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07-2.エルフとアムカ

黒い鎧が去ると、小屋の中から様子を伺っていたであろうエルフたちが、次々に姿を現した。

小屋の影に隠れていた子供も、泣きながら家族の元へと向かう。

群衆の中から、白いヒゲをたくわえた小柄な老人が出てきて、テレジアにお礼を述べた。


「ありがとうございます。この子を助けていただいて」

「当然のことをしたまでです」


そう言って、剣をしまう。

あと少しのところで逃げられてしまい、すっきりとしない感覚だけが、テレジアに残っていた。


「私はこの集落のデルガルトです。何もない家ですが、おもてなしをいたしましょう」

「あ、ちょっと待ってください。私、仲間がいるんです。でも、その、オークなんです。なので、お招きにはあずかれません」


できるだけ、刺激しないように、テレジアは言った。

彼らがオークのことをどう思っているかは、もう充分に分かっている。

ならばせめて余計な争いは避けたい。


「オーク、ですか」

「はい。さっき、桟橋で女の子にオークはこの島へは入れないと聞いたので、これから帰るつもりだったんです」


デルガルトはしばらく悩む仕草を見せて、言った。


「構いません。良い行いをした者には最大限の幸福があって然るべきです。その者もここへお呼びください。皆には私から説明しましょう」


そう言って、デルガルトはみんなを集めると、エルフの言葉で何か話し始めた。

その間に、テレジアは桟橋へと戻り、まだ海の中にいたヒグドナと少女を橋の上へと引っ張り上げた。


「おまえ、つよいな……」


少女は大変驚いた様子で言う。


「いくら強くても、まんまと逃げられたからダメだよ」


テレジアは残念がりながら、かぶりを振った。


「あ、そうそう。ヒグドナ、なんとかなりそうだよ」

「許可でも出たか?」

「デルガルトが島に入っていいってさ」


それを聞いて、少女が口を尖らせて言う。


「ほんとうか? デルガルトはきびしいひとだ。オークをしまにいれるはずがない」

「自分で聞いたらいいよ。歓迎してくれるらしいから」


納得していない顔で、少女はテレジアを見る。

テレジアは気にせず、島へ向かって歩き始めた。


彼らの集落は、砂浜から少し森の奥へ行ったところにある。

砂浜にあったものと同じ形の小屋が、広場のようになった空間にいくつも作られていた。


そのうちで一軒だけ、旗の立っている小屋がある。

ドワーフのところで見たのと同じように、デルガルトの家だけは分かるようになっているようだ。


そこへ入ると、デルガルトと数人の大人のエルフたちが木製のテーブルを囲うようにして、輪になって座っていた。


「さあさあ、おふたりとも、お座りください。食事の準備でもさせましょう」

「それはありがたい。しかし、本当に良かったのか?」


ヒグドナが聞くと、デルガルトは笑って言った。


「我々はオークが嫌いですが、それ以上に恩のある相手を無碍に扱うことに我慢できないのです。今だけは種族のことなど忘れましょう、と皆には説明してあります。あの現場を見て、あなたがたに敬意を払わない者はいないでしょう」

「おれは何もしていないが……」


席についたテレジアは、ふたりの会話を待たずに口を開いた。


「あれ、なんだったんですか?」


そう聞くと、デルガルトは黙った。

すると、後ろに立っていた少女が、代わりに喋り始めた。


「あれは『アムカ』だ」

「アムカ?」

「のろわれたよろいが、さまよっているんだ」


その名前を聞いたヒグドナが思い出したように言う。


「アムカ……。有名なエルフの戦士だな。しかしまた、古い名前だ。なんでそんなやつが今になって出て来たんだ?」

「あれは、アムカの着ていた鎧なのです。アムカの墓に遺体と共に埋葬されていたものが、なぜかここ最近になって動き始めたのです」


デルガルトは消え入りそうな声で言った。


「理由に心当たりは?」

「ありません。アムカは、すでにこの村の人間を十人殺しています。彼が降りてくるときは必ずガリンブ(黒い煙)が見えます。それを見つけたら、小屋の中へ隠れるようにして、ようやく被害を出さずに済むようになりました」

