切り札
また一話増えました。はい
●視点:デイル●
白く濁った煙を辺り一帯に焚かれ、自身の足元さえ碌に見ることが出来ない。
翼をはためかせ、煙を端に押しやろうにも自慢の翼は先程の攻防で壊されてしまった。私の持つ最大の切り札を切ればこの翼は直ちに治りこの煙を搔き消せるようにはなるでしょう。しかし、切り札を切ってしまえばこの戦いは終幕を迎える。その切り札を切って私が自身の力を制御できる保証はないし自信もない。
だからまだ時ではない。本当に危機に陥ったその時まで、私はこれを切らない。
辺りで何かが駆け回る音が聞こえる。恐らくスケルトンが何かを企んでいるのだろう。煙の中を無謀に駆け回るのは少し危険。だが有翼兵器の一切を今は使えない。遠距離武器を今は携えていない。
ならばどうするか。作ればいい。
私は地面に右拳を思いっきり叩き付け、砕く。辺りにパラパラと小石が舞い、その中で手ごろな石を何個か掴み、足音の方へと投げ入れる。しかし、視界があやふやなこの状況で音だけを頼りに当てるのは至難の業。当然命中することは無く、いつの間にやらスケルトンの足音はやんでいた。
「クフフ、走るのはもう終わりですか?」
辺りは未知。無策に飛び込むは危険を要する。だから私がとった手段は挑発。乗ってくれればいいが、恐らく乗らないだろう。そう思っていた時……。
『ファイア!!』
初めてスケルトンが声を発しました。それと同時に的外れな方向へと炎は突き進み、朧気ながら人型の陽炎が明らかになった。
私はそこにすかさず飛び込み、拳を決め込むが感触がスケルトンのそれではなかった。近づいた見ればわかる。これは木のマネキンとそれを立てかける物。
ならスケルトンは!?瞬間、後ろから何かが当たる感覚があった。痛みはない。だがすかさず振り返るとそこには私の傷を抉った両刃の矢が突き刺さっていた。
「これは、背後を取られたってことですね!!」
私は直ぐ身体を背後に回し、警戒するが。
『ファイア!!』
「!?」
また後ろから刺激が訪れる。今度は矢ではなく炎。しかも、触れる前から背を焦がすようなその熱気、当たればただでは済まない。
「《転移動術》緊急回避!!」
すぐさまその場を移動し、事なきを得る。しかし逃げた先で何かを踏んだ。何かはわからない。が、カチッと音が鳴る。嫌な予感がする。背筋がぞわぞわと沸き上がり、退避せねばと本能が叫ぶ。だが転移動術は連続して使えない。だから私はその場を強く蹴り前へと進むが既に遅く……。
ドゴォォォォォォォンンンン!!!!
途轍もなく大きく巨大で強大な大爆発が発生する。表皮は爛れ、血は蒸発し、体の奥が蒸し尽くされる。アツく、暑く、熱く、体が解放されたいと思えど、爆熱が有するその膨大な熱を下げる様子は更々なさそうだ。
「がぁぁぁぁぁ!!!!!」
そして、まだ足りないのか再び爆発音が四度ほど聞こえてくる。最初程の爆発ではないにせよ、肉体に重大なダメージを追っている今となっては小規模だろうと変わらない。
しばらくすると爆発は終わりをつげ、辺りが開き、スケルトンが此方を静かに見つめている。
「これで……終わりなのか……」
喉が焦げ、出す音全ては枯れている。水が欲しい。苦しい。でも……気持ちがいい。私の欲が満たされる感覚が体中に沸き上がる。今まで訪れた闘争の快感以上の満足感だ。私が苦戦?悪魔となった今まではありえなかった。
スケルトンは私と対等な力を身に着けていないのは戦闘の序盤からわかっていた。だが期待した。私と同じダンジョンにとって特異な存在である彼ならば何かしでかしてくれるだろうと。満たしてくれるだろうと。
最初は失望した。しかしそれは早計だった。その失望を容易に覆してくれる今を彼は与えてくれた。策を弄し、死の目前まで私を追い詰めた。それがたまらなく気持ちがよかった。
もうこのまま死んでしまってもいいのではないだろうか。私がこのまま消えてしまえば彼は解放され、私は満たされた気持ちのまま生涯を終える。
なんと素敵で心地のいい終わりだろうか。
今終えれば私にとってハッピーエンド。
心残りは……ない。
ーーーはずであるのに、私はその先を望んでいた。ハッピーエンドのその先を。
