02.暗殺者ロイド-1
列車が奏でる単調な稼働音。一定の時を刻むアナログ時計。
心地良い2つの旋律は、キルトから大きな欠伸を引き出し、抗いきれぬ睡魔へと誘った。
肉体が活動を拒んでいるこの真夜中に、気配を絶ちながら、周囲を模索するなんて非合理的だ。わざと殺気を放ち、ロイドに自分の存在を示そうかと思うくらいには、キルトの気力は限界に到達していた。
しかし、就寝前、シノが言っていたのである。ロイド=パトリックは“無駄な浪費を嫌う男”だと。殺しの標的に抵抗されないよう、確実に気配を絶つだろうし、襲ってくれと言わんばかりの賞金稼ぎには、目もくれないだろうと。
(それを律儀に守るのも、どうかと思うけどさぁ)
勿論、最初からシノの言う事を信じていたわけではない。ロイドがいるという情報もそうだが、リオというライバルが狙われているという事も半信半疑であった。けど、異常としか言いようのない、彼の情報収集力を知ってしまった今。シノの指示を無視する気にはなれないのだ。
*
遡る事、1時間前。
「まあ、大体こんなところだ」
自分の持つ情報を洗いざらい吐き出したシノは、一息ついてこう続けた。
「何か聞きたい事はあるか?」
「いや。相手がどんな奴でもねじ伏せるまで。問題ないね」
「……別に心配はしていないが」
「あ、そ」
自信満々に言ってのけるキルトに対し、あくまで冷静に突っ込むシノ。単にモチベーションを上げているだけだというのに、つくづく真面目な男だとキルトは思う。
「言っておくが、手は貸さないぞ。私は寝る」
「わーってるよ。その為の俺、だろ?」
「わかっているならいい。その為に教えた情報だ、リオが気づいてドンパチされても迷惑だからな」
迷惑の部分を強調するシノに、キルトはヘイヘイと頷いた。
「……ところで、シノ」
「なんだ?」
重い腰を上げたシノは、呼び止めてくるキルトを見下ろす。
「そろそろシャワーを浴びたいのだが」
「1つだけだから。リオの部屋番号、調べてたりしない? ちょっと知りたいんだけど」
「何だ唐突に。ナンパでもするつもりか?」
「……なわけないだろ。張り込むんだよ、ロイドを捕まえる為に」
「ふむ。それなら……A-22だ」
「……は?」
なんの冗談かとキルトは耳を疑った。
A-22といえば、A-23の隣部屋。薄い壁の向こう側にクロノスの令嬢がいるという事になる。
(偶然だとしても信じられない)
いまいち信じ切れずにいるキルトに、シノは小さくため息をもらした。
「仕方がない。これを見るがいい」
不服そうに口を尖らせながら、シノは電子手帳を取り出す。しぶしぶキルトに見せた画面には、リオの個人情報が事細かに記載してあった。
いつ列車に乗るのか、どの個室に泊まるのか。全てを知った上でA-23を指定したと彼は言う。他意はないのだろうけど、これではまるでストーカーだ。
「ストーカー?」
「そんなわけなかろう」
一体どのような方法で、そんな事を調べたというのか。
問うては見たが、シノから答えが返って来る事はなかった。