「わたしのおとうさんも、アムカにやられた。アムカは、このタニャルゴにすむみんなのてきだ!」


激しい闘志の炎をその目に滾らせながら、少女は言った。

しかし、対称的に、デルガルトは悲しそうな顔をしていた。


「かつての英雄が、なぜこのように暴れているのか、我々にはわかりません。グラウレンで何か起きたのかもしれません」

「だったら、その原因を探ってみればいいんじゃないの?」

「アムカがいるからそれもできないんだろ」


テレジアの疑問をヒグドナが一蹴する。


「アムカはとにかく、恐ろしく強いのです。この娘、ユノの父も、すごく強い戦士でした。しかし、それでも勝てなかった」

「それは、この村の中で一番強かったということですか?」


それは相手の強さを測るうえで、重要な質問だった。


「いえ、彼は島の外で修行を積んできた戦士です。剣聖という称号をいただいたと聞いていました」


また、テレジアの背筋がぞくぞくと冷える。

つまり、そのアムカという戦士は、平均的な剣聖よりも強いと言える。

そんな強い相手と、テレジアは今まで剣を交えたことがない。


「興味深いですね。もしよければ、私が倒してみせましょうか」


優劣を決めることに興味が薄い方であったが、それでも強い相手と言われて気にならない剣士はいない。

テレジアが言うと、デルガルトはかぶりを振った。


「倒せるのであれば、お願いしたいところではあります。しかし、アムカは墓の近くでなければ倒せません。先程、剣を持っていなかったでしょう。墓から離れると、力が弱まるのです。アムカの全力を負かすことができなければ、何度でも彼は甦ります」

「つまり、あれは全力ではない、と?」

「残念ながら、そういうことです」


テレジアは少し考えた。

全力でなかったのはこちらも同じことである。

しかし冷静に考えて、あれ以上の強さとなれば、無傷では勝てないかもしれない。


「アムカをたおすなら、わたしもいく。はかのばしょもしっているから、あんないできる」


ユノがそう言って、息まいている。

テレジアはひとつ思いついて、彼女に言った。


「じゃあ、少し手伝ってもらおうかな」

「かてるのか?」

「勝てるよ。だって、私強いから」


デルガルトの方を見ると、半ば諦めたようにユノを見ていた。


「デルガルトさん、この子に危険なことはさせませんから、安心してください」

「その心配はしていません。アムカがどれだけ危険か、ユノが一番分かっています」


どれだけ憎くとも、力量差だけはきちんと理解しているようだ。


「はは、私とは大違いだね」


かつて父の仇を撃つために無茶をしたことを思い出す。


「まあ、直接関わるようなことはさせないよ。わかっていてほしいのは、アムカを倒したいっていうのは、完全に私の興味と好奇心なの。困っている人を助けたいとか、敵討ちをしてやりたいとかってことでもないからね」


