シズクの過去⑧
過去編最終回です!!(二度目)
私は意識を手放した……筈だった。自らの意思で、諦念を胸に死を受け入れた筈だった。しかし、私の意思から外れて私の魂は手放した意識を再び掴んだ。
死という深い闇の底へ落ちて行く私の魂は急遽、現実へと引き戻された。
「カハッ!!ハァハァ……」
現実に戻ってきた瞬間、まるでさっきまで呼吸をしていなかったかのような感覚に襲われる。酸欠によって視界の大半が黒く染まっていた。身体が枯渇した酸素を必死に取り入れようとして自然と息遣いが荒くなる。
深呼吸を繰り返しているうちに呼吸も落ち着き、酸素を取り入れた事で脳に血が回り視界が明瞭となる。そしてうつむいていた顔を上にあげる。
その光景に私は思わず目をカッと見開き、驚きのあまり声が出なかった。
それは文字通り、世界が変わっていた。
病室では決してない。なぜならどう見ても私の立っている場所は野外だったからだ。
歴史の教科書に載っていた中世の街並みが広がっており、街を歩く人々の服装も古風に感じる。まるで過去の外国へとタイムスリップしたようだ。
何故こんなことになってしまっているのか。ドッキリにしては手が込んでるという次元を超えているし、ましてや入院生活を余儀なくされている私に仕掛けるなんて医者や両親が許すはずもない。
いつも傍にある点滴も今は無い。だけど、今のところ体に異常は全くと言っていいほどなかった。
ただ突っ立てても仕方がないため、私は宛てもなく歩くことにした。
日本とは似ても似つかない個性的な街並みはとても新鮮で、初めてオモチャ売り場を目にした子供のように何度も周囲に首を振った。その時、私の視界に窓ガラスが通り過ぎた。
本来であるなら窓ガラスが視界に入った程度で建物の一部と認識し、そんな気に留める事なんてない。しかし、その窓ガラスには私の気を引き留める要因があった。
私は過ぎ去った窓ガラスへと視線を戻す。埃一つ付着しておらず、辺りの光景を反射して映してしまう程綺麗に磨かれていた。まるで鏡。しかし、私が気になったのはそこじゃない。
その窓ガラスに私は映っていなかった。
いや、映っている。映ってはいるのだ。私とは似ても似つかない姿をした私らしき人が。
鏡のような窓ガラスが私の一挙手一投足を映し出す。私の視線の先には私の動作と隔てることなく真似する少女が一人いた。
前の私とは似ても似つかない燃え盛る様な紅蓮の長髪と透き通ったまん丸な深紅の瞳。体型や年齢はそっくりだったけど顔立ちも服装も全く別物。
すぐさま振り向いても少女は見当たらないし、窓ガラスの映し出す位置的にこの少女は私でしかなかった。
見知らぬ光景に知らない身体。夢というにはあらゆる感覚が明確過ぎる。それに意識がハッキリとし過ぎている。この現象を私は到底夢だとは思えなかった。
そして私は理解した。ここは地球ではなく、そして私はあの時確かに死んだのだと。
今の状況は生まれ変わり。つまり転生とでもいうのだろうか。しかし転生したところでどうしろというのだ。私は生きる気持ちを無くして死を受け入れた。この世界に来てもその気持ちに一切変化はない。どうせ転生するなら前世の記憶なんて無かった方が良いんじゃないだろうか。前世の私にはもう生きる気力はないのだから。
そんな時、チャリンと小さく金属音をたてながら何かが零れ落ちた。なんだと思ってふと視線を向けるとそこには歪んだバッチ型ストラップが落ちていた。
「え?」
私は思わず声を出し、辺りを一瞬見渡した。付近に街の人々はちらほら居れど、このストラップの落としたであろう人は何処にもいない。私はその場でしゃがみ込みその歪んだバッチを手に取った。
形、質感、絵柄。全く同じだった。私が、加布施さんに貰った物と。
「どうしてこれがここに?」
この身体は私の物とは完全に別物で、前世の私から引き継がれた物は記憶以外何一つなかった。持ち物や服装を含めて何も無かった。それなのにこれだけ持ち越せたというのは意味が分からなかった。だけど幸いだった。これはとても大事なものだったから。
歪んだバッチを手に持ったまま見つめ続けていると、とある疑問が頭を過った。
加布施さんはどうなってほしかったから私を助けた?
今まで一度も考えた事すらなかった疑問。しかし、いざ疑問に思ってみればその答えはじつに簡単に導くことが出来た。
生きる希望を失いかけていた私に再び希望を取り戻して欲しかったから助けたんじゃないか。だから支えようとしたんじゃないか。寄り添おうとしたんじゃないか。それなのに私はそれを不意にした。友達や両親を残したまま、生きる義務を放棄した。
加布施さんが望んでいた結果は決してこれじゃない。ならば私のやるべきことは何か?
「……生きよう」
遅すぎる決意だ。亡くなってしまった加布施さんにも、残った両親や友達にも申し訳が立たない。しかし、一度失ったものはもう戻らない。後悔してももう遅い。ならばせめて、与えられた二度目の生は諦めずにみんなの望みに従うべきだ。どんなに辛くても、悲しい事があろうとも、決して絶望せず生きるべきだ。
私は歪んだバッチを持った手を握りこみ、強く胸に当てて決意を新たにする。そして私は歩き出した。もう止まらない。挫けない。そんな思いで一歩一歩と歩んでいく。
……行く宛てもなく。
「……どこ行けばいいんだろう」
そう口にした瞬間、私の意識はよくわからない空間に飛ばされ、転生の神と名乗る女性に色々と告げられた。今の身体に身元は無く自由にしていいという事。死の洞窟というところである書物を手に入れてほしい事。その書物をとある場所の翻訳家に翻訳を頼んでほしいという事。他にもこの世界の常識や私の他に転生した人が一人いる事など色々と。バッチに関しては必要そうだったからサービスだそうだ。
一気に情報を受け取ったため頭がパンクしそうだったけど、手渡された紙に地図など重要なことをメモして何とか聞き届けた。
その後、現実に引き戻されて私の新たな生が始まった。お金稼ぎをしたことなんてなかったし、レベルやスキルなど慣れないことばかりで苦労の連続だったけど、何とか乗り越えることが出来た。ある程度お金に余裕が出来てきたら、バッチを無くさないようネックレスの紐を買ったりもした。自分が汗水垂らして稼いだお金を自分で使うのはなんとも心地よかった。
辛い事もあったけど、嬉しい事も確かにあった。私が送る新たな生はとても充実したものだった。
それから暫くして、私はスケさんと出会うこととなる。
今度こそ最終回なんで安心してください。
計画性なくてすみません。




