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キルト  作者: カシミア
前編
8/20

02.暗殺者ロイド-2




「……あー……」




 規則正しい寝息を立てるシノを、ジト目で見つめたキルトは、ふと使い古した腕時計に視線を落とした。カチカチと、音を立て時を刻む分針は02:30を指し、夜行列車に乗り込んでからは既に3時間もの時が経過している。


そろそろ、気力が限界を迎えたとしてもおかしくはない。キルトは疲れを吐き出すかのようなため息をもらすと、ナメクジの如く壁に張り付いた。


 暗殺の基本は、相手に悟られない事だ。乗客が寝静まってから犯行を起こすだろうと予測していたし、長期戦になる事も覚悟していたはずだ。しかし、元来キルトは我慢強い性格ではない。


先程からバイブレーションのように揺れ続ける膝は、一向に収まる気配はなかった。


 睨みつけるように外の様子を伺ってみても、そこに不穏な空気は一切流れていない。一応、遠くに大柄の男が1人歩いているようだが、キルトは直ぐに“このメタボじゃ暗殺は務まらなさそう”という判断を下していた。


ロイドの変装、という可能性は、彼の脳筋頭では浮かばないらしい。


 シノがこの場にいたならば、「油断するな」と叱咤を飛ばしてきそうな案件だ。けれど、キルトは根拠のない推察に1人納得し、流石俺とでも言わんばかりに1人頷いてみせる。男が見せた小さな異変に、気付こうとはせずに――。


(……。って、今悲鳴が聞こえたような?)


 パッと見開かれた金色の瞳に、大きな身体を前後へ揺らす男の姿が映り込む。余所見していた一瞬の間に、一体何が起きたというのか。キルトは無意識に息を止め、そして怪訝そうに眉を潜めた。


 太い足の隙間から見える、すらりと長い脚。

奇妙な事に、ほとんど感じられない人の気配。

重心を失う巨漢の後ろから、すっ……と現れた細身の男は、人一人気絶させておきながら一向に悪びれた様子を見せなかった。




「あいつ……」




 肩まで伸びた茶色の髪。考えが読めない濁り切った瞳。

何度も何度も見返した、指名手配書に描かれた似顔絵と非常によく似たスーツ姿の男。ロイド=パトリック――その人に間違いない。




「悪いけど少し眠っててもらえるかい?」




 気絶させた男を足蹴に、ロイドは真っ直ぐ歩を進めた。

まさか自分が狙われているとは、露ほどにも思っておらず――ピッキング道具を取り出した彼から、僅かながら警戒心が解かれる。キルトはゴクリと喉を鳴らし、背負った長剣へ手を伸ばした。


 そして――


(今だっ!)


抜刀しながら、勢い良く部屋を飛び出したキルトに、ロイドはハッと動きを止める。


 不意をつかれた攻撃に、ロイドの反応が僅かに鈍った。だが、どこまでも冷静な彼は、長剣が目前に迫るその刹那。床を蹴り、長剣を踏台に宙を舞った。キルトの喉が、ヒュッの音を立てる。


(――瞬殺は暗殺術の基本)


上空からキルトの後ろに回り込んだロイドは、無防備になった首筋に手刀を入れた。




「っ……!」


「バイバイ。賞金稼ぎさん」



 

 目の前は歪み、ロイドの声が遠のき、重心感覚を失った身体は次第に傾いていく。まるで、頭の中をシェイクされるような気持ち悪さに、キルトはこのまま気絶してしまいたいと頭の傍らで思った。


しかし、ゾンビのように真っ青になりながらも、キルトは床に手をつき空中で体制を整える。




「何っ!?」


「バイバイ……? そう言うなよ、つれないな!」




 ケホ、と小さく咳払いをしながら、キルトはロイドとの間合いを一気に詰めた。だが、残像が残るスピードで繰り出した"渾身の突き"も、ロイドは最低限の動きだけで簡単に避けてみせる。




「……急所を避けたのか」


「まあね! これでも速さが売りなんで……っ!」


「流石は俺を狙うだけはある。だがっ」

両脇の壁を交互に蹴り上へのぼると、ロイドは天井を力いっぱい蹴り飛ばした。揃えられた指先がキルトの心臓を狙う。

「まだまだァ!!」


「っ!」




 反射的に後退し、寸での所で避けられたものの、ほんの少し掠っただけの右腕から流れ出ている血に、キルトは戦慄を覚えた。


 もう少し広い場所だったなら、様々な剣技を使う事が出来ただろうに。悲しいかな、キルトが持つ長剣は、ロングソードという比較的長めの剣である。下手に振り回して壁に刺さりでもしたら、待っているのは“死”しかない。


(魔術を使うか? ……いや、あれは奥の手だ――)




「来ないならこっちから行くよ」


「っ、上等」

ロイドが床を蹴ると同時に、キルトもバネのように跳ね上がった。

「勝つのは、俺だ――」




 車両中に広がる殺気。空中で詰まる間合い。

長剣を振り上げるキルトに、白虎虎爪の構えを取るロイド。そして、両者の渾身の一撃がぶつかり合おうとした――その時だった。


(なっ……!?)


2人の間に挟まれた扉が、前ぶれもなく開いたのは。

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