01.キルトとシノ-2
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朧に輝く街の灯が、夜闇に染まるのを拒んでいるように見える――同日21:30。賞金首の情報を得る為、鉄砲玉のように飛び出していった彼の気力は、ものの数時間で尽きようとしていた。
キルトは、根無し草のような生活を送る、賞金稼ぎである。1つの街に留まる事がなく、この街にだって“魔術師試験の為”にやって来ただけに過ぎない。限られた時間の中、居場所もわからない情報屋を探し当てるなど、不可能と言っても過言ではなかった。
裏世界の情報を売り買いする職業柄、情報屋は命を狙われる確率が非常に高い。白昼堂々経営をするような命知らずはおらず、カフェを装っていたり、ビルの地下に潜んでたりと、何れも1日2日で見つけられない場所に店を構えているのだ。
流浪人、という時点で最初から詰んでいる。
キルトは、顔も知らない“レクター大佐”に怒りを募らせながら、無意識に出たため息に合わせてがっくりと肩を落とした。――その時。
「もう1回言ってみろ! 糞ガキ!」
前方から聞こえてきた男の怒声に、キルトはハッと顔を上げる。この地域を縄張りにしている、マフィアといったところか。刺青をした男5人に囲われる、小柄な少年が視界に入った。
遠目からも目立つ銀色の髪。意志の強さを感じられる紫色の眼光。七分のワイシャツに黒のベスト、下はチェックのキュロットという独特なファッションが、綺麗に整った顔立ちを台無しにしている。
(あの、ちんちくりん……一体何を――)
「聞こえなかったのか? その汚い手で私に触れるなと言ったのだが」
「こ、の……あまりナメんじゃねぇぞ! ぶっ殺すぞ!!」
「誰が舐めるか、汚いな。……それに私にはシノという名前がある。糞ガキではないのだよ」
少年とも少女とれる人形のような見た目からは、想像もつかない毒舌。無機質な瞳で淡々と喋る少年に、マフィア達の表情は次第に歪み、周りの空気も淀んでいった。
奴らはカタギではない。殺しをしたくてウズウズしている様が遠目から見てもわかる。だけど、シノと名乗ったその人は、1戦交える事を望むかのように、三つ折式の棍棒を構えてみせた。
余程武芸に自信があるのか。はたまた相手の力量がわからない馬鹿なのか。長身で筋肉質な男達に比べ、シノはあまりに華奢で小柄。このままでは殺されかねない、と本気で案じたキルトは、ほぼ反射的に走り出していた。
だが、あと一歩で間合いに入ろうとしたその時。
シノの眼球がキルトを捉える。
「……っ!?」
余計な手出しは無用だ、と2つの瞳がそう語っていた。
「――喧嘩売る相手、間違ったな。馬鹿者が」
鋭利な刃物を頭上に落とされ、シノは僅かに身体を反らした。必要最低限の動きだった為、切っ先が服を掠ったが、さして気にも止めず相手の懐に入り込む。
その素早さ――戦い慣れした大胆さに、男はうろたえ僅かに反応を鈍らせた。その一瞬の隙を見逃さなかったシノは、即座に男の顎を蹴り上げると、脇腹めがけて棍棒を叩き込んだ。
骨が折れようが、血が出ようが、攻撃の手を止めない容赦のなさ。だけど、流れる川のように綺麗で見本のようなな動きに、その場に留まる全ての人が目を奪われていた。次第にギャラリーは増え、大勢の関心に晒されく。
(無駄のない動き。こいつ――強い)
「……っ、お前で最後だ!」
頬についた返り血を拭い、シノは最後の1人を放り投げる。目の前には、積み上げられた男の山が出来上がっており、キルトはその身体能力の高さに驚きを隠せなかった。
「……意外に……強いんだな」
自然と出てきた素直な賛辞に、シノは視線を反らしながら胸元につけたロザリオを握り締めた。集まった野次馬が次第に散っていく。
「人を見かけで判断するのは良くないな」
「あっ……悪ぃ。別にそんなつもりじゃ……」
感情の起伏が乏しいシノの口から、白い息が零れ出た。無機質な瞳には、何の感情も浮かんでいないように見える。
「これでも、魔術師になる予定でな。少しくらい武芸の嗜みもあるさ。……B級の賞金首くらい、魔術を使わずとも」
「は」
「は、とは何だ。人の話はちゃんと――」
「待って。えっ、こいつら賞金首だったの?」
驚愕の色に染まるキルトの表情に、シノは身を引きながらおずおずと頷いてみせる。
「そうだが。それが、何か」
「あーっ、くそ! B級の賞金首だったのかー! やっぱ横取りでもして倒しとくんだったー」
「丸聞こえだぞ、おい」
呆れ眼でキルトを見つめ、シノは続けた。
「という事は、何だ。お前も試験を受ける1人か」
「あ? あー……そうだね。そのつもりだったよ、ほんの数時間前まではね……」
「つもり? ああ……そっか。直前だったものな。随分意地悪な試験だし、仕方がないよな。可哀想に」
残念でした〜、という本音を隠してるかのような口ぶりに、キルトは項垂れたように小さく頷く。もう怒る気力すら残っていなかった。
「ふむ……私の獲物をわけてやることは可能だが、お前も自分自身の力で捕まえないと気がすまないだろう」
「いやっ! 別に! そんなこだわりは――」
「そこでだ」
反論するキルトの台詞を見事に遮ると、シノは何事もなかったかのように続けた。
「私は情報屋志望の魔術師見習い。賞金首の情報をいくつか持っている」
「えっ、無視!?」
「今夜11時。カリフ州行きの夜行列車に、危険度A級の暗殺者が1人乗るようでな……お前、捕まえる気はないか? 終点はサンディゴシティ、クロノス12の塔・西が立つ場所だ。……後で、駅で落ち合わぬか?」
「あ、うん……そう、だね? けど」
「何故、って顔だな。ふん、簡単な理由だ。――私はその列車を使う、睡眠を妨害してほしくないのだよ」
自分の睡眠を邪魔されたくないからと、いけしゃあしゃあと言い放つシノに対し、キルトは脱力したように口を開いた。
「動機、不順すぎねぇ?」