01.キルトとシノ-5
車両と車両の連結部が揺れ、轟々と唸る稼働音が車体を包む。
自家発電に頼ってる、廊下の灯りは黄ばんだように暗く、今にもお化けが出てきそうな不穏な空気が流れていた。
夜闇を照らす月光は、汚れた窓に遮られ、ズラリと並ぶ白い引き戸は、精神病棟を連想させる。あまり良い環境とは言い難い、質素で殺風景な車内。それでも、寝台特急の“個室”を、初めて利用するキルトの目には、何もかもが新鮮に映っているようだった。
「なあ、キルト」
「何? ……っ、あ」
指定された客室を見つけたキルトは、わかりやすく顔を綻ばせた。驚きと呆れが入り混じった、シノの視線が突き刺さる。
「あったぞ。A-23」
いくつだよ、というツッコミもどこ吹く風。
切符に書かれたナンバーと照らし合わせながら、キルトは勢い良く引き戸に手をかけた。しかし、これから泊まろうとしてる客室を、目にし、認識した途端。ほぼ反射的に引き戸を叩き締め、キルトは感情を失くした顔で後ろを振り向く。
無機質だったシノの眼が、キョトンと丸くなった。
「えっ? 何して――」
「間違えた? 間違えたよな、絶対! なっ」
「は?」
心の声を口にしても、再度部屋番号を確認しようと、A-23はA-23。有り得ない、とでも言いたげなキルトに、シノは不審感を丸出しに、首を傾げていた。
「ここであっているが……」
「ここ、いくらしたんだよっ。有り得ねーだろうが」
「値段? 交通費入れずに部屋の金額だけなら――」
「言うな。言わなくていい!」
(こいつ、金銭感覚がおかしすぎる!)
家も財産も失って以降、キルトは常に金欠状態。その日暮らしをする内にケチが染み付き、寝台列車で移動する時はいつも決まって自由部屋――つまり雑魚寝部屋を利用していた。
値段が倍以上かかる個室を使うという発想自体なく、シノの金回りの良さにキルトはゾッとする。
"暗殺者を捕まえる為"、というのならツインで十分だろう。豪華個室と言われる、スーペリアツインをとる必要性が感じられない。バスタブ付のシャワー、衛星放送受信テレビ、ビデオデッキ、オーディオ、カード式電話、専用トイレ、洗面台――これから、賞金首を狩ろうとしている人間には不必要な物ばかりである。
「キルト。おい、木偶の坊。早くしないか」
二段ベッドの下段に腰掛けながら、シノは立ち尽くしたままのキルトに話しかけた。無機質な紫眼に、呆れの色が浮かぶ。
「おい、木偶の坊って、おい」
「時間がない。……早くしろ。始めるぞ」
「え。何を?」
「何って――そんなの1つしかないだろ」
しっかりしてくれ、と肩を落としながらシノは続けた。
「情報提供。ターゲットについてだ。……お前が相手にする男は、ロイド=パトリック。これ、指名手配書な」
おもむろに差し出された手配書を受け取りながら、キルトはゆっくりと椅子に腰を下ろした。
クロノスは、危険度の高さで賞金首のランクを定めている。上はSSS+から下はEまで存在し、S以上は異能者を指していた。今回のターゲットは危険度A級。勿論、魔術は使えない。
だが、ロイド=パトリックと言えば、 誰もが一度は耳にした事のある有名な犯罪者だ。あらゆる暗殺術を会得した、その道の天才と言われており、事実、返り討ちにされる魔術師が後を絶たなかった。相手にとって不足はない。
「ロイド=パトリック……か。流石に知ってる」
「そうか。なら、話は早い」
微動だにしない表情を、微かに和らげ、シノは続ける。
「実を言うと、ロイドは仕事でこの列車に乗っていてな。殺しのターゲットもここにいるのだよ」
「ぅえっ!?」
「ターゲットの名はリオ=クルスク。今年の魔術師試験の受験者で、クロノスの最高権力者・元師の1人娘らしい」
胸ポケットにしまっていた電子手帳を取り出し、シノはその画面に視線を落とした。
「だが、まあ、彼女は魔力量こそ多いが、気配を察する事が苦手でな。ロイドが自分を狙っても気づかないだろう。故に、お前が助けてやれ、ついでに」
「ついでも何も、助けるのはあったりめーだろ! ……それよりも、こんな情報どこから仕入れたんだって」
味方でいる内は心強いが、敵に回したらこれほど怖い相手もいないだろう。キルトは、シノとの距離を物理的に置きながら、おずおずと問いかけた。
「気になるか?」
不敵な笑みを浮かべた後、シノはいけしゃあしゃあと言い放つ。“企業秘密だ”――と。
♯01.キルトとシノ・完