44話:赤き夜が明けて
※11/21修正
一夜明けて、王都はまず被害の確認から開始した。
その結果は惨憺たるものだった。
まず城周辺は悲惨な事になっていた。これは王城周辺には大貴族も少なからず館を持っていたが、これに対して魔族軍は奇襲を仕掛けた。彼らはこれまでの戦いでこの世界の住人が魔法を併用して戦った時、厄介である事を十分に知っていたからだ。
だが、それは魔法を使えばの話。
王城を攻撃する際にそうした館が健在であれば、王城を攻撃する不届き者を探して動く可能性があった。というより、その可能性は高い。
だが、当主が殺されていればどうだろうか?
基本、大貴族は王都には責任者として当主が詰め、嫡子なりが領地にて統治をおこなっているか、或いはその逆だ。これにはどちらかで病などが流行して倒れても共倒れにならないようにという目論見もある。
それだけに最高責任者が明確であり、その人物が倒れた時、下の者は勝手に兵士を動かせなくなる。下手に了承なしで兵を動かせば、物理的に首が飛ぶ危険性すら存在している。まあ、さすがに次男三男であっても当主の息子がいればまた話も違ってくるが、そうした者達がいても当主が殺された状況で下手に兵を自分の傍から離すとも思えない。
結果として、事前に目をつけていた大貴族が複数暗殺された。
これに加えて豪商達が多数殺され、冒険者ギルドも崩壊という大惨事。
王宮はあっという間に責任追及の場になった。
それにはもう一つ理由があって、大貴族が複数暗殺された為に、これを機に主導権を握ろうとする者達がいた事や、軍側の責任者が戦死していた事などにも原因があった。
大貴族が複数殺された、というのは単純に貴族が殺されたという事に留まらない。
これまで殺された面々が握っていた権益が、地位が空いたという事でもある。嫡男が跡を継ぐにせよ、この報告が領地に到着して急ぎ王都に向かうまでにはどうしてもタイムラグが生じる。その間に少しでも彼らが持っていた権益を奪い取ろう、地位を自分が得ようと誰もが必死だ。
もっとも、現実には王がそんな連中に地位を与える訳もなく、権益にした所で実務で支える部下達は健在だからほとんど奪う事など出来はしないのだが。
命の危険にさらされたという事で軍の責任追及も激しかった。
しかし、こちらも当の責任者が既に戦死していた為に軍は「当人は死をもってその罪を償った」と抗弁した。
はっきり言おう。
軍上層部でモルテン将軍を含むある程度以上真っ当な連中は「んな事してる場合じゃねえだろう!?」と叫びたかった。
しかし、防ぐのはあの時点では無理だと分かっていても軍の失態であったのは確か。だからこそ、軍の側から反論するのは避けたい。通常ならば、こういう場面で軍と仲が良かったり、きちんと今回の事を理解している大貴族が止めに入って。
「まあまあ、諸君。そういう言い方をしては軍の面々も困ってしまうだろう?」
「ここは彼らには迅速に追撃してもらおうじゃないか。なに、逃げ出したと分かればこちらとしても安心出来るというものだよ」
といった具合に調整してくれたのだが……生憎、そうした人材は軒並み墓の下だ。
お陰で会議は空転する事甚だしい。
モルテン将軍ら軍の上層部や、何とか残った真っ当な貴族の内、権限のある者(主に仕事で城にいた者)は冒険者ギルドに話を持っていきたかったのだが……。
「現在冒険者ギルドは営業中止中です」
という無情な答えが返って来ただけだった。
これにはちゃんと理由がある。
当代の冒険者ギルドの長は仕事熱心な男だった。
何が言いたいかといえば、今回の事件が起きた時、彼はまだギルドで熱心に仕事をしていたのだ。しかも、それに付き合って仕事をしていた者もいた。
彼の名誉の為に言っておけば、当人は自分が残る事はあっても部下達にはやらねばならない事をやっていれば、特に何も言わない。さすがに、冒険者が仕事をしたのにその報酬の支払いの手続きをしてなかったとか、報告書をちゃんと上げていなかったとなれば居残りが命じられる事はあるがそれは当然の話。
この時も残っていたのは「現在の緊急事態を少しでも何とかしたい」という志願者による仕事だった。
そんな彼らは冒険者ギルドの陥落によって失われた。
しかも、放たれた火によってギルドの書類も多数が失われた。
さすがに魔法で守られた金庫の中には重要な書類が多々残っているはずだが、それらは崩壊した冒険者ギルドの瓦礫の下だ。まず、掘りださないといけない。
残った幹部やら受付嬢、更に冒険者の有志が協力して、何とか業務の受付を再開したものの、受けられるのは軽い業務優先。
そうした業務は確かに国王や貴族から出される依頼からすれば報酬も低いだろうが、反面そうした仕事で食い繋いでいる低位の冒険者は冒険者全体で見れば圧倒的多数を占める。更に、そうした日常業務が止まれば困るという民も多い。
豪商が多数亡くなった事で、残った中堅以下の商人達も今後忙しくなるだろうがそちらの護衛も冒険者が主体だ。
逆に、大きな仕事を受けるような冒険者は全体から見れば少数である上、そうした連中はしばらく仕事を休んでも生活に困らないだけの資産がある。
そう言われては、軍に出来る事は冒険者ギルドの復興に多めに人を出す事ぐらいだった。これでさえ、城を守る、王都に入る検査を厳しくするなどの対処に人手がかかる中、何とか捻りだした少数でしかなかったが。
結果。
魔族の狙い通り、王国の動きは停止する事になる。
「魔族共を放置するのは良くないのに、どうしようもない」
そうモルテン将軍は深いため息と共に呟いた。
それに賛同する者達もまた同じく深い、深いため息をついたのだった。
仕事しながら毎日更新は無理があったと実感する日々……