スケルトンの彼はこれ以上策を持っていないかもしれない。対抗する術を持っていないかもしれない。そうなればこれは彼にとってバッドエンド。そして、私にとってこの時と同じようなハッピーエンドは訪れず、対等な存在に出会うことなくエンドを迎える可能性もある。
それでも尚、求めてしまう。ハッピーエンドのその先を。死んでもかまわない。いや、むしろ殺してもらいたい。切り札を切った私を。それほどまでに欲する。切り札を切って尚満たされるベストエンドを。
「いや……足りない。まだ、足りないぞ」
彼は期待に応えてくれるだろうか。いや、応えてもらわなければ大いに困る。
だからこそ、私は枯れた喉から声を上げて叫ぶ。敵である彼を鼓舞するかのように。
「クフフ、クハハ、フハハハハハ!!!さぁ……さぁ!!もっと私を楽しませてくれ、スケルトン!!!」
そういうと私は隠し持っていた小瓶、吸血鬼の血を取り出し小瓶ごとかみ砕いた。
《魔色(無色)スキルが覚醒。魔色(灰)となりました。》
●視点:主人公●
叡智の指示通り、操り人形を立てかけ板に立てかけ、煙の中でファイアを使うことにより陽炎を作り誘導させ、その背後に捨てられていた両刃の矢を手戻りの腕輪で引き寄せ注意を後ろに引き、背後から混沌の魔力を込めた特大ファイアを放つ。そして当然逃げられることを予想し、叡智の予測により導き出された数ある回避位置の内、デイルが一番向かいやすいであろう位置に誘爆罠を五個全て置いた。ついでに火薬のたっぷり詰まった刺発弾をたんまり配置した。
そして爆発。それも超特大な。こっちまで巻き込まれそうなほどの規模だ。叡智の予測を聞いていてなんだが、想像以上だった。
これにはさすがのデイルもこたえるようで、爆風が消えると満身創痍な様子でその場に佇んでいた。しかし、叡智3000しか削れないとか言ってたのにデイルの体力殆ど削ってんじゃん……。
「これで……終わりなのか……」
デイルが弱音のような、らしくない言葉をかすれた声で静かに漏らす。叡智とのシンクリンクの効果は既に切れているが、これはもう勝ったも同然だろう。
やっとこの地獄のような時間が終わる。そう思ったとき。
「いや……足りない。まだ、足りないぞ」
その言葉が発せられると同時に身体が凍り付くような感覚に襲われた。禍々しく、おどろおどろしい。まるで死という概念がそこに顕現したかのような。
恐怖が鎖となって身体を支配する。だが、それを振り払う勢いで本能が叫ぶ。
早く奴を殺せっ!!!
同感だった。早くデイルを殺さなければ手遅れになってしまう。
俺は直ぐに脳内で魔法を構築していく。悠長にしていられない。早く!速く!急ごうとも構築時間は変わらない。だが急いてしまう。この死を直ちに討たなければと、本能が絶えず叫び続ける。
「クフフ、クハハ、フハハハハハ!!!」
高らかに笑うデイルを無視し、やっとの事構築が完了する。そして、全てを込めて、放つ。終幕への一撃を。
『ファイア!!!!!』
「さぁ……さぁ!!もっと私を楽しませてくれ、スケルトン!!!」
デイルはそういうと小瓶を取り出し口の中に放り込んだ。と同時に俺の全身全霊を込めたファイアが激突する。デイルが居た位置は炎が燃え上がり、絶えず空間を燃焼する。
これで終わり。デイルの体力でこれを耐えきれるはずがない。筈がないのにどうしようもなく不安で仕方なかった。
杞憂に終わってほしかった。だが望みは簡単に打ち砕かれた。
高熱の塊であった炎が闇に吸い込まれるように消失したのだ。こんな能力、デイルは持っていただろうか。
いいや、持っていた。初見で潰したから発動する機会がなかっただけで確かに持っていた。あの、チートの様な左腕を。何もかもを消失させる文字通り悪魔の左腕を。
だが、ありえない。デイルには回復系統のスキルがない。腕を再生させるなんて万に一つもあり得ないはずだ。
必死に直面したくない事実を否定する俺だが、絶望に叩き落されることとなる。
「クフフ。さぁ、戦いの続きをしましょうか」
そこには復元した左腕を突き出し、吸血鬼の様に細長い八重歯を携えながら不気味に笑うデイルが佇んでいた。
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