は何なんだああ!!!

 「有能な神器ですよ」

 と、女神は満面の笑みを浮かべる。

 俺は、その笑みを真顔で見ていた。光が強くなってくる。

 そして、閃光。

 眼をつむっていると、沢山の人が会話している声や足音が聞こえてくる。

 涼しい風が俺の肌をくすぐる。

 俺は、閃光が収まると、眼を開ける。僕の前には、ピンク色の下着があった。

 温かい……。

 俺は、スカートの中に、顔を突っ込んでいるようだ。

 ざけんなよ、あの女神!

 俺には、この後の展開が読めていた。

 瞬間。

 「きゃあああああああああ?!」

 と、頭の上から悲鳴が聞こえる。そして、日の光だ!と思うと、目の前に靴があった。

 「ぐへぇ!」

 僕は顔面を見事に蹴られ、気絶した。



――――――――――――――――――



 俺が目を開けると、辺りは橙色の光で満ちていた。

 ああ、もう夕方か……

 て、こんなことしている場合ではない。宿を見つけなければ!いや、いいや。今日は、夜の街を楽しもうじゃないか。

 その前に冒険者に登録しよう。

 俺は、立ち上がり、向きもわからず歩き出す。向きもわからず歩いたら、冒険者ギルドに着けねえじゃんか。日本語が通じるかわからないので、恐る恐る声を掛ける。

 「あ、あの……ギルドはどこですか……?」

 「おお、旅人かね?」

 俺は、若い子に声をかけたと思ったのだけれど。後ろ姿で判断したのが悪かったのか。

 「はい、そうです」

 旅人ということにしておこう。

 「あっちじゃよ。行けば分かるよ」

 「あ、ありがとうございました」

 「いえいえー」

 親切なおばあさんは、俺に手を振り、去っていった。

 俺は、指さされた方に歩き出した。



――――――――――――――――――



 ここがギルドだな。

 看板には、英語で『Guild』と書かれていた。俺は、こう見えても英語は得意だ。単語な。ただ単語が大体読むことができるだけであって、文章になるとよくわからん。

 ギルドに這入ると、酒場のようだった。よく見ると、受付があった。ここは、冒険者ギルドで間違いないだろう。冒険者ギルドは、冒険者たちが、酒を飲んだりして、騒いでいた。まさに、これこそが冒険者ギルドだ。

 俺は、この光景に感心しながら、受付に向かう。受付は、美人なお姉さんだ。

 「あ、ぼ、冒険者登録したいんですけど」

 美人さんと喋るのは、緊張する。

 「登録ですね。では、3000円」

 ダニィ?円だと?この異世界の通貨は円なのか。なら、分かりやすくて助かる。

 しかし――しかしだな。俺にはそんな金ないんだよ。

 「ないです。お金」

 「なら、登録はできません」

 僕は、颯爽と立ち去ろうとする。が、ここで止められてしまう。

 「おい坊主。金ならやるよ」

 そう言ってくれたのは、受付に近いカウンター席の男性だった。ガタイが良く怖がられそうな人だが、俺はそうは思わなかった。人は外見ではない、心なんだ。

 「いいんですか!?」

 「ああ、新しい仲間が増えるってのは、嬉しいじゃねえか」

 なんと、素晴らしお方だ。

 「お言葉に甘えて、ありがたく頂戴します」

 「おう!」

 

 俺は、再び受付のお姉さんの前に立つ。

 「では、登録を」

 「あ、はい。では、こちらのカードにお名前を」

 俺は、『ナツキ』とカタカナで書く。

 「次は、こちらの水晶玉に、手をのせてください」

 俺は、言われた通りに手をのせる。ひんやりしていて気持ちいい。すると、カードに文字が映し出される。

 俺は、魔王を倒すんだ。なんだこのステータスは!?と、驚かれるだろうな。勇者だ!と言われるだろうな。 

 「えーと、筋力が平均以下、生命力、器用、敏捷に魔力……筋力以外は平均ですね。おっと、知力と幸運が高いですね。職は商売人が向いていますよ」

 冒険者の道を、異世界に来て早々、否定された。

 「あと、最弱職の冒険者なら……」

 「冒険者で!」

 よし、クルセイダーやにはなれなかったが、冒険者にはなることができた!

 「レベルを上げれば強くなれます。経験値を沢山稼いで頑張って下さい!」

 

 俺は、カードを受け取り、あの優しい男性のもとに歩く。

 「ほら、座れる」

 優男さんは、隣の席をぽんぽんと叩く。俺は、優男さんの隣の席に座る。

 「最弱職だってな。俺と一緒だな」

 「え?ソードマスターとか上級職かと」

 背中にあるその立派な剣と面構えからそう思ったが、最弱職とは。

 「そんな立派なもんじゃねえよ。俺は……」

 優男さんはつらそうな顔をし、それを紛らわそうとするかのように、一杯ビールを飲み干す。優男さんのその肉体は、努力の塊だろう。俺は、その肉体を見つめる。

 「この肉体は、趣味のロッククライミングで鍛えたんだよ」

 あ、もしかして最弱職だったから、こんちくしょうと努力した訳ではなく、ロッククライミングで?

 「最弱職だったから悔しくてというわけじゃ……」

 優男さんは、ガハハハッと笑う。

 「悔しい?悔しかねえよ」

 「でもさっき、悔しそうな顔して」

 「いやいや、冒険者登録しに行った日、好きな人にフラれたんだよ。それでな、職で見直させてやるって、登録したら、最弱職でな。それで、報告しに行ったんだ。そしたら、さっきは素直になれなかったって言って、結局付き合うことになったんだ。最弱職については、ハルには、ちょうどいいって言われて。まあ、だから悔しくねえよ。……すまん、長々と話過ぎた」

 その時の笑顔は、恋をしている少年に見えた。ああ、俺もこんな青春送りたいな。

 「いえ、いい話が聞けました」

 すると、ギルドに黒髪の美人さんが這入ってきた。

 「あ、嫁だ。じゃあな……あ、名前は?」

 「俺は、ナツキです」

 「俺は、ハルトだ。また、会おうな」

 「はい!ハルトさん」

 「呼び捨てでいいよ」

 「おう!ハルト」

 ハルトは、じゃっ、と手を振り、俺は、手を振り返す。

 俺は、今までで一番笑った気がする。心の底から……

 「酒下さい」

 「あいよっ」


 十秒で酒が出される。酒を飲むのは初めてだ。だが、冒険者といえば酒だ。

 俺は、ジョッキに手をかける。そして口元に運び、ゴクッと一口飲む。

 あんま美味しくない。これが大人の味ってやつか。

 もう一口。

 さらに、もう一口。

 そんな感じで、一杯を飲み干してしまった。

 16歳で初めての酒だ。この世界なら、あの世界の未成年でも飲めるのさ。


 頭がくらくらして、俺は、机に顔を押し付け、眠ってしまった。

 

 こうして異世界での生活が始まった。

 

 

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