これは嘘偽りない本音であった。

感謝してもらえるのはありがたいが、負けた時に責任を感じられても困る。


「ユノちゃん、よろしくね。ええと、まだ自己紹介していなかったと思うから、私たちのことを少し話すね」


ユノはテレジアとヒグドナを交互に見る。

テレジアはともかく、ヒグドナのことはまだ完全に信じていないのだろう。


「私はテレジアで、こっちのオークがヒグドナ。私は、簡単に言うと、剣聖って称号を持ってる」

「えっ!?」

「剣聖ランスロット。それが私のもうひとつの顔。だから、アムカとも対等に戦える。一対一で戦うことが、決して無茶じゃないと分かってもらえるかな」


ユノは言葉を失ったように目を見開いた。

目の前にいるテレジアが、自分の父親と同じ立場の人であるとは思いたくないのだろう。


「あなたも、剣聖だったのですか」


デルガルトも意外そうに言った。


「剣聖は名を名乗るものでは?」

「普段は隠してるんだ。まだ受け継いでないからね」

「聖痕は、ございますか?」


そう言われて、テレジアは右の鎖骨の辺りを見せた。

そこには剣聖には皆つけられている、赤いかさぶたで描かれた消えない聖痕が刻まれている。


あてられた名によってその聖痕は違い、テレジアの聖痕はランスロットをさすものであった。


「本物なのですか……」

「……なに? 剣聖だとまずいことでもあるの?」

「いえ、そうではありませんが……」


何か隠している。

テレジアはそう思ったが、話す気がなさそうなところを見るに、問い詰めても無駄だろうと感じた。


何はともあれ、アムカと戦って勝てば、彼らもグラウレンに入ることを許さざるをえない。

結果としてその恩賞があればいい。

この旅の目的地はすぐそこなのだ。


日が暮れるころになると食事の準備が終わったようで、明るい宴会が始まった。

彼らの話によれば、アムカはなぜか小屋には近づきたがらないらしく、どれだけ音を立てても、小屋にこもってさえしまえば安全らしい。


桟橋で長らく使われていない漁船のことを聞くと、やはりここ最近、誰も漁には出ていなかった。

作業中は様々な音が周囲で鳴り、さらに漁夫たちは集中しているため、アムカが現れていることに気がつかずに襲われたことがある。

それからというもの、デルガルトの命令で、この一件が解決するまで船は出さないことになっているらしい。


自分たちが食べる分だけの魚は桟橋から釣りなどで入手できるため、飢えて死ぬということはないようだ。

焼き魚の他にも、木の実をすって煉り合せて焼いたものなど、この島でとれる食材をふんだんに使った夕食となった。


夜が更け、皆がそれぞれの家へ帰り始めた。

その日はそのまま、デルガルトの家に泊まることになり、居間にある暖炉のとなりで、ヒグドナと雑魚寝することになった。

暖炉の火は消え、暗くなった室内で、テレジアは眠れずに天井を見つめていた。


「本当に勝てるのか?」


ヒグドナの声がして、テレジアは少し考えた。


「……勝負なんて時の運だし、わからないよ」

「無理しなくてもいいんだぞ」

「無理なんか……」


なぜだか落ち着かないのは、緊張しているからだろう。

戦争の前には、よくこんな気持ちになっていた。


「本当にね、気になるのは気になるんだよ。ここで死人が生き返ることも、デルガルトが隠していることもね。でもそれ以上に、アムカのことが知りたい。剣の人だから、剣で語り合うのが一番かなと思ったんだ」

「武芸者の感覚だな」

「そんな立派なものじゃないよ。その人がどういう人か少しはわかるけど、結局は勝手に理解した気になるだけだし」


切ってしまってから、あの人はああだった、こうだったと語るのが剣士でもある。

それが真実であるかどうかはわからなくても、感覚の出した結果に自身が納得していれば、さして重要ではないのだ。


テレジアが知りたいのは、彼が善人か悪人かなどということよりも、どれだけ剣を振るってきたか。

人を守るために振るってきた剣なのか、人を殺すために振るってきた剣なのか。

そういうことが知りたいのだ。


「アムカって、なんでこの島にお墓を作ったんだろう」

「慕っている者が多ければ、死体を運んできてでもそれなりの場所に墓を作るものだろう」

「この島って、そんなにすごいところなの? 地図にも載ってないのに」

「島はともかく、グラウレンはエルフの中では有名な場所だ。この世にいくつかある魂の世界に最も近い場所。聖なる場所だから、必要最低限のエルフしか住んでいないんだ」


「もしかしてさ、墓って他にもあるのかな」

「かもな。まあ、聞いても教えてはくれないだろう。仮に彼らが墓守だとすれば、俺たちに教えるはずがないからな」


テレジアも同じことを思っていた。

この島そのものが墓地である可能性は高い。

だから、基本的には入られたくないことも、オークをケガレだとして入島を拒否したことも、理屈はわかる。


「グラウレン、入れてもらえるかなあ」

「勝てるんだろ?」

「うーん……」


テレジアは思い悩んでいるうちに、やがていつの間にか眠りに落ちていた。


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