01.キルトとシノ-1
この世界には、魔術といわれる異質な力が存在する。
自分を守る矛にもなり、人を傷つける武器にもなる――恐ろしく強大な力だ。大きな力は人を狂わせる。故に、魔術を悪用した犯罪は後を絶たなかった。
世界の半分を支配下に置く、軍結社・クロノスの力を持ってしても改善されず、規律が乱れた世はまさに暗黒時代。その中で、“魔術師試験制度”という律令を強行したのは、横暴ながらも実に画期的な事だった。
力を持つに相応しくない者から、魔力を永遠に奪う事が出来るのだから――。
20XX.03.31 18:00
夕日が差し込むホテルの一室にて。
ベッドの上で横になっていた少年は、不意に窓枠に止まる1羽の鳩に目を止めた。
A4サイズの茶封筒を加え、じっとこちらを伺っている……良く躾された伝書鳩だ。少年は、自分宛であろう茶封筒を受け取ると、15歳らしい幼い顔であざとく首を傾げてみせた。
伝書鳩から届けられた封筒には、クロノスの印が押されている。“魔術師試験の受験資格について”と、書いてある事から、 受験者へ一斉送信された書類である事は予測出来た。けど、何故今になって送られてきたのだろうと、少年は訝しげに眉を顰める。
試験は明日。クロノス本部にて執り行われる事が決まっているのだ。
(年齢制限さえクリアしていれば参加自由……。大丈夫、別に大した内容じゃないだろ。だろ?)
言いようのない不安に襲われながら、そして自分に言い聞かせながら、少年は1枚の書類に目を通し始めた。
♯
はじめまして、キルト=アルジェント様。
私は、クロノス軍事本部大佐、マルコ=レクターというものです。この度は、魔術師試験への受験申し込み、誠にありがとうございます。
魔術師試験は、4年に1度しか行われない国家試験です。
25歳までの魔術使いであれば、何方でも受ける事が可能であります。ただし、受けられる回数は2度まで、となっておりますので、何卒宜しくお願いします。
規定の年齢までに、魔術師の資格を持たなければ、魔力を剥奪……力の封印をさせていただきます。その際に、逃亡をはかる方もいらっしゃいますが、例外なく抹殺させていただきますのでご理解、ご了承ください。
少々暗い話になりましたが、何も悪いことばかりではございません。
晴れて魔術師になったあかつきには、ライセンスを持つ者しか許されない仕事、施設への出入りの許可が降ります。クロノスから与えられる任務を、こなしてさえいただければ、安定した収入を約束いたしましょう。未来は明るい方が良い、どうか頑張ってください。
◆おしらせ◆
《前試験》を行います。
責任者を務めてる私の意向で、今年より導入したシステムです。明日の試験までに、あるものを用意していただくだけ、ですが……出来なかった者は失格と見なされますのでご注意ください。
(中略)
それでは、キルト様のご活躍期待しております。
また、試験日ですが、明日10時、各地方のクロノス12の塔に変更になりましたのでお間違いなきよう。
♯
「何言ってるの。何言っちゃってるの。馬鹿なんですか!?」
書類を握りしめ、思いつく限りの悪口を言葉にし、金色の瞳を右往左往させる。無理だと思った。少なくとも自分には難しい難題だった。だけど、キルトの辞書に諦めるという文字はなく、新調したての長剣を担ぎながら、覚悟を決めたように行動を始めた。
――試験日までに用意してほしいものは……
危険度B級以上の賞金首です。A級以上は生死問いません。
(……情報屋だ。情報屋、見つけねぇと)
タイムリミットまで、残り15時間。
少ない荷物を慌てて旅行鞄に詰め込むと、キルトは追われているかのように部屋を後にした。