シズクの過去③
モチベが少し戻りました。
少しずつ更新速度を取り戻そうと思います。
それからは彼女達に対しての後悔と世の中への憤怒を抱きながら、どうしようもない日々が流れ続けた。
しかし、日は一日一日と跨ぐ度に状況が変わっていく。
まず、荒れ狂う私に今まで真摯に寄り添ってくれていた医師は次第に匙を投げ始めた。
院内を歩き回ってみれば看護師はあからさまに避け、会話に聞き耳をたててみれば手に負えないと陰口に似たことを発していた。
点滴や食事、症状確認など直接会わねば出来ぬことは最低限にこなし、それ以上の干渉は全くしてこなくなった。
次に度々お見舞いに訪れていた両親が訪れなくなった。
最低限入院費を支払い、生活必需品は医師や看護師経由で渡す。
見るに耐えない私と顔をあわせる事が無くなった。
わかっている。私が悪いんだと。
それでも感情が勝手に動き、身体を制御できない。まるで私が私のものじゃないみたいに暴れまわる。
口を開けば罵詈雑言。腕が動けば乱暴狼藉。
みんなが他者に迷惑しかかけていない私を見限るのもまさに当然と言えた。
医師は私に他の患者を近付けてはならないと思っているのだろう。私の病室は四人部屋だというのに人一人おらず、個人部屋と同じだった。
私的には傷付ける相手を作らずに済む為、逆にありがたかった。
……いや、これは所謂防衛だ。そう思い込むことで自分の心を守っているに過ぎない。
本当は怖くて怖くて怖くて怖くて……悲しかった。独りが、孤独であることが。
誰も助けてはくれない。助けてくれる筈だった者達を私が切り捨てたのだ。既に手遅れで、自己責任だ。
私は、誰も見てない深夜の病室でただただ声を殺して涙を流した。
そんなある日、何人かの看護師に行く手を阻まれながらも一人の男が現れた。
二十代半ばだろうか。背丈は高く、患者らしいカジュアルな服装で身を包んだ凛々しい顔立ちの人だった。
「勝也さん!挨拶回りはいいですが、ここはっ!!」
「こんにちは、俺は加布施 勝也。今日からこの病院に入院することになったんだ。これからよろしくね」
軽快な挨拶をした男は口角を少しあげて微笑んだ。
「君にはお近づきの印にこれをあげよう。めちゃくちゃ良いものだから大事にしてね」
男はそういうと大きく膨らんだポケットから丸いカプセルを取りだし、中身を開けてそれを私に手渡した。
中に入っていたのはミニチュアな少女のストラップだった。細部には事細かく丁寧な彫刻が施されていた。その反面、少し圧力を加えれば傷ついたり、手足が折れてしまいそうだった。
だが、カプセルに入っていたミニチュア人形にしては作品にかなり力が入れられていて、とても量産型とは思えなかった。
ありがとう、という言葉は私の口から出なかった。
黒い感情が私が言いたかった本来の言葉を喉元で押しのけて、先んじて口元に達した。
「私に関わらないで」
心にもない言葉が飛び出した。
どうして私の身体は言うことを効かないのか。
だがしかし、黒い感情はその程度で収まらなかった。
言葉として口に出したことで脳が勘違いを起こしたのだ。それによって脳はとある衝動を神経を通じて伝えた。
人形を握り潰せ。
バキリと不意に音が鳴る。私からそう離れていた位置からだ。
まさかと思って気付いた時は既に遅く、私の手は男から受け取ったミニチュア人形を握り潰していた。粉々とはいかないものの細かな部位が破損していた。
驚くほど違和感なく身体が動いた。
私が恐る恐る顔を見上げると、男はひどく悲しい表情をしていた。
当然だった。大事にしてと言った矢先に握りつぶしたのだから。
「そうか」
男はそう言ってその場を立ち去った。
「あ……」
男の背中が完全に消え去ったところで小さく声が漏れた。
やってしまった。
自分の意志ではないにしても、男にどう映ったかが問題だ。
目の前で手土産を壊すひどい女だと思われたことだろう。
男は来ないだろう。もう二度と。
私はまたやらかしてしまった罪悪感に苛まれることになった。
次の日、彼はまた訪れた。
そして、ポケットからカプセルを取り出し、中身を手渡しながら男は言った。
「こんにちは、また来たよ。君の名前は何て言う……」
「私にわざわざ挨拶回りなんてしなくていいわ。もうこないで」
言いたかったのは謝罪。しかし、またしても黒い感情はそれを押しのけて、男の言葉を遮りながら辛辣な言葉を投げつけた。
貰った物も近くのごみ箱に投げ捨ててしまった。
何故私は感情を制御できないのだろうか。入院する前まではこんなんじゃなかった。短気ではなかったし、理不尽なことに我慢することもできた。
なのに今はどうだろう。苛立ち、羨望、憤怒など色々な感情をごちゃ混ぜにした真っ黒な感情を抑えることがまるでできなかった。
男が折角与えてくれた与えてくれた二度目のチャンスをふいにしてしまった。私が感情をコントロールできないばっかりに、またしても男を傷つけてしまった。
「……わかったよ」
そういって男はとぼとぼと覚束ない足取りでその場を去っていった。
それを見送った私の心は後悔で押し潰されそうだった。




