15話:勇者の記憶その1
勇者の回想、前編相当です
私ことアシュタールにとって、和真さんの存在は治癒術師というものへの印象を大きく変えるものでした。
「回復魔法にこんな使い方もあったんですね」
「これ、最早結界とは言わねえよな?」
隣で強化術師の仲間の戦士がぼやいていますが、全く同感です。
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私はこことは異なる異世界で勇者をやっていました。
いえ、やらされていた、というべきでしょうか?
私は元々複数いた勇者の一人だったのです。いえ、勇者を演じる者の一人であった、というべきでしょうか?魔族はまだ人の形をしていますが、私達の世界で敵対していたのは冥府の住人、死者達だったのです。
どうしてそのような事態となったのかは分かりません。一説には既に滅んでいた国の王が冥界から愛する人を呼び戻そうとして冥府の蓋を開いてしまった、とも不老不死を求めた王が冥界を怒らせたとも言われますが正確な所は最早誰も知りませんでした。
いずれも王が、という点は共通していたのでいずこかの国の王が何かしたのが原因だったのは確かだったのかもしれません。
もっとも私は所詮駒の一つ。
民衆を鼓舞する勇者達、その一人を演じ、踊るにすぎない。
不定形の影、地の底から蘇った死者の軍勢、血の流れを失ったが故に冷たい身を温める為に生者の血を求める吸血鬼。
ひたすら自分達と同じ冥府の仲間へと引きずり込もうと迫る化け物達と戦い、打ち倒し、そして生き残る。それでも勇者と煽てられても所詮は生きる人間の一人、何時かは戦場のどこかで倒れ、また別の人が私と同じような顔を持って、勇者を演じるのだろう。
そのはずでした。
しかし、気付けば私は「本物の勇者」として祭り上げられていました。
原因は幾つかありました。
例えば、私以外のベテランの勇者が次々と戦死していった事。
幾ら見栄えの良い看板が仕事といっても勇者が後ろに隠れていては勇者ではありません。危険な仕事もたくさんありましたし、新人勇者ではそうした危険な場所を任せられない事も多かったのです。しかし、べテランが倒れたからといって勇者を出さない訳にもいかず、時には新人も動員されてそして死んでいきました。
そんな中、数少ないベテランとして私が重宝されたのです。
また別の理由としていくつかの困難な作戦を成功させた事もあったでしょう。
偶然と幸運にも恵まれたとは思いますが、ほとんど死者も出ず、作戦を完遂させました。
そうした事が積み重なり、何時しか「本物の勇者」に祭り上げられた訳です。
そうして、私はようやく掴んだ冥府の王の所在地へと奇襲部隊を率いて攻撃を仕掛けました。
冥府の王はおそらく何等かの儀式なりの母体となった骸骨を黒い霧が包み込むような姿をしていて、その霧の中から次々と死者が手を伸ばし、現れ続けていました。いわば王であり、門でもあったのです。
しかし、多数の犠牲の末、遂に核となる骸骨を打ち砕くと同時に私の体は弾き飛ばされ、気付いてみればこの世界へと来ていました。
落ち人として、この世界の在り様を聞いた事と、そして打ち砕いた時の骸骨に取りついていた怨念とでも呼ぶべき存在の意志が伝わって来たお陰で知る事の出来た内容などから私は道連れに冥府へと引きずり込まれようと世界から引きずり出され、しかし奴が力尽きた結果、世界の隙間を落ちてゆき、この世界に辿り着いた、というのが真相だったのだろうと推測を立てました。
そうして、この世界での私の生活が始まったのですが、その生活は存外快適なものでした。
何しろ、この世界では私は無名です。
誰からも騒がれないというのは新鮮でした。
どのみち、私は元の世界では既に死んだ事になっているでしょう。「勇者は命を賭けて世界を滅ぼす邪悪な存在を打ち倒し、しかし邪悪な存在の最後の一撃は勇者の命を奪い、彼らは共に倒れ世を去った」「勇者がその身を投げ出し救った世界を我々は勇者に顔向け出来るよう立派にしていかねばならない」などといった上の言葉まで聞こえてきそうです。上にとっては相討ちというのは理想の形だったのでしょうけれど、私にとっても現状は望むものでした。
信頼出来る仲間を冒険者組合で築き上げ、かつて勇者をやっていた事を明かしても彼らは「そりゃ災難だったな」と笑い飛ばしてくれました。
ただ後方から見ているだけ、というのが我慢出来ず、転移魔法を改良して独自の魔法を構築し、前線に立って戦うようにもなりました。
この世界の人達は強化術師が前に立つ職に向いていると考えています。
それは間違いではありません。
しかし、移動術師もまた優れた戦闘向きの能力を有しているのです。
間合いを無視した移動、自由自在好きな方向へと回避を可能とし、相手の足場を崩し、攻撃を加速する。一撃一撃に重さが足りないのならば速度で補えばいい。
当初は移動術師が戦いに参加するという事で不安がっていた仲間達も何時しか私の力を認めてくれ、冒険者として私は一定の立場を築いていました。
ここではかつての世界と違い、勇者は必要ではない。私もまた、一人の冒険者として仲間と共に戦い、笑い、そして何時かは引退して老いて死んでゆく。その過程で誰か愛する人を見つけ、子供を産む事が出来ればいう事はない。
そんな風に考えていたのです。
あの魔族達がやって来るその日までは。
明日も頑張ろう
※誤字修正