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07-4.黒い鎧とその呪い

テレジアが目を覚ますと、今朝も見たデルガルトの家だった。

焦点の合わない目で居間の天井をぼうっと見ていると、となりでヒグドナの声がした。


「目を覚ましたか」

「……私、生きてる?」

「なんとかな」


右手を動かして左腕を触ると、上腕の半分から下がない。

処置のおかげで血は止まったようだが、ずきずきと芯から痛む。

どうやら夢ではなかったようだ。


「すまない。左腕は駄目だった」

「……謝ること、ないよ」


擦れた声でテレジアは言う。

あれからどれくらい時間が経ったのか、アムカはどうなったのか、聞きたいことは山ほどあったが、思考にもやがかかったように、上手く言葉が出てこない。


ヒグドナから飲み水をもらって、テレジアはまた眠りについた。

次に目を覚ましたのは、完全に日が落ちてからだった。


すっかり眠気がなくなっており、いくら待っても眠れなかったため、気分転換に外へ出ることにした。

起き上がって、眠っているヒグドナを起こさないように、そっと小屋から出て、砂浜を目指した。


星が輝く砂浜に座って、テレジアは暗い海を眺めた。

アムカの首を落としたことは、この手が覚えている。


(なのに、なんだろう。倒した気がしない)


もう一度確かめに行こうか悩む。

しかし、相手は体のない抜け殻だ。

どちらにしても、墓があるだけだろう。


気を失う前に聞いたあの声は、何の意味があったのだろうか。


(聖杯を求める声……。剣聖を狙って生き返ったアムカ……)


なにひとつ、謎を解決するための材料がない。


(私もいい加減、聖杯と向き合う時がきたのかな)


ガウェインは聖杯のことを調べていた。

この一件が終わったら連絡をとってみるか、と思い立ったその時だ。


『ラウロ、ココウグル、ソウラニャ』


(また、あの声が……)


声を追うようにして、頭痛がする。

頭が割れるようだ。


(このままじゃ、まずい)


なんとか意識をたもちながら、荷物から日記を取り出して、二枚の紙を破くと、震える手で手紙を残した。

そしてふらふらと、あの墓の場所を目指して、テレジアは歩き始めた。






あくる朝、ヒグドナは枕元に置かれた手紙に気がついて、目を丸くした。

それを読んですぐにデルガルトの寝室へ押し入って、彼を起こした。


「あんた、何を隠している?」


逃げ場のないよう、扉を閉めて、ヒグドナは言った。


「あのお嬢さんは……」

「いなくなったよ」

「そうですか……」


デルガルトは大きなため息をつくと、話し始めた。


「あれは、聖痕を食べて生き永らえているのです」

「今まで何人食わせた?」

「……私が知っているだけで五人です。五人の剣聖が、彼に戦いを挑んで、破れました」

「テレジアは勝っただろう」

「そのようです。だから、もしかしたら、主人が代わるのかもしれません」


ヒグドナは苦々しい顔をして聞いていた。

それは、彼があまりにも淡々と、悪気なく言うからだ。


「何の、主人だ?」

「あの鎧は、特別なのです。エルフの宝であるガリンデルガという鉱石で作られています。あれは、エルフの中でも最高の硬度を持つ鎧でした」

「ガリンデルガ、だと……」


ヒグドナの聞いたことのあるガリンデルガは、欲望を増幅する魔石だ。

持った者は正気を失い、本能に従って行動するようになる。

元々は罪人に自白させるために使われていた石であり、ガリンデルガで作られた手錠をされると隠し事ができなくなるという。


「そんなもので鎧を作っても耐えられるほど、アムカは精神力の強いエルフでした。しかし、その死後、くびきから解放された鎧が意思を持ったのです」

「欲望が動き出したということか」

「はい。やつは生き物ではありませんから、本物の聖杯と聖痕の区別もつきません。以前は百日で鎮まりましたが、今回はあなた方が訪れてしまった。倒していただけたのはありがたいのですが、やつを倒したあとどうなるか、私は知りません。彼女がガリンデルガの影響を受けているのなら、あの墓のところへ戻ったのでしょう」


