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01-4.立つ鳥後を濁す

アルフレド皇国の兵が住む宿舎に、テレジアは日が暮れるころになって帰りついた。

宿舎には誰もおらず静まり返っており、テレジアはとりあえず、とボロボロの服を着替え、皆を探した。


近くをうろうろとしていると、声が聞こえた。

王宮の裏手にある広場で、騎士たちが集まり、血気盛んに何かを叫んでいる。

何をやっているのか、とそこへ向かっていると、騎士団長の声が聞こえた。


「我々は、奴らに思い知らせてやらねばならぬ!」

「奴ら……?」


また戦争でも始まったのか、とテレジアは聞き耳を立てた。


「数々の仲間だけではつゆ知らず、副団長テレジアすらも森に飲み込まれた! これは、間違いなくオーク共の仕業だ! やつらは、アルフレド皇国を挑発しているのだ!」

「えっ……」


テレジアは、思わず身を隠した。

自分が死んでいることになっているうえに、団長はオークのせいにしようとしている。

ただそれだけなら、道理として分からなくもない。

しかし、テレジアが事前に聞いていたことと、あまりにも違っていた。


(団長、森の異変は猛獣の仕業だって言ってたのに……)


団長は、騒ぎの原因が凶暴な獣の仕業だと知っていた。

相手がガイゴラであるとは断定していなかったが、それでも大したことのない獣だと言っていたのだ。

彼が異変をオークの仕業と言うのには、無理がある。


(変なことが多すぎる……。ちゃんと聞かなきゃ……)


盛り上がる騎士団を遠目に見て、テレジアはそう思った。

姿を隠して、彼らが解散したあと団長を追った。


団長はふたりの取り巻きを連れ、王宮の方へ歩いて行く。

中へ入られたら人の目が多すぎるため諦めようと思ったが、なぜだか隊長だけがひとり外れて、王宮の裏へと向かった。

どうやら用をたすために、茂みにむかったようだった。


その背後をとり、テレジアは団長へ話かけた。


「ただいまもどりました」


淡々としたテレジアの声に、団長は少しだけ身震いして振り返った。


「テレジアか。よく無事にもどった」

「……声、震えてますよ」

「お前が急に後ろから話かけるからだ」


目が泳いでいる。

明らかによからぬことを考えていた表情だ。


「どうしたんだ、こんなところに――――」


団長が話している最中に、テレジアはすらっと剣を抜いた。

切っ先は地面に向けているが、視線は外していない。


「聞きたいことがあるので、騒がないでくださいね。まず何を企んでいるのか教えてください」

「嫌だ、と言ったら?」

「言えないでしょう。あなたはそうやって今の地位まで上り詰めた人です」


団長に信念や覚悟はない。

それはよく知っていることであった。

彼は高い地位について、高額な恩賞がもらえればそれでいいのだ。


「……オークの村を襲う。やつらが隠し持っている資材を奪うんだ」

「なぜ?」

「この国は財政難でな。今の頻度で戦争を続けていたら、近いうちに金が尽きる。高額な爆薬や火矢を使っているせいだ。そして、敵を燃やしてしまったら奪うものもなくなる」

「でもオークが資材を隠し持っているかどうかなんて、わからないでしょう?」

「それでもやるんだよ。ほかに道はない」


団長も命令でやっているのだろう。

仕方のないことだとでも言いたげな表情を浮かべている。


「それじゃあ、次の質問です。なぜ私を森に送り込んだんですか? たかが獣だなんて嘘までついて」

「それは……」


団長は言い淀んだ。


「……ガイゴラは、おれがあそこに放した。お前を処分するためだ」


テレジアの剣が角度を変え、夕日が反射して顔に当たる。


「続けて?」

「お前は、忠誠心が低い。爆薬で戦い始めた以上、戦争にたったひとりの英雄は必要なくなった。邪魔になる前に消しておく必要があった」

「ええと、それって、つまり――――」


テレジアの剣が下から上へ、流れるように動く。

切っ先が、団長の頬へ突きつけられた。


「私を、裏切ったってことですよね?」

「ま、待て。お前が裏切りに敏感なことは知っている! そんなおれがお前を裏切るわけがない!」

「わかりませんよ? だから人って、嫌なんですよね」

「父親が仲間に裏切られて死んだのが、お前にとって大きな傷になっているのだってよく知っている!」

「私に詳しいからって、信用してもらえるとは思わないでくださいね」


テレジアは剣を収めた。

団長は腰が抜けたようで、へなへな、と地面に座り込む。


「本日限りで辞めさせていただきます。今までお世話になりました」

「こ、殺さないのか?」

「私を何だと思っているんですか? そりゃ、怒ってますけど、ここであなたを殺すよりもやらないといけないことがあるので」

「何をするつもりだ?」

「秘密です。お互い長生きしましょうね」


テレジアは団長に背を向けた。

彼に離反者を後ろから刺すだけの度量があるなら相手をしてやってもいいが、それすらもないだろう。

そんな小さい人間を切っても、剣が汚れるだけだ。


(ヒグドナに知らせないと。でもその前に……)


どうせ死んだことになっている身だ。

派手に邪魔しても問題はないはずだ。


テレジアはまっすぐに、王宮から少し離れたところにある武器貯蔵庫へ向かった。

大規模な侵略を行うため、火薬や火矢、大砲などが準備されている。


(見張りは、いないか。不用心だね)


今度は戦争を仕掛けるのではないのだから、少し余裕あるのだろう。


テレジアは火薬の樽を開き、中身を辺り一面にばら撒いた。

燃えにくそうな大砲の筒や、台車には油をかける。

入り口から火薬の線を描いて、身の安全を確保できるところまで伸ばし、その先端に、ちょっとした仕掛けを作った。


耐火性のある植物のツルに、油に紙紐を浮かべたランプを吊るす。

多少の耐火性があるとはいえ、長く火に当てられると他の植物同様に燃える。

さらに、切り込みを入れてやれば、その時間の調整すらも出来るのだ。

それは、テレジアが戦争で得た技術のうちのひとつであった。


テレジアは、ツルにナイフで少し切り込みを入れて、そこに火があたるよう、火口の位置を調整した。


(爆発まで五分くらいかな? さて、この住み慣れた皇国ともさよならだ)


誰にも見つからないよう注意しながら、テレジアは宿舎の自室へ忍び込む。


(私の鎧……。重いけど、置いて行きたくないなぁ……)


部屋に飾っていた父の形見の鎧を身にまとい、最低限の荷物をカバンに詰めて背負った。

その中には、ロジーナ・ローゼンミュラーの赤い表紙の日記がある。


昔数ページだけ読んでやめた、旅の日記だ。

ゆっくり読み返せば、この中にヒグドナが出てくるのだろうか。

惹かれる気持ちをぐっと抑え、テレジアは支度を終えた。


他に忘れ物はないか、と見回している時に、外からとてつもなく大きな爆発音が響いた。

仕掛けが上手く作動したのだ。

あちらに皆の注意が向いている間に、ここから脱出しなければならない。


(オークたちに侵略のことを伝えないと……。えっと、あの場所、ヒグドナがいたのは、森のどの辺りだっけ?)


テレジアは、必死に記憶の道筋をたどったが、まったく見当がつかない。

彼女は方向音痴であった。

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