他人事のようにそう言うデルガルトに嫌気のさし始めたヒグドナは、少しだけ声を荒げた。


「あんた、なぜそんなふうに言える? アムカが現れた時もそうだった。本当は島民が死ぬことだって、気にしていないんじゃないか?」


アムカの鎧がどういったものか事細かにわかっていながら、ユノの父親を送り込んだのも彼だ。

ヒグドナの不信感は、おさえられないところまで来ていた。


「……お察しの通り、私はアムカさえいればあとはどうでもいいのです。この島の人間がどれだけ切られようと、まったく問題ありませんから。ところで、あなたはあなたの価値を失ったことにお気づきですかな? あなたはあのテレジア嬢の所有物であったために、ここにいることを許されているのです。余計なことはしない方が、身のためだというものでしょう」


分かりやすい脅しだ。

ヒグドナは優先順位を考え、彼のことは一端置いておくことにした。


「……あんたに頼みたいことがあってな。これを届けてほしいんだ」


ヒグドナはテレジアの残した手紙のうちの一枚をデルガルトへ渡した。

綺麗に封がされており、開けた形跡はない。


「どこのどなたにですかな?」

「エティダルグのガウェインにだそうだ」

「ガウェイン卿とはまた、大物の名前が出ましたね」

「テレジアの置手紙に、彼ならこの終わりのない呪いの解決方法を知っているだろう、と書いてあったんだ」


ヒグドナはエティダルグにいる間別行動をしていたために、テレジアとガウェインが知り合いであるとは知らなかった。

この手紙を読む限りでは、テレジアがこの世界で最も信頼している人物だったようだ。


テレジアはいざとなればヒグドナに自分を殺すよう言伝をしていた。

しかし、ヒグドナにその気は一切ない。

何をしてでも助けるつもりだ。


デルガルトは、ヒグドナの願いを了承した。

渡り鳥を使って手紙をエンゲイトへ届け、そこからエティダルグまで送ってもらえるそうだ。


それからというもの、ヒグドナはそわそわと砂浜を歩きまわった。

百年も生きてきて、こういう時に役に立つ知識を持っていないことがもどかしかった。


実際のところ、ヒグドナは聖杯についてよく知らないのだ。

絶対に関わってはならない、とテレジアの曾祖母ロジーナからきつく言われていたからだ。


ロジーナも剣聖だった。

ヒグドナには、その称号の価値はわからなかった。


ロジーナは剣聖であることを、呪いだと言った。

ヒグドナには、その言葉の意味はわからなかった。


ロジーナは聖杯を心底嫌っていた。

ヒグドナには、その嫌悪の理由はわからなかった。


何も知らず、何も調べなかった。

ヒグドナがわかっているのは、そういうものがある、ということだけだ。


過去の膨大な時間を棒に振ったことを悔やむべきなのか、いずれにしても、自分の無知が原因でこういうことが起きてしまったことは、責任を感じずにはいられない。


「なあ」


いつの間にか、となりにユノが立っていた。

彼女も悲しそうな顔をして、ヒグドナを見ている。

テレジアがいなくなったことを、デルガルトに聞いたのだろう。


「ごめん。わたしのせいで、テレジアが……」

「お前のせいじゃない」


あの洞窟から戻ってきて三日間、何度もかわしたやり取りを、またここでも繰り返す。


「なあ、どうしたらいい? わたしは、おまえたちのために、なにができる?」

「俺にも、わからん……」


ヒグドナはそう言って肩を落とした。


(ロジーナ、あんただったら、どうする?)


海の上に浮かぶ大きな雲に向かって、ヒグドナは問い続けた。






アムカの墓のある洞窟の中で、テレジアは日記を抱えてうずくまっていた。

もはや時間の感覚もなく、どれだけ長い間ここにいたかわからない。

体のほとんどはあの黒い鎧に覆われてしまった。

黒い部分が増えていけばいくほど、あの声も大きくなる。


自分でもどうやって耐えているのかわからない。

絶望的な状況だったが、妙な安心感があった。

それは、ヒグドナの存在だ。

彼ならきっと、なんとかしてくれる。


(だから、いつまでだって、待てるから)


テレジアは、なくなった左腕がうずいた気がして、肩をぎゅっと握った。


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